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天才の魔獣・秀才の魔獣 3

     3.

 夜の帳が降りていた。


 新型魔獣は四肢(ただし右前脚は大破している)の爪を城壁に食い込ませ、間下へ向かって勢いよく進んで行く。


 あたしはリュースの背中にしがみついているが、これはつまり――


 落ちているのと同じ!


「キャーッ!」


 もう悲鳴を上げるしかない。


 加速。


 落下感。


 不安。


 恐怖。


 最後に勢いよく壁を蹴ってダイブ。


 浮遊感まで足されると全く生きた心地がしない。


 心臓が限界!


 真下に激しく風を吹き付け、衝撃を最大限吸収して――


 着地成功。


 何この恐怖!


 心臓がバクバク言っている!


 いつ爆発したっておかしくないわ!


 死んだ!


 死んだ!


 あたしは死んだわよ!


 この非常識!


 恐怖を感じていたのはリンゼータも同じだったようで、魔法にかけられたように一言も声を発しない。


「リンゼータ、もう大丈夫だ」


「……リュース様!」


 リンゼータはやっと魔法の解けたようにリュースにひしと抱き付く。


「はー、死ぬかと思った」


 おしゃべりキツネも自前の翼を広げて落ちて来た。


 ……これも連れて行くの?


「キール、残ってもいいのよ」


 一応聞いてみた。


「やだよ。あのレーネって騎士、うるさいもん」


 レーネはキツネにも嫌われているのね。


「アンタさっきまでどこにいたのよ」


「ベッドの下だよ」


 人間の隠れる隙間はなかったけど、キツネの隠れる隙間はあったのね。


「大丈夫ですか?」


 その巨体からは信じられない俊敏さで、頭部を上にして城壁を滑り降りてきたのは心強い助っ人のフィス。


「急ぎましょう! 上で騒いだから注意は上に向いていますが、下だって警戒されていますよ!」


 先導するフィス。計画は彼主体かしら?


「わかったぜフィス!」


「だから名前を呼ばないで下さいよ!」


 多少衛士が集まって来たが、魔獣が1体でもいればこの規模なら問題ない。


 アクベスバ2の巨体を見ると、皆怖じ気ついて逃げ出したり遠巻きにしている。


 その間にあたし達は疾走し、先行するフィスは門番を投げ飛ばして門を開ける。


「ご主人さま、グリファイク様は?」


 それはあたしも知りたかったこと。


「心配ない。レスティアが迎えに行っている」


 良かった……


 門を通り抜けて少し離れた所に、四頭馬車が止めてあった。


 皇室のものではない。


 魔導研究所には四頭タイプはないし……まあいいか。


「さあ乗って下さい!」


 アクベスバ2を魔法陣に戻しながら、フィスは御者台に飛び乗る。


「リンゼータ、アリシア、早く!」


 馬車の扉が開くを待つのももどかしく、リュースはあたしとリンゼータを馬車に押し込む。


 キツネはあたしの足の横をチャッカリ駆け抜けた。


「リプクレス、戻れ!」


 皇子も魔獣を魔法陣に戻し、馬車に滑り込む。


 それを待って馬車は走り出した。


「ご主人さま、カールとカレンは?」


「魔導研究所に預けてある。世話もしてくれると思うぜ」


「……どんな方法で?」


 あれはリンゼータでないとエサ食べないのよ。


「あのね、首輪にタグをつけたんだ」


 首輪にタグを付けるだけで誰が世話してくれるの?


「……『王女の養子』って書いておいた。リンゼータの利権に群がっているから、魔狼の世話もしてくれるだろうって」


「利権については僕は確かにそう言いましたよ。でもタグを付けるなんて」


 天蓋はあっても、吹き抜けになっている御者台のフィスからも溜息が出た。


 やっぱりコイツはバカだった。


 まあバカだけど、最高よ!


「タグだけではダメなの?」


「皇子、魔犬が警戒して与えたエサを食べない時は、運動場で生餌を与えるのです。自分で狩って食べますよ。魔犬部ならそのくらい思いつきますよ」


 それは変よ?


「魔犬部の連中、生餌与えなくて齧られていたわよ?」


「あれは恰好つけたからです。魔犬部だから懐かれて当然って顔で、エサを与えたから怒ったんでしょう」


 そうよね。


 でも今一番の心配は魔狼ではなくて――


「どこへ行くの? 魔空界なら追跡は来るわよ」


 皇子に期待するのは不安だけども。


「ファージア王……」


 ファージア……ガル・ファージア王国!?


 リュースの口から告げられた言葉に唖然となった。


「ガル・ファージア王国はグリーンフィールド王国寄りよ!? リンゼータがすぐにグリーンフィールド王国に連行されるわ!?」


「違う。ファージア王家だ。パリス戦争でファージア王家が没落し、ガル家に国を乗っ取られたが、その前にリンゼータの叔母がファージア王家に嫁いでいて、その縁で、十三年前パリス戦争で危険が迫ったリンゼータを匿ってもらうために、連れて行こうとしていた。だから」


 そう言えば、皇帝陛下もそんな話をしていたわね。


 かつての王家が今はファージア公爵だった。


「フィスがコネがあるとかで、ファージア公爵に手紙を出してくれてさ、そしたら返事が来て是非とも連れて来いって」


「……そう」


 それならば安全だわ。


 ガル・ファージアなら仮に皇帝陛下に知られても、手が出せない。


 心配の種があるとすれば、自棄を起こした皇帝陛下がグリーンフィールド王国に教えること。


 でもグリーンフィールド王国に召し上げられればそれで全てが終わってしまう。


 先を考えるなら、そんな悪手はしないでしょう。


 最上ではないけども、上策じゃない!


