棚からぼたもち
お楽しみ頂けると幸いです。
捕まえるも何も既に気絶しているからきちんと連れて帰って話を丁寧に聞くだけの簡単なお仕事だとわかって一度喜ぶ。ちゃんと縛り上げてあるあたりは糸太郎に死角はない。
ただ、見分けようにも顔しか出ていないので探すのが大変だということが判明した。顔なんて覚える気が無かったし、服は見えないからね。
糸太郎に貴族が来ている服の良し悪しなど分かるはずがないし、って思っていたら糸が他よりも上質だったせいで聞いたら割とすぐに見つかった。糸をずらして服を見ると、そう言えばさっきこんな服を着ていたような気がする。
ついでに一緒に連れて来ていたらしい護衛も別に分けておく。人質は多いに越したことは無いし、情報を搾り取るのも確認するのにも多いことは便利と言って良い。
「じゃあここの区切りは別で話聞くから分けておこうか。俺が持っていくから他のを頼んでいいか?糸太郎だけでいけるかのか?」
俺が運ぶのは5人だけで、糸太郎は6人だから体の大きさから考えると非常におかしいことになる。○を出しているあたり問題無いらしい。
実際どう運ぶのか見ていると糸を使ってベルトコンベアのようにして運んでいた。使っている糸の量は明らかに糸太郎の体の体積よりも多いのだけど、多く出てくるのだ。それはもう納得するしかない。
「厳しいとかあれば言うんだぞ。混ぜたくないだけで俺はまだ持てるからな」
大丈夫だとは思うが、明らかにブラックな労働を感じてしまって言葉だけはかけておく。俺の心配をよそに余裕で運びきられてしまった。
糸太郎もヤバイ魔物なんだし、心配はいらなかったとは思いつつ、俺は間違っていないとも思う。
「さて、では片付けに移ることになるな。これで全員捕縛は良いとして中にある物資は回収してきたのか?」
自分への言い訳をしていると既にアジトの外側を抑えきり、掃除までしていたコトシュさんに現状確認をされる。
「あ~、全部回収は出来てません。先に人の方を抑えておきたかったので」
「ふむ。では福来に空間接続をしてもらおうか。説明をした後は、イレブンはもう一度中へ行ってくれ。すべて回収してくるんだぞ」
「了解で~す」
盗賊の処理はひとまずザールさんに行うことになる。説明はコトシュさんに丸投げだ。
何か裏がありそうな貴族たちに関しては聞き取りはザールさんが自ら行うことになる。実働はお付きの部隊の人たちがするんだろうけども。
両方とも終わってから身柄を少し預かれれば俺はそれでいい。普段あまり使わない毒魔法とか呪魔法とか練習台が無いとどれくらいでどうなのかの判別が付かないからな。
ついでに一般人に俺が攻撃魔法を当てるとどうなるかも確認しておかないといけない。武闘大会でつい魔法を使って死人が出ましたってなると外聞が悪すぎる。盗賊だったら捕獲できませんでしたって言えばそれで終わりだ。何も気にしなくていい。
確認だけして作業の続きを頼むとアジトの中へと戻る。マップは自分でも確認は済んでいたが、俺が色々とやっている間に薙刀隊がエリアごとに数体で探索してくれていた。
怪しいところがあれば薙刀と糸太郎が行って確認するつもりだったらしいが、特にそんなことも無く、ぼかして表現するなら単純に物が置いてあるだけだったのでチェックしやすいように分別してくれていた。
一応置いてあった場所を確認しながらアイテムボックスへと収納していく。ついでに盗賊たちの一般的な処罰をもう一度確認しないといけないなと心のメモに大きく残しておく。
そんなこんなで戦闘を行った広場も通り過ぎて彼らの貯め込んでいたお宝を保存していたであろう部屋を残すのみになる。
どんなものがあるのかと思っていたが、基本的には商人さん達から奪った食料や生活用品、それに護衛の冒険者が身に付けていたであろう装備品や彼らが溜め込んでいた貨幣や宝石があるくらいだ。
「普通にダンジョンに行けば稼げるだろうになんで人から奪うかな。それよりは冒険者があの程度の盗賊に負けてしまうことが問題だよな」
強いかと言えば俺からすれば弱かった。一番強いはずの賊頭はイビルウォーソードで底上げされてたから別だ。でも二軍の奴らで連携はそこそこに良かったから一軍とやらが優秀だったのかもしれない。
貴族と繋がってたくらいだしただの盗賊じゃなかったのかもしれないな。その辺りは後で聞けばいいや。
そんなことを考えていたときに、何か引っかかるものを見つけた。
一本の剣だ。手に取って震えた。マジか、これ。えっ、ガチのマジか!?
