因縁1つ、もしかしたら2つ
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水を打ったような静けさとはこのことだろう。
俺の放った魔力と殺気で冒険者組合の中でも酒場のスペースが静かになっている。先程まであんなにうるさかったというのに。
しかし放ったのは一瞬だから何かものすごく寒気がしたぞという戸惑いだけで終わっている奴も多い。俺に近いほど発生源がわかっているせいか顔色が悪い。
リセルが庇ってくれたからかトワを始めとして子どもたちには影響はない。ティートとセラの二人はともかくソウガはまだ耐えられないかもしれないな。影響は無いはずなのに尻尾を抱え込むようにしている。
入り口のところを見るとデテゴとザールさんがいた。またやってるみたいな顔をしている。デテゴはともかくザールさんが俺に耐えられるのは凄いな。距離あるからかな。
まあいい。手を振って挨拶したらグッとサムズアップをした後、グルっと親指を下に向けて横に滑らせる。それって処刑の合図だな。懐かしい。
ユーフラシアに帰ってきたばかりのデテゴが酒場の治安維持とか言って悪酔いしている冒険者を殴って静かにさせるぞという合図だ。俺にもしろというわけか。了解だ。
それに今の男に声をかけられる前からこっちを見て話をしていたのは気が付いていたんだ。何を話していたかと言えばこちらだ。
「俺らのいるところにガキが来るなんて生意気じゃねぇかよ。なぁ」
「ああ、酒がまずくなる。辛気臭い顔しやがって。泣きたいならママのおっぱいでも飲ませてもらえ。ぎゃははははは」
「そこまで言ってやるなよ、ゾルガン」
「よいしょ…っとぉ~」
「どこ行くんだよ」
「なぁに、少し先輩として話を付けに行ってやるだけだよ」
「あ~あ~、かわいそうになぁ」
と話していて、途中に名前のあったゾルガンってやつが代表して絡んできたのだ。穏便に済まそうと立ち去ろうとしたところで半分手を先に出してきたのはあっちの方だ。俺が容赦する理由は無いよね?
まだ酔っぱらっていられては困るな。酒を持ったコップを落として震える手を握手して確認する。
「酔いは醒めたかな」
「ンだぁ、てめえ…」
「…まだみたいだね」
顔面を包むほどの水球を作り出すと外側の表面を凍らせる。叩けば割れるから死にはしない。見てる間に床に叩きつけて氷を割って呼吸を取り戻す。その姿勢土下座してるみたいだけど気にしないのかな。
「げほっ!げほげほっ!……何しやがる!」
「うるさいから黙ってくれないかな。えっと何だっけ。子どもがいるのが気に食わないんだっけ?そこの人たちも同じ意見かな」
俺が先程の違和感の原因だというのはさすがにここにいるのが冒険者というのもあって察し始めている。よく見ると中には腰を抜かしたり気絶してしまっている人もいるようだ。思ったよりもやり過ぎたのかもしれない。
罰を与えるならゾルガンだけでなく、同じテーブルに座っていて止めなかった奴らも同罪だ。
「この時間に子どもがいる時点で何かあったとは思えないかな。そんな子に気遣いが出来ないくらい酔っぱらっているなら今日はもう寝た方が良いと思うよ。キミのパーティ丸ごと出て行ってくれるかな」
「お前みたいなガキにっ!」
「納得できないか」
「ネマさん」
受付までには殺気は飛ばしていないが、お互いに確認していたことから止めに来てくれた。
「な、なんであんたが出てくる!」
ネマさんがどれくらい凄い人なのかピンと来てなかったが、酔っ払いになっても逆らってはいけない人みたいな扱いを受けるくらいには有名らしい。
「こいつが金級だからだ」
「え」
心底驚いた顔を俺とネマさんの両方に見せて何度も往復する。
「あたしが勧めた依頼を報告に来てくれたんだ。冒険者組合の王都本部が指名依頼に近い形で出した依頼を果たしてくれた冒険者に対して、銀級に過ぎないお前が何をしてくれてるんだ!?」
俺が言うのも何ですけどネマさんも魔力漏れてますよ。効果的な使い方ってのはこういうのをいうんだろうけども。俺の代わりにネマさんがブチ切れてくれたので少し冷静になった。さて、どうしようかな。
