魔導師フェルディナント・ペデルーンの魔獣 4
4.
「……きよ……起きよ……」
うるさいわね……もう少し寝かせてよ……
「起きよ! アリシア・ペデリーン・ガディ!」
「アリシア、起きなさい」
お父さま、もう少し寝かせてったら……
揺さぶる手を跳ね除けるも、何度も来襲するので寝ていられない。
「もう! 全然寝ていないのよ! こっちは皇子のラクガキと変な字を……」
抗議してやろうと跳ね起きたあたしが見たものは――
「……解読……して……」
研究所所長ライピッツ、魔獣部長バルギス、騎士二名、お父さま、リュース……何これ……それに……聞かれた……
「なっ、なっ、何ですか! 女の寝顔を見るなんて失礼ですよ!?」
服装に乱れがないか、慌てながら整える。それにしても何があったのかしら……
「アリシア、顔が赤いぞ」
この皇子は! 赤くもなるわよフツー!
そんなあたしをライピッツが冷やかに見る。
何よ、起き抜けのレディをそうマジマジと見ないでよね!
「魔獣部第4課魔導師アリシア・ペデリーン・ガディ、アガベルケス第1課長殺害の容疑で、君の身柄を拘束する」
ナニヲイッテイルノカシラ?
意味を遅ればせながらも理解すると、頭は急速に目覚めていく。
「あたしが……!?」
お父さまに視線を走らせると、首を左右に振っている。
「どうして! 何を証拠に! あたしは何もやっていません! アガベルケス課長を殺してなんかいません!」
ライピッツに、バルギスに、騎士に――
あたしは必死で訴える。
バルギスは不安な表情、騎士は無表情。
でも――
ライピッツは冷たい目で見ている。まるであたしを犯人と確信しているかのように。
「所長! あたしは!」
「……第1課長室を検分した」
事件が起きてから、魔獣部はハズバーンの代わりを考えていた一方、所長は手掛かりを探していたの……
「何かあったのですか!?」
あたしは縋るように所長に尋ねる。
「……怪しい書類が見つかった」
「書類?」
「制御クリスタルの注文書だ。事務部に申請している発注数に対して実際の購入数が少ない。その差額分の代金を横領していたのだろう」
「その書類とあたしがどんな関係です!」
ライピッツは押し黙り、バルギスに顎で命じる。
「その筆跡が、魔導師アリシア・ペデリーン・ガディと同じだ。そうですね、所長」
嫌なことを押し付けられたバルギスは冷や汗をかきつつも、自分の役割をこなして上司の機嫌を窺う。
「見せて下さい!」
「だめだ」
あたしの必死の懇願にも、ライピッツは冷ややかな目のまま。
「……ほかに解ることがあるかもしれん。それに、証拠を隠滅される訳にもいかん」
誰がそんなことしますか!
「あたしはやっていません! だから見せて下さい!」
「……」
ライピッツの表情は変わらない。
「あのよー、横領と殺人とアリシアを結びつけるのは強引過ぎないか? 横領したからと言って殺人とは関係あると限らないし、アリシアが横領したとは限らないぜ? 本人も違うと言っているし」
リュ、リュース!
このタイミングで何てナイスフォロー!
「……ふむ」
ライピッツは腕組みをして考え込んだ。
「……まあ、皇子が言うことも一理ありますな」
やった!
所長の顔色見ながらも、バルギスも同意した。流石皇子の一言!
「しかし、書類の筆跡が魔導師アリシア・ガディに似ているのも事実だ」
うう、ライピッツ……違うって言ってるのに……!
「そ、そうですね所長」
その言葉に、バルギスはあっさりライピッツに鞍替えした。
この二股膏薬がっ!
「……確かに、希薄な証拠で犯人扱いも良くない。しかし筆跡が似ているのもまた事実だ……」
ライピッツは目を閉じた。
「魔導師アリシア・ペデリーン・ガディ、三日の猶予を与える。犯人を見つけよ」
なっ!?
「犯人ではないのであろう? ならばほかに犯人がいるはずだ。それを見つけることで身の潔白を示すが良い」
どうしてあたしがそんなことしなきゃならないのよ!
「そんなことできる訳が――」
「ならば、研究所から去ってもらう」
どうしてそうなるの!?
「確たる犯人の証拠がないのは事実。だから身柄を拘束するのはなしにしよう。しかし筆跡が似ているのは事実。疑わしい者を研究所には置いておけぬ」
どんな暴論よ!
「所長の言うとおり。犯人と決め付けている訳ではないぞ。もし研究所を去っても犯人が分かれば、いつでも呼び戻そう」
犯人が分からなかったら、結局戻れない。
そしてあたしが犯人ってことになるわ!?
残ったお父さまだって肩身が狭くなる!
「そんな条件――」
「飲む飲まないは聞いておらん。これは決定事項だ。いいな。三日! 三日の内に犯人を見つけ出せ。さもなくば研究所より出て行ってもらう」
言いたいこと言い捨てると、ライピッツはバルギスと騎士を連れて背を向けた。
「三日?」
リュースはキョトンとしていた。
「……一方的な」
お父さまは静かに怒っていた。
「……グス」
あたしは鼻の奥が熱くなる。
両目に悲しみが集まり、涙に変わる。
「……ヒドい……」
あたしは何もやっていないのに。
どうしてこんな目に合わなきゃならないのよ!
