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魔導師フェルディナント・ペデルーンの魔獣 3

     3.

 ムスッとしていたリュースは、第4課設計室に入るなり大きく喚いた。


「なんだよバルギスの奴、おれの設計図をロクに見もしないなんて!」


 リュースの溜息の原因はそれなの?


 我慢していたのね。


 エライエライ。


 いい子いい子。


 でも、もうちょっと賢かったらもっといい子。


 だけどね――


「……見たから怒ってるのよ」


 見ずに怒りますか。


 普通ああいう物を見せられたら、真っ当な神経持っていたら、怒るか笑うかあきれるかするわよ。


 ……どれもしないあたしとお父さまは、真っ当じゃないわね。


「フェルディナント皇子、設計図を」


 お父さまは何かを悟ったような口調になっている。


「バルギスは『設計図が見たい』って言った! 言った! 言った!」


 もう、いい歳してダダ捏ねないでよ。


「その設計図とやらが、ラクガキにしか見えないからでしょ!」


 噛んで含めるように言っているつもりだけど、果たして解ってくれるかしら?


「設計図を――」


「ラクガキじゃないぞ! ちゃんと纏めているじゃないか!」


「――フェルディナント皇子」


「知らない人が見たらラクガキにしか見えないの! 見せる時はあたしかお父さまの許可を得てからにしなさいって、何遍言ったら理解するの!」


 なんだか子供を躾けているような気になってくるわ。


 リンゼータと比べて、あたしはいいお母さんになれそうにないわね、ハア。


「あんなのでアンタはアクベルトを創れるの!」


 ラクガキやら殴り書きで魔獣が創れる訳ないでしょ!


 ……普通なら……


「創れる!」


 コイツは普通とほど遠いからねぇ……


「魔導師ペデルーン! 魔導師ペデリーン!」


 お父さまの珍しく激昂した声に、あたしとリュースはハッと我に返る。


「言い争って、何か利があるなら存分に言い合ってくれ。その間に、僕は落書きでも何でも見るから。さあ、アクベルトの設計図を。それとも僕が見るのでは不服か?」


「見るのか?」


 リュースは若干機嫌を直すと床に魔法陣を展開した。


 中心に手を突っ込み、木紙の束を取り出す。


「これはリプ……ベスバはまだだめ……あれ? どこやったっけ?」


 知らないわよ。


 リンゼータに整理してもらったら?


 ただし出したままうっかり置き忘れたら、間違いなくゴミと思われて捨てられるから。


「これだ! アクベルト!」


 リュースは嬉しげに木紙の束を持った手を振り上げる。


「さあ見てくれ!」


『設計図』を見せられて、あたしはバルギスの苦渋の顔を思いだした。


「これは何の嫌がらせかしら。暗号解読した方がマシよね……」


 握られてハッキリ見えなくてもーー


 謎の絵。


 不規則な文法。


 方向性のない文字列。


 読めない字……しっかり口を閉じておかないと、溜息と不満と怒りがダダ漏れに出てしまいそうになる。


「……アリシア、そんな解り切ったことはもういいから、早く作業に取り掛かろう。時間は限られているんだから」


 一方お父さまは達観していた。


 机の上の場所を開け、新しい木紙を束で取り出し、カーボンペンと定規を並べる。


「フェルディナント皇子が愚者ではないことは、アリシア自身が良く知っているだろう」


「……ええ」


「ただ人に説明するのが苦手で、字を丁寧に描く習慣がなくて、相手の心理を理解しない」


「……知らない人はそれだけでバカ扱いするわよ」


 魔導研究所のほとんどの魔導師がそうであるように。


魔導研究所(ここ)にいる魔導師は、およそ愚者とは縁遠い。こと魔導学や学問に関しては、『天才』と呼ばれる者も少なくないだろう。しかし、フェルディナント皇子はそれ以上だ。記憶力も、想像力も、分析力も、計算力も。記載する速度が思索に追い付かないから、どうしても殴り書きになる。記憶力がいいから、全て書かなくても覚えているし、それ以上書かなくなる。ラクガキで十分なんだ」


