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次期魔獣開発 3

     3.

 嗾けられたハズマリーはジロリと視線を動かすと、ハズバーンに飛びかかる。


「叩き潰せ」


 静かにアバベルケスが顎で命じた。


 ハズバーンは三つの眼を光らせると、襲い掛かるハズマリーの横っ面を右前足で引き裂いた。


 魔力で強化された爪が硬い皮膚装甲を易々と裂き、強靭な筋肉を抉り、鮮血のスコールを降らせる。


 残酷絵図その物の光景だけど、目よりも耳を塞ぎたくなる。


 ハズバーンの爪が叩きつけられた時、まず途轍もない破裂音が轟いていた。


「何だ今の音は!」


 張り合った訳でもないだろうけど、ボスコーンは十分負けない大声を出した。


「お静かに」


 これにはアガベルケスも気分を害したようで、わざわざ大臣に注進する。


 魔獣の周囲は『防御球殻』と呼ばれる、武具や魔法の攻撃を防ぐ不可視の殻のような魔法障壁を張っている。


 ある程度の攻撃は緩和・中和できるものの限界以上の時は壊れてしまうし、それは硬いため、壊れる時に相応の音になる。


 ハズバーンの一撃は、驚くべきことにハズマリーの『防御球殻』を一発で吹き飛ばしてしまった。


 アガベルケスは不遜にも、視線を大臣に向けずに静かに解説。


「防御球殻消失の余波による音です。我々は『防殻崩壊音』と呼んでおりますが。お気になさらぬよう」


 す、凄いわ!


 防御球殻は魔法攻撃にしろ武器攻撃にしろ、何発かを防ぐ力がある。


 硬いと言っても岩石や鉄と違い、強靭な木材や皮のように硬い中にもしなやかさと柔らかさがあり、剛性と弾性を合わせ持ったそれは命中した衝撃をある程度逃がすことで耐久性を高めている。


 それを一発で吹き飛ばすなんて!


 ハズマリーの咆哮はまるで鳴き声に聞こえる。しかしハズバーンは攻撃の手を緩めない。飛びかかりその腹に喰らいつく。


 太く長い牙が硬い鱗を貫き、一片の容赦もなく喰い千切る。


 ハズバーンは傷口をさらに踏みにじり、最後に顎を大きく開きくと魔力を集中する。


 轟音と共にそこから放たれたのは灼熱の息吹・ファイア・ブレス。


 炎の塊が、鮮血を大量に吹き上げる傷口に命中、主要な内臓の幾つもを焼き潰す。


 これがトドメになり、ハズマリーは僅かに残った力で転げ回り、苦しげに聞こえる断末魔の咆哮も次第に弱まると、やがて静かになった。


 当たった。


 ファイア・ブレスが。


 威力は大きいファイア・ブレスではあるものの、欠点があるため魔獣騎士は突撃騎士より下に見られる。


 ファイア・ブレスは多くの魔力を消費するため、使用する前後に隙が生じる。


 魔力が大きく流れ、魔獣がそこに意識を集中するので、どうしても動きが止まってしまい、致命的な隙が生まれる。


 だから相手の動きを止めないとまず当たらない。


 だけど格闘戦で大きなダメージを与えて、魔力をチャージする時間を稼ぐとは。


 でもこれじゃあ、ファイア・ブレスはトドメにしか使っていないわね。


「……終わったのか……?」


 ボスコーンは恐る恐ると言った面持ちでアガベルケスに尋ねた。


「はい。終わりました」


 アガベルケスはつまらなさそうに言いながら、ゆっくりハズマリーに近づき、黒焦げのハズマリーを足蹴にした。


「だから言った。『ハズマリーの初期型なんて弱すぎて強さを計れない』ってな」


 しーッ! 初期型は秘密よ!


