『調合』と解毒完了
晩にももう一話いけると思います
「さて、と―――」
忘れてた。これが無ければ始まらないことを忘れていた。ゲームで『調合』のときにおまけとしてなぜか使用されているものだ。白衣。これを着なければ『調合』や『調薬』は始まらない。
まあ、実際効果があるかと言われたら分からない。あくまでなんとなくだ。探してみると小屋に貸し出し用で置いてあった。見つけられたのだから着ておこう。
「おお~、白衣だ。なんか賢くなった感じ?大学では実験の授業を取ったやつらが着てたな。俺は着る機会なかったけど」
着用してみるとなんかそれだけで成功率が上がる気がする。そしてもう一度必要なものが乗ったテーブルを前にする。どうやって作ったか分からないが、乳鉢に磨り潰すための棒、ガラスっぽいビーカーやフラスコなどの一式が揃っている。
それらを前にしてみて出てくる一言。
「やり方分かんねぇ~……」
眺めているだけでは何も進まないので器具を持ってみたり、素材の匂いを嗅いだりしてみた。特に何も無い。多少刺激のある草の匂いだ。
「いや、待てよ。今までスキルを手に入れても、意識して使うか、実際に使用する場面になってから発動の手ごたえがあったな。作業を始めれば何か閃くかもしれない」
イメージとしては薬草を磨り潰して、成分を抽出する感じだろうと当たりを付けて行動に移してみる。すると行動を始めた途端、どのくらいの力の配分で磨り潰すか、一回での適量がどれくらいかが分かる。少なかったようなので薬草を追加する。
抽出するのも魔力が多く含まれた水の方が良いみたいなので、ステータスのスキル画面を開いて『水魔法』を1つだけ上げる。『生活魔法』よりもMP効率が良い水が出せる。魔石の必要量が減るのだ。こぼさないようにバケツに溜めていく。水を出して見ると魔石を少し砕いて混ぜる方が良さそうだと何かが囁いてくる。
台の上に小魔石を取り出して、欠片が飛び散らないように布をかぶせてその上から叩いて砕く。粉々になるまで繰り返す、慎重に布をめくって粉を回収する。吹き飛ばすと大変だ。材料が揃ったら次は抽出の作業だ。
器材をセットして、手始めにフラスコに水を注ぐ。熱を長時間放出するように作製された魔道具に小魔石をはめ込んで熱を調整して水を加熱していく。沸騰したら火から外して冷ます。少し温度が下がったところで磨り潰した薬草をそのまま全て、それに魔石の粉も少々入れておく。
再び温めて再度沸騰させる。このときに魔力を込めすぎるとうまくいかないみたいだ。込める魔力の量で成果品の効果も変わってくるので要練習だ。
薬効がキチンと煮出せているかは、薬湯となったお湯の色を見ればわかる。成分が出た葉っぱの残りは何重かにした濾紙の上に残される。これは仕方なく発生するゴミだ。何かに使えるかもしれないからこれはこれで集めておこう。
濾紙を通った液体はしっかりと緑色をしていたが、時間と共に温度が下がると、効能が安定する。成果品もなんとなくどれくらいかの品質かはわかる。正確に把握するために『鑑定』も欲しいところだ。
「あともう一歩で高品質かな。初めて作ったものとしてはうまくいってるな。スキルが良い仕事してる」
何度か同じ工程を繰り返して、高品質の赤色になった体力回復ポーションが出来上がったときにザールが訪ねてきた。イレブンの顔を見てホッとした顔を見せた。
「イレブンくん、無事でしたか。良かったです」
「はい、おかげさまで。思ったよりも敵が多かったので、一件が落ち着いたら根絶しに行こうと思います。思ったよりも危険地帯でした。相当強くないと森に入ったら恐らく確実に死にますね」
「そうだったんですか!?それは無責任にも紹介してしまって申し訳ありません」
「いえいえ。良い機会でした。次に行くときは十分に準備してから行くので大丈夫ですよ」
腰を折って謝罪するザールに気にしないように伝え、自分の中での決定事項を伝えておいた。今回の蟻退治は経験値としてもSPポーションの材料としても美味しい。
材料と技術が揃えばとんでもなく強化できるのは本当だ。
「せめてもの謝罪です。必要なものの手配があれば必ず言ってくださいね」
「じゃあそれは頼りにさせてもらいます。それで、デテゴの薬は手配出来ましたか?」
おそらく二人の間で一番話題にすべきものがあがったとき、ザールの表情は曇った。
「それが…、おかしいことにこの街では全く手に入りませんでした。他の街への連絡は済んだので、届けば良いのですが…、どう考えても間に合いそうにありません」
「分かりました。じゃあ作ってみるので少し待っていてください」
「えっ?本当に作れるんですか?」
