過去語り(うっとうしい)と人はそれぞれ何かに悩んでるという話
夕方にも何話か投稿するつもりです。
『俺』は日本にいたころ自分のことを欠陥人間だと考えていた。感情がおかしくなったり、時々おぞましい程の暴力的な考え方に支配されるからだ。理由はあると言えばあるが、それだけでの理由で逃げるのは何か卑怯だと思った。
事情を知る人間に言うと大概真っ赤な顔になってぶん殴られるか、目の前で泣かれて腹を蹴られるかどちらかだった。
……キレても良かった気がして来た。当時は『俺』が原因だったから逆に『俺』が謝っていたけど。まあ今更だ。
相手に不快に思われない程度に社会性は身に付けたが、喜怒哀楽の喜と楽は少々ズレて身に付けていたらしい。自分でもなんとなくは分かっていたが、周囲と完全に一致しているかの自信は今でも無い。
そういう環境で育ったのだから仕方ないと割り切っているが、理解を示してくれた友人たちはこぞって優しくしてくれた。そういった友人は少ないながらも現実にもいたし、画面の向こう側にもいた。
情緒面に関しては異世界に来た今はどうだろう。少しマシになりたいと考えてはいる。最初にザールとデテゴに出会った状況が良かったかもしれない。必死に頭下げないと死んでたからな。
そして、それをいとも簡単に受け入れてもらえたことは今考えれば大きかった。今までの『俺』と大きく違ったのならそこが分岐点であったように思う。
話を戻して、過去の友人たちとの交流を通じて、これは優れているのかもしれないと自覚したのは『眼』の良さだ。スキル関係ではなく元から眼は良かったみたいだ。見えているものに関しては早く反応できたし、視野も通常よりも広いらしい。
夜の山を明かり無しでさ迷ったことがあると言った時は大爆笑かドン引きされた。月が出ていたからマシだったと言ってもあまり伝わらなかった。
現実ではよほど仲の良い友人としか話さなかったし、あまり自分のことを話すことが無かったので周りと違うことに気が付かなかった。最初は視力検査で目がいいねと言われるくらいだ。
良く観察するのも好きだったからか、色々な虫や植物の発見を伝えると驚かれたこともあった。普通に生きているだけでも反射神経の良さも地味に凄いのではと周囲に認識された。あ、ドッジボールでものすごい避けてたな。あんまり続くと目立つので適当に当たってたけど。
かといって運動が得意なわけでは無いので特定の時にしか活かしきれず、あまり日の目を見ることはなかった。
ただ、ゲームでは活かすことができた。『ホシモノ』の武術には基礎武術の上に上級と特級があるからこれを例に挙げると、同じ動きをしようとしても微妙に動きが違う。
相手とのステータスが同等程度であれば、見てからでも反応は十分可能だと見切ることが出来た。『俺』が『ホシモノ』本編クリア後の闘技場で活躍できたのはこれが大きな理由だった。
友人たちに普通とは何かという話と実演を何度も見せられたことで、『俺』自身も自覚を促された。そしてその特徴は今も活用されている。
ステータスに現れない強みとして命を助けてくれている。転移初日のサイウサギの突進を見切ったりとか、視力強化を使うと更に都合よく助けになっている。通常の動きはゲームで見飽きたのでどうすれば躱せるか、カウンターを合わせられるかは覚えている。
そして、今はイメージ通りに動く体を手に入れた。不安点があるとするなら前の世界とは身体性能が明らかに良すぎること。転移直後こそ最低値だが、スキルレベルを上昇させることで補正されるステータスに最初こそ振り回されていたが、ここ数日の討伐活動でようやく扱いに慣れてきた。
さて、現実に意識を戻すことにする。
まだ危なっかしいところはあるにはあるが、たかがゴロツキの上級武術くらいなら完封勝利することは容易い。実際やってのけた通りである。格闘術が思った以上に効果を発揮して吹っ飛ばし過ぎになっている理屈が分からない。何かのスキルが暴走しているのだろうか。
ちなみに視覚を最大限使用しながらの戦いは疲れるため、あまり連発したくない。瞬間的に使うくらいでちょうど良い。普段の方針はステータスを強化して問答無用にボコることにしている。何も考えなくて良いから楽だ。
先程の上級武術の使い手たちも馬鹿正直に接近してきたので攻撃を躱し、相手よりも早く一撃を叩き込んだだけ。俺から言わせれば、舐めてかかる方が悪い。
一番強いらしい二人を倒し、おまけに不愉快だったからボスを沈黙させた。硬直しているやつらに話しかける。