「こいつが金級って誤解か何かでは…」
「あたしとボナソンが試験して認定した。間違いなく金級を超えると言っていい実力がある。正式にはまだだが、規定に達すればすぐにでも認定される。あたしやボナソンよりもよっぽど強い」
どんどん顔色が悪くなっていく。自分たちよりも格上のネマさんが自分より強いと言っている相手にケンカを売ろうとしたのだから。お、じゃあそうするか。
「銀級で強い方と言っても調子に乗れるほどでもないだろう。今日はもう良いから「ネマさん待って」なんだよ?イレブン」
何ってデテゴから許して良いというハンドサインは送られてこない。つまり再犯が考えられるし、俺が見た感じ反省しているようにも見えない。
「せっかくだから酔い覚ましした方が良いよね。全員対俺で少し模擬戦しようか。本気で戦っていいよね」
思い切りネマさんの顔が引きつる。
「こいつら程度だったら俺は武器はいらないね。スキルも極力使わないようにするよ。ダメージなんて受けたくても攻撃が掠りそうにないし装備も出来る限り外すね。あとは足を使わずにその場からも動かないってのでどうかな?これで1分もかかったら俺が恥ずかしいんだけど」
手加減するのはイヤだが、こいつら程度ならそれで十分だろう。
「それでも勝つのはイレブンだろうけどやめときな。酒場から始まるケンカは口だけにしとくもんだ」
「こっちはそれでもいいけど、挑発されてもネマさんに守られるなんてあっちのメンツ丸つぶれだよ」
「それでもだよ。ゾルガンも抑えな!そんなにやりたきゃ武闘大会の本戦で戦うんだ」
その言葉を聞いてなんとなくピンと来た。
「あ、本戦出場者同士が戦うとなったらマズいってやつ?」
そういうことなら仕方ない。だったら言うことはこれしかないな。
「こんなチンピラが出て来るなんて武闘大会の本戦出場って賄賂渡せば出られますって言ってるようなもんじゃないの?」
「イレブンもうやめな!」
ネマさんが本気で怒りそうだからもうやめておこうか。
「武闘大会に出られたらさっきの条件で戦ってあげるから負けた時の言い訳を考えておいてね」
「イレブン!」
「は~い。試合だったら1分ってところだけやめておいた方がいいかな。観客も冷めるし」
「本当にやめてくれ!」
ネマさんに無理矢理背中を押されてその場から退場する。一緒にリセル達もついてくるのでもう危険は無いとみていいだろう。この場で一番危険なのは俺だとも思うけど。
最後に風魔法で声をゾルガンに飛ばしておく。
「命拾いしたな腰抜け。酒場で誇ることしか出来ない首はきれいに晒し物にしてやるから身綺麗にしときな」
これくらい言っても言い足りなくないかな。ティートとセラを見て辛気臭いだって一言はとてもでは無いが許せる言葉ではない。今まで暮らしていた村や大事な家族友人をなくして正常でいられるようならもう人ではないだろう。知らないからと言っても言って良いことと悪いことがある。許されないことを言ったからには責任を取らせる。あそこまで言って奮い立たないなら文字通り腰抜け、奮い立つなら物理的に潰してやる。
酒に酔って記憶が曖昧なことになるのではなく、より屈辱的になるように武闘大会でボコボコにしてあげることにしよう。
デテゴを見ると合格だったようだ。オッケーオッケー。しかし時間がかかりそうだったのでここでは話すことは出来なかった。後で会うことが出来たらまた話しかけてみよう。
ネマさんに連行されたのは受付ではなく応接室だった。
「大会前にややこしいことをしないでくれよぉ」
「別にいざこざくらいはあるんじゃないの?」
「ゾルガンはある侯爵家のお気に入りなんだ。本戦出場者同士ってところが付け入る隙になりそうで危険なんだよ。イレブンに行っても仕方ないかもしれないけどさ」
「理由としては弱いかな。報告にも関係あるけど、この子たちを侮辱したからね」
「この子たちは?」
「その前に報告と待機場所を分けてくれない?」
「む、分かった」
別の部屋を用意してもらった。この時間だから空いていて良かった。ティートとセラにはトワに従魔隊と蜂娘たちを付けておいた。よほどの害意の持ち主でない限りは近づくことも出来ないだろう。
