裏切り 5
5.
リンゼータを連れ出しても、どこに逃げるか?
近所に隠れるなんて論外。
徹底的に調べられる。
逆に言えばなるだけ遠くへ逃げれば、近場を調べている間に逃れる公算が高くなる。
外国に逃げるとしても、グリーンフィールド王国に逃げることは出来ない。
万一発見されたらそこで終わり。
ガル・ファージア王国もその同盟国だから、差し出されなくても身柄は確実に拘束される。
南のリシュ公国、ポリストロ王国は小国だ。
グリーンフィールド王国を牽制するのにリンゼータが使えるなら、攻め滅ぼすこともあり得る。
西のリスバーン王国なら、どうか……それでも近い。
逃げるならもっと遠くがいい。
だから考えたの。
つまり異世界へ――
あたしたちの世界は、同じ型で抜いたお菓子のように、ほとんど同じ形をした世界が異空間を通じて繋がっていることが観測されている。
これを魔法用語では『平行世界』と呼んでいて、それぞれの平行世界は地形や言語・文化なども、どういう訳か酷似している。
ただ世界の構成が違うためなのか、そこに生きる人々の魔力や体力などは世界ごとに異なっている。
平行世界は、それぞれが混沌界から見たら『異世界』であり、異世界へのルートは多くは見つかっていないし、簡単には見つからない。
現在は『魔空界』『炎獄界』『妖精界』しか発見されていないけど、『理論上無数、ないし多数の世界』がある、と言う学者は多い。
異世界に逃れることができれば帝国と言えど、おいそれとは手が出せない。
だから行先は魔空界。
幸いあたしの故郷だから行く手立てを調べる方法はあるわ。
あたしが連れ出したことが知られれば、当然追手が向けられる。
でも異世界なら自由には動きが取れないはず。
行先が決まれば、次は荷物の準備。
地図に、金貨、保存食、着替え、道具。それに護身用の武器もいるわ。
どうやって城からリンゼータを連れ出すか――
部屋の内外のメイドをどうにかすれば、リンゼータは城の構造を熟知しているから、城門までは容易に抜けられる。
問題は、城門をどうやって通り抜けるか――
脱走する時間は昼がいいか、夜がいいか。
夜は脱走に成功すれば遠くに逃げるには適している。
しかし乗り物の調達が難しい上に、乗り物の音を辿られると逃げたコースが即座に発覚する。
城門だって厳重に締められているから、手間取るとそこで捕まってしまう。
逆に昼間なら、城門は開かれているからうまく誤魔化せば通り抜けられる。
馬車だって調達し易いし、沢山の馬車があちこちに行き来しているから、足取りを掴まれる恐れは格段に低くなる。
ただし脱走は即座に露見するし、城門に到達するまでに見つかるリスクは大きい。
うーん。
チャンスは一度しかない。焦りは禁物。
一つ一つゆっくり考えていかなくちゃ。
脱走計画も大事だけれど、リンゼータの心身の気配りも重要。
「リンゼータ、いい物を持って来たわ」
リュースから奪って、異世界に収納していたそれを出して広げる。
「どう……?」
気に入るかどうかの可能性は五分。
でも何もしないよりは――
「あっ! これはっ!?」
杞憂。
リンゼータは大喜びでそれを取り上げて抱きしめる。
着慣れたメイド服を。
「着てもいいですか!?」
「どうぞどうぞ! そのために持ってきたのよ」
今着ている白いドレスは、以前着ていた『買ってもらった』『自分で買った』と微笑ましく騒いだドレスと違っていた。
城で新たに与えられた物だろう。
リンゼータは嬉しそうにドレスを脱いで、メイド服に袖を通した。
下着姿になった時に背中が見えたが、以前見た紅い月のアザ――王家の夜はやはりなかった。
そんな片鱗も見せない白い背中だった。
こんな綺麗な肌に焼印押そうとするなんてね、許せないわ。
可憐な王女は可愛いメイドになる。
「ああ、やっぱりメイド服は落ち着きます!」
良かった、心底嬉しそう。持ってきて正解。
「後、ホウキとハタキと雑巾と桶があれば言う事なしです」
「……今度用意するわ」
骨の髄までメイドねぇ……そのくらいなら持ち込める……あー、扉の外に置いてあるわ。
「もし城の人が来たら、すぐ着替えるのよ」
あたしがいる間は、ほかのメイドの入室をなるだけ認めないようにしている。
掃除とか食事の支度とかがある時でも、あたしに気を使って――恐れているとも言う――なるだけ短時間で済ませるようにしていたし、あたしも遠慮なく文句を言っていた。
一番新入りのメイドなのに。
「はい」
リンゼータが、新しい服を与えられた子供のように喜んでいるのを見ながら、 あたしはドレスをソファに掛け、部屋の中を見回した。
二つある大きな窓にはどちらも、頑丈そうな鉄格子がカーテン越しに見える。
これ壊すのは至難の業。
