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裏切り 8

     8.

 ノックなしで扉が開けられ、女騎士が四人乱入して来た。


「エル王女はここに隠れていないか!」


 全員ピカピカに磨かれた銀色のチェインメイルで首から腰を包み、赤いスカートの腰に巻いた剣帯と剣の柄は黄金で飾られている。


 態度で嫌でも解る隊長は、赤毛のショートヘアで歳は20代前半かしら。


 身長はレスティアより心持低い。


 キリッとした感じのそこそこ美人だけども、碧眼の目つきが険しい。


「王女は隠れていませんよ」


 落ち着いた態度でメイド長のミア・ヴェンサーがゆっくり答えた。


「嘘を言うな! そこにいるではないか!」


 隊長は真っ赤になってテーブルの一角を指差した。


 そう。


 あたしとリンゼータはこの部屋で優雅にお茶を楽しんでいる。


 指差されても全く動じないリンゼータは、澄ました顔でお茶を飲んでいる。


 髪形を戻す暇はなかったものの、ドレスに着替えて可憐な王女モードだ。


「ほう。最近の若い騎士は、一国の王女を指で差すのですか。いやしくも皇帝陛下のご友人であそばすエル・バルア・グリーンフィールド王女を!」


 強い口調でミアは言い返した。


「黙れ! 隠しておいて何をほざくか!」


「ほう、王女が、どこに隠れておいでです? テーブルの下ですか? カーテンの裏ですか? 天井ですか?」


 ミアは慇懃無礼に嘲笑する。


「そこにいるだろうが!」


 女騎士は付き合いがいい。


「ええ、隠れていませんよ! それなのに『隠れていないか』とは良く言えたものですね!」


「な、何だと!?」


「レーネ・リーフ。リーフ家は武門としては少々有名だそうですが、仮にもリーフ家の者でありながら、何たる非礼の数々。武勇と粗暴の区別のつかないとは、全くこれだから成り上がりの武人は! 少しはフェルナーゼ家を見習ったどうです!」


 怒気が膨れ上がる。


 同じ武人だけあって、有名な方と比較されるのはタブーのようだわ。


「フェルナーゼ家だけがヴェスベラン帝国の武家ではない!」


「ええ、そうですね。ですが、名門のリーフ家にこんな落ちこぼれがいるとは」


「誰が落ちこぼれかっ!」


「レーネ様、どうか落ち着いて」


 銀髪の少女騎士が慌てて止めに回る。


「黙れっ! こともあろうにフェルナーゼ家を持ち出されて平気なのかっ! キサマらはそれでもリーフ家の禄を食む身かっ!」


「宜しいですか、リーフ家の騎士。本来なら、皇帝陛下のご友人であそばすエル・バルア・グリーンフィールド王女の護衛と言う、大変名誉と責任のある御役目は、ヴェスベラン帝国随一のフェルナーゼ家の騎士によって行われるべき案件。現在は多忙故、その御役目が運良く回ってきただけのこと。その事実を弁えもせず、能力に等しい粗暴で粗雑な行いの数々で、どれだけ城の御役目の邪魔になったと思うのです!」


「黙れ! エル王女に万一のことがあってみろ! ヴェスベラン帝国の未来に暗雲が立ち込めるのだぞ!」


「万一とは、そなた達が起こすようにしか見えませんよ」


「何だと! 現に王女は、いなくなったではないか!」


「ここにおりますよ。私が呼びました。エル王女の養母である私が」


「王女は逃げ出したのだ」


「ここにいるのは誰でしょうか?」


 完全にミアのペースね。


「全く、王女のお茶の一時をどこまで邪魔すれば気が済むのやら。出て行きなさい!」


 最後は激しい一喝。


 騎士たちは揃って身震いした。


 しかし部下の手前、レーネだけはしぶとく食い下がる。


「皇帝陛下に、この件は報告するからな!」


「はい、御随意に。私も『リーフ家の乱暴者は、帝国の大切な御客人にして、皇帝陛下の御友人エル・バルア・グリーンフィールド王女の護衛としては不適切である』と報告致します」


