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天才の魔獣・秀才の魔獣 6

     6.

「ほお、それも我が『獣戦士』と同じ能力を持っているな。考えることは皆同じか」


「いいえ。全然別物よ」


 リプクレスはアクベスバ2の獣戦士やらの動きから能力を分析し終わっていた。


 所詮は第2形体の一種で、背中から生えているか、着込んでいるかだけの違い。


 しかしリプクレスは違う。


 第3形体は根本から違う!


 あたしはアリクイの右手でロングソードを持ち、自分の腕でハルバートを握った。

 

 軽い――まではいかない。でも重くない!?


「アクベスバ2にこんなことができて!?」


 あたしは大地を蹴って突進し、使ったことがないハルバートを横薙ぎにお見舞いする。


「ぬっ!?」


 フィスは一瞬で顔色を失い、戦杖(バトル・ウォンド)で受けようとしたものの、瞬間ハルバートの軌道を下に変えるとそれに対処できずに脛を斬られる。


 浅かったか――いや振るあたしの腕が非力でアクベスバ2の皮下装甲が思いのほか丈夫か――


 しかし、アリクイの右手で突き出したロングソードまでは予想も出来なかったようで、トラ頭を貫いた。


「うわっ!?」


 魔獣の痛みは本人に返る――はず。


 今の悲鳴は驚きと痛みもあるわね。


「なぜ――剣と矛が!? お前も二本差しか!?」


「いいえ。剣も矛も生まれて初めてよ!」


 フィスは大きく後ろに跳ねて戦杖を向けた。


「炎よ!」


 拳大の火の玉が連続で5発撃ち出される。


 狙いはあたしを含め首から上の頭に各一発、胸と腹に一発ずつ――


 防御球殻を張る必要はない。


 フィスはファイアボルトを牽制に使い、ワニ頭がソニックブレスをチャージし始めている。


 こちらが本命か――


 しかし、甘い!


 まだ軽い方のロングソードを2度振り、ファイアボルトを全て叩き潰す。


 この程度ファイアボルトなら軌道が読めるし纏めて叩き落とせるわ。


「馬鹿な!?」


 その動きにフィスは両目を大きく見開いて、硬直してしまった。


 そう、使い手が制御を失うと、第2形体やその延長上の技術では止まる。


 あたしは――否、第3形体は何が起きても驚かないし恐れもしない。


 この冷静さ好戦性もリプクレスの影響によるもの。


 続いてハルバートを縦に一閃。


 穂先の横に生えている斧刃を、ワニ頭に半ばまでめり込ませる。


 これでソニックブレスも潰した。


「なぜだ!? なぜ武器をそこまで使いこなせる!?」


「あたしが知らなくても――」


 ハルバートを振り上げてワニ頭から抜き、その勢いを利用して柄を半回転させて、勢いを殺すことなく石突を脇腹に叩き込む。


 ロングソードも同時に振るい、トラ頭を斬り落とす。


「うぐっ……」


「リプクレスは使い方を知っているだけよ。だから――」


 続いて踏み込んでローキック。


 この脚はクマの脚。


 アクベスバ2は足を取られて転倒する。


「リプクレスの知っていることはあたしも知っている! それが第3形体よ!」


 リプクレスは、剣術も槍術も覚えていた。


 この状態でリュースがレスティアと戦ってそれを覚えさせ、それをあたしに使わせている。


 フィスはレスティアと対峙しているに同じ。


 気の毒とも思わないけど。


「不滅の盾よ!」


 フィスはやっと防御球殻を張った。


 あたしは張らない。


 この程度の敵にそんなものは不要。


「許さん。粉々にしてやる!」


 フィスはよろめきつつも立ち上がり、後ろへ下がって戦杖を振り上げる。


「火よ炎よ! 集え固まれ! 渦巻け轟け! 大いなる破壊の鉄槌を! 我が前に顕現せよ!」


 あれは、80リーメッツもの魔力を使うバーストエクスプロージョン!?


 上級魔法なら、打ち出す迄にはもう少し時間が必要。


 これはあたしだけだったら、使えない魔法だけど――


「かわせば王女が死ぬぞ!」


 本当に腐った卑怯者ね!


 こちらも防御球殻を……いえ!


 柄に戦杖を組み込んだハルバートを向ける。


「アーク・ブリアル」


 穂先に光の球が灯り、注ぎ込まれた魔力で膨れ上がる。


「ふぇざむ・らーざ」


 光の直径は馬車の車輪ほどまで成長し、稲妻と轟音を纏う。


「グレイ・オン」


 全身に力を込め、反動に備える。


「……精霊語!? なぜそんなに長い!?」


 これがリプクレスの最大攻撃――


「メガブラスト・バスター!」


 ハルバートから魔力で創造された灼熱の球が打ち出された。


 フィスの防御球殻を貫き、作られていたバーストエクスプロージョンの炎の球を捕えて吹き飛ばす。


 余波で戦杖はへし折れ、頭を割られたワニ頭は絶命してダラリと口を開く。


 これがリプクレスの切り札、メガブラスト・バスター。


 消費する魔力も膨大。


 何しろ300リーメッツも消費するのよ!


