失言と逆鱗
本日2話目です。
初依頼をこなしてから3日後のことだった。
「今日こそ逃がねえぞ」
(うわ、しつこい)
血走った目で周囲を囲んだのは、このところ毎日追いかけ回してきた男たちだった。初日の出会いから毎日夕方の恒例行事のようにつけ回されていた。逃げられている時点で敵うはずがないことは察してほしいところだが。
装備も一通り整い、パッと見のごまかしくらいは効くくらいにはなったとイレブンは自己分析している。次は旅の備品を揃えようと買い物をしているところだったが、街に帰ってくるとどこからか現れて追いかけてくるため買い物が滞っていた。
組合から注意してもらおうという考えは無かった。受付でも困っていることはないかと探りを入れられたが、自分で解決することを考えていたので申し出はしなかった。
今日の納品で既に所持金が1万ガルを超えた。ほぼ大銅貨や銅貨で本当にそれだけ持っていたら荷物として重いくらいのはずだが、ほぼアイテムボックスに入れているので大きく問題はない。誤魔化し用の財布袋に少しだけ入れている。本当は道具を入れておくための簡易バッグも欲しいが、それは純粋に店に行けていない。
意地でも逃がさないためにか、今日は人員を調達してきたようで人数が多い。更にいつもは歩いている最中に囲んでくるところを、店の入り口を出ですぐに取り囲まれた。完全に店の迷惑でしかない。
イレブンからすると殺したくないから逃げているのだが、言ったところで通じないので少し困る。溜息もつきたくなるというところだ。
「はぁ…。どうしたいの?」
「言っただろうが。献上しろって。この商売、なめられたら終わりなんだよ。既に結構稼いだだろうが」
「じゃあ、全員土下座して恵んでくださいって言ってよ。一回につき1ガルあげるよ」
タダで金を奪い取ろうとする言動に思い出したくないことを思い出してしまい、つい煽ってしまった。新顔のへらへら笑っていた男たちの表情も変わり、最初から毎日追いかけてくる男は血管が浮き出ている。
「はぁ!?」
「俺に対して情報くれるとか何も見返りがないのにお金だけ奪おうってのが無理があるでしょ。納得してくれないなら、交渉決裂だよね。公平に組合の立ち合いを希望したいな。もう追いかけられるのも迷惑だし。そうじゃなきゃ逃げるよ」
「はっ!ここから――」
「逃げられるよ」
少し男たちは冷静になる。イレブンが持つ確信を持った目に気圧された。
「どちらにせよ明日まで待つか、今日なら公正な場で行うかのどちらかで頼むよ」
「いや~。今日、これから連れて行くところでやってもらう」
そう言って現れたのは、スキンヘッドの大男だった。姿を見せたことで囲んでいた男たちに緊張が走る。特に先頭を切っていた男の表情は一気に悪くなった。嘲りの笑みを浮かべている男が囲みの外に一人いるので手引きしたのはあいつなのだろう。
「悪いな。少々世間について勉強するつもりで払ってもらえないか」
「ちゃんと汗かいて稼いでるので教えてもらう必要ないと思うよ」
「なら新しく出来る道具屋に犠牲になってもらおうか」
今度はイレブンの表情が変わる。
「わかった。行こう」
大人しくついて行くことにした。
☆ ★ ☆ ★ ☆
連れて来られたのは、建物の地下だった。案内された建物の見かけよりも地下は広かった。周囲の建物の地下まで広げているようだ。
(建築法とか詳しくないけど危険じゃないのか?魔法あるから大丈夫なのかな)
地下空間の中央には円形闘技場のようなものがあり、周囲には観客席として石を椅子に加工して敷き詰められている。ただ降りてきた階段から闘技場を挟んで向こう側には一段高い席が壁からせり出しており、テーブルまで設置されている。
あそこでは食事しながら見られるとかそういうことなんだろう。まあ場所としては広いし、色んな用途で使える会場のようだ。本来は観客が入るのだろうが、今日はいないようだ。
会場の観察が終わるときには、降りてきた階段の前に何人かが立ち止まっていた。立ちふさがられてしまって逃げ出す隙は一応無い。無理に通ろうとすれば大丈夫だと思うが。ある程度人員を削らないとまだ難しい。
