あの時助けていただいたマフィアです
閲覧ありがとうございます
誘拐、銃刀法違反ありますので苦手な方は目を閉じて見てください
鬼塚 都子はラノベが大好きな25歳の社畜だ。だから死んだ後には異世界転生が待っているかもしれないという淡い期待を抱くのは、いちオタクとして仕方の無いことなのだ
泥酔している状態で銃口を向けられていた都子は、へらり、と笑いながら転生した時の自分の姿を想像していた
「…ふが」
太陽の光が開けたばかりの視界に入って来る。白い天井を認識したが、先日の残業が響き眠気が勝ってしまう。幸い今日は休みなのでゆっくり寝ようと目を閉じ仰向けだった身体を動かし、太陽に背を向けて意識を再び夢の世界へ飛ばそうとした
フニフニと唇を押される感覚があったが、脳みそが熔けているためかそれを唇で挟み、もきゅもきゅ咀嚼する
そして次に聞こえたのはカメラのシャッター音
そこで急速に意識が浮上した。パチリと目を開けると、某有名機種の最新型スマホのレンズがこちらに向けられていた
そのスマホを持つ手は細くて長いが明らかに男性のものだと思われる骨格。薬指と中指にはシンプルな指輪
「フフフ、指を食べているキミは最高に可愛いネ」
ネットで見るイケボ配信を遥かに超える高くも低くもない声と、イントネーションが不完全な日本語
そして黒髪のイケメン。
「え、誰?」
そういうと目の前の男は楽しそうに微笑んだ
「昨日助けてくれたオトコノコ♡」
男の子と言うには体格が合ってねぇと思ったが、その単語を昨日言った覚えがある
昨日泥酔帰りにゴミ捨て場で倒れている男性に銃口を向けていたおじさまの集団に乗り込んだ
『1人の男の子を複数人でいじめてそれが大人のやり方かァ!』
もう子供なのか大人なのか分からない。
あまりに酔っていたから言動がおかしかったのだろう、某女性芸人よろしく台詞を叫び、カタギじゃないおじさま達に銃を向けられた
絶体絶命の時に何を思ったかって『あ、これ異世界転生して俺TUEEEEできるのでは??』という馬鹿なことを考えてヘラヘラしていた
そんな様子に怯んだのか、中々引き金を引かないおじ様たちにこちらがとうとうキレた
『撃つならさっさと撃てや!!』
あまりに大きく叫びすぎたのかド深夜なのに周りの家々の電気がつき始めた
部が悪くなったおじさま達は舌打ちをしながらどこかへ走っていく。一方こちらはというと110番や119番をすることなく、目立った出血や怪我をしていないと確認するや否や、倒れている男性の腹を借りて寝始めた。そこから記憶はない
本当に何をしたかったんだ私…
顔をちゃんと見ていなかったけどこんなに美形だとは思わなかったな
多分この部屋はこの人の部屋だろう、でも深く関わる気はなかった。だって銃持ってる世界だから
ソロリ、と起き上がってベッドの上で綺麗な土下座を見せる
「あの、すみません昨日は酔っていたといいますか…かなり馬鹿なことはしたと思っています。誰にも口外しないので私はそろそろこの辺で…」
頭を下げながらベッドから下りようとする私の足首をがっちり掴んだのは先程の綺麗な手で、つい「ひぇ」と声が出た
「どこへ行くノ?」
「お、おうちに」
にこぉと笑う整った顔を見て悪寒が走った。嫌な予感がするのは私だけなのだろうか
「帰ってイイよ。デモ安全に帰れるとイイね」
おずおずと後ろを振り返り太陽の光が差し込んでいる窓を見る
ズラリと並ぶ見たことの無い高層ビル達、湖なのか大きい川なのか分からないがその向こう側には観覧車が回っている。私は見たことがある。ここの夜景を主にテレビで
「あの…ここ、どこですか?」
「んー?」
蕩けるような微笑みの彼に私は恐怖する
「香港へようこそミヤコ♡」
声にならない悲鳴というのを初めて体験した私は現実逃避のため意識を飛ばしたのであった
「…ほぁ」
次に目を覚ましたのは先程の白い寝室とは180度違う黒い空間。黒い壁に黒い扉腹部に巻きついている白い手……ん?
