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次期魔獣開発 5

     5.

 魔獣部第4課資料室は三階にある。


 皇子を押し込めると言うか隔離していると言うか隠していると言うか……あたしはもう子供部屋と思っている――実体は余っていた物置を整頓しただけの()人変人隔離室。


 ギシギシうるさい階段を上がり、あたしは客人の話は半信半疑で三階の突き当たりにある魔獣部第4課資料室のドアを一応ノックして開けた。



 ――そこには全裸の金髪美女が立っていた。


「あらごめんなさい。間違えました」


 言いながらドアを閉める。


 あれ? ここは魔導研究所だったはずだわね……


 眉根を揉みながら、現在地を思い出す。


 ヴェスベラン帝国、首都ヴェスベラン、魔導省直轄魔導研究所、三階突き当たり、第4課資料室前――だわよね?


 扉の中心に比較的新しい金属プレートが嵌っていて、そこには『魔獣部第4課資料室』と刻まれている。


 第4課設計室の部屋は手狭なので、一応皇子のリュースのために『資料室』とは名ばかりのガラクタ入れを急遽整理して、彼個人の部屋に兼任していたはずだったのに?


 第4課の資料室と設計室とが離れているのは、元々の部屋割りのためで、創設されて間もない第4課にも資料室(と言う名のリュース隔離室)が必要になったものの、空いている部屋が近くにないので、不便を承知で空いていた三階の物置を資料室にしたから。


 第1課なんて魔獣部が創設された時から設計室の隣に資料室があったのよ。


 それにしても、あれは一体何だったのかしら?


 長い金髪だとか、宝石みたいな碧眼だとか、大理石のような白い肌とか、形良い乳房とか、赤い乳首とか、ほっそりしたウェストだとか――


 あたしは考え込んだ。


1 間違えて更衣室を開けた

2 リュースの変装

3 幻覚


「幻覚ね。あたしも大分疲れているわ」


 あたしは深呼吸して気を落ち着けると、一応ノックして待ち、皇子の返事を聞いてからもう一度ドアを開けてみた。



 幻覚ではなかった。


 真っ赤になった金髪美女が、畳んだ若草色の服で全裸の前を押さえている。


 そしてその背後では、誰かが彼女の下半身をのぞきこんでいるようだった。


 そしておもむろに彼女の背後の『誰か』が立ち上がる。


「今大事な所なんだ。邪魔はしないでくれよアリシア」


 帝国の第三皇子だった。


「……」


 あたしは無言でドアを閉めた。


『何だアリシア、要件はどうした?』


「いいわよ後で! あんまり研究所やリンゼータに迷惑かけるんじゃないわよ!」


 これだけの大声なら中にも十分聞こえたようで、部屋の中でドタドタ音がした。誰か倒れたみたいね……


『フェルディナント皇子!』


『おれは大丈夫だよ?』


『いえその……上からどいて頂きたいのですが』


 こんなところ見られると大事になるわね。


 帝国のスキャンダルになる前に、出られないように鍵かけとこうかしら……


 あたしは怒り心頭のまま階段を降りた。


 そりゃね、リュースもお年頃だしね。


 帝国も血統を絶やす訳にはいかないけどね、研究所にまで女を引っ張り込むこともないでしょう!


「ああいうことは屋敷で夜にヒッソリやることでしょう!」


 怒り心頭のまま、ドスドス足音を立てていると、両手になにやら資料を山のように抱えた長身の男にぶつかりかける。


資料は、綴じていない木紙(フロッピーウッド)――木を魔法で処理し、向こうが透けるほど薄くスライスして、使いやすい大きさにカットされた物品――の束。


「おあっと!?」


 相手は相当驚いたようで、崩れかけた資料の山を慌てて顎で整える。

 

