次期魔獣開発 4
4.
一般に『魔獣』とは、動物を意図的に交配させ、自然発生的に『品種改良』するのと全く異なるプロセスで創造した動物を指す。
一般的には軍用に『魔導改造』した猛獣を指す。
広義には馬を改造した『突撃騎士』用の『一角獣』も、犬や狼を改造した『魔犬』『魔狼』も含まれるが、用途や戦力として考えた場合、「騎士が乗れる」「猛獣をベースにする」ことが『魔獣』に分類される条件となってきた。
それ故に現在は兵科として『魔獣騎士』という新しい騎士が生まれ、『魔獣』と言う新しい兵器は、改良を重ねられ戦場の準主役となるべく各国で研究・改良されてきているの。
魔導研究所の魔獣部は、その魔獣の新型を研究・開発・設計を行っている。
でも問題があって、せっかく『魔導改造』によって魔獣が創造されても、後天的な改造のため、その子孫まで同じ魔獣にならない。
つまり寿命が尽きたらそこまで。使用期間が短い分、新型魔獣の開発も生産も慎重にならざるを得ない。
その分高性能な魔獣が要求されてしまい、製造にかかる費用、開発にかかる費用も高騰する。
ぶっちゃけた話、『苦労するからその分予算が欲しい』って言うのが本音よ。
だからこそ今回開発に成功したハズバーンは、最近伸び悩んだ魔獣部にとって乾坤一擲に等しい僥倖で、わざわざ招待して魔導大臣自らにお褒めの言葉が頂きたいってわけ。
できれば言葉だけじゃなくて予算も!
研究所としてはリュースを入れることで予算をもぎ取ったらしく、食堂や施設も良くなった。
魔獣部としてもそのお零れは欲しかったのでしょうね!
だからあの二人が大臣に必死で売り込んだのも、必然と言えば必然なの。
ただ誤解があるのは、リュースが本当に役に立っていること!
奇行が多いけど。
バカだけど。
ハズバーンは魔力増幅器を内蔵し、前のハズマリーより魔力総量が格段に向上して、それを使って攻撃力、防御力、瞬発力等を徹底的にパワーアップしてある。
今回のハズバーンの成功は、はっきり言えばあの魔力増幅器なしではありえなかった。
その魔力増幅器を開発したのは第4課で、より正確にはそれを創ったのはお父さまでも、ましてあたしでもない。
猫が来たらついていくような貴人変人が創ったのだから。
魔力総量を向上させる妙手がなく、強化案が机上の空論になったとき、リュースがこの魔力増幅器をくれた。
なんでも独自で研究していたそうなの。
お父さまは設計会議で、魔力増幅器の設計・開発はフェルディナント・ペデルーン皇子であることを声高に主張したらしいの。
別に『課長が設計しなければならない』なんて規定はどこにもない。
でもマトモに相手にされず、『皇子に手柄を譲って媚びている』と一笑にされたって。
誰がそんなことしますか!
アンタらとは違いますからね……とは言っても、現物見たあたしでさえ信じられなかったのだから、見ていない部長あたりに『信じて』と言う方に無理があるのかしら……何しろ『魔力が100リーメッツ程足りない? じゃあこれを使えよ。こないだ創った魔力増幅器だ』ってくれて……ただリュースの字が汚く、書いた本人の設計図は『落書き以上下書き未満』にしか見えないもので、お父様が清書したから字は思い切りお父様の字だし……やっぱり手柄譲ったように見えるのかなぁ……
上機嫌のボスコーンが、満面の笑顔と下心を湛えたライピッツ・バルギスに見送られて魔導研究所の敷地外に出ると、やっとあたし達も解散になった。
リュースもリンゼータに連れられて、さっさとどこかへ行ってしまった。
多分一張羅を汚す前に着替えさせるのね。それが一番安全よね。
うっかり目を放したら屋根の上に猫を探しに行ったり、はたまた散歩中の蜘蛛を追いかけるから……間違っても十九歳の皇子にする心配じゃないわね。
考えるのは止めよ。リンゼータがついているから安心だしね。
魔獣部第4課開発室があるのは二階の奥の突き当り。
元々は資料室で、魔獣部の増員に伴って急遽整理したため、壁には本棚が並び未整理の書物が未だ多く床に積まれている。
あたしが第4課の部屋のドアを開けると、中からリンゼータが楽しそうに誰かと話している声が聞こえた。
「そーら、そーら、ほら!」
「いっちゃったよ」
「はい、もう一度」
あたしは嬉しくなった。
うん、最高の気分転換ね! こんないい娘を妻に迎えたら、どんな男だってその人生は幸せに包まれるわね、きっと!
「楽しそうね」
あたしが声をかけると、座っていたリンゼータは犬科の黒い動物を膝に載せて振り返った。
「あ、アリシア様!」
え? リンゼータが一人だけ? でもさっき誰かと話していたような……?
「あら? リンゼータ一人なの?」
「はい、わたしとこの子だけです」
黒い犬みたいな動物が不思議そうにあたしを見ると、口を開いた。
「だれ? リンゼちゃん?」
まさか……?
