ザールの話とイレブンの恐怖
本日の2つ目です
「消耗品だけでなく、旅の途中で使いそうなものまで置いてあるぞ。街の住民が使うようなものよりも丈夫に出来てるから子ども用のサイズまで売り出してきてるんで、割と混むようになってきてるみたいだけどな。ザールは自分の経験を活かしてそこに参入するらしいから店が出来たら行ってやってくれ」
「ここで買ったらザールさんにところに行く理由なくなりません?」
「それでも顔を出すのが友人ってもんだろう。それにザールなら大丈夫だ」
そこまで言うなら大丈夫なのかと妙に納得してしまって、素直に分かりましたと返事をしていた。
店に入って大きめのカバンから小物入れに使うようなベルトにポケットがたくさんついているものを選んでもらった。その次に買いたかった食器や鍋類、寝具やテント、非常用のポーション数種類を大量に並べてある中で、ひょいひょいとデテゴが選んでいく。
『目利き』スキルのおかげでなんとなく選んだものが中でも良いものだということは分かる。言っては悪いがモブキャラがどんな設定になっているか分からない。
そういうスキル持ちなのか単純に経験則からか分からないが、良品を選び出すデテゴの眼力に驚いていた。
「大荷物かもしれないが、お前アイテムボックス持ちだろ。あんまり周囲にバレないようにしとけよ」
「そこまでバレてましたか」
「お前な、手荷物が少なすぎるんだよ。所有権が自分のモノでないと入れられないってのが通説だから、窃盗やスリには使えないらしいな」
「そんなことしませんよ」
「分かってるよ。まあ正しく使えば効果は絶大なスキルだよな。この世の理を変えかねないほどの運命に導かれている者が、共通して所有しているスキルが『アイテムボックス』ってな。生きてる間にお目にかかれるとは思ってなかったぜ」
「そんな言い方をされるとはちょっと…」
やっぱり何かすべき使命でもあるんだろうか。だったら最初に説明役くらい出て来いと言いたくなる。何も知らないまま放り出されたら好きなように振舞ってしまうぞ。それも良いのだろうけれど。
本編始まるまで99年だろ。絶対に寿命で死んでるだろうしな。
「ついでに俺はこんなだから敬遠されたけど、面倒な貴族はそういう珍しいスキル持ちとか派手に目立つ強いのは自分の手元に取り込もうとするからな。イヤなら王都には行くなよ」
「う~ん。ここを出るなら次は王都に行こうと思ってたんですけど…」
「まあ別に止めはしないけどな。お前なら何とかするんだろうし」
他国の状況を掴むなら王都だと思っていたが、全部を力で払いのけることが出来るくらい強くなってからの方が良いだろうか。それなら先に最初の村に行ってみようか。
主人公どころか長老すら村にいないことは分かっているが、あそこにも隠しダンジョンがあるから女神の腕輪と同様に戦闘補助のお役立ち装飾品がある。あるなら手に入れておきたい。まあ次の目的としては第一候補としておこう。
「まあ少し他を見回ってからにしようと思います」
「おぅ。好きにしてくれ」
「言い方に棘がありません?」
「一人前の男には口を出さない主義だ」
言っていることは嬉しいが、突き放した言い方なのはデテゴという男の特徴なのだろう。
「気の弱い子なら怖く聞こえるんで、相手見て気を付けてくださいね」
「そうか…。そうだな。最近は女でも冒険者を目指す奴がいるしな。そのときは気を付けよう」
「そうしてください」
遠慮なく街を歩けるようになったので、一日使って街を案内してもらった。最終的に夕食はザールも一緒に取ることになった。その席で冒険者たるものは食事にも拘るようにとデテゴからは強烈に、ザールからもやんわりと指摘された。
そういえば大学の友人でもよく動き、よく食べるのが好きなやつがそんなことを言っていたと思い出した。そんな会話をしながら食べた夕食はいつもより美味しく感じた。
そして数日後デテゴが昏睡状態になっているという話を冒険者組合で聞いて、救護院へ走った。
☆ ★ ☆ ★ ☆
救護院の入口ドアを派手な音をして開けて、中へと飛び込んだ。
「救護院内では静かに願います!」
「すいません…、ザールさん!」
夕方とはいえ、まだ他にも救護院の待合室では患者は多くいる。救護院の職員に怒られてしまった。イレブンは形だけの謝罪をする。
視界に疲れた表情の知り合いを見つけ、大声で話しかけていた。待合室で座って休憩していたザールへと。
「イレブン君、来てくれたんですね。デテゴに代わって感謝します。ありがとう」
「急いで来ますよ。それで、何があったか教えてもらえますか」
「…ええ。ただし、必要以上に踏み込んではいけませんよ。約束出来ますか」