 それを聞いて金髪の少女騎士二人が止めにかかる。


「マズイですよレーネ様」


「折角推薦されてきましたのに」


「さあ早く、皇帝陛下に御報告なさるために出て行きなさい」


 レーネはトコトンまで追い詰められた。


「わかった。大人しく出て行こう。エル王女には何も起きなかった。ただし!」


 とあたしに指を突き付ける。


「この女だけは別だ! 王女を外へ連れ出そうとした容疑で捕縛する! 捕えろ!」


 くっ! 仕方ないわ。


 リンゼータが捕まらなければいいだけよ……


 従う少女騎士に両側から乱暴に腕を掴まれて、あたしは観念する。


「お待ちなさい!」


 ミアは烈火の如く怒りを露わにして詰め寄った。


「エル王女を外へ連れ出そうとした? その王女がここにいるのも見えない? 落ちこぼれの騎士の眼は節穴のようね

!」


「何だと!」


 このメイド長の安易な挑発に乗って、レーネはとかくカッカしている。


「先ほども申し上げました通り、エル王女は私がお茶に招待しました。お付きのメイドが同席するのがそんなに不自然だとでも言うのですか?」


「黙れ! メイド長と言えども王女を招待できるか!」


 ミアはキッとレーネを睨みつけた。


「本当、聞き捨てならないことオンパレードで言うのね。私はエル王女の養母ですよ? 養女を安全が保障された城内でお茶に招待するのに、誰の許可がいるのです?」


「皇帝陛下の許可は……」


「ではお前たちがこの部屋に入るのに、皇帝陛下の許可は得たのか? 王女を指差す許可は当然得たのか? この不敬騎士め! 恥を知りなさい!」


 ツカツカとあたしの所に近づく。


「私は皇帝陛下より直々に、エル王女の身柄を預かっております。狭い部屋に押し込めていては身も心も沈みます。それ故気分転換に、慣れたこちらのティールームに招待しました。皇帝陛下より賜った私の御役目に異存がおありなら、皇帝陛下に直訴なさったどうです?」


「そうさせて貰うぞ!」


 売り言葉に買い言葉と言うか、言質と取ったと言うか、レーネは勝ち誇った口調になる。


「いけませんレーネ様」


 一番利発そうな栗毛の小柄な従騎士が諌めた。


「こと城内において、メイド長には皇帝陛下と言えど口出しができません」


「何?」


「『メイド長を怒らせたらスープも出ない』は有名な言葉です。メイドの全てを統括するメイド長の匙加減一つで、三度の食事が全て好物の御馳走になるか、嫌いな物だけになるか、スープも出なくなるのです。折り目正しい綺麗な服か、流行遅れのみっともない服か、選ぶのは皇族でも用意するのはメイドなのです」


「そう言えば、レーネ様はレタスのサラダがお嫌いでしたわね。好き嫌いはいけませんね。あんなに美味しいのですから、沢山食べで克服してもらいましょうか」


 レーネは嫌な顔になった。


 城で出される食事の出所を理解したのだ。


 ミアは見下した笑いを満面に広げ、あたしの腕を取る従騎士の腕をピシャリと叩く。


「このアリシア・ガディは、帝国の大切な御客人にして皇帝陛下の御友人エル・バルア・グリーンフィールド王女に仕える身! その身を王女の許可なく拘束する以上、明白な証拠を持って命がけ当たるものであろうな!」


「うっ……」


 腕を掴まれる力が急激に弱まった。


 あたしがリンゼータを脱獄させる証拠が見つからないのなら、死を覚悟すべし――ミアはそう言って騎士隊を止めたのだ。


 さっきミアは『リンゼータは養女』と言った。


 それがあたし達のピンチを救ってくれた理由?


