03 格上
ある程度進むと、体を少しの違和感が走る。
(あれ、今なんか雰囲気変わったような…。見られている感覚がなくなった?まあ気のせいか。)
ウィルは初めて森の奥に行くこともあって、気持ちが舞い上がっている。ユアもそれは同じようで、普段よりも楽しそうだ。些細な変化も忘れて、二人は無邪気に走り回る。
「あ、ユア!あの魔物、いつものよりも少し感じる魔力が高い!」
「ほんとだ。どうする?」
「もちろん、『身体強化』!」
――
「思ったよりもあっさりだったな。」
「まあお兄ちゃん強いもんね。」
それもそうか、と狩った魔物の焼肉を食べながら考える。
あまりいつもの魔物と強さ変わらないし、こんなものなのかな。いいくらいの時間だし、もう少しのんびりしたら帰ろうかな。
二人は魔物をあっさり倒すことができて、気が緩んでいた。だから、気づくのが遅れてしまった。
「…誰だ!」
ウィルはそばに近づいていた気配に気づき、振り向く。ユアもそれに引き続き、探知魔法で探り、気づく。囲まれていることに。
これらの気配は動物じゃない…。もしかして人?
振り向いた先にある木の後ろから、鎧姿の大人が出てくる。見た目は人間だけど、これは。
「…やあ、はじめまして。おじさんちょっと迷子になっちゃって、よかったら近くの村まで案内してくれないかな。」
「へえ、そうなんだ。大人が何人もいて迷子なんて、兵隊さんやめたほうがいいよ。」
ウィルが少し煽ると、目の前の兵士が驚いた表情になる。
「まさかとは思ったけど、その女の子がやったのは探知魔法かい?その歳なのに、その制御力、まるでエルフ様みたいだね。」
目の前の兵士が合図すると、隠れていた兵士が顔を出す。
全員で二人、いや後ろに兵士が一人まだ隠れている。しかも…。
「そうでしょ。自慢の妹なんだ。それで、魔族の兵隊さんが何の用事?」
「…いや?なんのことだい?我々はお国のために身をささげている。魔族、なんていわれると傷つくな。」
「しらじらしいよ。その鎧、うちの国の鎧じゃないね。前に帝都に行った時に見たことがあるんだ。なにより…。」
目の前の兵士の顔が少しずつ険しくなる。空気が張り詰めていくかのように。
「…なにより、エルフに様をつけるのは、魔族だけだよ?」
………
「…ふふ、ふっふっふ。あーはっはっは!」
「……」
目の前の兵士が耐え切れなかったかのように笑う。隣の女性兵は何も表情には出さない。
「はーはっはっは。いや、すごいな少年!見事、その通りだ。我々は魔族領のエストレヤ王国兵士。私は兵士長のオスカル・ルイス。
エルフ様という呼び方、確かに我が国だけだな。盲点だったよ。」
異常に上機嫌な兵士たち。それを前にしても、二人は警戒を解かない。
「はー、さて、それじゃあ殺すかな。」
………ほらな。
「密偵が知られると警戒も厳しくなるし、生還が難しくなる。だから知られてしまった以上、殺すしかないんだよ。悪く思わないでくれ。」
「じゃあ、僕らも激しく抵抗させてもらうよ。」
「ほう、探知魔法は見事だったが、しょせん子供に何ができると…。」
「こんなこととかできるよ。『身体強化』。」
かなり強く魔法をかけ、一瞬で隠れていた敵の背後に回り、思い切り殴り飛ばす。
「ほう。バレていたのか。」
殴り飛ばされた兵士は倒れたまま起き上がらず、返事もない。一撃で昏倒されたようだ。
「…なるほど。警戒を強めろ。ただの子供と思うな。まずは少女を狙う。」
「やらせねえよ。ユアはサポート!」
ウィルはユアの前に立ち、兵士を迎え撃つ。
「うん!『泥の海』。」
「複合魔法か。まるで子供とは思えないな。」
ユアが敵を崩している間にウィルは腕に力を込める。今回は腕を変化させない。純粋に魔力だけを込める。
「これで終わりだ。」
強化した足で地面を蹴り、地割れを起こしつつ突進する。限界まで強化した腕で敵を殴る。いつもの必勝パターンだ。
凄まじい音と土埃が巻き上がる。しかし、ウィルは普段との違いに疑う。肉の感触ではなく、何か硬いものを殴った時の感触だったからだ。
「はは、また驚かされた。一枚で十分だと思ったが、念には念を入れてよかった。まさか二枚も割られるとは。」
目の前には黒い岩の板があり、ウィルの拳はひびを入れていた。足元の残骸から、同じ板を二枚は割ったことがわかる。
やばい!
危険を察知したウィルはそこから飛び跳ねる。すると、地面から鋭い岩がいくつも隆起する。
「お兄ちゃん!『泥の根』!」
「させないよ。『領域変換《黒曜石》』」
ユアは兄を助けようと魔法を使おうとする。しかしその瞬間、地面が黒い艶やかな鉱石に変容すると、ユアは上手く魔力を通すことができず、魔法を発動させられなかった。
「え、な、なんで…!」
「ここら一帯の地面を黒曜石にし、私の魔力の支配下に置いたんだよ。これで君はここの地面に魔力は通せない。」
(とは言ったものの、凄まじい干渉力だ。気を抜くと、すぐに支配権を持っていかれそうになる。少年もものすごい身体能力だった。あれは力魔法ではなく、ただの身体強化だろう。本当に何者なんだこの子たちは。)
「う、うう…。」
悔しく何もできない無力感から、ユアは涙を流す。
二人にとって、これが初めての格上との戦いであった。