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天才の魔獣・秀才の魔獣 5

     5.

 自己申告通り、繭に包まれた前脚を物ともせずリプクレスは走って行った。


「一応移動だけなら問題ないか……」


 第2形体にさえない身で、追跡はリプクレスに任せている。


 第2形体自体は、アクベスバで一度だけ試したことがあり、どんなものか体験済み。

 

 魔獣の体を自分の物として思った通りに動くし、五感は見たもの・聞いたものがあたしの頭に伝わる。


 味覚も嗅覚もそうだけども、レスティアの反省でかなり弱めて、別の感覚に変換して伝えられている。


 生魚を食べても焼き魚の味が伝わるとかに変えられていた。


 ロングソードとラウンドシールドは、リプクレスの胴体から生えた、丁度いい大きさの曲がった太いトゲ(これように作ってあるのかな)に引っかけ、ハルバートだけを両手で持つ。


 かなり重く、振り回すことは出来ても当てる自信はない。


 疾走するリプクレスは魔力反応を感知した。


 相手も気づいたのだろう、スピードを僅かに上げるが、大柄なフィスにリンゼータ、旅の荷物とアクベスバ2の負担は大きい。


 それに、どうもアクベスバ2は走るのが苦手のようだった。


 まあベースが熊だし。


 一方リプクレスの負荷はあたし一人。


 着実に追い上げていく。


 フィス、どうするの!


 逃げる気なら、リンゼータを置いていけばいい。


 逃げ足も速くなるし、あたしに追う理由もない。


 あたしにはフィスがどこに行こうと最早どうでもいい話。


 捕まえる義理もないし。


 走る途中でリンゼータを突き落すのも心配だけれども、小柄な女の子でも急に放棄すると重心が移動してバランスに響くからそれは避けるはず。


 でも逃げるためにリンゼータを人質にしたら――


 あるいは、可能性は果てしなく低いけれども、逆上してリンゼータを殺害したら――


 それだけが気がかり。


 ただし、一縷の望みはある。


 それに賭けるしかない――


「フィス! 待ちなさい! それとも天才魔導師ペデルーンには到底勝ち目がないのかしら!」


 あたしの声が届くとアクベスバ2は減速し、やがて止まった。


 やはりね――


「フェルディナント・ペデルーンがどうしたと言うのだ!?」


 フィスはあたしを――いえ天才魔導師の創った魔獣・リプクレスを待った。


「いいの!? 自分でもわかっているんでしょう!」


 あたしは挑発を続ける。


「アクベスバ2ではリプクレスに到底敵わない! だから皇子を不意打ちしたんでしょう!」


「何だと!」


「所詮その魔獣は天才の試作体、それも前のタイプをいじった程度に過ぎない! 天才が心血を注いだ最高傑作リプクレスには足元にも及ばないわ! そうでしょう! そうよね! 自分でも解っているんでしょう!」


 この言葉はフィスの自尊心を大いに奮起させた。


「言ったな! アクベスバ2がそんなものに負けると言うのか! 赤薔薇騎士隊に手も足も出なかった出来損ない如きが、赤薔薇騎士隊を纏めて蹴散らすこのアクベスバ2に勝るとでもほざくか!」


「ええ。自分でも解っているクセに!」


「そんなに死にたいか!」


 フィスは鬼の形相になり、リンゼータの襟首を掴んで乱暴に降ろした。


「逃げれば殺す」


「逃げる必要なんてありません! アリシア様は絶対に負けません!」


 言ってくれるわリンゼータ。


「黙れ!」


「きゃっ!」


 でも頭にきたフィスは、無抵抗の彼女を戦杖(バトル・ウォンド)の柄でしたたか打ち据える。


「何するのよフィス!」


「お前は売り物だ! 黙って大人しくしていろ!」


 売り物ですってぇ!


 それが本音!


 こいつも、グリーンフィールド王国からの褒賞を目的にリンゼータを!


「大丈夫!? すぐ助けてあげるわ!」


「平気です!」


 でも口元に――


「血が!」


「唇を切っただけです!」


 リンゼータも黙ってね!


 コイツ、恥知らずで卑怯にも逆上すると貴女に暴行するから!