(別に焦る必要も無いな)
「はやくやろう。宿の夕食時間に遅れたくないし、そもそも結果の分かっている勝負なんて時間がもったいないから」
イレブンは無表情で言い、何かを言われる前に闘技場へと向かう。ニヤニヤと笑っているのはザールのことを引き合いに脅してきたボスらしき男だ。ふるまいや指示を出しているところを考えると実際そうなのだろう。
最初に戦う相手は初日から先頭を切ってきた男のようだ。並んだ順番を見ると最初の3人組が相手らしい。その後に何人続くかは分からないが、少なくともボスが自信を持って送り出してくる相手を引きずり出すまでは相手をすることは決めていた。
「ルールは武器有りの物理だけだ。魔法は使えないだろうが無し」
「一応正々堂々を気取りたいなら、今すぐに『隠密』を使っている奴らを止めろよ。紛らわしい」
「ほぅ」
反応を示したのはボスとその周囲の、おそらく知っていただろう人間たちのみ。他は何を言っているのかという表情をしていて、ボスの合図で本当に姿を現したことで驚愕の表情を浮かべる。
だがイレブンは興味がないし、どこまでも馬鹿にした態度に段々と怒りがこみ上げてくる。
「それでいいんだな」
またイレブンは確認をするが、ボスは不敵に笑うためそれで始めることにした。審判をするつもりなのだろう役割でもう一人闘技場に入ってくる。白シャツに黒ズボンサスペンダーをしていると、確かに審判っぽいといえばそう見える。相手が用意しただけあって胡散臭いことには変わりは無いけれど。ボスの言っていたルールを確認し、開始位置まで誘導されたので大人しく従って位置に着いた。
「ファイッ!」ゴンッ
開始の言葉と同時に相手の顔面を殴って場外へと飛んでもらった。観客席で見ていて運悪く下敷きになったやつもいたが、知ったことではない。どうでもいいことだったから。
手には人の顔の形が変わるときの気持ち悪い感触が残っているが、慣れるために我慢する。全部終わってからまとめて『清潔』をかけよう。こういったこともある意味慣れておかなければいけないと考える。
考えながら待っていても相手が位置につかないし、誰も何も言わないので自分の意思を伝えた。
「次」
一言告げるが、既にあとの二人は表情から読み取るに戦意を喪失しているようだ。ボスが顎をしゃくって無理矢理に闘技場に放り込まれている。闘技場から出られないことが分かりイレブンの方へと体を向けるが、2人とも腰が引けている。それにそこは壁際であって開始位置ではないのだが。そう考えていると審判の声がした。
「ファイッ!」
容赦なく審判が開始を告げるので、歩いて近づいていく。破れかぶれに攻撃しようとする動きに合わせてそれぞれ一撃ずつ入れていく。結果的には先程の男と同じ目に遭わせた。終わると同時にボスが拍手をして、一人だけ立ち上がりイレブンへと話を始める。
「思った以上に強いらしいな。おまえ「次」いっ――、何?」
「次って言ったんだよ。俺の要求は、お前らにこれ以上付き纏われないようにすることだ。ついでに言ってはいけないことがあるってのを思い知ってもらう。だから、次」
その言葉にボスの眉が不機嫌を示す。それに反応して動く気配を感じたイレブンは、問答無用で蹴り上げる。約2メートルほど、地下空間の半ばくらいまで浮き上がりそのまま地面に落ちてきたのは、審判を務めていた男だった。
よく見てみると手にはナイフが握られていた。まだ握ったままだったのでナイフを足で踏んでアイテムボックスへと送る。ナイフを握っていた手が利き手だと判断して念入りに踏んでおいた。何かがボキボキ鳴っていた。自分でやっておいて何だが、痛そうだなとは思った。
「次」
イレブンとしては本心を言っているだけだ。これくらいでは威圧をしているつもりもない。まだ『威圧』のスキルは取っていないし、というのは彼自身の主張だが、徐々に通らなくなっていることには気が付いていない。
お読みいただきありがとうございました。