表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/42

裏切り 6

     6.

 計画は一週間かけた。


 それが短いのか長いのかは判断出来ない。


 皇帝陛下が何を考えてどんな指示を出すか、目論んでいるかは皆目見当がつかないので、リンゼータの身柄をほかの場所に移送されたら計画が全てご破算になってしまう。


 まず目的地である魔空界への道の調べなんとかついた。


 あたしは異世界へ渡ったことはない。


 魔空界も伝聞しか知らない。


 各々の世界とほかの異世界は、異空間を経由して繋がっている。


 しかし全く平行に重なり合ってはいなくて、同じような形をしていても、異空間に潜って平行に移動して異世界に出ても、異空間に入った位置と相当ずれている。


 ヴェスベラン帝国から異世界に入って垂直に移動しても、異世界で出る位置はグリーンフィールド王国の位置になったりする。


 異空間に入っても異世界は見えない。


 異空間は相当広く空気も方向もあるけれど、無事に異世界に出られるかどうかは異空間で魔法陣を展開してみなければ解らない。


 ほとんどは何も――大陸や海――もない虚無空間だから、異世界はまだ三つしか見つかっていない。


 どの位置で異空間に入っても異空間内を渡れば任意の異世界に出られるものの、異世界内を移動するのは丁度海を渡るようなもので、全く目印がなければどの方向へ行ったら良いか皆目見当がつかない。


 そのために異世界から異世界へ行く最短コースは作られていて、その近辺に異空間内には灯台になるような目印が置かれている。


 つまりヴェスベラン城近辺から異空間に入っても魔空界に行けはするが、道なりは解らない。


 目的の異世界へ間違いなくたどり着くには、ルートの見つかった決まった場所か少なくとも目印の見える所まで確実に行ける位置から異空間に入らないと、目的地へ正しくたどり着けないばかりか、最悪元の世界に帰ることさえ出来なくなってしまう。


 だから魔空界へ行くためには、ヴェスベラン帝国の北にある都市フェリシスまで行く必要がある。


 そこから魔空界へ行く魔法船に乗って魔空界に行けば、晴れてリンゼータは自由の身よ!


 フェリシスまで馬車で四日はかかるけどが、脱走が発覚して目的地が露見し追跡がかかるまで半日は稼げるはず。


「お前たち、あたしを見て笑ったな! あたしの何がおかしい!」


 決行の日を迎えると、昼食が終わるなりあたしは二人のメイド――小柄な金髪碧眼のサーラと小柄で青い目をしたブルネットのミレナ――を呼び出して雷を落とす。


 リンゼータを脱走させることを決意してから、毎日『実に些細なことで癇癪を起してはひたすら怒鳴るヒステリー女』を演じてきた。


 案の定メイド達は震え上がり、あたしの怒りが収まるのを平身低頭で待っている。


「お許しを!」


「笑った訳ではありません!」


 知っているんだけどもね……


「勘弁ならない!」


 あたしは『懲罰』と称して二人を後ろ手に縛り上げる。


 これも頻繁にやってきたから、不自然さはない。


 ただし、きっとほかのメイドにボロカスに陰口を言っているわよね……


「これからエル王女はお休みされるが、お前たちはそのまま大人しく反省しておれ! 真摯に反省するなら温情を持ってお許しになられよう!」


 メイドに目隠しをして自由と感覚まで奪うと、リンゼータを促して足音を忍ばせて扉へ近寄る。


 メイドにも皇帝陛下にも、リンゼータが昼食後二時間の昼寝をさせていると言っている。


 居残りメイドを騙すため、おしゃべりキツネのキールに、人の気配がする程度にベッドの上をうろつくように命じてあった。


 残念ながら、コイツは置いて行く。


 他意はない。


 『縁談がない』とか言われたことも気にしていない!


 この二時間が勝負!


 あたしは目配せをして、忍び足で扉に手をかける。


 メイドが中にいるのだから鍵は掛かっていない。


 ノブを静かに回す。


 静かに開ける練習は必死で練習してある。


 だから大丈夫――


 ノブは静かに回った。


 しかし知らず湧いた汗で手が滑って、金具が打ち合う音を立ててしまう!


 しまった!