 口まで資料で隠れているので一見して解らなかった。


 彼も魔獣部の、第2課長フィス・ローランド。


 金髪で30前ながら第2課を統括するハンサムな実力者。


 何でも上級魔導学校を次席で卒業したらしい。


 まあ最近拡張した魔獣部は、良く言えば若手が多く活躍している。


 リュースにしろあたしにしろ。


 悪く言えば実績がない。


 だからバルギスも、少しでも手柄を吹聴したがっていた側面もきっとある……はず。


「どうしたのですフィス課長。こんなにたくさんの資料」


「いや、ハズバーンの開発が一段落したから、もうこの資料は廃棄になったので燃やします」


「手伝いましょうか?」


「いや、いいよ。機密もあるから課長権限で廃棄だ」


「真面目ですね」


 確かに課長以上の役職のみに閲覧できる資料あるから、廃棄も平の職員に任してはいけない。


 でもそれは建前で、あんまり守られていないのも実情なのに律儀なことね。


 特にあたしたち雑用担当の4課は、あたしでも課長以上にしか閲覧権限のない資料を、廃棄させられたり運ばされたりはしょっちゅうよ。


「じゃあ、僕はこれを破棄しなけりゃいけないし、平の職員に見せるのは規定違反なので、これで」


 フィスは軽く頭を下げると、慎重な足取りで焼却場へ向かって行った。


「ふう」


 フィスと雑談したせいか、頭も大分落ち着いてきた。


 でも第4課資料室には戻りたくはないし……


「ガウ!」

「ガウ!」


 思案するあたしに吼えかけ……もとい声をかけたのは、子牛ほどもある巨大な黒狼と灰色狼。


「おや、お前たちも暇なのかしら。カール、カレン」


 この狼、黒はカール(♂)、灰色はカレン(♀)


 リンゼータの護衛兼遊び相手としてリュースが創った魔狼で、兄妹というか姉弟と言うか双子。


 リンゼータはこの2匹――サイズ的には2頭――を『おチビちゃん』と呼んで可愛がっているのは、彼女を母親のように慕っていることと、昔は本当に小さかったから。


 この巨体が2年遡ると掌に載ったのよ。


 今の巨体見ているととても信じられないけどもね。


 ハズバーンにしても、合成する猛獣・動物の大きさを合わせたり大きくしたりするために、『魔封晶』と呼ばれる魔導器内で強化・処理されてサイズを変える。


 動物を大きく育てるのはコストも時間もかかるし、ある程度以上の大きさには成長しない。


 また本来小さいものを無理に大きくしても強度は不足するので、魔導で強化してやる必要がある。


 しかしリュースはこの魔狼に何か仕掛けをしたらしく、普通に飼育しての並の魔狼や魔犬以上のサイズに成長してしまった。


 一応ここで成長は止まったと言っているけど、これ以上成長されたら大事だわ。


 今でさえ、この巨体を自由にさせていると嫌な顔する奴らがいるのよ。


 リンゼータの護衛役と言うものの、ここに飼い主として申告してあるのはリュース。


 でないと『敷地に入れるな』『エサは向こうでやれ』『吼えるとやかましい』とうるさいから。


 キチンと躾けてあるからリュースより迷惑を掛けない。


 だから自由に闊歩している。


「ガウガウ!」

「グウウ!」


 二頭は何やら吼える。何を言いたいのかしらね。


「何? 遊んで欲しいの? お腹空いたの?」


 しゃべるキツネ同様利口で、知らない人について行ったりしないし、拾い食いもしないし、命じればジッとしているし、カラスや猫を追っかけたりしない。


 創った皇子より余程シッカリしてるかもね。あれは狼以下か……


 あたしはカールとカレンの頭を左右の手で撫でてやる。


 狼たちは嬉しそうな声で鳴いた。


「よしよし」


 巨体に似合う強烈なパワーの持ち主で、注意深く遊んであげないと向こうがじゃれているつもりでも、あたしくらい余裕で吹っ飛ばす。


 あたしやリンゼータなら、背に載せて走り回ることも造作ない。


 乗り心地はそれこそユニコーン並に悪いけどね。


 リンゼータも遊ぶ時は、撫でたり散歩させたりした程度ではとても運動量が足りず、運動不足の解消には鏃を外したクロスボウ――足をかけて弦を引くヘビータイプ、射程は長い分強度があって力が必要――を発射して拾わせに行かせる。


