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苦い記憶

しかし、

終電がないという人に

それでも出ていけとは言えなかった。


その夜、彼は当然のように、まったく自然に、

そして、儀礼的に、それが挨拶かのように、私を抱いた。

おそらく、私の心は人形のようになっていたのだろう。

何も感じなかった。


無事に歴史の単位も取れて卒業が決まったとき、

彼は言った。


「君のこと好きになっちゃった。

時々泊まりに行っても良いよね。

すんごく愛してる。」


無事に就職した彼は、数日に1度、泊りに来た。


「今日は、麻雀に誘われっちゃって・・・」

「飲み会だったんだ。」

「課長に付き合わされちゃって、参った、参った。」


などと言っては泊っていった。

かならず、

「君が好きだ。愛している。」の言葉を

シャワーのように浴びせかけながら・・・


言葉には魔法があるのかもしれない。

そんな言葉を浴びせかけられているうちに、

いつの間にか、彼が来るのを

心待ちしている自分がいるのに気づいた。


3か月が過ぎた。


「あなた、誰か男の人と付き合っているようだけど、

どうするの?

就職のこともあるし、

素行調査もあるかもしれないから、

きちんとしておかないと・・・」


母からだった。

いつの間にか、彼の存在が親にも分かったらしい。


確かに、母の言う通りかもしれない。

就活を真剣にやらなければいけないのは

もちろんだけれど、

身元もきれいにしておかないと・・・


次に彼が泊まりに来た時、思い切って聞いてみた。


「私たちって、これからどうなるの?


すると、


「もちろん、決まってるじゃないか。

君を好きで、愛している気持は変わらないよ。

これからもずーっと好きで、ずーっと愛していくよ。」


「それは嬉しいけど、就職のこと、どうしようかと思って。」


「就職? それは、遥ちゃんが好きなところへ就職すれば良いよ。

遥ちゃんが自分で選んで進んでいく道、僕は尊重するよ。」


「私たちって、将来結婚するのかなぁ。」


すぐには返事が返ってこなかった。


振り向くと、


「結婚なんて言うのは、

時期が来たら自然になるものなんじゃないかな。

宇宙の流れに身を任せてというか、

自然とそんな方向へ向いていくのじゃないかな。

そんな気になったら・・・。

無理にしたところで、うまくいかないと思うよ。」


そう答えていた。


そして、それから、二日経ち、三日たち、

1週間がたち、2週間がたっても

彼が現れることはなかった。


切なくて、苦しかった。

あんなこと、言わなければよかったと

激しく後悔した。

あんなことさえ言わなければ、

きっと、今も時々は泊りに来てくれたのだろう。


切なく苦しく辛かった。


しかし、

彼は確かに言ったのだ

君が好きだ。大好きだと。

心から愛しているとも。

あの言葉は一体何だったのだろう?


そして、月日がたち、

あの言葉の魔術の虜になっていた

自分の愚かさを嘆くようになった。


そして、思った。

言葉なんて分からない。

他人ひとの心なんて分からない。

自分の心だって分からないのだもの、

他人ひとの心が分かるはずはない。


それからだった。

軽く「好きだよ」と言う人が嫌いになった。

まして、「愛している」なんて軽々しく言うことは絶対に許せないと思うようになっていたのだった。


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