「今しゃべったの、この犬!?」
「ボクは犬じゃないですよ!」
犬……じゃない黒い動物は、リンゼータの膝の上でフサフサの尻尾をあたしに向けた。
「ボクはキツネですよ! ほら、シッポの先は白いでしょ?」
確かに全身真っ黒な中、なぜか尻尾の先端だけは白い。
「ボクたちキツネのシッポは、先っちょは白いんです。すごいでしょ!」
どこが威張る所なのか、キツネの自慢はわからないわね。
「そんな細かい所まで見ていないわよ」
キツネの尻尾の先が白いとか黒いとか、そんなこと誰が気にするかしら!?
あ、気にする皇子が一人いたわ……
「アリシア様、この子が黒いのは銀狐だからですよ」
あのねリンゼータ、キツネはいいから! 黒でも白でもどうでもいいの!
話が全然進まないじゃない!
「そうじゃなくて、しゃべれるの、このキツネ!?」
「はい、私もこんな口達者な子は初めてですわ」
「そうですよ! すごいでしょ!」
……あたしも、喋る魔獣なんて初めてよ!
「アリシア様、上着を脱いで下さい。ボタンお付けしますから」
そう言えば、さっきリンゼータが拾ってくれていたわね。
「あ、あなたがアリシア様ですね! クモの観察しても怒らないのに、ネコの観察するとすぐに怒ることで有名な!」
メイドの膝の上でキツネが言った言葉に、あたしは魔導師正装の上着を脱ぎながら嘆息した。
「……創ったのはフェルディナント皇子ね」
誰が『すぐ怒ることで有名』よ!
怒らせているのは誰よ!
クモの観察は傍から見ても解らないけど、猫の観察はすぐ解るから、リュースがバカやっていることが周囲にモロバレなのよ!
大体クモや猫の観察して何が面白いのよ!?
「すごい! よくわかりましたね!」
目を丸くするキツネ。
「わかるわよ……」
解った理由はキツネの性格よりも、与えられた能力で。
まさか自由に人間と会話のできる動物を創るなんて!?
そんなことは並の魔導師にできることじゃない!
できるとしたら、それは本当の天才のみだわ!
魔獣との会話も課題の一つ。
不調な個所を自己申告してくれれば、病気の早期発見・負傷の治療・給餌、整備にしても運用にしても魔獣と会話できればメリットは計り知れない。
これをハズバーンに組み込めば、リュースもみんなに認められるかも――しれない――でもまた『手柄を譲った』って思われる可能性は大だわよね……うーん……
「さすが、嫁に行かずに研究に没頭していることで有名なアリシアさんですね!」
考えていると、キツネは更にしょうもないことを言い始めた。
「それ、誰が言っていたのかしら」
言いそうな奴に心当たりは正直多いけども、このキツネに言いそうな奴に限って言えば一人だけ。
リンゼータがそんな失礼なことを言うはずもないから、あえてキツネに自白させる。
「ボクを創った天才魔導師フェルディナント・ペデルーン様です!」
えーえー、どうせあたしは行き遅れですわよ! そういうことを考えていたのね!
「どういう仕掛けになっているのかしら? まさか人間としゃべれても肝心のキツネとしゃべれないなんてオチはないでしょうね!」
……まあこのキツネが、ほかのキツネと会話できようができなかろうが、あたしにはどうでもいい話なんだけど。
「えへん! ボクには魔導師ペデルーン謹製の魔導器、特製翻訳器が内蔵されているのです! 人間の言葉もキツネの言葉も思うまま! すごいでしょ!」
あの天災皇子、言語学者の仕事まで奪う気!?
「ね、かわいいでしょ、この子」
キツネの毛皮を撫でるリンゼータは嬉しそう。
良かったわね、リンゼータは動物好きだからね。
ちなみにキツネも嬉しそう。良かった……のかな?
「可愛いってねぇ……」
このバカギツネ、どうも一言多い気がするのよね。性格は可愛くないわ。
「かわいいですよ、ボク」
どこが!?
「ご主人さまが創っただけあって物覚えもいいんですよ!」
リュースが創っただけあって性格も悪そうね。
キツネは膝から飛び降りると、リンゼータの前に『お座り』した。
「ほら、キール、お手」
リンゼータが出した手に、キツネは前足を載せた。
『キール』って名前ね……命名はリンゼータかしら、リュースかしら?
「おかわり、アゴ……」
キールは逆の前足を載せ替え、すぐに前足を下ろしてストンとアゴを載せる。
「言葉を理解できるし、知能も高いからそんな芸当は朝飯前なのね」
あたしはリュースの技術に感心した。性格はともかく、キールの出来がいいのだけは認めるわ。
「ウフフ……」
リンゼータは続いて、普通ではありえない部位を言った。
「……翼」
アゴを上げたキツネの背中から、ニュッと爪の生えた棒のような物が出て、少女の手に載った。
「何それ!?」
あたしの上げた声に驚いたらしく、キールはピョンと後ろに跳ねた。
同時にその背中から蝙蝠の翼が広がり、バタバタと羽ばたいてバランスを取る。
「ビックリしたな!」
あたしが唖然としている間にキツネは着地して翼を畳むと、それは長い毛で背中に隠れる。
一見すると翼は見えない。
「アリシア様、そういう他人の困るようなことしているから、全然縁談が来ないんですよ!」
「大きなお世話よ! それもリュ……魔導師ペデルーンが言っていたの!」
「いえ、ボクの冷静な分析結果です。当たりでしょ!」
「キツネの分際でしょうもない分析しないでよ! 縁談なんて掃いて捨てるほど来ているわよ!」
「おかしいな……? ボクの推理が間違うなんて……」
……本当はキツネに見透かされた通り、縁談なんてあんまり来たためしがないんだけど……話が進まないわ!
