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魔導師フェルディナント・ペデルーンの魔獣 1

 1.

 アガベルケスは腹を裂かれて死んでいた。


 左脇腹に刃物が刺さった跡があり、それが真一文字に右脇腹の近くまで走って、そこから腸がはみ出ていた。


 そして自殺ではなく何者かによっての殺害。


 アガベルケスは即死ではなかったようで、頭には押さえ付けたような形跡が残っていた。


 凶器は彼自身が持っていた魔導師の証である短剣(ダガー)


 鞘の中に納まっていたが、ベッタリと自身の血が残っていた。


 ライピッツはバルギスの報告を受け、他殺と断定すると研究所を守る騎士を即座に呼び、調査を命じた。


 第一発見者であるあたしは『どうして第1課を訪れたのか』『なぜ異変に気付いたのか』を飽きるほど根掘り葉掘り聞かれたけど、気付いたのはカールとカレン。


 血の臭いを嗅いであたしを呼んだ……と思うわ。


 それを何度も説明する羽目になり、やっと解放されたと思ったら臨時会議で大会議室に魔獣部が全員集合。


「全くもう! どうしてあたしがこんな目に!」


 事情徴収を受けていたあたしとて例外になく、ライピッツから解放されると大会議室に全速力で走る羽目になった。


 魔導研究所の大会議室は一階にあって、百人が余裕で入れるだけの広さがあり、机だって椅子だって4課と比較にならないほど立派なものだし、壁は全て本の埋まった本棚が設けられている。


 一段高い議長席の前に、三人がけの机が横並びに七つ、縦に五つ、後列の三列は階段状に高くなっていて、前二列目の真ん中が第4課の席。


 魔獣部のニ十人が既に着席して待っていた。


 お父さまに手招きされ急いであたしが席につくと散々待たされて、悲痛な面持ちのバルギスとライピッツも入室してきた。


 それに続くのは……リュース!?


 何やってるのよ!?


 なんであたしより遅いのよ!?


 バルギスは議長席から椅子を取って後ろに回った所長に勧め、自分は議長席に立ち良く通る声で話始める。


 ちなみにリュースは座る場所が解らない模様……


「よし。どうやら全員揃っているようだな。知っている者もいると思う。聞いての通り、アガベルケス第1課長が急死した」


 各課には先に通達が行っているせいか、大した動揺は見られない。


 そしてバルギスは伺うように、着席しているあたし達を見回す。


「状況から殺害されたと推察される。もちろん儂は、我が魔獣部にそんなことをするような邪悪な者は一人たりともいないと信じたい! しかし、それよりも重大な懸念事項が発生している!」


『重大な懸念事項』? この上まだあるの?


「ハズバーンの設計図が紛失している! アガベルケス第1課長を殺害した何者かが持ち去った可能性が大きい!」


 えーっ!?


 ハズバーンの設計図が!?


 冗談でしょ!?


 どうなるのよ!?


 動揺したのはあたしだけでなく、衝撃を受けた魔導師一同にどよめきは広がる。


「ハズバーンの設計図は下書きの一枚も残っていない。ハズマリーやハズラットの設計図は残っているから、ハズバーンの設計図だけを選んで持ち去ったようだ。隠されている可能も捨てきれないので、設計図の捜索は継続しているが発見の望みは薄い。急遽ハズバーンの設計図を復元する必要がある!」


 ライピッツに手で追われたリュースが、会議中のど真ん中を堂々と通ってあたしの横に座る。


どこを通っているのよ……端っこ通りなさいって!


 最前列、第1課の若い魔導師がオズオズとバルギスに挙手した。


「設計図の前の資料は全くないのですか? ほかの課に残っていませんか? 下書きとか、清書前とか」


「どの課にもない」


 バルギスは仏頂面でけんもほろろだ。


「ではまさか、一から創り直すのですか!?」


 一同を代表して彼が念を押す。


「そういうことになる」


 バルギスの言葉はどこか事務的だ。若い魔導師は困惑の表情のまま着席した。


「あの……」


 三列目中央で、さっき廊下で会った金髪碧眼長身の若い魔導師――フィスが立ち上がった。


「僕は第2課長フィス・ローランドです。ハズバーンの試作体を分析して、それを基に再度設計図を書き直しては?」


 そうよ!


 設計図はなくても現物があったわ!


