狂気をはらんだ楽しみと生きるための決別
読んでいただきありがとうございます。お楽しみ頂けると幸いです。
予定通りに地道に一匹ずつ潰す戦法でコツコツ戦った。しかしアーミーアントと違って一匹仕留めるのに二度三度の攻撃が必要となると、一回は反撃を受けてしまう。数値にするとHP10は削られている。
今持っているポーションは固定回復100だから10匹倒すだけで1本消費する。既に5本使用済みで残り5本。当然相手の残りは50どころではない。その10倍はまだこちらに向けて動いているような感覚だ。もう数えていられない。
つまり、限界は割と早くに訪れた。太陽が完全に沈んで辺りが暗くなってしまったことで、ただでさえ暗い森が真っ暗になり視界を確保するのに神経を使う。更に不利の条件が増えた。
聴覚強化や嗅覚強化があっても、野生で生きる魔物のそれには及ばないようだった。数の違いも大きな差となって追い詰められている。真面目に考えて命の危機である。
周囲を囲まれると打つ手がなくなり、状況の仕切り直しで初撃の大『風球』を何度か使用したが、いくらかもしないうちに状況は元に戻る。状況は明らかに不利だった。ただ、イレブンには悲壮感はあまり無かった。
「風魔法よりも火魔法の方が良かったかな。いや~。あの殻は火耐性あるから無理か。森を燃やして自分が巻き込まれたら元も子もないしな~。まだ微妙に弱点の風属性で攻める方針は間違ってないよな~」
出てくる言葉に軽かった。そんなことを呟きながら、多めに蟻が固まっているあたりに大『風球』を打ち込んでも状況は大きく変化は無い。
魔力回復ポーションも先程の使用で、最初は10本、残りは4本。良い知らせとして『風魔法』の攻撃を多用することで、ようやく魔法の扱い方にも感覚が慣れてきた。最初の一発目よりも威力は高くなった。
「そうなると、『調合』『調薬』もある程度練習しないと望み通りのモノは作れなさそうだな」
今考えることじゃない。イレブンとしても思いついたことを口に出しているだけだ。
なんでこういう状況になったかを思い出してみると、デテゴを助けたかったからというのはある。いや、違うと自分の考えを打ち消す。人のせいにするな。全部自分の責任だ。現実どうなるかなんてよく考えずに無理をしたからこうなった。
「でも、なんつーかなぁ。口が笑っちゃうんだよな。体が熱くなってくるというか。こういう感じをなんていうんだっけ。…あぁ、そうだ。楽しいってのに似てる」
思い出にある小学生の昼休み、中学生の部活帰り、最近だったらユーフラシアに初めて到着した日や、デテゴとザールとの3人での食事の時に感じていたのと完全に一致はしないが似ている。
「楽しいってこんなことだったな。それよりも更にこうグツグツとしたものがあるからその一段階上って感じだけど。しかし、痛いな。仮にも10周終了組の中での最強だったんだけどな」
自分の好みはこんなにダメージは受けずに蹂躙することだ。ノーダメージなんてことざらにあったのに、飽きるほど倒した雑魚にここまで手こずらされるなんて、精神的なショックが大きい。
ボス戦ならともかく雑魚戦でここまでの命がけは趣味ではない。鍛えるためだと割り切っているならまだしも。
なんにせよ、この絶望的な状況で自覚した。命が一つだからと安全に進めようとするのは当たり前のことだが、自分は今のこの状況を楽しんでいる。
ゲームではどんなプレイをしていたか?効率を求めて、無限湧き状態を整えて敵を出現させたところで薙ぎ倒していた。少々厳しくても攻撃は躱せるからある程度倒してレベルアップして2回に分ければ問題無かった。最終的に経験値をガッツリ収穫する。
差異はあってもストーリーの流れは分かっているし、本編は新スタイルの実験だと割り切っていた。寄り道も必要最低限だった。そんなやり方をしていた。
でも昔は何でも楽しんでいたのではないだろうか。毎回の戦闘とか、キャラの知らない一面が見えるサブイベントとか。懐かしい感覚が戻ってくる気がした。
真っ暗なくせに物が今までよりもよく見える。こんなに様々な音がしていたかっていうくらいに音もうるさい。自分の血と汗、森の木や土のにおい、蟻の放つ異臭や警戒する臭いも強烈に鼻に叩き込まれる。
森の冷たい空気も感じるけれど、肌を刺すようにいろんなところからグサグサと肌を刺す何かを感じ取る。今まで何かフィルターでもかかっていたかってくらいに脳が動き出した感じがする。自覚した上で口の端が上がっていることを感じ取ろう。自分の気持ちを言葉にする。
「テンション、上がってきた」
これからはちゃんと魔物の分布図など知識面での収集はキチンと努めることにしよう。それにこいつらが落とすのは中魔石だ。材料さえ揃えばSPポーションが作れる。大量の経験値だって得られる。レベルが上がればまた新たなスキルを得て出来ることが増える。
まだ死ぬつもりは無い。全力をかけて生きる手段を探っていくつもりである。とはいえ、本来は出現しないはずの無い強敵の大群をどう仕留めていこうか。自分の気持ちを無理矢理言葉で励ました。そして、叫ぶ。
「こんなところでくたばってられるか!」
叫びに反応してディスガイズアントが3匹まとめて飛び掛かってきたのでレベル5の『風盾』をMP倍にして発動する。盾でしっかり受け止められたので、右腕を振り回して弾き飛ばす。
