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悪夢

本日3話目です。暗い…。あんまり好きではないのですが、次からは明るくなります

前の『俺』と違って体が思い通りに動いてくれるのはすごく楽しいと思う反面、イレブンは前のときから『奪う』人間が嫌いだ。

多少の理性が効くうちはまだ我慢できる。魔が差すということもあるだろうから1つだけなら間違いだと思って見逃すこともある。だが負の行動を組み合わせたり、繰り返されると故意なのだと感じる。そんなやつ相手だと我慢するのがアホらしくなる。今回でいえば『奪う』と『脅す』がそれに当たる。


祖父と祖母が住んでいた家、父母のくれた数々の思い出(まあ母は最終的にどちらでも良い存在になったけど)、自分のいたかった場所、自分一人では守り切れなかったものがたくさんあった。きちんと後悔するまで追い込めたのは周りの協力と運が良かっただけだとしか思っていない。

過程で失ったものもあった。達成したら燃え尽きたようになってしまっていた。物理的に尻を蹴り上げられて勉強し、大学に同級生よりも一年遅れて入学した。楽しいと言えばゲームかな、なんて軽く考えてなんとなく始めたゲームが『ホシモノ』だった。知っている友達と情報交換したり、クリア後で顔も知らない人とやり取りをしていると少し楽しかった。


1年くらい前の話だ。いつも通り『ホシモノ』をプレイしていると、パーティ内で明らかに理不尽に虐げている者がいた。誹謗中傷は当たり前、荷物持ちについて来い、アイテムを寄越せ、装備品を作ってこい、など。余りにも言葉がひどかった。

相手にしない方が良いと思ったが、なぜか声をかけてしまった。話を聞いてみるとどうやらリアルで繋がっているそうでどこにも逃げ場がないらしい。通っている中学校では直接的な被害もあるとのこと。全員が金持ちらしく、金銭の要求が無かったことだけが救いだ。


メッセージで相手にそれは協力プレイではないと何度言ってもやめなかったし、運営から制限の対応をされても現実を押さえられているとどうしようもなく止めることは出来なかった。

何が理由でやっているのかと問いただすと、理由は無く『単純に楽しいから』と言われた。ゲームの世界だ。それ以外にそれ以上の理由もないのだろう。一人だけのゲームの世界だったら何も言わないが、そうではない。相手がちゃんと存在している。

馬鹿には相手が傷つくということが理解できなかったようだ。


どれだけ伝えても止まらなかったので、自分がお世話になった人に連絡して相談に乗ってもらった。相変わらず性格は良くなかったが、自分は救われた側なので文句を言うつもりは無い。前と同じで良いのかと聞かれたので、確認してそこまでひどくしなくて良いと言われたことを伝えた。


「ゲームやネットの世界だろうと、画面の向こう側には人がいる。何かを挟んだだけで人が見えなくなるのなら最初から何もしないでほしい。これから死ぬほど現実を見せるから、よく考えろ」


闘技場に招待して完膚なきまでに叩き潰してそう言った。散々強化していたキャラだったのだろう。無制限の勝負だったから5回目からは即死アイテムも使ってきた。でも、何もさせずに無傷で10戦全勝した。

試合後には捨て台詞を残していなくなった。次の段階のためにと『俺』もログアウトして、5分後には運営にはやつらの『楽しい』発言の録音を送り付けた。協力者の援護もあり相手のデータをその日のうちに完全に消去させることに成功した。


データが完全に消去されたことを確認した晩には、ネットニュースで非常識なゲームプレイをしている子ども数名について話題になっていた。ネットには顔と実名が流れ、動画も併せて流れたからだ。運営の対応が早かったのもこれをリークしてもらっていたからに過ぎない。

彼らの家、親戚の家、近所の家、学校、教育委員会、親の会社にも全て同じものを送っておいた。一人一人の宛名を書いて、手紙も一緒に付けてキッチリと説明した文書も同封してある。こういうとき協力者は加減を知らない。