実は、リュースがリンゼータを焼こうとした時に取り上げた魔導杖が、書斎エリアの机の中に隠してある。
取り上げた時に返さず、ドサクサ紛れにそのままここに隠した。
これがあれば、ファイアボールかバーストボールの一発くらいなら放てる。
ただし二発も使ったら、確実に壊れてしまう。
ファイアボルト程度の、消費魔力10リーメッツ程度の威力の低い魔法なら、戦闘用ではない魔導杖でも何発かは放てる。
25リーメッツのファイアボール以上の魔法となると、戦闘用に強化された戦杖でないと反発力で破損は免れない。
そしてこの頑丈そうな鉄格子が、ファイアボール一発で人が出入りか可能な大きさにまで破壊できるとは思えない。
破壊すれば大きな音がするから実用的ではないにしても、選択肢を持っておくことは悪い事ではない。
シャデリアが大小二つ下がっている天井は見上げるほどに高く、あたしの身長でも飛び上がって手が届かない。
積み上げるような物もないから、天井を破るって線も無理ね。
もし天井破っても外に出られる保証はない。
床のカーペットは足音が全く聞こえないほど柔らかい。
床を破っても、下の階に出るだけだろうし。
壁を叩いてみたけれど、魔法で隙間も補修され強度も高められていそうだ。
仮にどこかを破っても、下までロープ一本で降りるのは困難だ。
手が持たない。昼だったら目立ってしまう。
縄梯子でもあればまだましだけども、異世界に収納するには嵩張るし、ここで作って隠すのは時間がかかる。
それにこの高さで、あたしやリンゼータが怖がることなく降りることが出来るのか……どう考えても、城から出るには城内をどうしても通るしかない……誰にも見つからずに、気づかれずに……
あたしが思わす溜息をつくと、リンゼータはいそいそとお茶のセットを用意し始めた。
「アリシア様、考えに詰まった時はお茶を飲んで一服して、頭を切り替えた方が良いアイデアが出るものですよ!」
「リンゼータは骨の髄までメイドねぇ」
まるで、あたしに仕えるメイドのようだった――待って、メイド!?
「そうだわ。リンゼータはメイドよ!」
どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかしら!
リンゼータは元々メイド。
変装して素顔さえ見られなければ、メイド服を着てメイドのように振る舞えば、堂々と城内を闊歩できるじゃない!
城内はあたしより詳しいし、近道も良く知っている。
外から掛けられる鍵を破り、出入り口のメイドをどうにかしさえすれば城門まではこれで簡単に到達できる!
城に入るなら所持品や正体や周囲空間歪曲率を取り調べられるけれども、メイドが城から出るのはフリーよ。
用事を言いつけられたって顔をして堂々と出ればいい。
馬車にすぐ乗っても、どこへ行っても怪しまれない!
「リンゼータ、ここから逃げるわよ!」
「えっ!?」
リンゼータの驚愕する顔って、初めてね。
あたしは思いついた作戦をリンゼータに伝えた。
リンゼータは顔色を失って止めに入った。
「いけません! もし捕まったら重い処罰が下ります! 成功してもグリファイク様が罰を受けます!」
それを言われると、お父さまのことをどう説明したらいいかしら。
「お父さまも途中で合流するわ」
「それでは魔導研究所の職を失います!」
「構わないから!」
「それでは――」
「リンゼータ、今は詳しくは言えないの。でもお父さまも職を失ってでもリンゼータを自由にしなければならないの。解って。リンゼータが自分のために拒否するなら、あたしは何もしないわ。でもね、あたし達が心配で拒否するのは、それだけはお願いだから止めてね」
それでもリンゼータが受け入れないなら、お父さまの裏切りを言うしか――
「本当に、大丈夫なんですか?」
「失敗しないようにするわ」
「わたしもここから出たいです。でも出たらリュース様ともお別れになってしまいます」
「見たでしょ、リュースはリンゼータを見捨てて行ったのよ」
「リュース様はそんなことをする方ではありません!」
あたしもさっきまではそう思っていたわ。
でも結局、皇帝陛下には逆らえないのよね。
でもここは方便――
「じゃ、また魔空界で会えるようにはするわ。皇帝陛下も皇子に無茶はしないでしょうから」
「それでは……本当にアリシア様がわたしを自由にして下さるのですか?」
「ええ!」
お父さまの罪は、あたしが償う!
リンゼータの了解が出ると、俄然やる気が出てきた。
『脱走させようって言ったけど、できなかったゴメンね』とは言えないから、作戦を考えても勧めはしなかった。
しっかり計画しないと!
下準備に手を抜いて大きな計画が成功した試しはないからね!