「目、覚めた?」
後ろから耳元へ声をかけられてようやく私は抱きかかえられているのだと理解した
「あ、の?状況が理解できないのですが」
「んフフ、困っているミヤコ可愛い」
話が通じない、だと?いやそれよりなぜ私の名前を知っているんだこのイケメン
しかし聞いた事には返答してくれるので、気になるところを片っ端から聞いていった
あの夜、実はこのイケメンは意識がずっとあって、おじ様たちをおびき寄せる作戦だったらしい。そこで突然酔ってる私が乱入して来て作戦はめちゃめちゃに
乱入した本人は銃口向けられているのにニコニコ笑ったかと思えば、急にキレる始末。おじ様たちは捕まえたけど、自分の腹を枕にして寝ている私が面白くて気に入っちゃったので、本拠地の香港に連れて帰ったらしい
「大変申し訳ないという気持ちでいっぱいなんですが、とりあえず離してくださぃ…」
「そんなに可愛くミテもだァめ」
耳にキスをされました。
もう一度言います 耳に キスを されました
海渡ってる人は積極的だぁ(白目)
「ボクのことは小明って呼んでねミヤコ」
「はぁ、」
もうダメだ、頭が追いつかない
こういうのって実は可愛い瓶底メガネ女子とかが担当したりするものじゃないですかね
平々凡々な酔いどれ女相手にしても誰も需要ないって!画面の向こうで充分じゃん!
待ってこれ立派な誘拐じゃね??もしもしポリスメン案件?
うんうん唸っていると扉の向こうからコンコンコンとノックされて、背の高い男性が入ってきた
『失礼します李 暁明様、例の組織についてお話したいことが』
パァン!!
彼が何か話している途中で火薬の匂いが鼻をかすめる
『誰が入っていいなんて言った。失せろ』
先程まで話していた人とは思えないくらいの絶対零度の声音で日本語ではない言語で話している
右手は私の腹部へ、左手は黒い御チャカ様が握られていた
『し、失礼いたしました』
幸い男性には当たらなかったみたいでそそくさと退出していく
「……しゃおみんさん」
「なぁに?」
本当に同じ人間だったのか確認のために名前を呼ぶ
また砂糖が出そうなくらい甘い声で返事をした。まるで先程のことが無かったような
色々聞きたいことはある。絶対お前裏社会の人間だろと言いたいが自分の命が惜しい
意味もなく名前を呼んでしまった。機嫌を損ねさせたくないので何か言わなくてはならない。と、悩んでいる時にタイミングよく私のお腹の虫が鳴った
「お、お腹すきました」
──────────
鬼塚都子、彼氏いない歴=年齢。まぁつまり喪女。二次元に生きる女
であるからして色欲より食欲が圧倒的勝利するもので…
「しゃおみんさん!これキャビア?キャビアですか!?」
「ウン、いっぱいあるから沢山食べてネ」
キラキラした目で目の前のキャビアを凝視する都子。そしてそれをにこにこしながら見る暁明。
部屋に続々と厳ついオニイサン達がぞろぞろと来て皿を机の上に並べていく
皿の中にはキャビア、麻婆豆腐、ローストビーフ、エビチリ、刺身など和洋中が揃っていてどれも美味しそうだ
お腹が空いていた都子にはどれを食べても美味しい以外の言葉が見当たらず、それはそれは幸せそうに食べる
いつまで経っても料理に手をつけない暁明に気付いた都子が先程の恐怖など嘘のように気軽に話しかける
「食べないんですか?この水餃子なんて最高ですよ!ぜひ食べてください」
新しいレンゲに乗せた水餃子を差し出す。自分で持って食えよの意を込めて口元より少し離した所で固定した