 愛想のないアガベルケスの代わり、バルギスが飛んできてボスコーンの前に立つ。


「この通り、前に開発したハズマリーでは、この新型にまるで歯が立ちません」


「そうか」


 大臣もあからさまに仏頂面で、あんまり楽しそうではないわね。


「しかし弱過ぎるようだが」


 はい、そのとおりですわ。みんなそう思っています。


「それは仕方ないことでございます。このハズバーンは徹底的な改良を加え、新造の部分も多く、性能が飛躍的に進歩しておりまして、従来型の魔獣なぞ最早時代遅れなのです」


「そうか。研究の成果であるか」


 騎士と護衛魔導士が何事かヒソヒソ囁き合っている。


 あのねー、陰口は仕方ないにしても、魔導師の苦労知らないでしょ!


「良い成果のようだな」


 大臣は形式的な褒め言葉を口にする。


 でもまあ、なんとかハズバーンのお披露目も問題なく終わったみたい。


「それではこの魔獣が空を飛ぶところが見たいぞ」


 終わらなかったみたい。


 事情を鑑みない大臣様はとんでないことを口にした。


「えっ、あ、あの、ちょっとそれは、その……」


 それを言われて、とたんにライピッツは意気消沈する。


 あたしだって硬直してしまった。


 あたしだけでなく、ここの魔導師が雁首揃えて全員。


「……バ、バルギス君、説明を」


「ワ、ワシがですか!?」


 責任転嫁のために、ライピッツから振られたバルギスも困惑を隠しきれない。


 何せライピッツ自身からして、以前似たような質問をしたのだから。


「いやその、空を飛ぶのは……」


 バルギスもゴニョゴニョと歯切れが悪い。


「あの翼は飾りだとでも言うのか? 空を飛ぶための翼ではないのか?」


 悪意は多分ないだろうけども、ボスコーンの質問はあたしにも耳が痛い内容。


 だって、翼の用途からしてみれば、飾りみたいな物だから。


「翼ではありますが、魔獣に飛行能力を持たせる所まで研究は進んでおりません。あの翼は、素早い動き故に激しく動く身体のバランスを取って、騎士を振り落とさないための安定翼でして」


 と言い訳を並べる。


「羽ばたいても、飛べぬのか?」


「いえ、その、羽ばたくこともできないのでして……」


 魔獣の四肢や別の尾を換装した場合でも、接続した四肢や尾は神経ケーブルで脳や脊髄に接続が成功していれば――もちろんそうなるように設計・組立しているわよ――魔獣の意思で動かすことができるわ。


 そして鳥やコウモリの翼は前足に相当するので、前足を動かせるようにすると翼が動かせない。


 翼を動かせるようにすると前足が動かない。


 脳の構造がそうなっているから。


 だから四肢がライオンであるハズバーンは、翼をつけても脳に神経ケーブルの接続先がない。


 つまり魔獣の意思で動かせない。


「魔導大臣、そうなので、騎士が微弱な魔力を脊髄に流し、手動で操作しないと翼を動かすことはできません」


 冷や汗をダラダラ流し、部長はつっかえつっかえ解説する。


 そう、手動なの。あきれるでしょ? ハズバーンの意志は前足を動かすので、翼を自分では動かせない。そこを動かすのを騎士にさせているの。


「要は飾りと大差ないのか?」


「とんでもない! 馬とは比較にならないほどの俊敏性です。当然、乗っている騎士も激しく振り回されます。あの安定翼があればこそ、魔獣の姿勢も安定し、騎士も振り落とされずにすみます。安定翼がなければ一角獣のほうがまだ乗りやすいと言えましょう」


 一角獣(ユニコーン)――と言っても軍馬の一種で、馬の頭部に魔導改造して、槍として十分通用する鋭い一本の魔導角をつけたもの。一角馬(ユニコーン・ホース)とも言う。元々は想像上の幻獣を再現した愛玩・観賞用のものだった。


 しかし戦場で使えば角と槍で戦力が単純に二倍になる。


 それに気づいた各国で創造された初期の魔獣。


 そのため戦場に投入されると気性が荒い方が好まれ、乗りこなし難い動物の代名詞になり、転じて夫の尻を蹴飛ばすような悪妻や、手のつけられないやんちゃ娘のことも『一角獣』と言うようになった――あたしは違うわよ?


