あいつは何枚目?
お楽しみ頂けると幸いです。
タッツの町の近くで待機組と合流した。魔物が来ていたのは西側、隠れていたのは南東側だったから警戒の目がこちらに向かなかったのは幸運だ。
「色々と聞きたいことはあるかもしれないけど情報共有に関してはあとにしよう。タッツの町は思ったよりも魔物に押し込まれている印象だ。目立つのは良くないから四輪で近づくのはやめて歩いて入る。万花たちはとりあえずはこのあたりに仮宿を作るように指示しておいてくれないか?」
「かしこまりました。ですが、今はもう任せておけるので何体か選抜してついて行ってもよろしいですか?」
万花がこういう提案をしてくるのは珍しいな。まあ情報を自分たちでも集めておくためにも中に入っておきたいか。
「住民を刺激しないことと、勝手に疑惑の西側には行かないことは守らせてくれ。制限付きの今の俺を倒せないようじゃ下手したら死ぬからな」
「そこまでですか…。かしこまりました。厳命しておきます」
そう言って非常集合をかける。散開していたようだから時間はかかるかな。その間に四輪の片づけをして時間を潰しておこう。
準備が出来たので分かれて徒歩でタッツの町へと進む。
同行はまず当然俺、リセル、ロイーグさん、コトシュさん、トワ、糸太郎はトワに抱かれて、福来はリセルに抱かれている。
ビーたちからは万花、毎果、薙刀にアサを筆頭に進化して戦える数体と情報収集用にステルスビーが数体同行してきた。
これくらいならテイムしたって言っても大丈夫かな。現地の知識が怪しいから意見が欲しいところだが、リセルに分からないと言われたら仕方ない。押し通そう。
ちなみにリセルは完全に髪の毛が隠れるようにフードを被っている。ついでにリセルだけにならないようにコトシュさんとトワも被ってもらった。目立たないようにするためにはこの方がまだ目立たなくて済む。
そこそこ待たされたが、先程の魔物の襲撃で急いで中に入れた人たちを仕分けしていたそうだ。理由が理由なので待った。
俺たちのほかにタッツに入ろうと並んでくる者がいなかったこともあるし、仮に魔物が来ても追い払うことが出来るからと大人しくしていた。
一応何か言われないかと緊張しながら並んだが、特に咎められることも無く入ることが出来た。
「仕方ないかもしれないけど元気が無いね」
「スタンピードかってくらいに魔物が押し寄せてきたからな。雑魚しか来なかったとしても『魔物が来た』って言葉だけ聞くと不安になるようなものだよ」
リセルの言葉に一応真面目に返しておく。楽しい気分で過ごすのならロイーグさんから「お前が怖がるような魔物なんているのか」とか言われるところだが、何も言わずに歩いてくる。
静かなことには理由がきちんとある。第一に子どもを見かけない。『探知』してみると家の中にはいるようだから外出できないようにしているらしい。これは仕方ない。
そして第二に店も閉まっている。魔物が押し寄せていたんだ。暢気に店を開けているわけが無い。というか数日閉まっていてもおかしくない。だからこれも仕方ない。
むしろ町に留まっている方がおかしいのかもしれないが、空き家になっているところはほとんど無いようだ。そう簡単に引っ越しなど出来ないものだ。
なけなしの正義感で解決までがんばるのも良いかもしれないな。
町中を観察しながら歩いているうちに門のところで聞いた宿を見つけた。
「3人部屋と4人以上の大部屋で取っておいたら良いか?」
「はい、男女で分ければそんなものでしょう」
男部屋は俺とロイーグさんに糸太郎と福来だ。女部屋はリセルにコトシュさんにトワと万花たちだな。フレンドビーたちの人数をどこまで見られるか分からないので大部屋扱いされても構わないので大きめに取ることにした。
ロイーグさんとコトシュさんとトワを置いて俺はリセルとテイムした魔物たちを連れて冒険者組合に話を通しに行くことにした。実際に魔物たちを連れて行かないと確認してもらえないから連れて行くのは仕方ない。
魔物たちを安全に連れて行くには俺とリセルでないと無理だと判断した。タイミングが悪かったせいでいつもならかわいいと言ってもらえる福来でさえ忌避の目で見られている。
いつもであれば女性や子ども受けが良いので受け入れてもらえるが、今はピリピリした男性しかいないからだ。こういうときに味方になってくれるのは所属組織だ。一応パーティ内でも強い二人がいれば何かに巻き込まれても問題無いだろう。
そこでも話が聞ければ次にどうするかの話し合いも出来るだろうと算段を付けていた。そこで組合に入るなり声があがった。
「あなたは!」
遠くに座っていた茶髪の男がこちらを見て声をあげた。特徴としては使い込まれたように見える革の軽鎧に提げている剣も魔力を感じるだけに業物だろう。
同じテーブルについている他の3人も装備から重戦士と斥候と魔法使いかな。バランスとしては良いのではないだろうか。
「あちゃ~」
「誰だよ」
リセルにはあの男に見覚えがあるらしい。向こうの顔が明るいことから良い印象を持たれているが、リセルは困り顔だ。もしかしてあいつか?