「で、話してもらえるか?」
「村はフレアワイバーンの群れに襲われてさっきの2人以外は全滅した」
「何だって!?生存者があの2人だけ!?」
俺は村の中に入って実際に見た光景を元に何の手がかりも残さない程に焼かれた村に、人が本当に殺されたのか怪しい状況も説明した。簡単に言えば畑が丸々残されている怪しい状況だ。家しか燃やさないなんてことはあるだろうか。狙いが人を連れ去ることだけだったようにしか思えない。
リセルからは二人がどうやって生き延びていたのかを実際に聞いたまま話をしてくれた。ああ見えてティートは簡単な罠猟なら出来るらしい。動物を解体するのも出来、セラも穴を掘って超初歩的だが竈として煮炊きしていたそうだ。二人が生きていられた理由に納得だ。
「なるほど、分かった。それなら言っておくことがある」
とても苦しそうな表情でネマさんが口にすべきが迷いながら話してくれたないようにさらにヤル気が出た。
「依頼を受けていたわけでは無いが一番最後にディライ村から戻ってきたのがゾルガンたちだ。何かを知っているかもしれない。あくまで可能性だが」
「ふむ、なるほどです。ということはですよ?村がフレアワイバーンの群れに襲われている状況を見捨てて来たかもしれないのがあいつらってことですかね。そんな極悪非道なことをした割に酒を飲んで周囲にくだを巻いていた、というわけですか?」
「イレブン、ネマさん悪くないから。あとは部屋がミシミシいってるから。ちゃんと制限かけて」
「う…、ごめん」
そういえばさっき解除してからちゃんと制限してなかった。話は出来なくても最近はとても仲良くなれたような気がするんだよな。ほぼ俺の言うことを聞いてくれるみたいな。こういう無意識の場合はすぐに止めてくれるようにお願いしておかなければいけないな。今は隣にリセルがいたからリセルがやってくれたようなものだが。
「仮に逃げ帰ってきたとしてもだ。報告義務を怠っていただけでは罪には問えない。しかもその前に戻って来ていたと白を切られては証拠も無いからな。貴族受けの良いただの素行不良としか言えない」
「そんなやつがなんで侯爵でしたっけ?気に入られてるんですか?」
「その家の娘さんが気に入ったんだよ。見た通り顔は良いからな」
はい、いただきました。ウィークポイントです!顔面ボッコボコにしてやろう。
「一応確認しておきますけど、武闘大会当日なら何をしても良いんですね」
「銀級が金級をひっくり返すことはある。銀級最強のデテゴなんかが良い例だ」
「あ、あいつの二つ名ってそこから来てるんですね」
その後は村には何も痕跡は残っていないが、兵士を派遣して見分を行うことが決まった。見てきたことを参考にして再度先遣隊を派遣してどれくらいの人員を送り込むかを決めるそうだ。本格的に動くのは町が無いく武闘大会の後になるそうだ。
「そんなことよりも気になるのはティートとセラの二人をどうするかですよ。このまま預かっておいても良いですか?」
「一応成人してるし、公式の身分としても金級相当が2人もいれば大きくはこちらからも文句は無いよ。ただ、いきなり王都暮らしとなると危険な場所も分からないだろうから気を付けなよ」
「その辺りは大丈夫です。毎日冒険者活動しているわけでも無いですし、誰かが残るようにすれば良いだけですから」
どうしても無理な場合は獣人の村に送り込んでも良いし、ユーフラシアに送ってもいいしな。メディさんを始めとして面倒を見てくれそうな誰かも探せば1人くらいは見つかるだろう。最終手段としてトワの元同僚たちに命じれば他のことを放り出してやってくれそうだ。あくまでも最終手段だからしたくないんだけど。
「おそらく一度だけ公式に二人にも聴取させてもらうことになると思う。それまでは王都にいておくれよ」
「それくらいなら問題無いです」
これで公にティートとセラの二人の保護者となるわけだ。良かった。どこかに取り上げられないようにしっかりとした大人を目指そう。
お読みいただきありがとうございました。毎回の文言は同じですが、毎日感謝しております。