肩で呼吸をし出してからかなり時間が経過している。真面目に逃げるのを考えた方が良いかもしれないなと考えて、ふと気づくとまだ盾は消えていなかった。先程の体当たりを防がれたせいか、正面の数匹はタイミングを見ているようだ。そうなると後ろからまた飛んでくるので同じように盾で防ぐ。
それでもまだ盾は存在している。攻撃を少し防いだけで消えるようなものでは無いらしい。
「ゲームでは短時間の防御のために発生するものだったんだけどな。現実は違う、と。へぇ~~~~~~」
何かが降りてきた気がした。そろそろゲームだ、現実だを言うのはやめた方が良いのだろう。ある程度知識があるだけでここはゲームの中ではない、自由度無限大の現実なのだから。何が起こってもおかしくないのだ。
ということは、イメージ次第で何でもできる。血も汗もだくだくに流れているこの状況だというのに、イレブンは楽しさに任せて一つ試したいことが出来た。さっきから口が緩んで仕方ないのが自覚できる。
そういえば、ごたごたする前は一番難度の高いレベルにして遊ぶのが好きだったことを思い出す。一回ずつの戦闘でしっかり考えて望まないと戦闘では全く勝てない。回復に手を取られると戦闘が長引いてピンチになる。誰がクリアできるんだと投げたくなったこともあった。
何かしらの工夫が必要なのだ。防御を上げる、耐性を上げる、これらは長期戦覚悟のため。攻撃のためなら、弱点を突くか、攻撃回数を増やすか、単純に攻撃力を上げる。
さて、攻撃回数が増やせるかを試してみよう。左手にも出現させてみようとしたが、それは出来なかった。失敗か。
まだスキルが不足しているようだ。確かに『連魔』が必要か。1上げるだけでSPが100必要だから後回しにしてたけど、これはあった方が良いな。無いなら仕方ない。
次は攻撃力の上昇だ。盾の形が変形していくイメージをする。拳の周囲に存在するように、風がぎゅっと圧縮するイメージだ。空気圧を押し固めていくのはイメージしやすい。
風船に息を吹き込むイメージ、自転車のタイヤに空気を入れていくイメージ、高山にお菓子の袋を持って行ってパンパンに膨らんでいるイメージ。一撃で押しつぶす圧力をイメージする。
イメージだけなら様々な空想が溢れていた世界から来たんだ。具体的なイメージが加わると急速に形が整っていく。
だがそこはさすがの野生生物たち。目の前の人間が今行っている魔法の変形を完成させると自分たちの危機であることを察する。他の仲間のためにと言わんばかりに周囲を取り囲んでいた先頭にいたものたちから一斉に飛び掛かり、少しでもイレブンの傷を増やそうとする。
蟻たちからすれば致命傷を与えれば終了だがそこだけは頑なに通らない。ならば次点で四肢を嚙みちぎれれば最上、傷を増やして集中を妨げることが出来れば良し、最悪でも自らの体で後続の盾になろうとする。
最低限の攻撃できる位置まで近づき、傷を増やすことには成功する。しかし、魔物とはいえ根本的には虫の一種。魔法というものに対してのイメージは乏しかった。
イレブンはおもむろに右の拳を地面へと打ち下ろす。然程スピードの乗っていない動きだったが、地面へと拳が当たった瞬間に半球状に風が外向きへと解放される!
「爆風陣!」
ゴウッ!!!
体に貼り付いていた蟻たちは維持することが出来ずに吹き飛ばされ、近くの木々に衝突する。中には体が引きちぎれてしまったものまでいた。
「必殺技、完成~」
留めておけば攻撃力の増加、解放すれば起死回生の半球状の一撃、使用するMPは驚きの10という少なさ。
「アンビリーバボー♪」
今まで口に出したことの無い単語が飛び出してきた。そんな言葉を口走る自分にも驚いてしまう。そして笑みを浮かべる。
(どうやら自分は結構殺伐としたことに楽しみを覚える人間だったらしい。悪いな、顔も知らない友人たちよ。どちらにしても命がけのケンカに楽しみを覚えるような人間だから、遅かれ早かれ不適格だとの判を押されていたかもしれない。こっちに来た方が良い人間だったから急にいなくなったことは気にしないでくれ)
蟻の攻勢が止まっている間に、虎の子の魔力ポーションを1本飲み干しておく。そして再度感覚を忘れないうちに圧縮盾(仮称)を作り出す。
「お前らは数で攻めてきたんだから俺が質を高めても文句言うなよな!仕切り直しな!」
最初の攻撃以来、イレブンから攻める形で戦闘を再開した。
そこからは一方的な蹂躙になった。破壊は右拳でしか与えられなかったが、ここに来て『虫の知らせ』が名前の通りに良い仕事をした。不意打ちの攻撃を察知して、躱すことを可能にした。避ける動きをしたところに右拳を持って行けば一匹倒すことが出来た。
目に付いた近くにいたものには、近づいて攻撃していく。一匹ずつとはいえ、それを繰り返していくと数は確実に減らしていった。
そして、深夜になろうかという時間になった頃――――
「最後の一匹…!」
念のため『索敵』で確認しようとしたが、大量の魔石とドロップアイテムが出現する。大きく息を吐いた。
「勝ったーーーーーー!!!」
暗い森に勝利の雄たけびが響いた。
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