 心臓を凍った手で握り潰されたような衝撃が走る。


 振り返ると、大きく目を見開いたリンゼータが青ざめていた。


 あたしは奥へ視線を動かすと、床に転がされたメイドは動かない。


 大丈夫みたい……


 幸先悪いと思いながら、汗を拭いてもう一度ノブを回し――今度こそ無音で開いた。


 ふう……


 足音を殺しながら外へ出て、扉を閉める。


 鍵はかけないことにしていた。


 施錠するとかなり大きな音になり、これを消すことはどうやっても無理だった。


 異常に気付いたメイドが外に向けて大声で騒いだら、即座に脱獄が発覚してしまう。


 縛ったくらいでは阻害できない。


 だから結局『見つからないのが一番』と言う結論に達した。


 第1関門突破。


「さあ急いで」


 あたしは異世界に収納していたメイド服を出す。


 その間にリンゼータはドレスを脱いで下着姿になった。


 下着まで皇室御用達の高級品だったものの、着替える時間が惜しいのでそこはそのまま。


 もし見られたら容易に正体が推測されるけど、その下着姿を誰かに見られる危険性は限りなく低い。


 慣れた手つきでメイド服を着たリンゼータが、トレードマークのツインテールを解き、後頭部で一本に縛って房は背中に垂らす。


 こうすると髪形は前からはショートに見える。


 髪の色を染める余裕はないから、少しでも髪が見えない工夫。


 目元は粘着剤で固めてややツリ目になり、顔や手に薄く染料を塗って抜けるように白い肌を隠している。


 そのためかなり印象は変わってしまった。


「ヒート・ストーム」


 結局、あたしはリュースの魔導杖(ソーサル・スタッフ)を持って来ていた。


 杖から温風を出し、染料を乾かす。


 リンゼータはメイドに戻ると、天井を仰ぎ見て大きく息をつく。


「良し!」


 彼女なりの戦闘開始の掛け声だった。


「行くわよリンゼータ!」


 リンゼータは予め用意してあった大きな桶にドレスを入れて、何食わぬ顔で前で両手に持つ。


「さ、参りましょう!」


 と悦に入った表情で堂々と歩いて行く。


 儚げな見かけと違って意外に度胸が据わっているわ。


 あたしは『最近入ったばかりのメイド、現在先輩メイドに色々教わっています』だ。


 実際メイドに見えるかは本当に疑問。


 ええい、女は度胸よ!


 あたしも桶を持ち、リンゼータの後について行く。


 本当はあたしの方が背が高いのを利用して、リンゼータを隠すために前に出る手筈ではあったものの、あたしの歩き方も動き方もメイドとは程遠く、不審者に見えてかえって目立つから取りやめになった。


 そんなに変かしら……


 リンゼータに導かれるようにあたしもついて行く。


「申し訳ないわ。あたしが足を引っ張るなんて……」


「人には向き不向きがありますわ。わたしは魔法師に化けることはできません」


 そりゃそうだけどね。


 階を一つ下った。


 上へ行くほど皇族のプライベートルーム。


 仕える主の人数は少ないながらも、清掃に、準備に、疎らのメイドが動いている。


 そんな中、あたしとリンゼータも『如何にも仕事中です』といった顔で歩いて行く。


 二人連れで窓を拭いていたメイドとすれ違うと、彼女らは顔を合わせてクスクス笑った。


 あたしを見て笑ったんでしょうね……何で笑われたのかしら……


 気づかれたのはそこだけ。


 この階はさほど危険ではない。


 皇帝陛下が出てくれば、取り巻きの動きで予見できるし、メイドはメイドに注意を払わない。


 ここで躓くなんて論外。


 ただし階段への扉の前には衛兵が控えていて、入る者を見極めている。


 そう、不審者が来ないか入る者を見ているの。


 出て行く分はさほど気を使われない。


 せいぜいが皇家の者が抜け出さないかの見張りで、髪の色からして違うあたしとリンゼータはスンナリ通してもらえたから、ここは発覚せずに下に降りることができた。


 そこからは途端に行き交う人数が増える。


 メイド、騎士、衛兵、使者……


 口が渇き、そのくせ冷や汗が止まらない。


 通りすがりの騎士がこちらを見た。


 不思議そうな顔になると歩みをこちらに向ける。


 気づかれた!?


 桶を持ったまま身構えてしまう。


 リンゼータ!?


 前のリンゼータを見ても、緊張も警戒もない。


 極めて自然体。


 平気な顔で近づいてきた騎士に軽く頭を下げて、その横をスタスタ通って行く。


 騎士は思ったのだろうか?


 王女がこんな所にいるとか、慌てないはずがないとか――


 なんて肝っ玉が据わっているのしら。


 本当、可憐な外見に似合わず中はしっかり芯が通っているし度胸はあるし、あたしが男なら惚れてしまいそう――


「ほら、早くなさい」


 振り返って、努めてさり気なくあたしを促す。


「すいません、この娘新人で、まだ仕事に不慣れなんです」


 と騎士に声をかける。


「あ、ああ、気を付けてな」


 違和感の理由はあたしかもしれない。


 でも――


 抜けたわよ!?


 このピンチ!


 人通りの一時途絶えた廊下に出ると、あたしは大きく溜息をついた。


「ふう、何とか誤魔化せたわ」


 桶を置いて額の汗を拭うと、リンゼータは歩みを止めずに窘める。


「いけませんよ。こんな所で休んでいたらほかのメイドに不審がられます」


「そ、そうね」


 やっと二階分降りただけなのに、これでは心臓がいくつあっても足りないわ!


 あたしは桶を持ち直し、リンゼータに続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