「翼生えているの? その翼動くの!? 飛べるの?」
「いっぺんに聞かないで下さい。翼は生えていますし、動きますよ。鳥ほどじゃないけれど、多少の飛行ならできます」
キールは言いながら机の下で、右の翼だけを広げる。
「すごいでしょ!」
言いながら、これ見よがしにペロペロと舐めて毛繕ろいをする。
「凄過ぎるわ……」
威張るキールに、あたしは絶句するしかなかった。
あのハズバーンでさえ、翼が手動だったのに!
リュースは翼を動かせるメカニズムを開発したってこと!?
それも趣味で!?
しかもその結果を研究所に報告せずに、リンゼータへのプレゼントにしか使わないなんてね!
……ホント、何考えているのかしら、あの皇子……
「そうだ、その魔導師ペデルーン様からの伝言です」
キールはチョコチョコとあたしの足元に来た。
「あたしに?」
「はい。『キールは伝書狐の性能を優先で創ったから、性格は悪いぞ』って」
「……平気で暴露できるのは頭も悪いからね」
と言っても、キツネに人間並みの頭脳を期待しても……いえ、人とここまで会話できる、動物よりもずっと高い知性を持ったキツネにしたのはやはりリュースの天才的頭脳ね。
「どうやって翼を動かしているの?」
技術的な興味から、あたしはキールに尋ねた。
やっぱりあたしも魔導師ね。
どうしても知りたくなってしまう。
「動かしたいと思った通りに動きますよ! すごいでしょ!」
だからどうやって動かすの!?
翼は前足相当だから、翼を動かせたら前足が動くはずがないのに!?
でも現実に動いている。だとしたら――
「前足と翼に選択機能があるのね!?」
選択機能は理論上可能。
ただしかなり面倒な作業で、現在研究中の事項。
まだ実用化には至っていないけども、リュースのことだから独りで完成させてしまったの!?
「なんですか、それ」
キツネは目をパチクリとさせた。バタバタと翼と動かす。
「翼と前足と、動かすモノを都度切り替えれるんでしょう! だからどちらかしか動かせな――」
「そんなことないですよ!」
キールは両の翼をバタバタさせながらトテトテと走り回った。
「ほら。翼も前足も後足も同時に動くでしょ!」
「……うそ」
脳の構造上、翼と前足は同時に動かすことは不可能なはず!?
どうなっているの!?
この目で見てさえも信じられないわ!?
一体どういう理論?
技術?
キールは床をグルグル走り回ったかと思うと、翼を広げて机の上にジャンプし飛び降りて滑空する。
「飛ぶのも走るのも自由ですよ! すごいでしょ!」
「すごいです……」
思わずキールの口調が移ってしまう。
いったいどうやったら!?
これ、もしハズバーンに応用できたら……いえ応用できるわよ!?
安定翼の問題が解決する妙手!
そうしたらハズバーンは更にパワーアップする!
「フェルディナント皇子は、部屋に戻っているかしら」
部屋と言っても、建前は『第4課資料室』なんだけどね。
でもここも資料室みたいな物だから、資料室と言うのも恥ずかしい……
そう。こんな所でいつまでも気分転換していられない。
第4課は翼なしハズバーンの前足の魔導強化する指示をもらったから、リュースと相談しないと。
そしてキツネにしか使ってない安定翼の話も!
どっちがついでなのか解らないけど!
「戻っていると思いますよ。『今日は客人が来る』って言っていましたから」
言いながらリンゼータが手を出すと、キツネは走ってその腕に抱かれる。
「へー、皇子に客人? 珍しいこともあるものね……人間?」
「人間ですよ、アリシア様! 変なこと言わないで下さい」
これは驚いたわ!
キツネの背中から自由に動く翼が生えているのを見たのと同じくらい!
リンゼータはクスクスと笑っている。うん、本当にいい笑顔ね!
「だって人間の客人なんて……とても想像できないわ」
「最近ちょくちょく来られていますよ」
うーん……ニコニコしているリンゼータには悪いんだけど、俄かには信じられないわ。
だってあのリュースよ? 誰が訪ねてくるの!?
「信じられないわね。猫やカラスが訪ねてきた方が、まだ現実味があるわよ」
「ボクも訪ねますよ?」
「ほら、キツネだって訪ねるらしいし」
「それは失礼ですよアリシア様」
「だってねぇ、あのフェルディナントよ!?」
あたしもリンゼータに釣られて笑いながら、部屋を後にした。