「人を傷つけるやつは痛みを感じるのが鈍いんだ。涙が勝手に流れてくるようになって、周囲からの視線に怯えるようになってからが本番だぜ」


うん。恩を感じるのをやめようかと思ったよ。まあ異世界に来たからもう恩は返せないんだけど。


そんなことがあった翌日。目を覚ましたときに、よく考えたら『ホシモノ』のサービス終了かと思って少し焦った。協力者と自分の行いの非常識さを改めて感じてしまったから。

だから『ホシモノ』は継続することで治まったときに、ほっとしたことも覚えている。被害者は改めて画面の向こうの友達になった。

しばらくは加害者への追い込みで協力者はいそがしくなったと言っていたが、とても良い顔をしているだろうことは声から分かった。その人の口癖は良く覚えている。


「犯罪でなくても死にたくなるほど嫌なことなんて海を埋め尽くすほどある。法や権力が加害者を守るなら、もっと大きな力を使って仕返しするしかないよな。あぁ、相手を間違っちゃいけないけどよ。加害者はもちろん、加害者を守るやつって殺されても文句言えないと思うんだよな。被害者の心を殺してるわけだからさ」


しばらく世間を騒がせたが、ニュースなんて日々新しい話題が出てくる。騒がれるのは一瞬だった。検索すれば出てくる過去の行いがどこまでついて来るのかを彼らには『楽しんで』もらえたら良いと思っている。加害者が苦しむのは『俺』にとっては『単純に楽しい』から。

そのあとは真っ当に、世間一般どおりに楽しんでいたつもりだった。賭けに負けて色々と楽しむように大学の同期に言われて11周目を始めたら、別の世界に飛ばされた。


しかし、人の迷惑を考えずに奪う者に出会ってしまった。非常識な自分に戻る理由を得てしまった。しかも恩義ある人物に危害を加えると宣言されてしまった。しばらくぶりだったから抑え方を忘れてしまったようだ。少し我慢が効かないかもしれない。

こういう時の自分は高ぶっているのは分かるが、気持ち悪くて楽しくはない。あまりにもずっとこんな気分でいるとしばらく笑顔が出なくなってしまう。足元でうずくまっている奴を力いっぱい蹴り飛ばした。

臭いも気持ち悪いし、手に残る感触も気持ち悪い。余りに気持ち悪いから一度全身に『清潔』をかけ直す。これで3回目だ。あと何回すれば良いだろうか。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


場面は一度イレブンが買い物をした店の前で囲まれているところに遡る。


一歩も引く様子を見せないイレブンを見て組織のボス、ジェヌケはどこまで強情なのかと呆れた。仕方が無いので自分が出て行った。

自分の一言でついて来ると言ったので、やはり自分のやっていることに間違いは無いのだと愉悦に浸る反面、部下の情けなさに頭が痛くもなった。


そもそも多勢に無勢のこの状況でなぜケンカを買ってくるのかが理解できなかった。パッと見てそこまで戦闘に秀でているように見えない。明らかにお上りさんの少年だ。新品の革製の装備にそこまで良くもない体格、何かしらの良いスキルを持っているようにも見えない。

簡単に言えば、過去に見た武術スキルの聖級や王級を持つような強者が放つ独特の凄みを感じない。ステータスに強みがあるようにも見えないし、さっぱり分からなかった。

冒険者組合に登録して見るもの全てが初めてです!と全力で主張しているように見えたので容易いと報告を受けた。活動初日からそこそこ稼ぎを得ていたらしく、奪おうとしたらマヌケにも逃げられたそうだ。部下の言い訳だと思った。


部下の中にも互いの蹴落とし合いがある。自分もそれでのし上がったし、蹴落とし合いがある方が組織に適度な緊張と強化に繋がると考えていた。早い話が止める理由が無かった。太鼓持ちだと分かっているが、気分良くさせてくる奴の方が近くに置く方が何かと便利だ。