「できるのか?」


 この案にはバルギスも食指が動いたわね。


「推測も入りますが、一から完全に再設計するよりはかなり手間が省けます。『やれ』と言われれば僕がしましょう」


「むう……」


 バルギスは考え込んだ。


「よし。ほかに手はない。フィス、君を主体で第2課はハズバーンの解析に当たってくれ。第1課と第3課も協力するように」


 さり気なく第4課は飛ばされている。


 でも何もしないって訳にはいかないわよね?


 何を言われるかしら、ハア……


「けどよ! なんでそんなに焦っているんだ? 大臣はもう来たし、何か問題があるのか?」


 あたしの横でバカが、挙手も立ちもせずに大声出した。


 あたしは慌てて手を引く。


「ちょっと、フェルディナント皇子、黙んなさいって!」


「へ?」


 皇子がキョトンと答えるも、勿論手遅れ。


「フェルディナント皇子」


 あたしの制止も空しく、冷静だがかなり怒っているバルギスはゆっくりと議長席を離れて、あたし――正しくは皇子の所まで上がってきた。


「今、猫の手も借りたいこの時勢、フェルディナント皇子はわかっておられるのか!? グリーンフィールド王国と近々戦争が起こりそうなことを!」


「戦争? なんで?」


 リュースは心底からキョトンとしている。


 あきれたのかバルギスは怒りを飲み込んだ。


「よろしいですかな、フェルディナント皇子。我が国の北及び東に接するグリーンフィールド王国は、王の地位が危うい。なぜかはご存知でしょう」


「知らん。興味ないし」


 だから、そういうことを平気で言うから子供って言われるの!


 案の定バルギスは一国の皇子に向けることは憚られるような、侮蔑しきった眼差しになったものの、説明はしてくれた。


 ただ彼は興味ないことを覚えるかしら……


「グリーンフィールド王国の前の王、ジークが死去したとき、直系の跡継ぎがいなかった。なにしろ実の息子パリスを殺すためだけに、戦争するような残酷な男でしたからな」


 そう。


 グリーンフィールド前王ジークは、王妃のバルア王国女王エリスが離婚後に生んだ自分の血を引くパリス王子を、後の禍根になるという理由だけで戦争を起こし、ついに殺してしまったことはあまりにも有名な話。


 一説によると、新しい王妃との間に生まれた子の出来が余りにも悪く、パリスを王に迎え入れた方が良い、と言う声が無視できなくなったせいだとも言われている。


 エリスとパリスを殺害しバルア王国を滅ぼした後、ジークは新しい王妃や側室との間に何人かの王子や王女も生ませたのだけど、なんかほとんど病死している。


 本当に病気だり病弱だったのか知らないけど、謀殺を信じさせる陰険な所もあったらしいの。


 口の悪い連中は「エリスの呪い」「パリスの崇り」と陰口を叩くけど、呪う相手祟る相手には事欠かない王だったわ。


「王が死んだときは直系の王子も王女もなく、そこでグリーンフィールド王国は血の繋がる者を必死で探し、なんとか新たに王となれる二人の候補者が挙げた。一人はジークが侍女に手をつけて生ませたと言われるバーダ、そしてジークの兄フリッツの子・ラガン。しかし双方に深刻な問題があった」


「どんな?」


 アンタも真面目に受け答えしなくていいよ!


「バーダは『御手つきになった侍女の子』と言われていましたが、本当に王の血を引くのかはわからない。また見つかったバーダも、本当の王の子は死んでいて偽者かもしれないし、あるいは侍女とやらの狂言かもしれない。そしてフリッツは王子の頃の素行があまりに悪く、廃嫡された。結果繰り上がったジークが王になったのですが……しかし廃嫡された王子の子に、果たして王位を与えて良いものか――この二人を巡って、貴族たちが何度も話し合った」


 大国の利権を巡って、狸と狐の大所帯が話し合ったわけ。


 しかしリュースにはわからなかった。


「バカか? 血統検査すれば誰の血を引いているか、一発でわかるだろう」


 そう、血を比較する血統検査。


 別に血じゃなくて髪でも骨でもいいのだけど、精度は祖父・叔父あたりまでならかなり正確にわかる。


 だからバーダの父親の血筋も簡単に明確にできるの。


 血統検査をしてしまえば。


 バルギスは溜息と一緒に本音を吐いた。


「……皇子は交渉ごとが苦手な様子」


 うわ、一発でわかってしまいました。


 しかも上手にかわしているわ。


「確かに、血統検査すればジークの血を引いているかわかりますが、同時に引いていないこともわかります」


 ジロリとバルギスはリュースを冷ややかに見つめる。


「当たり前だろ」


 その当たり前のことが、わかっていないのよ、アンタは!


