天才の魔獣・秀才の魔獣 7
7.
レスティアがアクベスバ――系の魔獣に乗って走って来た。
ワニ・カラス・スズメバチの頭、尾は蛇になっているトラ。
技術的にはリプクレスに転用されているわね。
「いました!」
彼女が振り返ると、後ろからリュースが降りてきた。
「アリシア、リンゼータは無事か!?」
「無事よ。あなたは!?」
「ああ、傷は縫えた。このくらいで死んでたまるかよ!」
「リュース様っ!」
リンゼータは泣きながらリュースに抱き付いた。
「よしよし、無事だな。だったら何の問題もない!」
「お父さまは?」
「パスだって。残って、帰るべき家を守っておくって」
お父さまらしい。
でも体も丈夫じゃないから、逃亡生活は無理かな。
「リュース、リンゼータを助けることは出来たわ。でも行く所がない。フィスはガル・ファージアへ渡りなんてつけていなかった……」
リュースはあたしの言う事が理解出来ないかのように、目をパチクリさせた。
「……それがどうした?」
えっ!?
「おれは別にガル・ファージア王国へ絶対行こうなんて、欠片も思っていなかったぜ? 城から出すのに苦労するとは思っていたが」
じゃあ……
「どこへ行く気? 魔空界はあたしの故郷がとっくにバレているから、隠れても重点的に捜査されるわよ?」
「魔空界? そんな所行かないよ?」
「じゃあ、どの世界に逃げる気よ!?」
「探す」
あっけない、素っ気ない、信じられない答え。
「リンゼータが、王女ではなく少女として扱ってもらえる世界。異世界は沢山ある。そんな世界だって、きっとあるさ」
「そんな無謀な……」
「んー、おれは無謀だとは思わない。脱走も、戦闘も、準備さえしておけば確固たる鉄壁の計画だ」
騙されて腹を刺されたクセに……
あたしだったら根拠はない。でもこの天才にならあるのかも。
「フッ……本当に天災皇子ね。でもリュースが言うのだから、ありそうに思えてきたわ」
「さあ、早く行こうぜ」
「そう思ったんだけどね」
思わず溜息をついた。
「お父さまにそんな無茶はさせれられないし、レスティアのと合わせても魔獣が2体では運べる人数は3人が限界。荷物もあるし余裕がいるわ。異世界を探すなら尚更よ。それに、アガベルケス殺害の犯人はフィス。これを知らせないと、左利きの誰かさんの冤罪が晴らせないわ。だから、あたしはここでお別れ。残念だけどもね」
リンゼータは美しい瞳を衝撃で大きく見開いた。
「アリシア様……」
「何言っているの、別に今生の別れじゃないわ。落ち着いたら呼んでよね。どんな世界にでも必ず行くから。それに異世界が見つからなかったら、コッソリ帰って来たらいいじゃない」
「おれはアリシアに来て欲しかったんだけど」
「だめ。そろそろあたしから卒業なさい」
「そうか。リンゼータに世界一のお婿さんを見つけてやろうと思ったんだが、おれは男を見る目がないから」
「男じゃなくて人間を見る目がね。でも失敗しながら成長するものよ。魔獣だけではなくて人間もね」
「リュース様より素晴らしい男性はいませんわ」
「……探したら、案外いるかもね」
リュースは実験が連続で失敗したような、寂しげな表情になった。
「リュース、知らないに人について行ったらだめ。知らない猫について行ってもだめ。困ったら何でもリンゼータに相談して。それで大体のことは上手く行くわ」
あたしはリンゼータの額にお別れのキスをした。
「泣かないでリンゼータ。これから幸せになる為に旅に出るのよ」
いつかまた会える。
そのときは二人ではなく三人で会いたいわ。
リンゼータのお婿さんか、あるいは二人の子供か。
リュースはあれで人としてはいい奴だから、それもありかもね。
幸せになる鳥や理想の恋人は、必死で探さなくても案外近くにあるものなのよ。
あたしは第3形体を解除した。
「リュース、これは一体……」
