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魔導師フェルディナント・ペデルーンの魔獣 2

     2.

「……お前らおれをバカだと思っているだろう?」


 思っています。


 あたしも。


 多分ここの全員が。


「違うとでも!?」


 ついにバルギスは怒りを隠さなかった。


 言わせてもらうと一応その言葉は不敬よ。


 間違いない事実だけども。


 しかし皇子には全く通じない。


「おれが言いたいのはな、どうしてハズバーン程度の魔獣なんかに目の色変えるんだ? あの程度で? そんなに困るの?」


 それを耳にすると、バルギスを筆頭に魔獣部全体が怒りに震える。


 な、な、何を言い出すの!?


 あたしはもう知らないわよ!?


「あの程度とは何です! 皇子にあれ以上の魔獣が創れるとでも!」


「うん。創った」


「創れないでしょう……創った!?」


 バルギスが聞き返し、あたしも耳を疑った。


 今何て……!?


「うん。第4課で開発したよ」


 ナンノハナシデショウカ?


 思考停止しかけたあたしはお父さまをソッと窺うと、あっちでも血色を失っていて首を振っている。


 そうよね。身に覚えないわよね!


「は!? 皇子贔屓のメイドが飼っている魔狼のことですかな!? どの魔導師がお世辞を並べたのか、魔狼と魔獣では比べるべくもありませんぞ」


 その視線はあたしに向けられた。


 違いますっ!


 あたしはこんな皇子にお世辞なんて言いません!


 小言ならしょっちゅう言いますけど!


「カールとカレンのことじゃないぞ」


 あ、リュースが珍しくムキになった。


「はっ! それでは創れたのですか! ファイアブレスを搭載した魔獣! 騎士を載せて戦場を駆け抜け、防御球殻で守ることができる魔獣! ハズバーン並の実力を持つ魔獣!」


「えっ!? ファイアブレスがいいの!? ソニックブレスじゃだめ?」


 どうしてソニックブレス?


 ソニックブレスはファイアブレスより威力――ことに命中した相手を吹き飛ばし、転倒させ、確実な足止めを行うノックダウン・パワーにおいてはかなり勝るものの、魔力のチャージに時間がかかり速射性の面でファイアブレスに劣る。


 それが戦場では致命的になるため、主兵装はファイアブレスが鉄則よ。


 ファイアブレスでさえ『チャージ時間が長い、何とかならないか』と言われているのに、何考えているの。


 言い訳するならもっとマシなこと言いなさい!


「……」


 リュースは無表情になって絶句していた。


「それ見たことですか。創れる訳が――」


 今回はやけに皇子に絡むバルギス。


 気持ちは良くわかるわ。


「んーとね……」


 リュースはキョトンとした顔になると、困ったように目をパチパチさせて答えた。


「あるよ。ファイアブレスの魔獣」


 えっ!?


「あそこでいいや」


 リュースは議長席の横へ向かって歩きながら、左腰の魔導杖(ソーサル・スタッフ)を引き抜いた。


「アーゼ・ルレ・ヤマル・ジ」


 詠唱する呪文は違うけど、内容は以前アガベルケスがハズバーン召喚に使った『世界を紡ぐ理よ・収めし秘を開きて・我が魔獣を呼ぶ扉となり・召喚に応えよ』と同じ。


 アガベルケスが使ったのは表意語である精霊語で、詠唱は永いが多少間違っても魔力が暴走・暴発する危険は少ない。


 対してリュースが使ったのは表音語である混沌語。


 こちらは同じ魔法でも精霊語と比べると詠唱時間が短い一方、発音を誤ると魔力が暴走・暴発する危険が大きい。


 暴発すれば魔力が周囲や術者を破壊・傷つけることが多く、だから魔導師でも混沌語を苦手とする者は多いし、必須でもない。


 しかしリュースは混沌語が得意で自由に扱える。それだけでも優れた魔導師であることが解る。


 そして皇子はお父さまを見た。


「見せてやるぜ! 第4課開発の魔獣『アクベルト!』」


 何それ!?


