バイスの人柄
お楽しみ頂けると幸いです。
「一応確認しておくんだけど」
場の雰囲気を何とかしようとしてかリセルが控えめな挙手をして何かの発言の許可を取りに来た。
何でもいいからこの雰囲気をどうにかしてくれというのが願いだったが、俺には何か背筋に寒いものが走る。
「剣姫と呼ばれた女性と面識はある?」
バイスは両手で顔を隠したまま、テーブルの下にしおしおと音がするかのように物理的に萎んでいった。
「何かご関係がありましたか?」
恐る恐るといった雰囲気でパーヴィさんが聞いてくる。なるほど、この人だけが少し年上の雰囲気をしているのは年齢がそうかもしれないがこういった場面での交渉やら何やらをしているうちに老けてしまったのだなと納得がいく。あとで年齢聞いてみようかな。
俺が失礼な想像をしている間に、ザールさんとデテゴが親友であることからデテゴとサティさんが婚約関係であること、俺たちと仲が良いことなどをざっと話してくれた。
話が一段落つくと、パーヴィさんはとてもいい笑顔になった。グーボンとフチョキは無言で大人しく食事をしている。俺も一緒に食べ始める。こういうときは無言が一番である。
指の隙間からパーヴィさんの表情を盗み見ていたバイスは親指でついて来いと示してきたパーヴィさんに大人しくついて行った。
「ああなるとしばらく説教だよ。ステキなお嬢さんを見ると声を後先考えずに行ってしまう癖についてこってり絞られるんだ。そのときのパーヴィには逆らわねぇ方がいい」
とフチョキさんが説明してくれる。グーボンは以外にもきれいに食べながらコクコクと頷いている。
「俺からも聞いていいですか?」
「隠すことなんかほとんどねぇから好きにしてくれていいぞ」
「そんなバイスになぜみなさんがついて行くんですか?」
少し間はあったものの、笑いながらフチョキさんは答えてくれた。
「はっはっは。確かに貴族だと言っておいてそれはおかしく見えるだろうな!色々とややこしいんだ。あのお坊ちゃまは!」
「うんうん」
食べるのが役割とな借りに食べるのはやめないが頷く人が一人。この人も大概だなと思いつつ、食事は美味しい。組合併設の酒場なのに美味しいのは偏に雇っているコックの腕だ。それはさておき。
「グーボン、いいよな?」
「いいよぅ」
と、謎の確認を取った後、声を潜めてフチョキは話し出す。
「まず、俺っちはハーフリングと人間とのハーフだ。ややこしいけどな」
出会ったばかりでそんな秘密を早々に打ち明けてくれるとは思わなかったので驚く。
「んで、グーボンもくわしくは言わねぇけど似たようなもんだ」
さっきの確認はこれか、と納得がいく。
「そっちの聖女様にはバレてたみたいだけどな」
「聖女様はやめてください。普通に名前呼びで構いません」
「だったら俺らもだ。冒険者に敬語なんていらねぇ。パーヴィのは癖みたいなもんだ」
「じゃあそうさせてもらいます、じゃなかった。そうするよ」
心の中ならともかく、年上には敬語を使うってのがどうにも慣れない。
「少しずつ慣れな。冒険者が敬語を使ってちゃ舐められるなんていい加減なもんだよ。年下だろうが強い奴は強い。相手の強さが分からずに舐める奴は短命なもんよ。長くやってりゃ自分と相手の間合いの取り方を学ぶもんだ」
お~、ベテランのセリフだ。そういえばその辺りに関してデテゴも何も言わなかったな。そのうちに分かると思ってたのかな。
「今言ったのはな、ついでに王都では気を付けなってのが言いたかったんだ。無駄に派閥があって武闘大会前後では色々と周りに迷惑な奴が出るからよ」
「分かった」
あいつ絶対に面白がって言わなかったな。俺がトラブルメイカーとして色々と巻き込まれるのを楽しむつもりだったんだろう。今度一発やってやる。秘かに決意を固める。
「バイス様はな。あぁ見えて優秀なんだよ。困る点はあるけど、人柄は良いし、冒険者としても才能はある。あれで貴族としての政治の能力もある。こっそりと物の売り買いで小遣い稼ぎもしてるくらいだ。パーヴィの受け売りもあるけどな」
人柄○、武力○、政治○、商売○か。…優良物件どころの話じゃないな!
