万花と毎果に出会い、糸太郎は降ってくる
お楽しみ頂けると幸いです。
「イレブン様、おはようございます」
「あ、万花か。おはよ」
次に出会ったのは万花だ。後ろにはいつも通りに毎果も控えている。見た感じはそこまで変化は無い。小さいとはいえあんまり人間の女性に近い姿だからじろじろ見るのは悪い気がしてしまう。すぐに視線を万花から逸らして毎果に移す。こっちも相変わらずメイドさんの格好をしている。
「毎果もおはよ」
「おはようございます」
うむ。いつも通りの無表情だ。さて、それはさておき目的の謝罪と様子伺いだ。
「万花、1カ月間自分のことに集中しててごめんな」
「いえいえ。私たちも自分たちに必要だと思うこととイレブン様のためになることが一致しているだけですから問題ありません。ましてや謝られることなどございませんから」
前からそうだったけど何を言っても動じない感じになってきたな。相変わらず手のひらサイズだけど、なんだろうか…。気品のようなものを感じる気がする。
ついでに言うと手の平に収まる感じだったのが少し大きくなってるような気がする…??
「万花さ、なんか身長が少し大きくなった?」
「はい。配下の数も増えたおかげでエンプレスビーに進化しました」
「…マジで?それって確実に戦う能力も身に付いてるはずだよね」
「それが残念ながら…」
悲し気な雰囲気を纏って俯いてしまった。言外に期待に沿えずに申し訳ないって感じの雰囲気になってしまった。毎果まで悲しそうな雰囲気を漂わせているあたり、芸が細かい。
それにしてもおかしいな。エンプレスビーと言えば相当大きい蜂のコロニーの奥に発生するかなり厄介な魔物だったはずなんだけど。考えてみれば条件は満たしている。配下の数は大量にいるし、まとめる幹部も数体いる。毎果や薙刀以外のほかに増やしたってことなんだろう。それだけ増えることになるだろうってことも納得がいくからいいんだけど。
コロニーを率いるボスとしてエンプレスビーにも戦闘できるだけの能力はあるはずなんだけど本当に無いのかな。……まあ、現実と違うところは多々あるものだから仕方ないのかもしれないな。
「そうだったのか。じゃあ俺の勘違いだったかもしれない。すまない。落ち込む必要は全く無いからな」
「お気遣いいただきありがとうございます。他にも私の代わりに配下が何体か進化しておりますのでお役に立てるかと思います」
今までだとはっきりと配下って言わなかったからこの辺りは成長した感じだな。
「十分だよ。俺がこんなだから人間の仲間を増やすのが下手だからさ。人手って意味だとすごく助かってるよ」
「そう言っていただけると光栄です。少しだけご紹介させていただくと、毎果はオールワークスビーに進化しました」
毎果はその場で貴族女性が見せるような礼をする。いや、現実に見たことは無いんだけど。カーテシーって言うんだったかな?
「オールワークスビーか…。それは聞いたこと無いな」
「ご説明させていただきます」
「うん。頼むわ」
「メイドの行う仕事のなかでも全てに精通することで名乗ることが出来る役職名です」
「オールワークって名前が付くんだもんな。何でもできるってことだな。毎果らしいな」
「はい。『全て』お任せください」
なんか含みのあるすべてだった気がするけど気のせいかな。まあいいか。
「あとさ、俺がテイムした方が都合良いならその幹部を任せても良いくらいに進化した個体をテイムするけどどうする?」
そこまでは検討すらしていなかったようで珍しく2人が顔を見合わせる。それだけで会話が出来たわけでは無かっただろうが、何かの結論は出たらしい。
「もしその必要性が出てくればまたお願い致します。その場合はまたお願いさせていただいてもよろしいでしょうか」
「ああ。いつでも言ってくれよ。テイムって何かの制約があるようにも感じないからさ。いつでも何体でも言ってくれて構わないぞ」
「かしこまりました。ありがとうございます」
あと話をしておかなければならないことは、…ないか。じゃあ聞いておくべきことは薙刀のことくらいだな。
「で、薙刀も進化したのか?」
「はい。ご案内いたしましょうか?」
「いいよいいよ。最近自分のことばっかりでみんなと会話してなかったし、自分から顔見せに行こうと思ってたからさ。いつも何かしてる2人に早い段階で会えたのが良かったよ。見つからない時は万花も毎果も見つからないからさ」
「そうでしたか。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。呼んで頂ければすぐに参りますので」
「急ぎだったらね。じゃあまた後でね」
「失礼いたします」
そう言って万花、毎果と別れた。また進化していたとは知らなかったな。ゲームとの乖離が激しいよな。エンプレスビーが無害とか凄いことだよ。クリア後のオープンワールドだったら最優先で討伐対象になるくらいの魔物だったのに。