 『第4課開発』って、いつ、誰が、どこで創ったのかしら。


 お父さまは思い切り首を振っている。ううっ、誰も注目してくれない……


「どうだ!」


 リュースは誇らしげに叫んだ。


 彼の魔法陣に上がってきたのは――


『それ』を見て、ここにいた全ての魔導師が一斉に息を飲んだ。


 衆人観衆に晒された魔獣『アクベルト』――


 その胴体は虎で、ハズバーンより更に一回り大きい。


 背中からは、安定翼なのかコウモリの翼が一対生えている。


 そして何よりも魔獣アクベルトを特徴づけているのは、その頭部。


 この魔獣はハズバーンやハズマリーなどと異なり、一つの胴体に三つの頭部――白鷲・黒猫・ヤギの三つの頭が、虎の頭があるべきところにそれぞれ右上・左上・下に逆三角形に生えていた。


「何だこの魔獣は!?」


「複合多頭だと!?」


「信じられん!?」


 あたしにもとても信じられない。


 多頭――一つの胴体に複数の頭部を持つ構造――の魔獣は現在創造不可能なはずよ!?


 多頭の魔獣はずっと研究されてきた命題で、二体の魔獣を創るより一つの胴体に二つの頭部をつけた魔獣の方が製造費用は安上がりになるし、運用コストも抑えられる。


 当然同数の敵に対して圧倒的に優利だから、戦闘面でも優れていることは言うまでもない。


 しかしそのために越えねばならない問題は山積みで、これまでの企画や試案はその点を明確にクリアできず、実用化は程遠い代物だった。


 簡単な話、二つの頭部が互いを敵と認識したら?


 一方が「右に行け」もう一方が「左に行け」と身体を動かしたらどこへ行くのか?


 一方が眠りもう一方が起きていたら、身体はいつ疲れを取るのか――


『多頭の魔獣』は、それだけで魔導師にとって『不可能』と同義だった。


 ましてこれは種類の異なる頭部を使用した『複合多頭』――現在の魔導レベルでは、どうなるかなんて全くの五里霧中な話じゃない!?


 本当に動くのかしら?


『双頭』でさえ不可能なのに『三頭』とは、もし実用化されているのだとしたら、現在の魔導技術の根本を揺るがす。


 ありえない、動くはずがない――驚異、否定、困惑、不安、期待、羨望、憧憬――魔導師達の顔に浮ぶ感情は複雑だった。


 もしこの魔獣が動くなら、それは奇跡にも等しい快挙、あるいは魔導学・魔獣創造の歴史的な瞬間に立ち会うことになる。


「……解りましたぞフェルディナント皇子。一先ずこの魔獣を見せてもらいたい」


 腐っても部長だけのことはあり、事の重大さを認識したバルギスは態度を改めた。




 会議を一旦中断し、フィスが主体となってアクベルトの解析を始めると、バルギスも課長もその他魔獣部の魔導師はまとめて仰天した。


 第4課長のお父さまも、勿論あたしも。


 アクベルトの攻撃力、敏捷性、反応性、魔力等判明した各能力は、ハズバーンも当然ハズマリーも比較にならないほどの高性能を持っていた。


 想定しているバラン・シーを超えていることは言うまでもなく。


 三つの頭部はそれぞれ異なるブレス――白鷲はファイアブレス、黒猫は威力こそファイアブレスに劣るが連射・速射の利くファイアボルト、ヤギは毒液(肌から冒すかなり嫌らしいタイプ)を吐く。


 これではファイアブレスしか芸のないハズバーンより遠距離戦闘力は上。


 腹の下に魔導で風を起し、これを下方・後方に噴き出す反動で動くとその動きは信じ難いほどに敏捷、そしてその巨体が持つ魔力・体力はハズバーンを凌駕する。


 結果、格闘戦においてもハズバーンを翻弄。


 こんなものを片手間に設計されては、『一体あたしたちは何を研究してきたのかしら?』と首を傾げたくなるわね。


 多頭の構造上の脆弱さは元より、複数の意識による制御の問題も、内臓の配置も必要魔力の問題も全て解決済み、そして出した結論は『ハズバーンの能力を10とするとアクベルトのそれは24から26である』だった。


 ちなみにバラン・シーは12から13と言ったところだから、どの道アクベルトの敵じゃない。


 でも一番許せないのは、『これは第4課で開発した』と主張していること。


 誰が手柄を譲って欲しいって言いましたか!