雑多にまとめられていたところから察するにこれの真価を知るものはいなかったらしい。それもそうか。知ってないとどうにもならないし。
秘かにテンションが急上昇していたのだが、直接テイムした薙刀と糸太郎は何となくそれを察することが出来たらしい。
「何かわかりませんが、主喜んでますか?」
「わかるか?見つかるとは期待してなかった物が見つかったんだ」
そう言って手に取った剣を鞘から引き抜く。ボロボロだ。錆びて使い物になるように見えない。唯一の特徴としては折れないというところだろうか。そこに気が付いて使われていたのだろうか。せいぜい便利な棒って扱いだろうな。気が付いたところでどうにかできる代物でも無いけど。
俺としてはこみあがってくる笑いを隠すことが出来ないくらいには嬉しいのだけども。
器用にも薙刀と糸太郎は顔を見合わせて首を傾げている。その後には当然質問タイムだ。
「結局それは何なのでしょうか?」
隠すことでも無いから答えよう。
「当然武器なんだが、これは『成長する武器』なんだ」
「成長…ですか」
驚くのも無理はない。ここがやり込みゲーマーがわんさか湧いていた世界だからな。楽しみ方も色々あった。
これがアップデートで出された理由は単純にやり込み要素の追加だ。
強くなる方法を簡単にまとめると大きくは2通りだ。自分が強くなるか、強い武器を手に入れるかだ。ただし、その両方を兼ねる武器があるとそれはそれで楽しいってところから導入されたらしい。
追加される前はどうだったかは知らない。俺が『ホシモノ』を始める前だったから。
鍛冶として強い武器を作り出すことも出来ていたが、一度作ってしまえばそれでおしまい。追加効果を新たに付与できるが失敗すれば武器と触媒は消滅する。便利になるにはリスクが伴うのだ。
失った場合、また一から作り直していくのが普通だが、一定以上の武器を手に入れたプレイヤーは何か新しい刺激を求めるものだ。壊れないように処理すれば良いが、付与は出来なくなう。
ちなみに不壊の処理を忘れると苦労して作った武器が壊れてしまう。涙にくれたプレイヤーは一人や二人ではない。最終的には作った物に付与するつもりが無いならすぐに不壊処理をするようにプログラムが組まれた。後からパッチを当てれば良いなんて良い時代になったなというコメントを見た覚えがある。そうなのかなって思ったけども。あと、防具は不思議なことに壊れない。そこまで壊れたら処理しきれい無いからかな。
ついでに言っておくと今の俺はやらないのではなくやれないのだ。武器屋で聞いても「なんのこと?」って顔をされるんだもの。こっちが聞きたいわ。
壊れない武器で何か新しい切り口を、と求められて作り出したのが自分たちで自由にどうにかしろ!という開発陣からの丸投げだった。
当然と言えば当然だ。だって一部プレイヤーのワガママにすぎないからな。鍛冶だけで話は全て事足りるのだから。
強化するには素材を金属ならトン単位で、魔物からのドロップアイテムなら最低で百個から準備する必要がある。金持ちが時間とお金をかけて気長に育成していくようなものだ。
上限は設定上無いらしいが、成長させるための条件が段々と難しくなっていく。ミスリルをトン単位で準備するまでは平気だが、属性金属を5種類をトンで準備は少々時間がかかる。
魔物素材を集めるなんてのも時間はかかるし、目当ての物が必ずしもドロップするわけでも無いし。まあ良い時間潰しにはなる。
話を現実に戻そう。
武器の不壊処理が出来ない現状では、この成長武器は最初から壊れないのは助かるのだ。少し力を込めるだけで武器が壊れていくからだ。
多少弱くても壊れないなら少しでも使えるようにしていくだけだ。『鑑定』でじっくり見れば時間はかかっても成長に必要な素材が何かは分かる。
「まさに今の俺に必要な武器ってわけだ!今回の盗賊退治は色々とストレスの溜まる件だったけど、気持ち的にはプラスに持っていくことが出来たな」
一人だけご機嫌になったが、現状使ったら壊れるとはいえ現状のミスリル系の武器の攻撃力に追いつくにはそこそこ手間をかけなくてはいけない。
武闘大会に素手で出場するよりはマシだ。ミスリル武器程度なら金級冒険者なら持っていてもおかしくはないらしい。
大会までの残り時間はこれに時間を使うことにしよう。
アジトの洞窟から戻って来たら探索終了を伝えて回った。見つけたものの中に金貨が多いなと言われたが俺は知らない。アイテムボックスの中から一緒に出たとしても気のせいだろう。これが今回の被害者の人たちへの見舞金になると聞いたら金貨が勝手に動いたのだろう。繰り返すが俺は知らない。
ザールさんからの呼び出しがかかるまではひとまず決めた通りに行動しよう。成長武器に鉄を吸収させてみたら。まずは錆がきれいに取れた。性能としては本当に鉄の剣といったところだろうか。攻撃力もまだギリギリ2桁に乗ったところなので武器としてはまだまだこれからである。
ミスリル武器の攻撃力は大体600以上が普通だ。俺が作ったミスリルソードは800だったと言えばどれだけ差があるかは詳しく語る必要も無いだろう。
ただ、壊れないというだけで俺にはとてもありがたい。剣を主軸に据えることになるのは少しもったいない。他の成長武器まで育てる、というよりも見つけることが出来ないのだから仕方ない。剣だけでも良しとしよう。
武闘大会が始まるころに驚くことになるのはまた別の話だ。
お読みいただきありがとうございました。