 世の中、ハッキリさせない方が、みんな幸せになるケースだってあるんだから!


「はぁ……どう言えば皇子にはわかりますかね……」


 バルギスは困惑して考えこんだ。


 まあわかるけど、それでも話を続けてくれたんだから大したものよね。


 あたしには出来そうにないわ。


「バーダにすれば、血統検査をした結果によって王になるか全て失うか、確率は五分。ハイリスク過ぎて手は出せない。そしてラガンは、バーダが本当に王の血統であれば王になれない。こちらも王になれるか五分。どちらとしても、正直血統検査を避けたい。そして、バーダとラガンを推す貴族にもそれが言える。王の側近になれるか、なれないかで利権が雲泥の差になるので、白黒がつけられない、正しくは白黒ハッキリつけたくない」


「はーん。しょうもない理由だな」


 しょうもあるんですよ皇子様。


 アンタは知らないだろうけど!


「そこで、全て話し合いで決めたのです。ラガンを王にすると同時に、バーダも王の血を引いていることにした。実際がどうかは別として。そういうことで王は決まり、一応の決着はついた。ですが白黒をつけなかったことで、国内・国外から批判は出てしまい、そのためラガンは王位についてからというもの、頻繁に戦争や遠征や討伐を行い、王の権威を示してきたのです。『廃嫡された子の王』『正当な嫡子バーダを差し置いた王』との陰口を払拭するために!」


 そう。そして負けてくれればいいのに、戦勝続きっていうのが問題なのよ。


「……良く分からんが、そうやって戦争をするのは迷惑な話か?」


 あのね……アンタ、戦争さえも他人事なの!?


「迷惑ですぞ。何しろ我がヴェスベラン帝国も、散々苦渋を飲まされてきました」


 だからあたしたちが、前回のハズバーンを初め数々の魔獣を創ってきたのよ!


 アンタは何のために魔獣を創っていると思っているの!?


「んー、わかった。ではおれも頑張るか」


 どっちの方に頑張るのよ!?


 猫の研究?


 キツネの研究?


 子作りの研究?


「わかって下さったことを感謝いたします。皇子にはどこか誰も迷惑にもならない所で、猫の観察でもカラスの観察でも、好きなだけやってきて頂きたい」


 いやね、でもね、こんな皇子でも上手に使うと便利なのよ?


 一応天才だし!


 ハズバーンの創造にも貢献したのよ!


 信じられないでしょうけど!


 あたしも信じられないけど!


 バルギスはもう関わりたくないのか――あたしでもそう思うわ――皇子に背を向けた。


「皆の者! 魔獣部が一丸となってハズバーンをもう一度創り出すのだ!」


 バルギスの檄に応じるものは少なかった。


 まあこんな状況なら当然ね。


「大丈夫! 僕がちゃんとハズバーンの現物を解析して、必ず設計図を復元する! 約束しよう!」


 うーん。


 フィスが約束してもね……


 不安はあたしだけではなかった。


 フィスの激励も余り効果がない。


「なあアリシア、さっきからコイツら何言ってるんだ?」


 バカ、そんなことを言うんじゃない!


「何ですと!」


 バルギスは振り返った。


 その言葉が相当頭にきたのか、床を踏み抜かんばかりの勢いで戻ってくる。


「皇子! いい加減にしていただかないと、魔獣部にも居場所がなくなりますぞ!」


 ううっ、それはやめて。


 散々たらい回しにされて、やっと落ち着いたのが魔獣部よ。


 ここ追い出されたら、あと行ってない部署ってどこが残っているかしら!?


 それにお父さまも巻き添えよ。


 父娘揃って転属なんてカッコ悪過ぎるわ。


「なんで?」


 お願いだからアンタは黙って!


 魔獣部から追い出されたら、行く部署残っていないの!


 アンタが追い出されたら、あたし達も巻き添え食らうの!


「アガベルケスが死に、ハズバーンの設計図が失われた! 次の魔獣をどうにかしないと大変だと言うのに! そんなこともわからないとは!」


 目をパチクリさせてリュースは暫し考えると、ゆっくり口を開いた。

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