 二頭が相手では文字通り矢継ぎ早に撃たないととても間に合わず、1時間も付き合うと汗びっしょりになるって。


 動物好きのリンゼータが世話を忘れることがないから、ほかに仕事があって構ってもらえず、もっと遊びたいのかしらね。


「リンゼータはまだ中よ。今日は遊んでもらえないのね」


「ガウ……」

「グウ……」


 心なしかシュンとした。


 大臣が来られるからリンゼータはリュースの世話にきているけど、いつもならお昼を届けたらすぐにリュースの家に戻って夕方迎えにくる予定が、今日は違っているからね。


 合間に構ってあげるのが日課なのにね。


 あたしが魔狼の頭を撫でていると、不意の突風が砂埃を巻き上げ、あたしに叩きつけた。


「ああっ、もう!」


 髪はおろか口にまで入った砂をペッペッと下品に吐き出す。


 こんな姿見られたら尚更お嫁にいけないわね……


 突風に驚いたのか何かあったのか、魔狼は二頭揃って横を向き、吼えた。


 いつもと明らかに様子が違う。何て言うのか、何かを警戒しているような――


「何? どうしたの?」


 意味ありげにあたしを見ると吼え、魔狼は走り出した。


 少し走って立ち止まると、振り返ってまた吼える。


 狼語はわからないわ……『ついて来い』って言っているのかしら。

 



 あたしが何気なく追うと、魔狼は一階奥の突き当りにまで走って行った。


 ここは第1課長室よ。魔狼が何の用事があるかしら?


 カールは激しく吼え、カレンは太刃のナイフみたいな爪でドアをガリガリ掻き毟る。


「こらカレンやめなさい! カールも吼えない!」


 こんな所誰かに見られたら、また大騒ぎになるわよ!


 あたしは二頭の首輪を握って押し止めようと引っ張るけど、パワーはこの魔狼の方が上。


 リュースがリンゼータの護衛用に、目一杯強化しているから。


 あたしの苦労も考えてよ!


「何をやっている!」


 吼え声が聞こえたのか、ドスドスと足音も高らかにやってきたのは、こともあろうにバルギス!


「ぶ、部長!?」


「何事だ! ここで何をしている!」


「いえ、ただ魔狼が昂奮して――」


「騒がしいぞ! すぐに止めさせろ!」


 あたしに命じるのは、聞く聞かない以前に怒った魔狼に命じるのは怖いからでしょう。


「それが――」


 いつもならちゃんと言う事を聞くのに、今日に限ってどうしてこんなに聞き分けがないのかしら? リンゼータでないから!?


「アガベルケス! うるさいか!? なに、すぐに静かにさせ――」


 ドアを叩くバルギスの横で、飛び上がったカレンが棒状のノブを引っ掛けた。


 ドアが開くとカールが飛び込む。


「こらっ!」


 あたしは叱り付けながらカールを追う。


「すいません――」


 あれだけ騒いだのに返事も反応もないから、てっきり誰もいないと思っていた。


 しかし部屋の隅にへたり込んでいる人影があった。


 あー、寝てるにしたら変な姿勢ね。酔い潰れているみたいな……


 カールが起こすように執拗に吼えた。


「お騒がせします。すぐ出ていきます」


 あたしが何を言ってもカールが吼えても、何の反応もない。


 これはちょっと変だわ……


 近づいたあたしは床が濡れていることに気付いた。


 そして、漂ってくるのは……鉄の錆びた臭い……血の臭い!


「どうしました!」


 あたしは駆け寄った。


 そしてわかった。


 どうしてカールが騒いだのか。


 カレンが何に気付いたのか。


 部屋の端で、仰向けにへたり込んだ姿勢のまま。


 魔獣部第1課長アガベルケスは。


 血溜まりの中心で絶命していた――

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