「普通なら正気を疑うような言動なんだけどね」


 きっとリュースは幼年学校でも魔導学校でも、良い師に恵まれたのだろう。


 でなければ頭か精神の病気を疑われて、こんなに自由は貰えなかったかも。


 上級魔導学校のあたしとリュースの師・魔導師ペデリンだって、リュースの才能を高く評価していた。


『ペデリン』『ペデリーン』『ペデルーン』と似ているのには訳がある。


 これは魔導師名で、上級魔導学校を卒業すると『魔導師』と認められ、同時に魔導師としての名『魔導師名』を持つ。


 魔導師名は問題なければ自称もあるが、慣習的には師が決めて、師がその実力や能力を認めると、師に似た魔導師名が与えられるの。


 つまり魔導師ペデリンが認めたからこそ、リュースの魔導師名が『ペデルーン』であり、あたしの魔導師名が『ペデリーン』という訳。


「わかっているわよ。あたしは上級魔導学校でずっと一緒だったから。それに、誰にも創れなかった魔力増幅器を一から創ったのだって知っているわ」


「あれは一器官だったが、大変だったな」


「ええ」


 懐かしむにはそんな昔ではないけど、現物をウッカリ先に貰ってしまったから、設計図をどうしても理解したくて……本当、酷い目にあったわ。『天才とナントカは木紙(かみ)一重』ってこのことよ。


「理論は今でもサッパリ理解できない」


「あたしも」


 魔力増幅器の構造も術式も非常に複雑だった。


 あたしはまだリュースの言っていることを理解できるつもりだったけど、彼は気分が嵩じてくると言葉もより難解になり、結果ほとんど理解できなかった。


 でも――でも魔力増幅器を内蔵したために、実際ハズバーンの魔力は増大し、最大の難問は解決、第1課で要求するスペックに仕上がった。


 基本設計は確かに第1課長アガベルケス。


 もし魔力増幅器がなかったら――開発は難航し、三か月以上遅延したことは想像に難くない。


「今回は魔獣丸丸一頭。さて……」


「どれだけかかるかしらね」


 あたしたちはもう一度大きく溜息をついた。


 でも二人とも本当は解っている。


 これを清書する方が、まともにハズバーンを再設計するよりは早いことを。


「魔導師ペデルーン! アクベルトの設計図、順番に揃えて! 全部教えてもらうわよ! 覚悟なさい!」


「見るの? どうぞ。つまらんけれどな」


 リュースは机の上に、魔方陣から出した木紙の束を置いた。


「『つまらん』って……その割には嬉しそうに見せていたわね!」


 さっきと言っていることが違うじゃないの!


 見てくれないから拗ねていたのは誰!?


「バルギスが『見たい』って言ったから見せたんだ。見たくないなら『見たい』と言うな! こんなもの見たけりゃ、幾らでも見せてやる」


 本当に、何を考えているのかしら……


「あたし達は『こんなもの』の為に魔導研究所にいるのよ」


 意を決してあたしはそれに手を伸ばす。


 間一髪、お父さまが先に一枚目を取った。


「アリシア。一応僕は課長だ。取り掛かるなら、当然最初にすべきだろう?」


 恰好いいことを言いながらも、一枚目の絵と字と図を見て表情が曇る。


 これ、リュースの言動に多少なりとも免疫があってさえもこうだから、免疫がなかったら即行投げ出すのが普通の反応よね。


「お父さま、あたしが翻訳するから、清書を」


「うむ」


 着席したお父さまは新しい木紙を広げた。


「翻訳って、失礼な奴だな! 別にグラン語でもテラン語で書いていないぞ? ちゃんとグリーン語で書いてあるぞ」


「どこがグリーン語よ」


「どの辺が!」


 あたしは正直な感想を漏らしただけなのに、リュースはムッとした。


「読めない、汚い、解らない。こんなのはフェルディナント語よ」




 覚悟はしていたものの、フェルディナント語の翻訳・解読・清書は難航を極めた。


 そして一つ解ったことがあった。


 リュースは正直者だと言う事。


 多頭の魔獣はずっと研究されていたから、その応用と言えば応用、『リュース一人の手柄ではない』と、言えなくもない話。


 複合多頭もその応用であることは明白。


 やろうと思えば自分一人の手柄にできるのに、しなかった。


 まあ、する発想がなかっただけなのかもしれない……


 

 しかし、自分一人でその問題点を解決するなんて!


