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春スキーに誘われた

そう、あれは、れんぎょうが咲き始めたころだった。


お昼休みに課長から

「山中さんはゴールデンウィークに予定があるの?」と聞かれた。


そういえば、若い子たちは今頃になると

ゴールデンウィークの話題で持ち切りだ。


そんな中で、一人だけアラサーになっても浮いた話一つない私に

ゴールデンウィークの予定などあるはずもない。

すでに、社内では「行かず後家」などと言う噂さえ

流れているらしいのだから。


「何でそんなこと聞くんですか。」


不機嫌そうに答えた。


「君、たしか、スキーできたよね。」

続けて聞いてくる。


「クリスチャニアとかウエーデルンとか、

カッコ良いのはダメですが、ボーゲンまでなら。」


「ボーゲン、どのくらいできるの?」


「ボーゲンなら、まかせておいてくださいよ。

蔵王の競技コース、

あれ、確か35度くらいの斜度がありますよね。

あそこをボーゲンで滑り降りて、

居並ぶ競技スキーヤー達が

あっけにとられて見ていたくらいだったんですから。」


「え? あのコースをボーゲンで滑ったの?」


「ええ、まあ。

実は、コースを間違えちゃって。

気が付いたら、スラロームの競技用の旗が

たってるじゃないですか。

けど、引き返すわけにはいかないし、

仕方がないから、ボーゲンで滑り降りたんですけど・・・、

見ていた競技スキーヤー達は

呆れたような顔してましたね。

そして、『パラレルで滑ればよいのにね。』なんて

声も聞かれましたけど。」


「あ、は、は、は、は! それなら、問題ない。

いや、スキー仲間と

春スキーに行こうと思ってるんだけど・・・、

スキーと言っても我々が行こうと思ってるのは山スキー。

ゲレンデで、リフトに乗って

かっこよく滑り降りてくるスキーじゃない。

山を登って、林間コースのようなところを

滑り降りるのだから、

ボーゲンさえできれば大丈夫だ。

まあ、スキーと言うより

ほとんど山登りのようなものだしね。


君も行かないか?」


「そんな話なら、若い子たちに聞けば、

行きたい人たくさんいると思いますよ。

課長さんのお誘いなら。」


「いや、無理でしょう。若い子には。

それに、チャラチャラした気持じゃ

山スキーは危険ですからね。」


「でも、なんでまた、急に私をお誘い下さる気になったのですか?」


「いや実は、仲良しのスキー仲間で

毎年、春スキーに行くのが恒例になっているんだけどね。

僕が結婚してからも、続いているんだけど・・・。

去年、僕が結婚してからは、

奥さんも同伴で行くようになったんだ。

もう一人の安西君はもうすぐ結婚するフィアンセがいるから、

その人も一緒と言うことで去年は5人で行ったわけ。

一人だった藤沢君は「全く気にしてません」と言って、

女性の荷物を担いで滑ってくれたり、

いろいろと気を遣ってくれるので、

なんだかこちらが恐縮してしまってね。


今年は、誰か女性の参加者が

いないかなと思ったんだよ。」


「それで、モテそうもない、暇そうな私が目に留まった、

と言うわけですか。」


「いや、そんなつもりはない。君は・・・」


「その先は言わないでください。

私が誉め言葉を嫌いだということはよくご存じでしょう?」


「そうか。君は誉め言葉も嫌いなのか。

まるで、こんにちは、とでも言うように、

好きだとか愛しているとか言われることが

嫌いだとは聞いていたけれど・・・。


じゃ、とにかく、また。

春スキーの細かい打ち合わせとかしたいから、

連絡するね。」


そういって、課長は立ち去って行った。


残された私に突然苦い思い出がよみがえってきた。


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