 廊下で行き場をなくしたあたし達は、ミアによってこの部屋に引っ張り込まれ、手早くリンゼータをドレスに着替えさせてお茶会風景を演出した。


 あたし達と入れ違いに出たメイドが、どうやらわざわざ手間取るように取調べを受け、騎士達が入って来る時間を稼いでくれた。


 おかげで間一髪、脱獄がウヤムヤになった。


 いえ、脱獄は発覚したしレーネはあたしの手引きを確信している――当たり前か。


 しかし捕まえる証拠がない。


 なぜかミアも庇ってくれている。


「アリシア様、お願いがあります。いえ、これは心得と思って下さい。王女にお仕えすると言う事は、その身のある所へ常に付き添わなくてはなりません。例え敵の手に落ちたとしても、そのため自身の身に危険が及ぼうとも、自ら望んで行動を共にしなくてはなりません。この心得は忘れないで欲しいのです。お願いですよ。その心得がある者だけが、赤のリボンをつける資格があるのです」


 悔しそうに部屋から追い出されるレーネに聞こえるように、ミアはあたしに語り掛けると、振り返ったレーネが忌々しげに舌打ちをして扉を閉めた。


「お母さま!」


「助かりました」


 あたしとリンゼータはホっとなった。


「こんな危ない事は、二度としないで下さいね」


 ミアの声は冷たかった。


 最後通知か。


 一度目は見逃すが、次はない――


 あたしも次は失敗しないわよ!


「リンゼータのことはどうなってもいいんですか!?」


「私が逃がせば私の責任」


 そう言われたら、何も言い返せない。


「しかし、アリシア様をメイドへ採用なさったのは皇帝陛下ですから、アリシア様の不始末は皇帝陛下の不始末」


 あー、ミア経由で皇帝陛下に願い出て、皇帝陛下に承認されたのだった。


「そのメイドが王女を逃がしたとしても、その責めは皇帝陛下に行きます。次いで城の警護の衛兵長、騎士長、直属の護衛のリーフ家騎士」


 あたしの罪はミアには行かないのね……


「さて、リーフ家のナントカは去りました。そろそろお部屋に戻りましょうか、王女様」


 リンゼータは立ち上がった。


 残酷な運命に引かれて、また最上階の牢獄へ戻る。


 あたしは桶と悲しみを持って後に続く。


 リンゼータ、ごめん……


 ミアも無言の圧力をかけて、城の上に昇らせる。


 牢獄――貴賓室では、予想通りメイドとレーネ一味が揉めていた。


「何事です」


 内に怒りを秘めて、ミアが極めて静かに言ったが、効果覿面。


「メイド長からも言ってくれ。我々もここで寝泊まりする。それなのに『ダメ』の一点張り」


 こいつらが部屋に一緒に泊まるの!?


 絶対……


「ダメですよ」


 静かにミアも同意。


「何だと!?」


「そなたたちのような粗暴極まりない不敬騎士を、高貴なるエル王女と同室に寝泊まりさせるなど、このメイド長の権限を以て厳禁にします」


「な、に、を!」


「部屋に入ることまでは禁止しません。ただし、扉のすぐ外にはメイドが休みます。そなた達はその外にて就寝は認めましょう。廊下は空いています。そこに寝袋を敷くまでは認めても宜しい」


「ぐぬぬ……」


 レーネは歯噛みして悔しがっている。


「こちらも皇帝陛下よりの任務だ。部屋に入らねばならないこともあるのだ」


「そうですわね。それは妨げません」


 レーネは引き攣った顔でリンゼータの前に立つと、配下の従騎士がその背後に並ぶ。レーネと足して八人……


 扉の前であたしとミアが左右に別れると、レーネはあたしの方を激しく睨み、右手を添えた剣をワザとらしく鳴らして出て行った。


 いやー、嫌われたものね……


「何がありました」


 あたしは状況を確認する。


 二人のメイドは、あたしとリンゼータが逃げ出したほんの十数分後に、レーネらに発見されて拘束を解かれていた。


 そしてレーネらは事情を聴いて、すぐさま捜索に走った。


 タイミング的には、来る前に逃げるなら遅過ぎたし、来るのを待って対処するなら早過ぎた。


 早過ぎたらミアの助けがなかったかもしれないし、遅すぎたらレーネに脱出を阻止されたかもしれない。


 しかし無事にやり過ごせたのだから、あるいはとてつもなく良かったか――

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