ストーカー
午後20時。
残業終わりの会社員達が帰路に着く時間帯。
俺のほんの十数メートル先を歩く女性。
進行方向は同じ。
先程からチラチラと後ろを見ながら、徐々に加速している。
俺も気づかないフリをしたかった。
だが、どうも俺がストーカーに見えているようだ。
失礼な話だ。
自分で言うのも何だが、身なりには気をつけている。
客観的に見て、ごく普通のサラリーマンに見えるであろう。
何故この女性の後ろを歩いているというだけで、気まずい思いをせねばならぬのか。
目の前の彼女が加速する理由は、彼女自身にあると言わざるを得ない。
……あるいは、その理由は社会にあるのかもしれないが。
少なくとも、俺に落ち度がないのは確かだ。
俺は歩みを止めず、進むべき道を順調に進む。
依然、走りにくそうなワンピースの先端が、忙しなく跳ねている。
もはや競歩とも言えるその速度に、俺は可笑しさを感じていた。
思えば、今までの人生でこんな扱いをされたことは無かった。
ごく普通に生きてきただけで、俺の周りには人がいた。
そして、その人間達は得てして笑顔だった。
羨望の眼差しを向けられることはなかったが、畏怖の念を抱かれることもなかった。
無論、俺の知り得る範囲での話だが。
……兎も角、昨日まで誠実かつ真っ当に生きてきた自分が、
この女性に対し後ろめたい感情など持ってはいない自分が、
今このシチュエーションのみによって、悪役に仕立て上げられている。
甚だ理不尽。
相手には恐怖こそあれど、おそらく悪意はないことが、また憎らしさを倍増させる。
もどかしい思いに苛まれていると、女性の足が止まった。
女性の視線の先には一軒家がある。
俺は悟る。
ああ、漸く解放される。
結局、駅の改札を出てからずっと、俺はあの女性に苦しめられていた。
……あるいは、社会に苦しめられているのかもしれないが。
少なくとも、俺が独りで勝手に苦しんでいたわけではない。
女性は足早にその家に入っていった。
彼女の家は俺の目的地と非常に近かった。
俺は彼女の家の隣にあるアパートの前で歩みを止める。
……不本意ながら、俺は彼女をもう一度怯えさせることになりそうだ。
俺は用意した包丁をポケットの中で握りしめる。
そして、決意を固め、102号室のインターホンを鳴らした。