「ここで『はい』って答えても内容次第では約束を破ります。大人しくするわけ無いです。守るとも思っていないでしょう?はやく分かっていることを教えてください」
ザールはイレブンのあんまりな言い方に多少驚きはするが、これがこの少年の素なのかもしれないと思って考える。しばし話すことを躊躇うがここで話さなかったとしたら、少年はきっと他に知っていそうな者に聞いて回るだけだろう。
もしかしたら不思議な雰囲気を持ち、デテゴがなぜか目をかけていたこの子ならデテゴを助けるための手がかりが掴めるかもしれない。
そう結論を出したザールは場所をデテゴの病室へとうつし、様子を見せると他言無用であることを付け加えて話を始めた。
イレブンはザールの話を聞きながらデテゴを確認すると胸が上下に動いている。生きていることを確認するといくらか安心できた。
【ザールの話】
今朝のことです。普段なら朝食を取る時間になっても起きてこなかったので、部屋へと様子を見に行ったんです。そうするとデテゴがベッドの上で苦しんでいたんです。
部屋は隣でしたが特に不審な点はありませんでした。本来なら危険の起こることの無いはずの宿屋内ですからね。非常に驚きました。宿屋の方に伝えて救護院へと移動し、すぐに治癒を始めてもらいました。
一旦は症状を抑えることは出来たんですが、どうやら高レベルの毒状態になってしまったらしく…、一時は昏睡状態まで陥っていました。イレブン君が聞いたのはこの状態の話でしょう。
なんとか治癒しきれないかと治癒士の方にもがんばってもらったのですが、救護院の方の治療可能なレベルを超えた毒らしいのです。根治は難しく、現在は体力が失われるのを食い止めることしかできていません。
現状は手の打ちようがありません。王都まで行けば治癒できる方がいると言われても、こんな状態のデテゴを連れて行くわけにはいきませんし。王都の方へ向かう道が先日から崖崩れで通行できなくなっているようです。
私の伝手を使って、高レベルの高解毒薬、上級状態回復ポーション、見つかる可能性などありませんが万能薬が無いかを探してもらうように手配しています。
先日街を出た若手に組合を通して魔道具で連絡を付けました。しかし、デテゴが衰弱死する前に戻ってくるには難しいと思います。彼が王都に着いているだけ不幸中の幸いと言えますが。
今は全てにおいて祈るしかない状態なんですよ…。
どこでそんな毒状態になったのかは分かりません。デテゴも冒険者組合で働くことを決めたので、最近は街の外には出ていないはずですから。
特に外傷も見当たらないことから食事に混ぜられた可能性が一番高いそうです。似たような症状の患者は見つかっていないようなので、狙いはデテゴ一人ではないかと言われています。
怨恨の線だとは思いますが…。悪人たちから恨みを買うようなことをしていましたからね、この男は。
☆ ★ ☆ ★ ☆
イレブンは自分の手が震え、足に力が入らなくなっていることに気が付いた。聞けばデテゴの治療にあたってくれた方の治癒魔法のレベルは5だそうだ。本編で出回っている毒は普通なら5、高くて7だ。
だから普通なら何とか治療できる。仮に7でも、数日前のデテゴなら問題無かった。問題が出てしまったのはイレブンにノーマルシンボルを渡してしまったからだ。状態異常になってから装備しても意味は無い。
デテゴの身を脅かしているのはレベル6か7の毒だろう。仮に8だとしてもそれを治療するならザールが言っていたものがあれば関係なく治療が可能だ。
こんなことになるなら、ノーマルシンボルを受け取らなければ良かったと後悔が渦巻く。自分のミスでいらない苦痛を与えてしまっている。腹の中に気持ち悪い何かが動いているようで吐きそうになる。
イレギュラーである自分がこの世界に紛れ込んだせいで本来なら防げたはずの毒に侵されてしまった。何とかは出来る。
いや、待て。これは史実としては正しい流れだ。デテゴは本来なら何らかの理由で死んでしまう。それがザールの道具屋として『高品質の薬を必ず常備しておく』という方針に繋がっていく。
デテゴのこの状態は俺が気に病むことではない。俺がいることで違う歴史になることを迷っていたが、これで良い。…これで良い。
デテゴが気にかけてくれたこととか、苦労して手に入れたであろうノーマルシンボルを『見込みがあるから』なんて理由でポンと渡してくれたことなど気にする必要はない。俺に出来ることをしないのは別に問題ではない。
……本当に?
自分のせいで人が死んでしまうというのに?
気にするって。
色々とやらかすことになるかもしれないけど。ストーリー補正よ、どうか正常に働いてくれ。
お読みいただきありがとうございました。