それでも逃がすようなやつにも少しくらいはチャンスをやろうと考えた。ちょうど今日は休業中の地下闘技場を使って痛い目を見させるつもりだった。嫌がるやつを攫って甚振るつもりだったので、ケンカを売るように話す時点で予定外だった。その時点で少し思っていたシナリオと違うとは感じていた。


そう考えていたのに、あっさりと3人とも負けてしまった。この仕込みで大丈夫だろうと考えていた審判の仕込みも失敗した。

相変わらず小僧からは強者の匂いはしないが、目の前の現実が想定と乖離している。局面が読めなくなってきていた。だが手札はまだ残してある。


「相手してやれ」


ジェヌケがそう言うと2人が闘技場に上がった。現在闘技場内にいる中でも最も強い2人組だ。戦法次第ではあるがこの2人に勝てるのは今ユーフラシアにいる中では戻ってきたデテゴくらいのものだ。

ヤツには10年前に親組織を潰された恨みがある。そのデテゴが目をかけていると情報を掴んだから先にこいつにも痛い目を見せようと考えたのに、思い通りにいかない。


まあ2人ともレベルは既に30を超えていて、一人は上級短剣術、もう一人は上級格闘術を持っている。おかげで動きの鋭さが違う。心配はないだろう。


自慢の2人が目の前の小僧に負けるなど想像できなかった。組織の中でも奥の手の兄弟だ。傘下に付けるのに策も練ったし、少々金も張ったが手駒に加わったのは僥倖だった。

実際に使えるところを見せておいた方が、今後の部下の指示もしやすくなるだろう。負けた奴らはしばらく最下層の仕事でもさせて根性を叩き直そうと考えた。


そう考えていると、思わぬところから声を上がった。


「武器は無しじゃないの?」

「今更だな。お前は少々勉強してもらうために必要なだけだ」

「あ、そう」


マヌケな質問だと思った。まだ試合のつもりなのだろうかとイラついた。おまけにほとんど恐怖も感じていなければ、問題にも感じていないようだ。

ジェヌケだけでなく、闘技場内の2人の気にも障ったらしい。目線で殺傷の許可を取ってきていた。


「いいぞ」


その言葉が開始の合図だった。さすがに二対一なら問題無いと考えていた。そしてふと気づく。この街を裏から仕切るために加えた二人だ。デテゴを暗殺できるなら既に力は十分で、実行すればこの街を裏から仕切ることは可能ではないか。

今更合図を待たなくても俺一人で十分なのではないか?思わず口元に笑みが浮かんでしまう。栄光がすぐそこにある。掴みに行くなら早い方がいい。今なら邪魔は入らない。これでここから俺の成り上がりが始まると考えると自分の表情にも笑いが出ていたらしい。


「うれ――――」


そう考えていた。数秒前までは。


何かを言いかけていた部下は闘技場から飛んで来た奥の手のはずの男の下敷きになっていた。


「え?」


上級短剣術の男は喉を押さえられて口から赤い泡を吹いていた。どこから出血したのかは分からないが、足元には血が溜まっている。小僧が手を離すとゆっくりとその中に沈んでいった。


更に飛んできた上級格闘術の男は取り巻きが下敷きになった部下を助け出していた。ちらっと見ると服の色には無かったはずの赤色が見え、すぐにでも治癒させなければ後遺症が残るほどの傷を負っているのが見ただけで分かった。


満を持して送り込んだ手駒は気づくとあっさりと負けていた。何をされたのかすら分からない。ただ、目の前の状況を正確に把握すると口の中の水分がなくなった。その割には汗が止まらない。


「な…んだ…?」


戸惑っている間に先程の審判役と同じように闘技場内に残っている男の手の骨を念入りに踏んでいる。傷はその気になれば癒すことは出来る。


しかし、治癒したところで果たしてあの小僧を押さえつけることが出来るのだろうか。


判断を間違えたのか、なぜこうなったのか、様々なことを考えてしまっているうちにジェヌケは逃げる時間を失ってしまった。ハッと気が付くと闘技場から少年が消えており、最後に見えたのは拳だった。

お読みいただきありがとうございました。

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