「あなたは隠してはいるが、ポーションの聖女だろう!?」
「あの人が言い出した人だよ」
「みたいだな。どうするんだ?」
「どうしようか」
まさか公衆の面前で殴り飛ばすわけにもいかない。組合の建物内にいるということは同じ冒険者ということだ。場所も悪ければ相手も悪い。
向こうがリセルに抱いているのは一方的とはいえ好意、しかも見たところ悪いことを考えるタイプでは無さそうだ。なんかこう毒気が抜かれるタイプの顔だ。カッコいい部類に入るんだろうな。知らんけど。
どうするか決め切れない間に相手は目の前までやってきた。仲間の人たちは慌てて追いかけてくるが力で止めるということも無く困り果てている印象を受ける。人のことは言えないがどういう関係だ?
「僕の名前はバイス・キザッシュ!『大いなる守り』のリーダーで銀級冒険者さ!先程のお礼をぜひともさせていただきたい!!」
視線の先は完全に髪も目も隠しているリセルだ。本人だと分かっているから俺には正解だと分かるが、一度会っただけでここまで確信を持って話しかけに来るのは普通に怖い。
横に立つリセルの表情を伺うと口元だけで分かる。かなり引いている。圧倒されていると視線の矛先が俺に向いた。え?マジで?
「あなたはお連れの方だろうか?先程は見かけなかったが別行動をされていたのだろうか」
「あ、ああ。そうだ。なんか言ってくれているが人違いじゃないのか?」
「何を言っているんだ。僕が顔を隠したくらいで女性を見間違えるわけが無いだろう」
あ、変態さんかな。でも他に理由は無いみたいだ。どうしよう。攻撃的な気持ちは萎えたけど、関わり合いにはなりたくない。
これ幸いとリセルが俺の後ろに隠れる。それはどうなんだと言いたくなるけど、その気持ちも分からなくもない。この人、やけに目力が強いんだ。そんなわけないけど発光してる感じがする。
「むむ。これは親しい間柄とお見受けする。つまりは…、そういうことなのかな?」
「何と思ってくれても構わないが、自分が親しく思っている女性にズカズカと近寄られては良い気はしないな」
この言い方で伝わるものなのだろうか。どう来るのか!
そう思って見ていたらきょとんとした顔に変化した後に、顔を伏せてしまった。お付きの人たちは俺が答えるころには彼の後ろに到着している。ついでに俺とのやりとりを察してあわあわしている。それだけで人の良さを感じる。段々と毒気が抜かれてしまったな。いや、次にこのバイスとやらが発する言葉で決まるか。緊張しながら待っているとガバッと顔を上げた。
「ぞうが!じあわぜというならばじがたない!!」
「マジ泣き…?」
滂沱の涙ってこのことだなってくらい流れている。今度こそドン引きしていると、お付きの中でも大きいのと小さいのがバイスを回収して元の席へと連れ帰り、残った中くらいのが話しかけてきた。酒の注文をしだしたぞ。
「バイス様が失礼しました」
「あぁ、まあ失礼されたというよりは突風に驚いたって感じだから気にしなくていいよ」
「さすがはあの魔物が押し寄せる中を癒して回られる方と同行されている方だ。心が広いですね」
何気にリセルを褒めることも忘れていない。まだ何かあるのだろうか。
「いえ、今はあの様子ですがうちのバイス様はもうご迷惑をかけるようなことは、するかもしれませんが、聖女様だけに付き纏うことはしないでしょう」
「今度は俺も絡まれるのか?ね。ちょっと?」
「申し遅れました。私はバイス様のお付きをしております。魔法使いのパーヴィと申します。先程の大きいのがグーボン、小さいのがフチョキと申します。バイス様をリーダーとして4人で『大いなる守り』と名乗らせていただいております。見た目通りの役割をパーティでは請け負っております」
「自己紹介は分かったからあまり絡みに来ないように伝えてくれるかな」
「大丈夫でございます。他の方とお付き合いされている女性には手を出すような無粋な真似をするような方ではありません」
じゃあリセルは安全か。ならいいのかな?
