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春スキーの後で

ゴールデンウイークも過ぎ、

紫陽花が梅雨に打たれてひときわ美しさを増したころ、

課長から話があると言われた。


そして、会社の帰り、喫茶店で課長から聞いた言葉は


「藤沢が君と結婚したいと言っているのだが、どうする?」


一瞬私は言葉を失っていた。

そんなことは予想だにしていなかった。

結婚などしないぞと、頑なに決めていた私にとっては、

それは、まさに青天の霹靂だった。


うつむいたまま、答えられずにいる私に、


「あいつは男の僕から見ても良い男だ。

本当に良い奴だ。

僕が君だったら喜んで受けると思うけどね。」


と、課長は続ける。


(課長さんだって、素敵な人です。

仕事を通して、ずっとそう思っていました。

その課長さんが

そこまでおっしゃって下さるのなら・・・)

私は黙って大きくうなずいていた。


木漏れ日を追いかけ子らの紅葉狩り

そんな秋がやってきて

その年の秋、私たちはスピード結婚をした。


職場の人たちはみんな驚いていた。

しかし、一番驚いていたのは

多分私だったのかもしれない。


結婚式に、あまり友人のいない私は

友人代表として郁美に出席してもらうことにした。

祝辞を述べてもらわなければならない。

打ち合わせのために久しぶりに郁美と会った。


郁美はすでに結婚しており、専業主婦になっていた。

私に会うなり、郁美は言った。


「おお! 貫も碌々! さすが、ビジネスレディ!」


「いやだ。郁美ったら、

いつだって芝居がかってるんだから。

いくら演劇部だったからって。」


「は、は、は。でも、いくらか肥ったんじゃない?」


「あんまり、気にしてないけど、

そういわれれば、

学生時代よりは体重増えたかもしれない。」


「しかし、驚きましたね。


絶対に結婚なんかしないと言っていた遥さまが

ご結婚とは・・・

一体どんな風の吹き回しなのだろうって、

みんな驚いてましたよ。

この話聞いたら。」


「そうかもね。みんな驚くかもね。

一番驚いているのは多分私だと思うけど。」


「そうそう、そういえば、

この前、演劇部のOBとOGが集まったのだけれど、

以前、部長をやっていた下杉君、

注意人物になっているらしいよ」


「え? 注意人物?」


「なんだか、みんなにお金貸してって言ってるらしい。

私の所へは来ないけど。

まあ、専業主婦の私からは絞れないと

思ってるんでしょ。

それに、遥は演劇部じゃないから、

まさか遥のとこへ行く心配はないと思うけど。」


「だって、下杉君って、

たしか、家がお金持ちかなんかで、

お父さんのコネで就職も困らないって

言ってた位じゃないの?」


「家はそうなのかどうか良く分んないけど、

最初の会社は半年くらいでやめて、

転職したらしいんだけど、どこもうまくいかなくて、

もう、4つか5つ会社変わったらしいんだけど、

みんなうまくいかなくて、

親もあきれ果てて、勘当同然になったらしいのよ。」


「へえ、そうなんだ。」


「あ、変な話、縁起でもない話しちゃったね。

さあ、さあ、おめでたい遥の結婚式の祝辞、祝辞っと。」


郁美の言葉で急に現実に引き戻されたような気がした。


(遥には、恨むとかそんな気持はなかった。

恨むとすれば自分の愚かさ。

だから、下杉が苦境に陥っているからと言って

痛快だとは思わなかった。

とにかく、消したかった。

あの記憶のすべてを消したかった。

削除ボタンを押して、

記憶のページからすべてを消し去り、

何もなかったことにしたかった。)


結婚してからも私たち夫婦はよくスキーへ行った。

課長ご夫妻達と一緒のこともあったし、二人だけのこともあった。


年末年始を蔵王で過ごすようになった時期もあった。


スキーが好きな私たちだったが、海も好きだった。

子供のころには海水浴が好きだったが

大人になってからは海を見ることが好きになっていた。


海が見えるところの白い家に住みたいね。

そんなことを言い合っていた私たちは

念願かなって大磯に家を建てることができた。

嬉しかった。

楽しかった。

松林越しに相模湾を見渡すことができたし、

2階の窓からは富士山を望むこともできた。


2人して、家の近くの砂浜で

熱海の花火を楽しんだこともあった。

近くの魚屋さんから届けられたヒラメの姿造りに

舌鼓を打ったこともあった。


子宝には恵まれなかったけれど、

幸せだと思った。


しかし、そんな安穏な生活は

長くは続かなかった。

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