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究極の愛の言葉

バブルが崩壊して、

勤めていた会社が倒産してしまったのだ。


仕事がなくなってしまった私たちは

すぐにローンの返済に困窮した。

家を売りに出したが、不動産は暴落しており、

売却代金だけでは残債を支払うことができず、

それまで蓄えていた預貯金をすべて支払って

やっと清算することができた。


無一文になった私たち、

でも、そんな時でも、笑顔だった。


一人が、


「まだまだ終わらない」


そう言うと、もう一方が必ず、


「まだまだ続く。これから始まる」


と返した。


私たちは信じていた。

また、新しい素晴らしい幕が開くのだと、

2人ならできる。と。


しかし何をしたら良いのだろう

中年になっていた私たちに

再就職口を見つけることは難しかった。


どうする?

できることをやるしかない。

できることって?


今までやってきた人材紹介の仕事しか考えられなかった。

小さな人材紹介会社を立ち上げた。

それから夢中で働いた。


一睡もせずにと言う言葉があるけれど、

会社の近くのホテルに泊まりこんで、

一睡もせずに資料を作ったこともあった。


折角ツインルームをとったというのに

1台のベッドは手つかずのまま。

だって、本当に私は一睡もすることができなかったのだから。

そんなこともあった。


砂粒ほどの小さな会社は少しずつ大きくなった。

お客様の会社のマネージャーから

必ずあなたの眼で見て推薦してくださいね。

と念を押されるようになり、

就職希望者からはこんな会社があって良かったと

言っていただけるようになった。

嬉しかった。

私たちにも存在意義があったのだ。


久しぶりに、本当に久しぶりに郁美から連絡があった。

子供も手を離れ、時間ができたので、

久しぶりに会いたいと言うのだ。


会うなり郁美が言った。


「お互い変わりませんね。」


「いや。変わってますよ。

変わってないのは気持だけ。

だって、隣近所の人にはおばさん、

時にはおばあさんなんて呼ばれるんですからね。

それに、眼は見えなくなるし、耳は遠くなるし・・・

髪の毛だって染めなけりゃ外出なんてできませんよ。」


「は、は、は、それを言っちゃ、おしまいよ。」


「ま、元演劇部の郁美はいつまでたっても娘役出来るから良いけど・・・」


「あ、演劇部って言ったら、

あの部長だった下杉君、亡くなられたんだって。

知らなかったけど、下杉君って、3度も結婚してたんだって。


「え? どうしてそんなこと知ってるの?」


「あの頃、演劇部の副部長をしていた

南郷君から聞いたんだけど、

初めの奥さんとは子供が一人いたんだけど、

ほかの人と結婚したくなったので、別れたんだって。

その奥さんは、

「とにかく、この子供は私の子供ですから、何にも要らないから、

絶対にこの子供に親だなどと言って接触しないでください」

という条件で別れて出ていったんだって。


別れてすぐに次の奥さんと結婚して、

3人子供が出来たんだって。

でも、別れることになって、

今度はその奥さんが子供3人を育てますから、

この家と養育費をいただきますということで、

それまで住んでいた家、っていっても

下杉君が親に建ててもらった家だけど。

下杉君は出ていかなくちゃならなくなったんだって。


さて、住むところがない。

家を借りるのには保証人が要る。

でも、下杉君は親からは勘当状態になっていたし、

頼める人がいなかった。

そこで公務員だった南郷君に泣きついたというわけ。


南郷君、人が好いから、保証人になってあげたのね。

それからは、音信がなかったって。

そんな南郷君の所へ裁判所から封書が届いたので、

驚いて開けてみると、

下杉君が家賃を滞納しているので、

支払えという命令書だったのですって。

驚いた南郷君が調べると、

下杉君が多額の借金を残して亡くなっていたこととか、

いろんなことがが分かったんですって。


それで、2度離婚して、亡くなった時には

インドネシア人の方と結婚していたことが分かったのだけど、

インドネシア人の奥さんは行方知れずになっていて、

負の遺産を相続しなければならない

前と前々の奥さんとの間にできた子供たちも、

大変だったみたい。

南郷君もとんだとばっちりで本当に参ったよ。

って言ってましたけど。」


そんなことがあったんだ。

「ふられて帰る果報者」と言う言葉があるけれど、

私はまさに果報者だったのかもしれない。


越路吹雪さんの歌はいつの間にか

バラ色の人生ラ・ヴィアンローズに変わっていた。


♪ら~ら、ららら~

愛の言葉~~~


そうだ。

未だかつて、夫から愛の言葉を聞いたことはなかった。

いたわりやおもいやりの言葉をかけてはくれるけれど、

愛しているとは言わなかった。

好きだとも言わなかった。


「なぜ?私と結婚したの?」


幾度となく、それとなく、

ある時は正面から聞いてみたが、

答えは返ってこなかった。

ただ、静かに微笑んでいるだけだった。


せめて一度くらい

この歌のように

夫の胸で

愛の言葉を

聞きたいと思った。


その時、携帯のベルが鳴った


携帯をとった私の耳に

夫の声が聞こえてきた。


「今、知床の観光船の中だ。

観光船が沈んでいく

今までありがとう」


そして、

声は途絶えた。


何が起こったのか、分からなかった。


心の奥深くで

「バラ色の人生」の旋律と

「今までありがとう」

の言葉が重なり、リフレインしていた。



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