「リプクレスは戦闘データを蓄積し、更に強力に、更に強靭に進化・成長していく! そして誰であってもその能力を完全に引き出すことが出来る! 今のおれの創りうる最高傑作だ!」
「恐ろしい魔獣ね……」
あたしは嘆息した。
確かに強力な魔獣を創り出すことはできる。
誰にでも簡単にできる訳ではないのだけれど、問題はそんな点じゃなくて、魔獣の持つその能力まで引き出すには、騎士にも相当の技量が必要になってくる。
名剣を手にすれば、誰でも一流の剣士になれる訳じゃない。
しかしこのリプクレスは違う。
戦闘未経験のこのあたしでさえ、騎士に負けない戦いが出来た。
アクベスバの第2形体も衝撃だったけれど、この第3形体はそれ以上だわ。
本当に、魔獣創造に関しては――いえ、魔獣創造に関してだけは天才的ね。
でも――
「リプクレスには、何らかの制限が必要よ」
「制限? なぜだ? 魔導師が魔獣を創るのは、より強力な武器を創ることが目的だ。どこかに問題があるのは、強力とは言えないぜ。欠陥品だ!」
「そうね」
弱点や欠点、問題点があるのは、『強化された』とは言えない。
いざ戦闘、となれば必ず敵はそこをつく。
そうなると折角の長所が生かしきれない。
長所を伸ばすことは勿論大事だけれど、それより大切なのは短所を作らないこと。
魔獣にもそれが求められる。
だからこそ、複合三頭が懐疑的だった訳。
どこかに無理があって、とんでもない弱点がないか――
「正論ね。でもこんな魔獣が量産されたら、混沌界のパワーバランスがひっくり返るわ。皇帝は実力でグリーンフィールド王国を征服してしまうわよ?」
ハズバーンの能力を10とすると、アクベルトは24から26であると解析された。
あたしの見た所リプクレスは……45以上よ。
つまり、配備された魔獣をリプクレスと機種交換するだけで、戦力が何倍にも膨れ上がる。
「バスターも凄いわね。防御球殻ごと魔獣を吹き飛ばすなんて」
「あれを開発したのはおれじゃない。図書室に残っていたのを仕上げただけだ。おれが創ったのは、同時詠唱の部分だけ」
根本的に、300リーメッツもの魔力をどうやって捻り出すのよ。
理論を確立したのが誰でも、実際に完成させる為の問題点は全てリュースが解決したのでしょうが。
本当、手柄に興味がないのね……
「あれだけの戦闘力があれば、帝国は正面切ってグリーンフィールド王国と戦争ができるわ。二強国が戦争になれば、戦火は周辺諸国にも飛び火する。その混乱でどんな世界がくるのかはわからない。でも、平和な世界じゃなくなるわね」
「むう……」
リュースは首を傾げた。
何かを考えているようだけど、また間違った方向に行っているかもねぇ……
「急いで創ったからそこまで頭が回らなかったけどさ。なんせこいつを創るのは苦労したんだぜ。アリシアが『何とかしろ』うるさいから急いだけど」
王家の夜を焼こうとした時、『難しい』って言ったのは、短期間でこの魔獣を仕上げること!? 全く言っていることが解らないわね!
「行こうぜ」
リュースはリプクレスに跨った。
リンゼータは躊躇してあたしとリュースを交互に見る。
「……行きなさい、リンゼータ」
少女は頷いてリプクレスの後ろに乗る。
「行きます。わたしはリュース様と!」
そう。それでいいの。それできっと、幸せになれるわ!
「行きましょう。追っ手も来ます」
レスティアも魔法陣を広げ、魔獣を載せた。
二頭の魔獣は魔法陣に沈んで行く。
異空間を通って異世界行くために。新しい世界を探すために!
「アリシア様、さようなら」
「アリシア殿、どうかお元気で」
「アリシア、ちょっと行ってくるぜ」
三者三様の別れの言葉。フフッ、彼女ららしいわ。
「さようなら! 元気で、必ず逃げ切るのよ!」
姿が完全に魔法陣に飲み込まれた。
リンゼータ、これで幸せになれるかしら。
姿が見えなくなっても、祈るような気持ちで魔法陣の消えた大地を見続けた。
少し胸が痛んだ。