 バーストエクスプロージョンなんて比べるまでもない。


「くっ……なぜ……」


「勝負はついたわ」


 あたしは、フィスの後ろに位置するアクベルト2の主頭部を見ると、ある予感がした。


「フィス! まさか主頭部が機能していないの!?」


「だとしたらどうだと言うんだ! 複合多頭だぞ! 頭の一つ二つ失っても、まだまだ戦えるんだ!」


 やっぱり! その主頭部の熊頭は獣戦士の弊害か、機能していない!?


「魔獣の頭部ユニットは全部使用不能でしょ! 動くの!?」


「当然だ! この僕が主頭部だ!」


 思ったとおりね。だとしたら、システムボックスは主頭部・副頭部・補頭部を全て認識していない!?


「フィス! システムボックスの改造はしたの!?」


「残念ながら、システムボックスの解析は途上でね!」


 やっぱり……リュースに『可能な限り、あなたにもすぐにはわからないように複雑怪奇に設計するのよ!』と言った効果はあったようね。そう簡単にはわからない。でも――


「フィス! 悪いことは言わないわ! 早くアクベスバ2から離れるの! これは親切な忠告よ!」


「親切!?」


 しかし案の定と言うか、解ってないと言うか、予想を裏切らない返答だった。


「はっ、大きなお世話ですよ! それより自分の身を心配したらどうです!」


 フィスは折れた戦杖を拾った。


「僕は魔獣の魔力で魔法を使えるんですよ! 消耗したとは言え、まだ残る250リーメッツの魔力がね!」


 勝ち目がないことも解らなくなっている……


 それより非常に気になっていることが――


 アクベスバ2の腹が、異様に膨れたりしぼんだりしている。


 呼吸のせいではない。


 恐らく、あのせいだ。


「バカ! 止しなさい!」


 あたしは通じないことは承知でも、つい叫んでしまった。


 アクベスバ2の腹の異常は止まった。


 それが始まりの予兆だったのだろう。


「う……う……?」


 始めは一条、次に二条……アクベスバの体から薄紫の煙が上がり、立ち上る煙はやがてどことは言わず全身に広がった。


「始まった……!?」


 漸くフィスも異変に気づいたようだったが、明らかに手遅れだわ。


「あ!? あ、あ……!?」


 フィスは声にならない叫びを上げた。


「遅かったの!?」

 それをあたしが見るのは、全く初めてのことだった。


 恥ずかしながら、実際『何が起こるのか』までは知らなかったから。


 煙を上げながら、ゆっくりとアクベスバ2の身体が崩壊を始めた。


 ワニの顎が付け根から先、ボトリと外れて落ちた。


 破壊された頭部からは盛んに煙が吹き上げ、見る間に白骨と化して行く。


 右脚が付け根から取れ、フィスは転倒すると転がった跡にクズグズに腐った毛皮が崩れて、大地に黒と赤の混じったマーブル模様が記される。


「どう、なって、いるんだ……僕の身体……アク……ベスバ2……」


 だから言ったのに!


 どんな魔導が施されていたのか、生憎あたしは詳細を知らされていない。


 真の天才の創りしものは、凡人に等しいあたしは何が起こったのか、予想も予測もできない。


 ただ、腐肉のように崩れて行くこの姿が、リュースの小細工だったことだけは知っている。


 ほかの誰でもない、このあたしがそうするように命じたのだから。


「助けて、くれ! 助け、て、く、く……」


 自壊(アトポーシス)――設計図が紛失したハズバーンの反省から、敵に鹵獲されたり戦場に残された死体から機密が解析されないように、あるいは意地悪な課長が設計図をだまし取っても使いこなせないように、魔獣には特定のコマンドを受けた時、致命傷を受けた時、あるいは全ての頭部ユニットを失った時に、『機密を守るために魔獣を即座に分解・消失させる仕掛け』を入れさせたの。


 アクベスバ2はフィスが手掛けたとしても、一から設計していない。


 そんな時間も技術もない。


 アクベスバかアクベルトの基本構造をベースに変更や改良や改造を施している以上、自壊システムは入っている。


 司るシステムボックスに、自壊の停止を入れておかない限りは。


「こ、の、僕、が……! どう……して!」


 魔獣の主要な部位が崩壊をしていることは間違いない。


 そしてどうやらフィスの身体も、それに巻き込まれている!?


 でも――こんな結果は想定していなかった。


 あたしが求めたのはあくまで『魔獣が消えてなくなること』だけだったのに! 


 これではまるでフィスが裏切ることを想定して、そのための仕掛けと言っても十分説得力がある結末じゃないの!


