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天才の魔獣・秀才の魔獣 1

     1.

 夕方魔導研究所から城に帰って、あたしは一つだけ気が晴れた。


 お父さまは、リンゼータを売ったんじゃない。


 お父さまなりにリンゼータを心配してのことだった。


 それがわかっただけでも大収穫。


 後は――


 リンゼータをここから逃がすの!


 殺されないためだからって、こんな所に閉じ込められていい訳がない!


 混沌界の中だから、この娘を利用しようって考えるんだったら、異世界に逃げる!


 あたしは脱獄を全く諦めてはいない。


 あのレーネ・ナントカらを倒して脱出すればいい。


 あたしには頼りにならないリュース以外に、まだ戦力が残っている。


 そう、カールとカレンよ。


 あの二頭はリンゼータの為なら、火の中にだって飛び込むわ!


 ファイアブレスを搭載した『火炎魔犬』は、重装歩兵1、軽装歩兵3に匹敵する。


 カールとカレンは一般的な火炎魔犬より大きくパワーも上回っていて、研究所の魔犬部の魔導師に聞くと、『軽装歩兵4程度に匹敵』と確認してきた。


 部署を理由に最初にカールとカレンに接触し、懐かれることなくこれまた最初に咬まれたらしいけど、評価は正確でしょう。


 レーネ・ナントカは八人。チェインメイルと剣だけの装備なら、軽装歩兵相当ね。


 兜・盾があれば準重装歩兵になるけど、あの装備ならカールとカレンが軽装歩兵8相当で互角。


 あたしが支援すれば戦力が上回る。


 これなら勝てる、良し、次が楽しみね……


「何か嬉しいことでもあったのか、アリシア殿」


 半開きになった扉からノックもしないで頭を出したレーネは、不敵な笑みを浮かべていた。


「何です、覗き見とは趣味が悪いですね!」


 別に今は何も悪いことをしていないけども、あたしもつい慌ててしまう。


 この部屋にいる四人のメイドも恐れて、部屋の隅に逃れている。


「ノックしようと思ったが、気持ち悪い笑いを見てしまってね、つい口に出した。他意はない。許せ」


 レーネが嫌味なのはしょうがない。最初の邂逅があれではね。


「お詫びに良いものを見せよう」


 嫌な予感がする――まあこの女のことだから、いい話ではないことは明白だけどもねぇ。


 彼女は蔑笑を浮かべたまま部屋に入り、足早に近づきながら声を張り上げる。


「リーフ家赤薔薇騎士隊集結!」


 ドア向こうで控えていた計七名の女従騎士が揃って部屋に駆け込み、彼女の背後にズラッと横一列に並ぶ。


「総員魔獣召喚!」


「魔獣?」


 職業柄、つい反応してしまったわ。


 騎士隊は長さ様々の戦杖(バトル・ウォンド)を引き抜いた。


 全員二本差し!? 腐ってもリーフ家ね!


 騎士隊の全員の足元に召喚用魔導陣が展開し、上がって来たのは――


「アクベスバ!?」


 あたしの上げた声に、レーネは甲高い声で笑った。


「これが、量産計画がスタートした最新型の魔獣『ディグベスバ』よ。一角獣と違って自分の意志の通りに動くため、狭い室内でも何ら問題ないとな。魔導研究所から所長直々に貸与された」


 所長が!? あの金髪マッチョのケチの成金がっ!


 こんなしょうもない所で点数稼ぎとは!


 どこまであたしの邪魔をすれば気が済むのよ!


 ディグベスバは、アクベスバの脆弱と思われる部分を補強・改修した、文句なしの量産体。


 そして――第2形体で、自分の意志で自由に動ける!?


 四人のメイドも、見慣れない魔獣に肝を潰して悲鳴を上げた。


「赤薔薇騎士隊八名、及び魔獣ディグベスバ! エル王女を守る精鋭部隊です! 外からの敵、内からの裏切り者から王女をお守り致します!」


 これまでの魔獣騎士は重装歩兵3相当……ディグベスバは重装歩兵3や4では利かない! カールとカレンを足しても、魔獣騎士1体にさえもとても及ばない!


 二本差しの魔獣騎士が八人……それもディグベスバ! これを出し抜くなんて……


 絶望感で意識が半分飛びかけた。


「それからな、お前たちガディ家の故郷の調べはついた。もし王女が行方不明になれば、真っ先に調べられるぞ。魔空界をね!」


 あたしは眩暈を感じた。


 天井が歪む……床が波打つ……壁が近づく……


「アリシア様?」


 優しい友達の声が聞こえ……遠くなる……


 床が傾いた。


 もう立っていられない。


「アリシア様!?」


「ふふふ……ふふふふ……」


 目の前が真っ暗になる。


 大きくなったり小さくなったりする大勢の哄笑が、耳の奥から頭の中に響き渡り、胸の奥を鋭く突き刺した――




「うっ……」


 頭を冷たい物が流れる感触に、あたしは飛び起きた。


 気絶していたの……?