 リュースにしては良くやったわ!


「後は国境手前でおやっさんとレスティアと合流すれば、万事OKだな」


 これでガディ家一家の国外逃亡ね……ハア……


「アリシア様、後悔しているのですか?」


「後悔はしないわよ。ただ余りにも急な脱走だったから、心がついて来れないだけ」


 馬車は走る。幸い追跡が来ている気配はなかった。


 夜の間にどれだけ距離を稼げるかが勝負。


 かと言って道を間違えると大変なことになるので、帝都を出てハッキリした街道を地図を頼りに慎重に走り、馬が疲れるまで進んだらそこで夜を明かす――




 深夜まで走り、馬もかなり疲れを見せたので、帝都からかなり離れた森の中で休むことにした。


「リプクレス! アクベスバ!」


 リュースは外に出て2体の魔獣を召喚すると、周囲の警戒を命じた。


 心配になったあたしは、魔導杖(ソーサル・スタッフ)の先端に魔法の明かりを灯して魔獣を観察した。


 使わなかったアクベスバは問題ない。


 問題は新型の方。


『リプクレス』って名前――赤薔薇騎士隊との戦いで大ダメージを受けていた……わよね?


 疑問形になるのは、状態が異常だったから。


 失ったヤギ頭とカラス頭が、白い繭に包まれている。


 繭に包まれているのは頭部ユニットだけでなく尾と前脚、それもダメージを受けていない左前脚まで繭に包まれていた。


「何これ? 応急処置?」


「違う。何て言うのかな……?」


 創った本人が悩んでいるわよ。


 大丈夫かしら?


 魔獣の頭とコイツの頭?


「スペアがあったら頭部ユニット交換したら? ないならせめて放棄して……」


「だめだよ。ほっといてくれ」


 うーん……魔獣のパーツを大破したままだと、傷口が壊死したり蟲が湧いたりして最悪死に至る……でもこの状態って、大破しているの?


 繭になるって、どんな構造よ?


「よしよし、お前も良く頑張ったな。エサをやろうな」


 リュースは大きな袋を取り出し、干し肉や葉っぱを出すとアクベスバの肉食獣と草食獣の頭が食いついた。


 リプクレスのスズメバチ頭はそれには目もくれず、リュースを見ている。


 アクベスバ何の役に立ったの? 出さなかったくせに。


「お前の分もあるぞ」


 リュースは別の袋に手を入れ、中身を握って差し出すとスズメバチ頭が飛び付いた。


 アクベスバも欲しそうにやって来て、カラス頭を袋に突っ込む。


「しかし昆虫頭なんて、いつ研究していたの?」


「ハチもクモも研究対象だったよ?」


 そ、そうだったの?


 観察をしていたのは暇つぶしではなかったのね……


「何を食べさせているの? 飼葉は食べないだろうし」


「これ」


 袋の中身を見せてくれると、1インチ(2.54cm)角ほどの緑色のキューブが入っていた。


「何?」


「グリーンペレット! 見て解らないかな。ハチの食べる物だよ?」


「ハチに友達はいないわよ! グリーンペレットって何よ!?」


 一つ取って見る。


 解らない。


 解る訳がないわ。


「イモムシを潰して固めたんだ」


 これイモムシ!?


 思わず悲鳴を上げて投げ捨てる。


「城で(なま)のイモムシを沢山出して、メッチャ怒られたから、エサ用に加工した」


 城の中でイモムシを団体で散歩させた変人は、混沌界史上アンタ一人だけよ!


「な、こうして固めてしまうと気持ち悪くないだろ」


 気持ち悪いわよ!


 アンタの頭の中身が!


 あたしの悲鳴と表情で何かを察したのか、リュースは自信なさそうになる。


「コガネムシの幼虫を潰して固めた方が良かった?」


 あー、コイツの頭を潰して固めたい!


「キールも喜んで食べるよ。作って無駄はなかった」


 そんな暇があるのならもっと早く助けに来てよね。


「ワーイ! グリーンペレットだ」


 とキールが、あたしの投げ捨てたキューブを喜んで食ベ始めた。


 エサ作るのも才能かしら……


 リプクレスのダメージを観察すると、胴体の色も変だわ。


 助けに来た時はトカゲのような鱗の体だったのに、今見ると黒曜石のような外皮に変わっている。


「なんか胴体もおかしくなっていない?」


 トゲトゲも生えているし。


「ああ、鎧だ。『ビートルアーマー』。カブトムシの外皮を再現した。通常は魔獣の体内で異空間を通じて混沌体と接続してある『生きた鎧』だ。強度はチェインメイルには劣るが上質のレザーメイル並にはあるし、自己再生能力がある」


 な、何を創っているの……!?


「これ『リプクレス』って言うのよね? 頭に『アク』が付かないのは、全く違うから?」


「そうだよ。『アク』系列と違って、格闘戦を主体に創った『リプ』系列に、本来中距離用のアク系列の技術を転用してさ。それに時間がかかってかかって。だから戦闘データ取るのに三日ほどロクに寝ないで戦った。でもその時はちょっと足りなかったけど、さっき溜まった」


「何の話よ?」


 聞くより先にリュースは大欠伸をした。


 折角の美形が台無しよ。


『寝てない』のではなくて『寝るのを忘れてた』の間違いじゃないの?


「それより、おれもう眠くてさ。早く休みたいんだ。続きは明日にしてくれ」


 まあ大活躍だったからね。


 夜盗が来ても追跡隊が追い付いても対処できるように、3体の魔獣が外で眠っている。


 これを見たら夜盗は手を出さないだろうし、追跡隊でも打ち倒せるだろう。


 あたし達は馬車の中で座った休み、疲れのせいでそのままの体勢のままで眠った。

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