その様子に目を見開いて都子を暫く凝視する暁明に、さすがに失礼だったかと下げようとしたが、手ごと掴まれて水餃子を口にした
「…オイシイね」
「はい!あとはこのオムレツも絶品です!」
談笑しながら食事をするのは存外楽しく、満腹になる頃にはもう恐怖やら何やらが完全に消え去った
むしろ開き直って小旅行と称して満喫してやろうとも思っていたくらいだ
鬼塚都子、25歳、面の皮は厚い方である
『李暁明様』
いつから入ってきたのか分からない1人の男性がすぐ後ろにいた
暁明は舌打ちをして男性を睨むも相手は動じない
「ミヤコ、仕事してくるからココでいい子にしててネ」
「わかりました」
『お前は都子についていろ』
男性に何かを指示したらしい暁明は都子の頭頂部に唇を落として名残惜しそうにその場を去った
「金 瀏蘭と申します。鬼塚様」
「あ、よろしくお願いします?」
都子の前に出た男性の流暢な日本語に、同郷の人間かと勘違いしそうになった
後ろになで付けられた黒髪とフレームのないメガネ、キリッとした目鼻立ちは、いかにも仕事ができますという感じで
そんな人が何処の馬の骨か分からない私に対して腰が低いのは少し怖い
「質問いいですか」
「なんなりと」
「私会社に有給休暇申請とっていなくて、」
「ご心配なく。手続きはこちらで済ませてあります」
それを聞いてホッとする。無断で休んで大目玉を食らうのはどうしても避けたかったからだ
「そうだったんですね、ありがとうございます」
「はい退職の手続きは終わっていますので、ゆっくりしてください」
────────ん?
「い、今退職って言いました、?」
「えぇ、鬼塚様は『お気に入り』ですため、恐らく日本に帰ることすら出来ないと思いますので」
「え、どどど、どういうことですか」
「………李暁明様は定期的に自ら『お気に入り』を見つけてきます。それは物であったり、動物であったり、人であったり。『お気に入り』は人であれば衣住食全てが最高品質で、高い壺を割ろうが、散財しようがあの御方はそれに飽きるまでは許します」
とんでもねぇこと聞いちまった25歳
「飽きた後とかは…?」
「以前『お気に入り』だった風俗の女は前日に強請っていたダイヤのネックレスを再び強請った時に、あの御方自ら始末しました」
とんでもねぇこと聞いちまった鬼塚都子
「飽きる瞬間は誰にも分かりません。次の日かもしれないし、数年先かもしれない」
「今までお世話になりました」
床に座って三つ指立てて深く頭を下げ、ここを出ようとする都子に「やめておいた方がいいです」と瀏蘭は淡々と言う
「あの御方は逃げられることを極端に嫌います。ここから姿を消したとなったら血眼になって探しますでしょう。そもそも鬼塚様はパスポートを持っていないので運良く航空に着いたとしても不法入国者として檻の中で世話になると思いますが」
「おぐぅぅぅう」
人間本当に追い詰められたら変な鳴き声を発すると余計なことを考えて現実逃避している都子に救いの手が差し伸べられた
「要は飽きられなければ良いのです。方法はご自分で探して貰うしかありませんが、飽きられなければ日本に帰ることも可能でしょう」
「どうしてそこまで助けてくれるんですか」
もしかしてもうこれ以上人が死ぬのを見るのが辛い、とか?実は優しいクーデレタイプの、乙女ゲーで言ったら小動物が好きな眼鏡の真面目くんみたいな?
「他国の人間の死体処理は色々面倒だからです。特に日本は人1人いなくなっただけで国が動くから余計に面倒で」
全然違った。外国怖い
文字通り震えながら暁明が帰ってくるのを大人しく待つ都子であった