第二回戦第八試合~俺は笑いのセンス無いや
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先程のバイスの試合を受けて会場はどんよりとしてしまっている。せめてものつぐないで言葉で魅せるわけでは無いからせめて戦いは派手にやるとしようか。
大人しく第八試合を始めるために俺は舞台上に上がったままだ。待っていると相手のゾルガンがやってきた。こいつは見る限りずっと個人用に用意された部屋に閉じこもって表側に出て来なかったな。何か理由でもあるんだろうか。まあどうでもいい。
相対したけれど俺を金級と認めているような感じはない。バカにしたような雰囲気さえある。それに俺が一方的に敵意を持っていることすら気が付いていないようだ。負けることを微塵も疑っていないようだな。
「し、試合前にインタビューです」
さっきまでは無かったが少しでも盛り上げるためなのか話を聞こうとする審判さん。今思ったけどこの人色々と忙しいな。
「ゾルガンさん、まずは意気込みをお聞かせ願えますか」
「冒険者組合の今後を憂いている」
「と、いいますと?」
「こんな子どもに金級と判断をするとは情けないとしか言いようがない。我がことのように恥じ入るばかりだ」
これから貴族になるから冒険者組合にはもう義理立てしないってことかな?顔で貴族のお嬢さんに気に入られたんだっけか。じゃあすることが決まったね。
前に因縁が出来た時にはゾルガンのパーティ相手に素手で手加減するって言ってたけどどうしてほしいんだろう。もしかして周囲に俺のパーティがいたから強気に出てたと思ってるのかな?
「これからは貴族になるが、冒険者組合を外側からでも改革が成功するように働きかけていくことにこの勝利をかけよう」
「そ、そうですか。ありがとうございました!」
審判さんの思惑通りには全く盛り上がらなかった。一部冒険者組合関係者から怒気が立ち昇っている。そういう意味では盛り上がっているな。
次の獲物として俺に審判さんの目がこちらに向いた。完全に頼みますよ!と目が訴えてきている。
「イレブンさんも意気込みをお聞かせ願えますか」
「はい。どうやらゾルガンさんは個人の控室に引っ込んでいたようで周囲のレベルの高さを知らないようです」
引っ込んでいたのは本当、俺が相手では銀級のゾルガンが勝てないのも本当。
「ぼくは若輩ですが、一つ揉んでやりますので笑う用意をしてお待ちください」
そのコメントで笑うのは特別観覧席にいるパーティメンバーだけだろうが、見ている観客が準備をしてくれればそれでいい。
「あ、それと前回会ったときに俺は素手でその場から動かないハンデ戦でお会いするとお伝えしてましたがどうしますか?」
「どういうことですか?」
「ゾルガンさんがかなり酔っていて俺のパーティと揉めたんですよ。余りにも見苦しかったので酔っ払い相手ということも会って俺がハンデを背負う戦い方を提案したんです。今でもそれで構わないんですけど」
「大会的には公平に戦っていただきたいです」
「でも一度口にしたことを無しにするのも俺としてはちょっと…。ゾルガンさんも何とか言ってくださいよ」
年下相手にハンデを付けて戦ってくれないと困るって言えるかな?
「ハンデなど無しで良い!!」
「えぇ。組合で会ったときはあんなに焦っていたのにそんなに強がっていいんですか?」
「強がってなどいない!貴様ァ、必ず痛い目に遭わせてやるからな……!!」
ゾルガンはかなり顔面に感情が出ている。子どもと侮った相手にコケにされたのだから当然か。
それでも審判さんの期待には応えられたようでニコニコしている。それなら良かった。いや、この状況でその表情はかなり鬼だな。いい顔といい声でバシッと決める。
「お答えいただきありがとうございました!」
一言で審判さんが締めくくってしまったのでゾルガンにはこれ以上の反論の余地が与えられなかった。もはや怒気が殺気に変わっている。確かに面子がそこまで大事なら貴族向きの考え方をしていると思うよ。
あと拡声の魔法を教えてもないのに使っているなんてさすが審判さんだ。紹介も終わって審判さんの始めの掛け声が響く。
「始め!」
一応天昴は抜かずに防御の構えを取る。普通に考えて間合いの勝負になったとき、槍に分があるからだ。向こうも槍でいつでも攻撃できる体勢になっている。いつでも攻撃してきてもらっても構わなかったが、仕掛けて来ないのでこちらから行かせてもらう。
と、そう考えた時だった。
ズルッ!