 でも、本当に芯が強いわリンゼータ。


 あたしが男だったら、きっと惚れているわね!


「何もできない女の子に暴力を平気で振るい、騙して連れ去って、不意打ちして、本当に最低のゲス野郎ね! 魔導師の誇りはどこに行ったのかしら!」


「魔導師の誇り!? そんなもの信じているのか!? 所詮は女と言うことか! 部長も第1課長も、欠片も持ち合わせていない! 手柄を横取りし、騙して脅して! みんなそうだ! 取り上げられたのは僕だけではないぞ!」


 あたしは胸にズキンとくるものがあった。


 確かに一部の連中はそんな奴がいる。


 リンゼータの正体がエル王女とわかったら掌を返すような連中が。


「まさか、アガベルケスを殺したのはそれが理由!?」


「ハズバーンを創ったのは僕だ! アガベルケスではない! それを!」


 そう……だからアクベルト2だって創れたのね……


「騙し取られた報復!?」


「フン! シーラもアガベルケスに図面を取り上げられた! 君の父も図面を奪われた。そんな奴だ! バルギスもな!」


 そして、アガベルケスが死んだ後に試作体を解析したことにして、設計図を再現する予定もアクベルトに奪われて、その恨みもあるのか――


「でも全員がそうじゃない! それに――」


 一番大事なことはね!


「リンゼータを、悲しませて泣かせていい理由にはならない!」


 つい親名を呼んでしまうのも仕方ないわ。


 だって、彼女は王女のエルじゃなくて、あたしの友達のリンゼータなんだから!


「天才がどうとか、皇子がどうとかほざいたな、女!」


「何よ!」


「本当にその様で、このアクベスバ2と戦いたいと言うのか!」


「うっ……」


 痛いところを突かれた。


 リプクレスが本調子でないことは明白。


 そのとき、リプクレスが口を開いた。


「自己修復完了シマシタ。本機ハ脱皮シマス」


「脱皮?」


 繭に包まれたリプクレスの主頭部に縦に亀裂が入り、剥がれ落ちた。


 しかし元のヤギ頭ではなく一角獣の頭になっている。


 副頭部の繭も破れ、カラスではなく白鷲の頭となった。


「えっ!?」


 これはどう言うこと!?


 頭部ユニットがどうして別のパーツになっているの!?


 なぜ? ナゼ?


 いつの間に交換したの?


 でも『脱皮』って?


 前脚の繭が弾け飛ぶと、熊の前足に替わって大きな爪を持ったアリクイの前脚となり、最後に尾の表面が剥がれ落ち、サソリの尾が出現する。


「何だその魔獣は! 何が起きた!?」


 フィスの声に初めて焦燥が混じった。


 あたしだって知りたいわよ!?


 でも、頭も三つ揃った。


 前足も使えるようになった。


 強いか弱いかは兎も角、魔獣のコンディション面は五分!


「セントウデータニヨリ」


 鷲の頭の話し方は抑揚がない。


「本機・進化・成就」


 スズメバチの頭は相変わらず単語のみ。


「使用凍結状態ノばすたー、並ビ第3形体使用可能」


 一角獣頭の言葉は三つの頭の中では一番解りやすい。


 しかし、あたしはその内容にに驚愕した。


「進化ですって!?」




『生物は進化する』――魔導師ペイデフ――あたしたちの専任教官ペデリンの師――が提唱した仮説。


『生物は全てが創造主によって創られたものではなく、進化して別の種になる』と言うもの。


 魔導師はもちろん神学者まで出張って、ハチの巣をつついたどころか大量のハチの巣を叩き潰してクマが団体で乱獲したような騒ぎとなった伝説的事件。


 しかし魔導師ペイデフは「なーに。創造主が『生物は進化しないように創造した』なんて神書のどこにも書いていない。生物が進化するからと言って『創造主が生物を創造しなかった』なんて仮説は立てていないんですがね」と躱したものの、魔導師の中では『生物は何者かが創造したにしろ、神書のような数日で全ての生物が創造されたとは思えない。何らかの進化が関わっている』ことがほぼ事実として認識されている。


進化したの? リプクレスが!?