「アリシア様! ああ良かった!」


 場所は相変わらず豪華な牢獄の中。


 あたしはベッドの上でリンゼータの看護を受けていた。


 メイド達もタオルや水桶を持っているのを見ると、あたしの看護に協力してくれていたのかな。


「大丈夫ですか!?」


「大丈夫、だと思うわ」


 心配げなリンゼータの頬に手を当てて、精一杯微笑んで見せる。


 あたしが気が付いたのを見て、メイド達は下がってドレスや茶器などの手入れを始めた。


「ただショックだっただけ。必ずここから出してあげる。必ずね!」


 メイドにも聞こえただろう。でも、言わなければあたしの心が保てなかった。


 あの八人の魔獣騎士をどうにかして、ディグベスバを倒して、誰にも気取られずに、リンゼータを守って……


 出来るかしら……


 何か手は……手はないの……?


 人員、装備、資金、時間、道具、仲間、敵――


 比べれば比べる程、絶望的な隔たりが見えてくる。


 無理だわ。


 とても無理だわ。


 あたし一人でどうにかできる訳がない。


 チャンスは本当に1回しかなかったのに!


 それが、それがあたしの準備不足でフイにしてしまった。


 あの扉が施錠されていることさえ前もって調べてあったら!


 あたしは両手で顔を覆った。


 流れ落ちる涙さえも手から零れ落ちる。


 リンゼータのささやかな未来を、この手で掬うなんて今のあたしにはとても無理。


 悔しかった。


 あいつらが、あの騎士たちがあたし達に絶望を与えるトドメにディグベスバの軍団を見せた。それが解っているのに、あたしは絶望してしまった。


「ゴメンね、リンゼータ。あたしにはあなたを助ける手がもう残っていない……」


 リュースの説得も失敗、脱獄も失敗、見張りは強化。


 仮に逃げ出せても魔空界でどうせ捕まる……


 助けようが……助けようがない……


「アリシア様、ありがとうございました」


 涙に濡れたあたしの手を握って、リンゼータは優しい笑顔になった。


「アリシア様はわたしの為に、必死になって助けてくれました。自分のことのように涙まで流してくれました。運命と戦う勇気までくれました。もう充分です。わたしはアリシア様に十分過ぎる程救われました。どれだけ感謝しても足りないくらい助けて頂いたんですよ? 本当にありがとうございました」


 どうして……どうして『ありがとうごさいました(・・・)』なの? 『ありがとうございます(・・)』でしょ? どうして過去形なの?


 あたしだ……あたしのせいだ……あたしが挫けたからリンゼータまで挫けてしまったんだ……いえ、一度しかない脱獄のチャンスをフイにしてしまったから!?


「いいの、リンゼータ! 形だけの女王になっても!? 籠の鳥になって自由がなくなっても!?」


「女王になっても籠の鳥になっても、不幸になるとは限りませんわ。案外幸せになるかもしれませんよ? 女王なんですから!」


「リンゼータ……」


 本当にいい娘。


 落ち込んだあたしを責めずに励ましてくれている……


 この本当にいい娘を、あたしは救えなかった……


「ほら、そろそろ夕食ですよ。しっかり食べて元気を出しましょう」


 どうやら目覚めたのは夕食の時間のようで、四人のメイドが入ってきて豪華なディナーを並べる。


 食欲をそそるような香ばしい匂いが辺りを支配しても、あたしは食欲がなかった。


 料理の豪華さと反比例して、その場は葬式のような雰囲気だ。


「さ、アリシア様、いただきましょう! 嫌な事があったらとにかく食べて、満腹になったら、辛い気持ちも半減しますよ」


「……いらない」


 あたしはヒドイ女。


 こんな気持ちのリンゼータに、あんなことを言うなんて。


 バチが当たったのよ。同じ目に逢うようにって……


「ダメですよ。どんな時でもしっかり食べておかないと、いざと言う時動けなくなります!」


 ああ……そんなことも言ったわね。


 ホントに嫌な女だわ、あたしは……


 四人のメイドは無言で背後に立っている。


 給仕はあたしに対しても行われる。


 同じメイドなのに。リンゼータの友人と言うか、一味だから?