オールワークスビーも聞いたこと無いしな。そもそも俺もグレイブ村の開発を使用としてるくらいだからな。捻じ曲げてる原因の一人だよ。まあ今更か。なるようになってくれ。レベル的にはラスボスくらい秒殺できるレベルになってるし。
さ、薙刀のところに行くか。
☆ ★ ☆ ★ ☆
何か考えてはいるようだが、自己解決したイレブンを見送った二人はこっそりと会話する。万花も本来はもっと砕けた言葉遣いだが久々のイレブンの前で緊張してしまっていた。
「イレブン様は結局気が付かなかったわね」
「予想の通りです。あの方は懐に入ったものに対して信用が高すぎます」
「その言い方は謀反でも犯すかのような言い方よ?」
「まさか。私たちがステータスを隠す理由をお忘れですか」
「それこそまさかよ。ちゃんと覚えてるわ。でもここは居心地良いもの。それに進化したからわかるわ。あの方強くなりすぎじゃないかしら。私たちが万が一に備えて控えておく必要があるかしら。それにいくらでもテイムできるってこともおかしいわよ」
それは毎果も考えていたことではある。こちらのステータス隠しの理由は何かあったときに裏で隠れて動くだけの実力を準備しているだけなのだが、それすら必要ないくらいに力づくで全てを突破していけそうだ。
「テイムされたときにこちらの魔力がイレブン様にも流れたことは間違いないはずです」
「それが意味を為さないくらいにお持ちになっている実力に差があるということって言いたいんでしょ?だって魔物をロクに倒していない私たちだとイレブン様から微量にもらえる影響だけで進化してしまったんだから」
テイムしている関係は抱える魔力に少なからずお互いに影響を及ぼす。受ける影響だけでこんなにも強大な進化を果たしてしまった自分にも驚くし、強大になってしまった自分たちの影響を全く受けていない主にも驚きを隠しきれない。
「この分だと戦闘までこなしているあの2体はもっと強くなっているんでしょうね」
「元から万花様は戦闘用の方ではございませんので。誰であっても役に立つ道はあるものです。戦闘に出ることだけが良いとも限りません。後ろを固めていけば良いかと思いますよ」
「……ま、そうね」
「表立っての武力に関しては薙刀がいますから。十分目くらましです。既におられる方々は問題ないでしょう。これから加わろうとする方にとっては既にどなたも脅威にしか見えないでしょう」
普段戦わない万花でクリア後に戦うレベルの魔物に進化している。それなら表立って戦い続けてきている薙刀は…?
そして相変わらず薙刀をしばき倒すことができる毎果は何者か?
「お気になさらないでください」
そういうことらしいです。
☆ ★ ☆ ★ ☆
次は薙刀に会おうかと思って、心当たりの獣人の村に来たら今はまた朝の長距離飛行に行っているそうだ。簡単に帰って来なさそうだな。
そう思っていたら頭の上に影が出来た。一瞬身構えたが、影から飛び出している脚の数が8本であることに気が付いたのでそのまま待つ。ガシッと捕まるが、重さは感じない着地だ。
「登場が怖いよ、糸太郎」
上空に隠れるところなどないはずの野原なのだが、なぜか上空から糸太郎が降ってきた。脚をくいくいと動かしているのでよく見ると脚と脚の間がキラキラと光っている。よ~く見て気が付いた。
「これは糸か?いやちょっとした布みたいになってるのか。布になってるのに見えないってどんな細さだよ」
何も無いように見えるのにそこには布の手触りがある。糸太郎の新作のようだ。
「これは…、リアル裸の王様ができそうだな。しないけどさ」
手に抱えてみると糸太郎のサイズは変わっていなかった。代わりに模様がかなり変わっている。以前は髑髏の模様がデフォルメされてかわいい感じだったが、今は体の至る所に髑髏がデフォルメで配置されて数が多くなっている。
「お前も進化したのか。見えるかな?……えっと、万死王蜘蛛?…不吉さが増したな」
なになに…?常人だと見かけるだけで気分が悪くなるほどの不吉さを放っている。慣れればそんなことが無いと分かるが、相当な時間がかかるため進化してから慣れるにはそれなりの覚悟が必要になる、だと。
「もしかしてそれで隠れるような感じになってたのか?」
○の字を糸で作って見せてくれる辺りは変わっていない。俺からすると模様が変わっただけにしか見えないが、本人じゃなかった本蜘蛛からすると困った話だろうな。元から目立たないようにする子ではあるけれど。
「よし、そんなときのためのあいつだ。薙刀もしばらくしないと戻って来ないみたいだから一旦帰ろう」
不安げな様子の糸太郎を連れて戻ることにした。
でも、誰かが思いつきそうなことではあると思うんだけどな。もしかしたら俺の決定が無いとダメと思っていたんだろうか。だとしたら糸太郎だけでなく変に遠慮させてしまって悪いことをしたな。
夢中になり過ぎるとダメだな。反省だ。
そしてユーフラシアの借家に帰ってきた。どこかにいるだろう。じゃあ福来を探そうか!
お読みいただきありがとうございました。