こんなに早く出来上がるとは思っていなかったザールは驚く。今日の昼間に冒険者組合に顔を出して伝言を残したと聞いている。日暮れ前だからまだ開始してから数時間というところだろう。さすがに信じられるわけがない。
信じてもらえてないだろうなことを薄々は感じていたイレブンは苦笑いだ。
「一回で出来るかは分かりませんけどね。では、始めますね。終わったら相談したいことがあるんで待っててもらっても良いですか?」
「構いませんよ。せっかくなので見学させてもらいます」
ある程度練習したら高解毒剤を試してみようと材料は既に準備してあった。これからが本番だと念じながら材料を手に『調合』を始めた。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「どうですか」
「治ったな」
「治りましたか」
「ああ」
1度目ではさすがに成功しなかったが、意外と早く4回目で高解毒薬を完成させた。効果があるとは思えなかったが、一応3回目までに作成した解毒薬も受け取ったザールは、すぐさまデテゴのところへと急ぎイレブンが作ったものだと説明した上で飲ませた。
そして、飲んでみての言葉が先程のやり取りだ。あっさりと言うデテゴに、こいつはこんな奴だったなと思ってザールはホッとするような頭が痛くなるような…。どちらかというと頭が痛い。
「不思議な奴だな」
「そうですね。あぁ、私とイレブン君で相談したんですが、『そのまま待機』してください。具体的にはあと2日ほどです」
「なぜだ?」
「私の手配した薬が届くのが4日後だからです。そして先程先生に再度確認してきましたが、君の限界と思われているのは、1日伸びて2日後です。なんとか間に合わない日程にしているように思えますね」
「死んだように見せといて、なのに生き延びていれば何らかの反応がある。つまり、犯人たちが油断するように囮になれってことか。仕方ねぇな~」
毒が抜けただけで体力はこれから戻していく。デテゴも自分の体が本調子では分かっているので、仕方ないかと受け入れる。4日もあればかなりマシになっているだろう。
「そういうことです。私がここに来るのはいつものことですし、2日間はなんとか生き延びているように振舞うことにしましょう。薬が届くまでの2日間をどうするかは考えておきます。後でここの院長だけには本当のことを話しますが、他言無用ですよ」
「おぅ。じゃあ俺はしばらく無かった休みを寝て過ごすことにするよ」
「それと、ここまでしてくれるのなら彼にはきちんと説明した方が良いと思いますよ」
「分かってる。今回の件が片付いたら自分でするよ。…そのイレブンは何をしてるんだ?」
「何か色々と調合すると言っていましたよ。表情がものすごくスッキリしていましたね」
「そうだな。年齢にそぐわない印象だったが、最後に見たときは逆に子どもっぽさが出たような顔もしてたな」
「無邪気…と言って良いんですかね。ただ、先程話をしていたときにこうも言ってましたよ」
『この世界は皆が楽しむためにある。悪意を持って楽しもうとするものは不要。悪意には鉄槌を』
寒気を感じる。見せていた表情とはあまりにギャップのある一言である。そのときのイレブンの雰囲気を思い出すとザールも寒気がする。
「あいつは敵に回しちゃいけねぇな」
「そうですね。何か憑き物が落ちたような感じはしてましたけどね。あまりに態度を露骨に変えるのは失礼というものでしょう」
イレブンは何事もなく帰ってきたが、彼でなければ帰ってくることは無かった。そこから分かったこともある。ここから慎重に対応して探っていくことにする。
ザールとイレブンが話し合ったことは、獲物の確認の炙り出しと人員の確保だ。相手側の戦力が分からない以上、冷静に準備する必要がある。ある程度動きがバレていることは考慮した上で準備をすることを約束している。
「私も冷静になったら色々と落ち着いて考えたらおかしいところがありますからね。色々と情報交換をしながら考えますよ。君も戦力に数えるつもりですからちゃんと治しておいてくださいね」
「ああ。分かったよ」
寒気がしたデテゴは、もう一度寝るわと言って寝転がった。策をめぐらすことはあるが、情報収集も出来ない現状では大人しく休養を取るしかない。言われた通り安静にしておく方が良いのは確かである。
それが分かっているザールもこれからの根回しのために病室を後にした。外に出るとすっかり日も暮れて夜になっていた。それでもまだまだ暑い時期だ。
ふとイレブンと話していたときの寒気を思い出して、体をさすりながら誰から始めていくかを考えながら宿へと向かって行った。
お読みいただきありがとうございました。