「知らなかったぞ」


 そうよね、仰々しくあんな翼をつけていたら役に立ちそうに見えるもの。


 いつかはあんな翼が魔獣の意志で動かせる時代がくるかもしれないけど、それはずっと先の話よね。


ボスコーンは見世物に飽きたのか、つまらなそうに周囲を睥睨すると、リュースの方を見止めた。驚愕の表情で走り出す。


「あっ、あっ? あなたはま、ま、まさか……」


 リュースはボスコーンが駆け寄ってくると――


「何だ、失礼な奴だな」


 アンタに言われたら終わりだな。


 リュースとリンゼータの前に立つと、ボスコーンは荒い息を整える。


「う、あ、そうだそうだ、フェルディナント皇子!? その出で立ちは!?」


「んー? 何か変か?」


 大丈夫。リンゼータが身だしなみは整えているから、変な所はないわよ! 堂々としていいわよ!


「なぜ魔導師姿なのです!?」


「あ……」


 やっぱり言われるのね。


「だってよ、おれは魔導研究所の魔導師だぜ。魔導師の格好して変かよ?」


「変ですぞ!」


 うわー、容赦ないわね。


「あなた様は我がヴェスベラン帝国の皇子! なぜ皇族の正装ではなく魔導師の格好をなさっておいでですか!」


 えーと、説明またするの?


「それはな――」


 また説明したわこの皇子。よくやるわね。まあ相手は初めて聞くからね。


 ボスコーンは案の定、リュースの説明に怪訝→絶句→嘆息と表情が変化した。


「しかし、皇子が魔導師として活躍されているとは夢にも思いませんでしたぞ」


 活躍って……妙な物とか凄い物とか、たまに……稀に……時々……気が向いたら創っていますが……ここでは『変わり者』『怠け者』の方が有名……


「そう? まあおれは公式行事にはあんまり呼ばれないからなー」


 誰が呼びますか。こんなのを公式行事に出したら、帝国の威信が地に堕ちるわ。


「ずっと学校に行っていたから、お前らと話する機会もなかったしな」


 大丈夫。行っていなくても、公式行事には何一つ呼ばれないわよ。


「しかし魔導師とは。上級魔導学校をご卒業ですか」


「まあ一応な」


 当たり前でしょう。魔導学校を卒業しないと魔導士、上級魔導学校を卒業しないと魔導師になれないわよ、一般的には。まあこの皇子は一般的じゃないか……


「となると主席で――」


「主席なんて無理無理。おれは52人中51番だ」


「……まあ、上級魔導学校は難関ですから」


 ボスコーンはフォローに困ったけど、その卒業席次51番は1年飛び級してのこと。


 主席だって飛び級していないわよ。


 ちなみにあたしは同年次に50番で卒業。1年飛び級。


 上級魔導学校は魔導学の最難関だけあり、半数は留年を経験する。


 だから飛び級なんてそうそうできることではないの。


 そこを飛び級できるのだから、あたしはリュースがどれだけ凄いか良く解っているわ。


 実はリュースは、魔導学校の前の、幼年学校からトータルで4年も飛び級している。


 知らない人は『持て余したから、追い出せないので飛び級させたのだろう』と言うけれど、リュースの師は皆立派な人たちで、リュースの才能をキチンと見極めてくれたようよ。


 そんな事情は知る由もないボスコーンは、答えにかなり困惑していた。


 意外と小心者なのかしら?


 あるいは皇族に対してはこれがスタンダードなのかしら?