「惜しむらくは三男ってことだ。長男次男とも仲が良いが、御館様は悩んでしまったんだよ。バイス様が跡継ぎに一番なのではないかってな。バイス様は長男が一番だって、無駄な争いや兄弟不和を嫌って家を飛び出したんだ。俺とグーボンはバイス様以外に付いて行く気しか無かったし、パーヴィはバイス様の家庭教師だ。あいつも若手で有望視されてたんだけどな。一緒に来ちまった。あいつにも思うところはあったみたいだけどな」
「バイスが慕われていることがよく分かったよ。でもなんだって慣れない女性への声かけなんてしてるんだ?」
「あれな~。嫁さん探しは本当だ。ただ、女性の前ではいつもの冷静さが吹っ飛んでバカみたいになっちまうんだ。一応あれ単なる緊張状態なんだよ」
「ハイスペックの男なのに一つだけの致命的な弱点…か」
いつまで経っても、何回やっても慣れないんだよ、呪いかって最近は思っちまうくらいだよ。とフチョキは笑っている。後で『鑑定』で覗いてやろうかな。許可も得ずに見るのはイヤなんだけどな。
話が終わるころには頭痛をこらえるような顔をしたパーヴィとへこんだバイスが帰ってきた。笑って迎えるついでによく見てみたが呪いではなかった。天然でそれかと別の衝撃はあったが。
一度振られた女性には緊張することなく話が出来るそうだ。ただ、相手がいる女性にしか何かが動くことは無く、バイスに声をかけられたからと言ってなびく女性もいなかったそうだ。
これまでに男女の間に入ってしまった事による『ややこしい』事件も一度もないそうだ。パーヴィたちが何とかしたわけでは無く。今回もそうなるかは別の話だ。何なら俺も間に入ろうと思うくらいには同情したくはなったが。
「じゃあようやくだけど親交を深めようか」
「ごめんね。僕のせいで」
「お、落ち込むなって!」
場を盛り上げようとしたのに逆に落ち込む方向に持っていくバイスを何とかしながらそこからは和やかに過ごすことが出来た。
まとめるとバイスたちも王都に実家はあるものの、飛び出したとはいえ無事の確認と武闘大会での腕試しが目的だそうだ。いつもは王国中を旅してまわっているそうだ。銀級だけあってそこそこ有名ではあるらしい。
こちらも腕試しであることを伝えた。個人戦にはバイスしか出ないものの、団体戦には4人で出るらしい。出場は5人まで認められているが、臨時で入れたところで動きを合わせることができるか分からないのでこのままいくらしい。
「俺たちも個人戦に誰が出て、団体戦をどうするか決めないとな~」
「ん~、どう出てもイレブンが優勝なのは変わらないだろうし…」
「それは凄い自信だね!僕も楽しみだ!」
今は完全に制御してるからな。出会った時のデテゴが気を抜いている時くらいの強さにしている。まあこのままのステータスだけだとバイスには勝てないな。スキルのおかげで勝つのは余裕だけど。
「まあ隠し手が色々とあるからな」
「じゃあ楽しみにしていよう。ただ、」
そこでバイスは言葉を切って真剣な顔になる。
「明日の森への偵察に僕も連れて行ってくれないか。いつもなら戦闘の休憩にあてていたが、今回はリセル嬢にもらったポーションのおかげで休養は必要ない。キミ達だけで行くのは危険だろう」
「いや~、それは…」
どうしようかな。確実に俺が手加減なしで戦わないといけないような魔物が潜んでいるところに連れて行くには危険すぎる。状況によってはリセルすら避難させるつもりなのだから。
大人しく留まらせる理由を考えていたが思いつかずに悩んでしまう。もしかしたらこれを言うために同じテーブルに誘ったんだなぁとかは思いつく癖に肝心の理由が出て来ない。そのとき素知らぬふりをしていたリセルが口を開いた。
「さっき、組合長さんが言ってた理由を言えば良いんじゃない?」
「え?」
バイスのことは何も言ってなかったよなと思い出しても何も出て来ない。固まる俺を無視してリセルは続ける。
「言ってたじゃない。タッツにはバイスさん達がいるから守りは問題無い。申し訳ないが行ってきてくれって」
ウインクして合図を送ってきたところでようやく気が付く。
「そうだな。言ってた。話は通していないがいつもそうだから今回も滞在していてくれるだろうって」
「むぅ」
バイスも今までがそうだったことと、組合長の信頼があることも本当の話だと踏んだリセルの発想の勝利だろう。
「分かった。また明日見送りだけはさせてもらいたい」
何とかバイスを引かせることに成功した。
☆ ★ ☆ ★ ☆
と思っていたら、翌日の出発時に4人で揃ってやって来た。
「僕一人だけでもついて行くことは出来ないだろうか」
昨日納得はしていないって感じだったから何か仕掛けて来るとは思っていた。権力なり使ってくるのかと思ったら、何のことはない正面突破だ。潔すぎないか。
俺の目の前には頭を下げるバイス、バイスの後ろにはお供の3人をたまたま見ている町の人たち、俺の後ろにはうちのパーティだ。俺が対応するしかない。
「これは俺が頼まれた仕事だ。線引きとしてはバイスがそう言いだしてくること自体がトラブルの元だぞ」
「分かっている」
「じゃあ一応聞くけどなんで?」
「信用していないわけでは無いが、危険だからだ。そんな場所に行くなら一人でも弾避けは多い方が良いだろう?僕も余所者だが、少し滞在すればこの町を守りたいと思ったんだ。同行させてほしい」
覚悟が重い!死ぬ覚悟は俺たちの誰もしてないよ。さっき昨晩から偵察してきた情報もらってるから行動計画も立ててるし。どうしようかな。とりあえずついてくるだけでも危険っぽいし。
「じゃあ俺たちが弾避けですら必要ないってことを証明出来たらついて来ないで大人しくしてるって約束してくれるか」
「何をする…?いや、こちらが無作法をしているのだ!どんな条件でも飲む!」
「とりあえず町の外に出よう。入り口でやることじゃない。というか通行の邪魔だ」
町の人たちには会話までは聞こえていなかったので、なぜかバイスが頭を下げただけに見えたはずだ。なんでもないよ~とバイスと一緒に手を振って誤魔化しておく。面倒な…。
外に出たとしてどうしようかな…。悩んでいるとトワが寄ってきた。
「私が相手する。イレブンはこれから森行くから」
ここにトワVSバイスという絵面だけ見るとどこかの団体に怒られそうな対決が決定した。
お読みいただきありがとうございました。