 そして実現できた理由と言うのが――


「システムボックス! コイツは神経ケーブルで出来ているんだ!」


 見せられたのはリュースが創った魔導器。


 手のひらほどの六角形。


 厚みはあたしの指程。


 横は一辺に二つずつ窪みがあって、表面は骨素(カルシウム)で白い。


 魔獣アクベルトの体内に埋め込まれ、複合多頭を制御している。


 基礎理論は信じられない。


 いえ教えられても理解できない。


 要諦は『心はどこにあるか』そこから始まる――それを問われたら、あたしも含めて大抵の魔導師は『頭』か『胸』と答えるわ。


 でもリュースは違った。


『心というのは全身にある』と言うのが彼の仮説。


 それだけで意味不明。


 前にこれを大真面目に言って、バルギスに笑われた。


『確かに、男と言うものは下半身に別の心を持っているものです。皇子はそれに気づきましたか』


『……別の心じゃないんだよ?』


 嘲笑なのにリュースは全然気づかなくて、あの時も恥をかいたわ。


 次にリュースは言った。


『では、心とは何か』


 あたしたちは『魂』や『五感』を挙げるが、リュースの仮説は『心とは神経を走る信号(シグナル)だ。だから神経の塊である頭には心が多くにあり、全身に神経が走る以上、心は全身にあるんだ』


『脳と神経は似ているが別物である』のが魔導学の常識。


 しかしリュースの仮説はこれに反し『脳と神経は同じもの』だと言う。


 そしてシステムボックスは、魔導技術で創られた神経――魔獣にも使われている――神経ケーブルで作られていて、それが脳と同じ働きを持っていると言う。


 その仮説が正しいにしても、アクベルトは三つの頭とシステムボックス、合わせて四つの心を持つはず。


 ならば一つの体を巡って四つの心が騒乱してもおかしくないのに、それがアクベルトではなぜか起きない。


 かつて解決できなかった多頭魔獣の根本的な問題点。


 そこで『心とは――』の仮説に繋がる。


『頭がそれぞれの中でだけ独自に信号をやり取りするから、心も独立している。そこで複数の頭部が全て信号をやり取りすれば、心は統合される。それは本来一つの脳内で普通に行われていることだ。だから動物であれ人間であれ、普通は一つの頭で一つ心を持つ。だから複数の脳も、信号をやり取りすれば心は一つにできる。そして統合するために信号を仲介するユニットがこの「システムボックス」だ』


 心が一つ!?


 頭が三つもあるのに、それぞれが違う動物なのに、心だけはたった一つなの!?


 到底信じられない!


 無理よ!


 そんなこと信じられないわ!


「ありえないわ! そんなの――」


 解説されて概念はある程度理解出来た。


 ただし実際には不可能よ!?


「アリシア、無理に信じる必要はない。ただ、現実に動いているのは事実だ。納得できないのは解る。僕だってとても信じられない。しかし我々が今することは、フェルディナント皇子の設計図を清書するだけだ。天才を凡人が理解すること自体がおこがましい。信じるとか信じないとか、些末なことだと思わないか?」


「ええ……」


 あたしの頭に閃くものがあった。


 動かないはずの翼!