「フィス! しっかりしなさい!」


 あたしは思わずフィスの左腕を掴み、なんとか助けようと引っ張った。


 運よくアクベスバ2を構成している細胞のみが破壊されたのなら、あるいはフィスの身体が表面だけが自壊に巻き込まれて、主要な臓器さえ無事なら、助ける手立てもあるはず――


 しかし、あたしの掴んだ左腕は、肩の付け根からあっさり取れた。


「ひっ!?」


 驚いたあたしはそれを投げ捨ててしまった。


 取れた所からも煙が上がる。


 やはりアクベスバ2の内部では、フィスの肉体も自壊に巻き込まれているみたい――


 苦しいのか、痒いのか――フィスは唯一残された、右の腕でアクベスバ2のあちこちを掻き毟ると、泥道を刻む轍のように指の形に肉が抉れていく。


 どうしようもない。


 もう手遅れなの。


「――! ――! ――!」


 肺を潰されて、最早悲鳴を上げることもさえも許されず、苦しげにもがくフィス。


 真っ先にシステムボックスが自壊するはずだから、彼は魔獣の痛みは感じない。


 彼の苦痛は、あくまで彼の身体を襲う痛みだ。


「フィス……」


 あたしには、ただ見守ることしかできない。


 自壊は容赦なく進む。


 腹が破れて溶解しかけた内臓が飛び出し、体中から折れた骨が突き出る。


 鉄錆と強い刺激臭が立ち込める。


 倒れても体躯はどんどん形を失い、元が魔獣か人なのか想像さえできない姿になり、ついにアクベスバ2は砕けた骨格と、肉のなれの果てに液状化した汚水だけになった。


 こうなってはどんな天才でも――リュースでさえも手の打ちようがない。


 機密は完全に守られてしまった。


 アクベスバ2は崩壊してしまった。


 融合した使用者の肉体諸共。


 そして、自壊にかろうじて巻き込まれなかったフィスの頭部と、彼の右腕だけはまともな形で残っていた。


「……」


 あたしはその腕に目を落とす。


 何かを掴もうと虚しく開いた手は、結局何も掴むことはできなかった。


 勝利も、栄光も、地位も、富も、財宝も、名声も、美女も――


「バカね! あなたは欲張り過ぎたのよ!」


 上級魔導学校を次席で卒業し、魔導研究所に入って、才能を認められて――


 無能ではなかったでしょう。


 何が彼を狂わせてしまったのかはわからない。


 同情してあげるのは筋違いだし、彼も望んでいないだろうけど――


「情けなさ過ぎるわよ。こんな終わり方して」


 あたしは知らず、少し涙が出ていることに気づいた。


 つくづくあたしの周りには、ロクな男がいないわね。


 あのリュースがマシに見えてくるわ。


「結局、あなたはリュースに何一つ勝てなかったんだからね!」


 魔導学でも、魔獣創造でも、魔導器製造でも……天才には及ばなかった。


 そして結局何もかも失った。たった一つしかない命さえも。


「アリシアさん……」


 リンゼータは顔面蒼白だった。


 無理もないわ。


 それほど親しくないとはいえ、目の前で知った人のあんな死に方を見せられては。


「アリシアさん、わたしが……」


「リンゼータのせいじゃないわ」


 あたしは素早くリンゼータの言葉を遮った。


 この娘がこれ以上責任を感じる必然性なんてないのよ!


「わたしが、王女だったから」


「リンゼータのせいじゃない! この男は、心が弱かったのよ!」


 誘惑に負けて、裏切って、あげくの果てに天才の仕掛けに嵌まって、自滅して……


 それはこの娘と全く関係ない話。


 この娘の正体が王女だとか、グリーンフィールド王国の利権だとか……そんなのに心を動かされたのはフィスだし、それで身を滅ぼしたのは自業自得以外のナニモノでもない。


 もしハズバーンに――自分で設計した魔獣をベースにアクベスバ2を作っていたら、自壊は入っていなかった。


 システムボックスを使用していなければ、自壊コマンドは発令しなかった。


 結局リュースの技術に頼って、リュースを裏切った結末じゃないの。


 そして、アガベルケスを殺したのもこの男――


 思い当たるフシは幾つもある。


 アガベルケスが殺された時、あたしは廊下で出会っていた。


 怪しい書類にフィスの臭いがついていた。


 あたしは見落としていたの。


 本当、情けないわ。


 もっと情けないのは、あたし達の未来だ。


 フィスに唆され、リュースはガル・ファージアへの逃亡を計画した。


 でもそれは丸っきり出鱈目。


 ガル・ファージアは受け入れ準備が出来ていない。


 仮に逃げ込んだとしても、潜伏先を確保する必要がある。


 隠密で、目立つことなく――土地勘もコネクションの一つもないのに!


「進む道はなくなってしまったわ。戻るしか道はもう、ない」


 リンゼータを抱き締めて、あたしは泣いた。


 いずれにしても追跡隊は来る。


 隠れるにしても、永くは無理。


 折角、折角リンゼータを助け出したのに!


 脱出出来たのに!


 明日への絶望か、軟禁への恐怖か、あたしかフィスへの同情か――リンゼータの金色の眼から涙が零れ落ちる。

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