 あたしが食べないので、リンゼータも遠慮して料理に手が出せないでいた。


 でもあたしはとても物が食べられず、折角の料理も冷めるに任せてしまっている。


 誰も口を開かない。


 外でガリガリ音がするのが聞こえるだけ。


 このまま下げさせても実は問題なく、余り物はメイドたちの胃袋に収まるので料理自体は無駄にはならない。


 だから食べなくてもいいじゃない……


「はあ……」


「ふう……」


 揃って溜息しか出ない。


 ガリッ、ガリッ。


 岩を引っ掻くようなその音が、段々大きく聞こえる。


 もうすぐ近くにまで来ている。


「うるっさいわね! 何の工事やってるのよ!?」


 頭に来たあたしが音のする方を見ると、窓。外から聞こえる。


「アリシアか!? リンゼータはいるか!?」


 この声――!?


 声の主に、リンゼータもハッとなる。


「フェルディナント皇子!?」


 二人して声が揃った。


「やっぱりここか。鉄格子が邪魔だな。よし待ってろよ!」


 だめよ!


 鉄格子を力任せに破壊したら、凄い騒音が出る。


 そうなったら騎士が団体で押し寄せる……って、メイド四人は何をしているの!?


 拘束すべきか――


 悩む間もなかった。


 メイド達は雁首揃えて頭を抱え、しゃがみ込んでいた。


「どうしたの!?」


 場違いであるけれど、つい聞いてしまう。


「アア、何ト言ウ事」


「おうじががエルおうじょをつれさります」


「コレハドウシヨウ」


「困った困った困った」


 あなた達、セリフが棒読みよ?


 そして――ここにいる全員赤いリボンをつけている!


『お願いですよ。その心得がある者だけが、赤のリボンをつける資格があるのです』


 ミアの言葉を思い出した。


 赤いリボンをつけているのは、イザと言う時助けてくれるメイドのこと!?


 メイドの一人、アミンと言う名の銀髪長身娘と目が合うと、気まずそうに横を向いた。


 そして小声が出る。


「私達もミア様の養女なのです」


 それは棒読みではなかった。


 だから心中を察することが出来た。


 メイド長・ミアは皇帝一家の信任厚く、乳母もしていて多くの皇族が育てられた。


 孤児だったリンゼータを養女にしたことは聞いていた。


 そしてほかに身寄りのないメイドも養女にしていた――


 そうだったの。


 リンゼータは一人ではなかったのね!


 だから脱走が失敗した時も、何も聞かずに助けてくれた――


 あたしがいて、リュースがいて、メイド長がいて、姉妹が――今、リンゼータの為に!


 メイドは隅っこに固まって邪魔にならないようにしている。


「わたしは怖いので震えています」


「私はパニックを起こしています」


「ウチは錯乱しました」


「ワタクシは気絶しています。起こさないで下さい」


 まあ、メイドとしての立場があるから、面と向かっては協力できないか。


 でもこれだけで十分よ!


「お前ら息止めろ!」


 鉄格子をガタガタ調べていたリュースが強く命じる。


「みんな、従って! 下手すると死ぬわよ!」


 過去の経験から、どれだけ警戒しても、やり過ぎることはない事は骨身に染みている。


 シュウウゥゥゥ……何かを吹き出す音がすると、鼻を突く刺激臭がしてきた。


 これは何よ!?


 バキン、バキンと音がして、丈夫なはずの鉄格子が外された。


 何をしたのよ!?


 あんな頑丈な鉄格子を易々と取り除けるなんて!?


「何を使ったの!?」


「溶解液」


 そんなものを装備しているの……


「魔導師ペデルーン! 格子を下に落としては駄目よ! 中に入れて!」


 そう、これを投げ捨てたら結局大きな音を出してしまう!


「わかったよ。それ」


 入るように横向きにして、リュースが格子を中に落とす。騒音はそれなり。


「ご主人さま!」


 リンゼータが嬉しそうに駆け寄ると、リュースは颯爽と中に飛び込んで来た。


「よおっ!」


 リュースは見たこともない魔獣で第2形体に成っていた。


 ヤギ・カラス・スズメバチ(魔獣用サイズにまで拡大)の三つの頭を持ったトカゲの体にクマの四肢、尾の代わりに生えているのは蛇。背中にはリュースの上半身。


 確かに三つ頭の複合多頭系魔獣に違いない。でも根本的な構造はアクベスバでもアクベルトでもない気がする――


 第三皇子は両手を広げて迎えた。


「リンゼータ! さあここから出よう!」


「はい!」


 リンゼータは満面の笑みで皇子に抱き付いた。


 良かった良かった……リュースはやはりリンゼータを救いに来た……


 本当に嬉しい時にも涙は出るんだ!

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