 前足と翼を同時に動かすために――


「まさか、キールにもシステムボックスを使ったの!?」


「そうだよ。脳はものを考える思考エリアと、体を動かす制御エリアが別の機能をするから、思考エリアで『空を飛びたい』と思っても制御エリアで翼を動かせなければ飛べない。制御エリアは翼か前足を動かすからね。しかしシステムボックスを仲介にして翼の制御をシステムボックスにさせれば、思考エリアの『空を飛びたい』に対してシステムボックスから翼を動かすって寸法さ。システムボックスが余ったからキールに埋め込んだ。言葉だって話すだろう? 翻訳器をシステムボックスに繋いで人間の言葉を閊えるようにした。神経が脳と同じって証拠だよ」


 あたしはキツネの言った『すごいでしょ!』の意味が解った気がした。


 リュースの独創的すぎる発想は、魔導研究所の天才たちが束になっても思いつかない。


 所詮真の天才の前では、凡人の内。


 仮説すら思いつかないのなら、それを応用することなんてできない。


「前は魔力増幅器、今回はシステムボックスか。応用して複合多頭。アクベルトがハズバーンを凌駕するはずだよ。こう言ってはなんだが、アガベルケス課長が研究の階梯を一段ずつ登るのに対して、フェルディナント皇子は一足飛びに駆け上がっているようだ。僕らにはとてもついていけない」


「あたしね、別に魔導師ペデルーンの研究でも頭の中でも理解するつもりはないわよ。ただ、読める字で設計図を書いてさえくれれば!」


「読める字で誰でも解る設計図を書けるような人物なら、逆にこんな発想できないよ。それが天才と言うのかもしれないな」


 世の中、少々頭がいい程度のレベルで天才を自称する者も少なくない――魔導研究所なんかにいるととみに顕著に――でも真の天才なんか、そんなにいいものじゃないわよ。


 あの皇子見ていると特に。


 誰にも理解されないし、自分も相手を理解できないし。


 それに何より、自分より遙かにレベルの低い奴らに笑われるし。


「魔導師ペデルーンは、リンゼータと言う理解者がいるから不幸じゃないわね」


「何言ってんだ? アリシアだっておやっさんだってペデリンだって理解者だろう?」


 ……そこに父母や兄姉が挙がらないことは不幸よ。




 昼間から働き通しで深夜を迎えた。


 疲労が溜まりに溜まっている。


 不満も溜まっているけど。


「眠い……」


 あたしは頭を振って睡魔に儚い抵抗をする。


「この『15、27、38、やったー』っていうのはどういうこと?」


「二桁目が三つとも5になるんだ」


 あたしの問いに、皇子は落書きを続けながら素っ気なく答える。


「はいはい。154、257、358ね」


「フェルディナント皇子、この『ワーイ』は、三桁の数字だと思うが、二桁目に何を入れても合わない」


「それ、右上・中・左下の斜めに7が入るんだ」


「斜めまで計算するのか。7が一桁目、二桁目、三桁目……」


「ビンゴゲームのつもりでしょ。あー眠い」


 午前を過ぎても進捗状況は芳しくない。


「お父さま、徹夜の覚悟は出来ていたけど、これ徹夜したくらいじゃ無理よ」


「ああ、全部は到底無理だろう。基本設計部だけでも押さえておかないとな」


「お父さま、それさっきも言っていたわよ」


「アリシアも、同じようなことを3回は言っていたぞ」


「あたしも、何言っているかわからなくなってきたわよ」


 神経の疲弊が度を過ぎて、心身ともに疲労困憊。


「次何!? 攻撃系? 機動系? 魔力系?」


 一方皇子は元気でこちらをせっつく。苦労しているのはこっちだからね!


 コイツは眠くならないのかしら……




 気がついたら、朝日が昇っていた。


 取り急ぎ、ユニット化してある頭部や内臓は全て省略し、全体の設計図を形だけなんとか纏めることには成功していた。


「なーなー、複合多頭の制御わね」


「ふあ……これで、なんとか、できたわね、お父さま」


「ああ、アリシア、お疲れさん」


「システムボックスで統括していてね」


「じゃあ、あたしは寝るわね」


「僕も仮眠するよ」


「なあ、システムボックスの設計図見てよ」


 アンタもさっさと寝なさい!


 あたしは机に突っ伏したかったけど、リンゼータが気を利かせて持ってきてくれた毛布に包まって、魔導書の厚いのを選んで枕にすると、床に横になった。


 バタバタと疲れ知らずの天才皇子の足音が聞こえたけど、あたしの意識は急速に眠りに落ちていった。

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