「まだ残っている人で、気絶しているやつらを運ぶ手伝いを頼めるかな。断る人は運ばれる側に回るだけなんだけど」
この一言で無料運搬機を数台手に入れたイレブンは冒険者組合まで自ら出頭して詳しく説明するように命じ、全員が建物へと入ることを見届けた後、自分は宿に戻って夕食を取った。
☆ ★ ☆ ★ ☆
翌日念のため魔石狩りに行く前に組合に顔を出したが、周囲には特に何も言われることは無かった。全て白状することと、イレブンの名前は伏せるように厳命したことは守ったようだった。
安心して今日の討伐に向かうか、それよりも落ち着いて買い物をするかを考えて組合の建物を出たところで肩を組まれた。さすがにこの状況で任意発動の『索敵』を使ってはいなかったので驚いた。
「イレブン~。お前結構派手に動くじゃあねぇか」
声の主はデテゴだった。無理に外そうとするのも失礼なのでやめておく。そもそもデテゴにはバレても大きく問題にならないだろう。
「なんで分かったんですか?」
「あいつらは組合の依頼でな、動きが怪しいって少し警戒を頼まれてたんだよ。お前に迷惑かけちまったらしいな」
「いえいえ。俺も自分の強さがどこまで通じるのか一つの目安になったので」
「本当に変な奴だな、お前は」
あれくらいでは命の危険な目に遭ったとは言わない。せいぜい威勢の犬にからまれたくらいだ。犬に暴力を振るったりはしないが。
「俺もやばくなったら助けようと思ってたんだけどな。昨日以外はお前逃げるし。果てには乗り込んでいって全部潰すしさ。だから礼だけしに来たんだよ。これをやるよ」
「……何ですか、これ」
見た瞬間に大声が出そうなほど驚いたが、何とか飲み込んで知らないふりをした。
「これ持ってると毒とか麻痺の状態異常になる確率を減らしてくれるお守りみたいなもんだ。症状も抑えてくれるから結構便利だぞ」
デテゴが渡してくれたのはノーマルシンボルという首飾りで、名前からは計り知れないほどの高性能の装飾品だ。マイナス効果のある状態異常になる確率を半減以下に抑え、その効果も3段階落とすことが出来る。
序盤の敵が使ってくる毒なら完全に防いでしまうし、終盤でも3段階落ちれば戦闘中に治療しなくても戦闘1回なら持たせることが出来るようになる。
ゲーム本編でも終盤のダンジョンに置いてある宝箱からでないと手に入らない。クリア後ならもっと性能の良いものを作ることが出来るが、結構素材集めが面倒なものだ。まあ大体のプレイヤーが必須で持っているものの1つだ。
っていうか、こんなものをポンと渡すのもおかしいし、簡単にもらうものでもない!
「もらえませんよ。これは相当貴重な物でしょう。効果を聞いただけで分かります。デテゴさんくらい強くないと意味無いでしょう」
「あ~。それだがな。ザールがここで店を構えるなら俺も冒険者は引退しようかなと思ってよ」
「ええ?」
何か悩んでいますみたいな雰囲気を道中でも、食事会でも出していたがそういう悩みだったのか。
「組合の方で後輩育成の人手を探しているらしくてな。それをこれからの仕事にしようと思ってる。本当は一人旅でもしようと思ったんだがな」
「行かないんですか?」
既に肩からは手を外し、街の中を並んで歩きながら話をしている。まだ街のどこに何があるか覚えきれていないイレブンはただついて行くだけだ。
「気ままに一人旅も良いんだろうけどな。ザールが楽しそうに仕事をしているのを見ると俺もなんかくすぐられるものがあってな。自分の経験を素直に活かしてみようと思ったのさ」
「そうなんですか…」
デテゴは人当たりも良いし、実力もある。具体的にどんなことをするのかは分からないが、新人に対して教師のようなことをするのだろうと思えば適任に思えた。
ある水準以上の技術は後進へと伝えられる方が良いだろうし、最初は戸惑いしかなかったが非常に良いのではないだろうか。そう思えてくる。
「俺みたいに囮にしなければ良いと思いますよ」
「しねぇよ。お前は規格外だ。毎日見るたびに強くなっていくような気配があるようなやつなんて、お前以外に知らん」
「え~っと」
「詮索はしねぇよ。だから、俺が使ってた道具のうち一番良いやつをやる。お前はもう金持ってるだろうから細々としたもんは自分で買え。店だけは紹介してやる」
そう言って連れて来られたのは、冒険者御用達!とデカデカとした看板を掲げた店だった。
お読みいただきありがとうございました。