 アクベルトの実物を目にして、魔獣部は元より、ほかの部――魔導器部・魔導武具部・魔剣部や魔導研究所の花形・魔導法部の部長クラスまで出張ってきている。


 ハチの巣をつついたような大騒ぎって、こういうことを言うのかしらね。


 質問攻めを受けるお父様はあたしたちと隔離されてしまい、助けようがない上に、間の悪いことにバルギスが早々に『魔力増幅器製造の手柄を皇子に譲った話』をしてしまい、リュースが創った話が鬼門になってしまっていた。


「どうしてくれるのよ。あれを創ったのは魔導師ペデルーンでしょ」


 人垣から離れて、あたしは張本人を詰問する。


「だって、開発は課長の名前でするもんだろ? だったら『第4課で開発した』って報告するのが筋じゃないのか?」


 あ、あのね、確かにね、一応正しい形式はその通りなんだけどね、あたしもお父さまも、第4課のほかの人間は誰一人手を貸していないでしょ!?


 逆に『第4課で開発したんだから、説明したまえ』と命じられたって、アンタ以外は全く説明できないでしょうが!


 まあ説明したって相手には解ってもらえないと思うけども。


 少しはキツネを見習って、『アクベルトはおれが開発したんだぜ! すごいでしょ!』くらい言いなさいよ!


 キツネを見習うくらいが丁度いいでしょ!


「素晴らしい。これを設計したのは君か!」


 バルギスは破顔してお父さまに握手を求めた。


「あ、いえ、部長、その……これを設計したのは……」


 状況を全く理解できないお父さまは、人垣越しにあたしとリュースを交互に見やりながら困惑しきっていた。


 ご愁傷様。


「このような魔獣を研究していたとは、全く隅に置けないな。早速だが、設計図を拝見したい!」


 しまったわ!


 設計図なんて、この皇子が用意しているはずがないじゃない!


「フェルディナント皇子、設計図を」


 お父さまは助けを求めた。


「設計図? まだあったかな……興味なくなっちゃってさ……」


 リュースは、魔法陣を展開して木紙の束を出した。


 ゴソゴソと中を調べる。


「あった。ほら、設計図!」


 止める間もなかった。


 リュースの表情に釣られて&早く設計図を見たいバルギスが思わず木紙を受け取り、表紙に目を落とすと表情がすぐさま曇る。


 それでも我慢してページを捲ったのは称賛に値するかも。


 周りでは横から覗き込む者、背伸びして上から見ようとする者が人垣になっていた――


「あの、部長……」


 もはや止められないあたしも、お父さまと似たような言葉を口にしてしまう。


 無言のバルギスはドンドン険しい顔になっていく。


 当然……よね。


「フェルディナント皇子!」


 バルギスは木紙の束を本人に突き返した。


 勢いに人垣が崩れる。


「この忙しい時に、何を見せようと言うのです!?」


「見たいんだろ、アクベルトの設計図」


 無理!


 そのラクガキ以上下書き未満を設計図と解るのは、あたしと、あたしとリュースの上級魔導学校の専任教授だった魔導師ペデリンだけ!


 説明・解説なしではお父さまも困難!


 こんな中、例えそれが完全な誤解であるにしても、『アクベルトを設計したのはフェルディナント皇子です』なんて言う度胸は、あたしにはない……


「手柄を譲るなら、設計図も譲りたまえ! 皇子は設計図がどんなものか知りもしないではないか!」


「何言ってるんだ? だからこれが設計図――」


「皇子の戯れは後にして、ガディ第4課長、アクベルトの設計図を見せよ!」


 このラクガキの束を否定されては、設計図なんて非常識皇子の頭の中にしかない……


「生憎創造を優先し、手作業な面を多く、設計図の清書はまだなのでして、少々お時間を頂けませんか? それまではハズバーンの解析を――」


 上手いわお父さま!


 時間を稼いでリュースの落書き帳を清書するのね!


 ……どれだけ稼げば足りるかしら……?


 一抹の不安も脳裏を過ぎるけど。


「ハズバーンなどいらん!」


 バルギスの怒声に、一角のフィスが愕然とした。


「アクベルトだ! ハズバーンなどどうでも良い! これに比べたら、クズかゴミではないか! すぐに対戦用魔獣(ターゲット)と模擬戦闘して報告書を上げろ! どうせ圧勝は見えているが、規則だ! それから設計図! 設計図を早く見せろ!」


「部長、では、僕の――」


「ああ、フィス第2課長。ハズバーンの解析より、このアクベルトの開発にかかる。君も大事な役割が与えられるだろう。ハズバーンのことはもう良いぞ」


「……わかりました」


 何か言いかけの言葉を飲み込み、フィスは立ち去る。


「ガディ課長は設計図を!」


「……はい。ただちに」


 お父さま、あたし、そしてなぜかリュースまでもが同時に溜息をついた。

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