「ただ、ご自身が好ましく思われる方とは友誼を結びたいと考えられる方です。そうなった場合は諦めてください」
「あきらめろってなんだ!?」
「まあまあ、気に入られるかどうかは別だよ」
「そ、そうだな」
必ずしも気に入られることは無いだろう。リセルも自分がこれ以上付きまとわれることが無いと分かって少し落ち着いた。節度ある距離であるなら男が苦手ってことも無いからな。
「バイス様はその身を犠牲にして動かれるような方々をどんな身分であっても尊重される方です。大体1週間ほどでタッツに来られた冒険者組合関係の方とは無理矢理にでも友誼を結んでおられます」
「じゃあまた来るよね。あんたも結構良い性格してるな!?」
「イレブン、今までにないツッコミ属性が発動してるよ。落ち着いて」
「~~~。ごめん、なんか言わずにはいられない気がして…。落ち着くことにするよ。ごめんな、リセル」
ここには現状確認だけで来たんだ。さっさと済ませて問題解決に動こう。本気でやれば見つからずにどうにかするくらいは出来るはずだ。
「イレブン様にリセル様ですね。軽装でおられるところから他にもお仲間がおられますかね。既に宿を取ってきたということでしょうか。バイス様が後ほどご迷惑をおかけするかもしれませんが、その時はどうかよろしくお願い申し上げます。それでは私はこの辺りで失礼いたします」
言いたいことを全て伝えたらしく、パーヴィはその場を去って行った。
残された俺たちは呆気に取られて見送ってしまった。俺たちのやり取りを見ていた地元の冒険者らしき人たちも苦笑いをしつつ、話しかけてくる。
「あのバイスとやらも悪いやつじゃないから大丈夫だよ。ま、あそこまで泣くようなのは初めて見たけどな」
「銀級まで上がってきてるけど、本当は嫁探しで冒険者してるらしいぞ~」
「ほんとかよ?家名が付いてるんだからどこぞの貴族だろう?」
「その割には言ってたみたいに相手がいる女には手を出さないし、一度断られたら付きまとうことはしないぞ」
「思ってる貴族とはイメージが違うな~」
「王都に行ったことあるけど少数派だよ。顔を隠してる女だらけだったぞ」
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
「どっちだ?」
「バイスについてだよ!」
「そっちか。受付のルティちゃんやウェイトレスのリーアちゃんに声かけてたからだよ。断られたらすっぱり諦めてたけどな」
「あの野郎!」
「落ち着けって。順番の問題だよ。お互いに知り合ってから本格的に声をかければ良いのに、先に交際してくれだとか言うから言われたことをきっかけに気にしだした女の子たちも声をかけづらくなってるんだよ」
「じゃあ落ち着いてらんねえじゃねぇか!俺は行くぞ!」
「お前には元から可能性無いよ」
「既に2人とも婚約者がいるんだよ。今動いたあいつは知らないだろうけどな」
よくわからないうちに冒険者たちの話に巻き込まれた。ぎゃはは~と笑うところまでが1セットだった。元気な冒険者たちのやり取りで分かったことがある。
「あいつは顔は2枚目、存在としては3枚目の残念な奴だな」
「それすごく失礼だからね」
お読みいただきありがとうございました。