「そんな妙チキリンなシステムで、このアクベスバ2に勝てるとでも思うのか! こちらにも奥の手はあるのだ!」


 奥の手!?


 アクベスバ2は直立し、ゲス野郎を体内に収めていく。


 あれは……あれは何!?


 フィスの体はすっかり魔獣の中に飲み込まれ、直立した熊から頭と腕だけが出ていた。元の三つの頭は、フィスの頭の左右にワニ・トラと……熊はフィスの後ろにある。熊の前脚は引っ込んでいるので、熊から見える人間の腕は熊の大きな体に比べるといかにも細くてアンバランスだ。それが戦杖を握っている。


「危険! 第3形体ニ」


「ヘンケイノヒツヨウ」


「あり・ます・許可を」


 第3形体!? 何それ!?


「第2形体じゃないの!?」


「第3形体デス」


「ダイ2ケイタイノ」


「完成・体・です」


 第2形体の完成体!? 第2形体でさえ試作だったの!? でもどんな能力が追加されているの!?


 正直解らない。でもリュース、信じるわよ!


「第3形体へ移行!」


 あたしの決意の命令に、天才魔導師ペデルーンの魔獣は応えた。


 あたしの両足はリプクレスの背に入り込み、一体化する。


 第2形体の変形はそこまで。


 しかし第3形体は更に変形が続く。


 胴を守っていた鎧が一度異空間に収納されて消滅すると、リプクレスの体の後がニュッと伸び、あたしの腰を基点として、まるで水面をかき回す指のように前半分がそのままあたしの体を伝って並行に上に上がる。


 一方魔獣の後半分は、あたしの下半身を収めたまま腰から真下に折れて脚は人間の比率にまで伸び、そのまま太い両脚を持つ頑強そうな下半身となった。


 移動したリプクレスの前半分はあたしの上半身を飲み込んで上半身を形成。


 三つの首は滑るように別々の場所に移動する。


 黒一角獣の頭は左肩、白鷲は右肩に移動。


 スズメバチ頭は首の下、胸の上に位置し、両肩からアリクイの腕が生え、あたしの腕と合わせて四腕となる。


 異空間から鎧が戻され、あたしの体や腕を守るように装着されて行く。


 最後に魔獣の両肩に張り付いていた半球形の鎧があたしの頭の左右から張り付いて兜となる。


 この姿は、さながら屈強な体に黒い鎧を纏った異形の魔神。


 リュースが戦闘試験室で、返り血が顔だけについていたのはこの為だった。


 顔以外の全身の返り血は、リプクレスが浴びていた。


 リュースの身体に返り血はない訳よ。


 ――第3・形体!


 ――変形!


 ――完了デス!


 三つの頭が同時にあたしの脳裏に伝えて来た。


 言葉ではない。


 口調こそそのままだったが。


 でも一番の変化はその外見ではなかった。


 この内面変化こそが、第3形体の本領であろう。


 何!?


 この感覚!?


 世界が広がった。


 頭の中で起きた感覚の変化は、一言で言えばそうなる。


 五感は今までにないほどに鋭敏になり、頭の中はかつてないほどの冷静になっていた。


 リプクレスの三つの首が見聞きしたもの全てが同時にあたし自身のもののように感じる。


 これはすでに第2形体で達成していたこと。


 しかし第3形体はそれだけに終わらず、知覚出来たことに対して冷静かつ客観的な判断が瞬時に行われ、冷徹な未来予測に基づいて的確な行動が思いつく。


 これが!


 リプクレスの第3形体。


 意識は三つの頭と完全にリンクしている。


 第2形体では自分の思う通りに動くが、体の動かし方自体が最良ではない。


 思った通りが、最善とは限らない。


 しかし、第3形体は違う。


 リプクレスの動かし方はリプクレス自身が熟知している。


 あたしはリプクレスの意識と一体化することで、その最良の動かし方が出来る。


 第3形体とは、誰でもリプクレスの能力の100%を引き出すことが出来る!


 これは! とんでもない魔獣だわ!


 ――戦力差分析、機動性、魔導攻撃力、俊敏性イズレモ本機ガ上回ッテイマス。

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