久々に、泣いた。
上級魔導学校で、研究所で、侮られても、見下されても――
女であること、下級士族の出自、飛び級、変人皇子のお守と槍玉に挙げられ、蔑まれ、嘲りを受けても、誹謗中傷を受けても決して泣いたことはなかったのに――
今日の今日、ここまで陰湿な、根拠のない理由で冤罪を受けるなんて。
悔しくて悲しくて、腹が立って気分が悪くて――
「あたしが、あたしが何をしたって言うのよ!」
リュースは顔色一つ変えずにあたしの肩に手を置く。
「なあアリシア」
「なによ!」
「おれも手伝うからさ、探そうよ手がかり」
「手がかりを教えてもらおう」
あたしはリュースに引っ張られていく。
「手がかりって……」
「ライピッツの所! 注文書を見せてもらうんだ!」
「……見て何になるかしら」
所長室は四階中央部で、これ見代がしの無駄に重厚で、周りから浮きまくった豪華な扉を備えている。
「所長! 所長! ライピッツ! 金髪! マッチョ! ケチ! 成金!」
聞こえたらエライ事になりそうな呼び名を連呼しながら、脳みそお子様皇子は森を模した細かい彫刻のあるドアをドンドンと連打。コイツは……
「止めなさいって!」
あたしがその手を押さえる。
しかし手遅れ。所長自ら不機嫌そうにドアを開け放った。
「相変わらず非常識な。叱る者もいないのですかな皇子」
こっちはそれどころじゃないわよ!
ライピッツはジロリと皇子をねめつける。
「で、このケチで成金の金髪マッチョに何の用です」
全部聞こえていたのね。
「あのな、アガベルケスが殺された事件で、犯人の手掛かり教えて」
ライピッツの表情は段々厳しくなる。
「皇子、犯人探しより、アクベルトの設計図はどうしました? 犯人探しと設計図、どちらが大切だとお思いか!」
「犯人探し」
リュースはケロッと答える。
「アクベルトの設計図なんていつでもいいじゃないか」
そんな訳ないでしょ……!
でも、そう言ってもらったら正直嬉しい……うう……
「皇子! 今は一刻を争うのです!」
ライピッツの怒りに、リュースは怯まない。
「アリシアの期限はたった三日しかないんだぞ! それを切ったのはお前だろーが! だったら言う事聞けよ!」
言っていることは正論。だけど所長を怒らせたらダメでしょう……
「フン、皇子を巻き込むとは」
ライピッツは忌々しげにあたしを睨み付ける。
でも負けていられないわ!
ここは便乗しなくちゃ!
「注文書を見せて下さい! 横領の証拠!」
ライピッツは舌打ちしてドアを大きく開けた。
「入れ。少しだけ話をしてやろう」
所長室は……リュースの言う通り成金趣味丸出しだった。
中央には左右に長いソファーを挟んで打合せ用の低くて大きな机、その奥に窓を背にして所長の高い事務机。
その両横に、同じ色の背表紙のついた魔導書で埋められた本棚が二つずつ。本棚の前には大きな観葉植物の植えられた鉢がどちらにも置かれている。
そこまでで終われば確かに魔導師や魔導学校長の部屋に見える。
しかし事務机には宝石細工の動物が幾つも並び、本棚の上には黄金像が置かれ、右の壁には趣味の悪い大きな絵、左の壁には金や鉄や翡翠で作られた仮面がたくさん掛けられていた。
ホントに悪趣味……
ライピッツは事務机の引き出しから、魔導書のページ半分程の木紙を取り出した。
「これだ」
受け取ったリュースは一目見るなり、笑って突き返した。
「似ているけれど、これはアリシアの字と違う。別人だ」
「あたしにも見せて!」
思わず歓喜の声が漏れる!
「ほい」
ライピッツの前で木紙が方向転換し、あたしの前にくる。あ、ライピッツ不機嫌になった……
構わずあたしはその木紙の注文書を急いで読む。
『2月12日、制御クリスタル20個、納期2月23にて、発注者魔獣部――2月17日注文数変更17個にて』
内容は大したことがない。
でも字は……あたしじゃない!
「これはあたしの字じゃありません! だからあたしは犯人でもありません!」
「さて、どうかな。違うと言っても似ているのも事実だ」
「似ているからって……」
「似ていないより、似ている方が犯人の可能性は高い」
どんな理屈よライピッツ!
「お前、こんな物でアリシアを犯人扱いするのか!」
「犯人扱いではありません皇子。怪しいだけですが、ことが殺人である以上怪しい者を研究所には置けないのです。犯人が分かれば幾らでも取り消します。勿論犯人でないことがわかってもね」
「そうか」
リュース、丸め込まれないで。
どう考えても暴論なんだから!
「ほかに何かないのかよ? |死ぬ前に書いた手掛かり《ダイイングメッセージ》とか、服の切れ端とか」
「ないですな。調査したのは護衛騎士。詳細はそっちで聞くが良いでしょう、皇子」
「うんわかった」
リュースは回れ右して部屋から出ようとする。
あー、もう肝心な時に使えないわね……
「待たれよフェルディナント皇子。その証拠の注文書は置いていかれよ」
「貸して」
「だめです。置いていかれよ」
「ケチ」
リュースは机の上に注文書を投げつけ、早足で出ていく。
「騎士の所へ行こう」
リュースはあたしの手を引っ張って、折角上がった四階から一階に降り、研究所の正門へ向かう。また四階まで戻ることになったら二度手間よ……