と音がしそうな動きでゾルガンがその場で何もされてないのに足を滑らせて片膝をつく。
「なっ!?」
若干顔を赤くして立ち上が―――ろうとして立ち上がろうとしたら今度は逆の足を滑らせて頬を舞台に叩きつける。
俺としては何をやっているか分からないので一応警戒態勢を解かずに何をしてくるかを待つ。
しかし、ゾルガンは何かを仕掛けてくる様子も無くただひたすら立ち上がろうとしている。手を地に付けて立ち上がろうとするとそれすらも何かに払われるように滑ってしまい、立つことが出来ない。
土下座のような姿勢になること数回、ようやく俺はゾルガンが芝居ではなく本気で滑って立てなくなっていることに気が付いた。
「さすがにこんなことで笑いを取るつもりではなかったんですが」
俺は自前で拡声できるので一つ呟くと、観客席から笑い声が起こる。それをきっかけにゾルガンは立ち上がったが頭に血が上っている表情で突っ込んできた。
「殺す!!」
「俺にとっても何が何だかなんですけど!?」
槍の突撃を正面から受けるわけが無い。少々距離があったので攻撃範囲から逸れるためにゾルガンが突っ込んでくる方角に対して直角に移動する。槍を振り回されたが何とか攻撃範囲から逃げることに成功する。
ゾルガンの移動先に構えを取ると妙なものを見た。
氷の上を滑るように止まらず動くゾルガンだ。自分では止めることが出来ずに、ちょっ、とか、えっ、とか言葉にならずに慌てている。あわや落ちるとなったときに何かにぶつかって内向きに倒れ込む。
確かに衝撃音がしてゾルガンも倒れ込んでいるのだが、俺が近づくときには舞台は滑りもしないし、壁も存在しない。質の良いパントマイムをゾルガンがしているようにしか見えない。
一体何が起こっているのか俺が試しているのを見ていたゾルガンもポカンとした表情を浮かべている。余りにもマヌケなその顔に吹き出してしまったのでゾルガンから顔を背けて笑ってしまう。
「そこっ…まで、くっくっく、笑いを、取らなくても」
ちゃんと会場中に拡声しておいたので会場から出てくる笑いの声も多くなってきている。
先程まであんなに対戦相手を馬鹿にした発言をしていたのにいざ試合が始まったらこけるマネをしたり滑ったりと全力で笑わせようとしているようにしか見えない。
「私を見て笑うなあああーーーーー!!」
顔を真っ赤にして叫ぶが、惜しい!キミの声は拡声してないから地声の分しか広がらないよ。
「笑うなって、無理があるでしょ」
本音を言っておく。何せ叫んで飛び掛かって来ようとしたらまたその場で滑り出しているのだ。まるで地面が氷になったかのようだ。俺はその通った跡を普通に歩いていく。何も無いですよという証明だ。これではゾルガンが身を挺して笑いを取りにいっているようにしか見えない。
「なぜだ?なぜ俺がこんな目にっ!!!」
なぜかって?お前がリセルや仲間たちに手を出そうとしたからだよ。
変に笑わせるような方向に行ったのは直前のルブトの試合内容があまりにもひどかったからだよ。
念動魔法で足を引っ張ってこけさせ、結界で場外に落ちないように工夫したり、地面を凍らせたけど普通の石舞台に見せるために幻を見せておいたり。スキルはなるべく使わないというのは反故にしちゃったけどハンデ無しでいいって言ってくれたしね。
「でもさすがに俺には笑いのセンスは無いね。こんなところにしておこうかな」
これくらいやっておけば十分かな。周囲には聞かれないように遮音にしておいて、と。
「聞いておきたいんだけど、ディライって村に聞き覚えは?」
一言で目を剥いて激しく動揺するゾルガン。しかし動揺は抑え込んで平然とした表情に戻す。俺に勝ってさえしまえば何とかなるって考えたのかな。
「あ、その顔は覚えてるんだね。この場である程度教えてくれるって約束してくれたら嬉しいんだけど」
無言で構えを取る。
「安心してよ。もうこけさせたりはしないって」
その一言でさっきの面白状態の原因が俺だと分かるが、攻撃態勢を解除しようとしない。試合だから当然か。仕方ない。
ゾルガンが渾身の一撃と思われる一突きを繰り出してきたが、トワよりも明らかに遅い。というよりもソウガの移動スピードにも劣るので余裕で見切れてしまう。
槍には回転がかかっていたので掴みにくかったが突きを躱した後に槍を奪い取り柄の部分を使って顔と胸と腹に叩きつける。
「がっ…!?」
「はい、とどめ」
野球のバッターのような構えになってフルスイング!ふらついていたゾルガンを吹き飛ばした。飛ばしたゾルガンの勢いは止まらず場外へ。
振った勢いでゾルガンの槍は見るも無残に折れてしまった。持ち手の部分まで質がまあまあの鋼だったみたいだけど俺からすると十分壊せる範囲だったね。穂先の部分はよく鍛えられていたと思うよ。
「まあいらないから返すけどさ」
壇上を横切ってゾルガンの横に投げ捨てておく。
とりあえずゾルガンがまだ生きていることを確認していた審判さんは存命であることを確認すると宣言する。
「勝者、イレブン!!」
何とか観客からの歓声を賜る。良かった。大会らしい雰囲気に戻すことが出来たよ。
お読みいただきありがとうございました。毎回の文言は同じですが、毎日感謝しております。