 どうせ彼も『皇子を持て余して無理やり飛び級させたのだろう』組かしらね。


 ボスコーンの興味がリュースに移ったのを見ると、バルギスが寄ってきた。


 端で硬直しているお父さまの腕を取り、有無を言わさず強引に引っ張り出す。


「ボスコーン大臣。こちらが皇子の面倒を見ておられます第4課長ガディです」


 あのね。第4課は皇子の面倒を見るのが職務じゃないんですけど!


「グ、グリファイク・リム・ガディです」


 どのような顔をして良いか当惑するお父さまは、顔色がどんどん悪くなる。


「ふむう?」


 ボスコーンは何に驚いたのか、驚愕の表情でお父さまを見ている。


「そうか、皇子の! 良き上司に恵まれたようだ!」


 ボスコーンは破顔して駆け寄るなりお父さまの手を取り、上下に振り回した。


「噂に聞いたことがある……」


 この上どんな噂を……想像するだに恐ろしいわ……


「……何でも、皇子のことをとても良く理解しているそうじゃないか!」


 そんな噂初めて聞いたわ。どこで、誰経由で、何の根拠のある噂よ?


「は、はあ……?」


 お父さまは目を白黒させていたけども、その程度の噂だったらひとまずは安心ね。


 思い切り間違ってはいるけども無難だわ。


 大体あれを完全に理解できる人間はいないでしょうから。いろんな意味で。


「皇子は中々難物のようだが、君のような有能な上司がいれば安心して任せておけるだろう!」


「流石大臣、その通りにございます! フェルディナント皇子はお若い故に、色々と苦労が絶えませんから。この第4課長は皇子に理解のある方で」


「ほうほう!」


 ライピッツがしゃしゃり出る。


 何も知らないクセに。


 でもたらい回しは知っているわよね?


「ですがガディ課長は皇子の苦労を減らすために、実に良くやっておりまして」


 苦労しているのはあたしたちです! この()人変人が苦労しますか!


「ところで……」


 ボスコーンは漸くのように、リュース横に立つ美少女に声をかけた。


「そちらのメイド」


「はっ、はい!」


 リンゼータは何か無礼があったのかと勘違いしたのか、動転して裏返った返事をしてしまった。


「そなたはフェルディナント皇子に仕えているのか? あるいはこの魔導研究所に勤めているのか? あるいはガディ家にいるのか?」


「わっ、わたしはフェルディナント皇子様にお仕えする身です」


「ほう……」


 ボスコーンはただでさえ細い目をますます細めた。


「となると、将来はフェルディナント皇子のお妃ということか?」


「そんなことは……わたしのような……」


 そうなったらいいな……いえ、こんな皇子なら良くないかな……?


 でも大事にはしてくれるし……どっちがリンゼータのためになるかしら?


 うー、これは難問だわ! リンゼータも困っているわね。


「いやー、そうはならないぜ!」


 モジモジと困惑する右から、女心を無視したバカが口を挟んできた。


 なによ! リンゼータじゃ何か一つでも不満があるっての?


 自分一人じゃ服一着満足に着ることもできないクセに!


「おれの妃は無理だけれどもさ、どこかに良い嫁ぎ先でもあればいいんだけれど、リンゼータがいなくなったらおれも困るし……どうしよう?」


 そんなことを大臣に聞いちゃだめでしょ!


 バカがばれるわよ!


「ふふっ、覚えておきましょう。良い嫁ぎ先が見つかればお知らせしますぞ!」


 ボスコーンは薄笑いを浮かべた。妙に機嫌が良さそうなんだけど……リュースなんかに会えてそんなに嬉しいのかしら?


「所長!」


 ボスコーンが振り返って呼ぶと、ライピッツが飛んできた。


「なんでございましょうか、魔導大臣」


 大臣の声が喜びに満ちているので、所長もホクホク顔だったりする。


「今日は実に良い日だ。本当に良いものを見せてもらった」


 ボスコーンはさっきの落胆とは正反対に、とても清清しい声になっている。


「ありがとうございます! で、どうでしょうか、我々の研究の成果は!?」


「ふふっ、魔獣部の予算の増額だったな……良い良い、早急に手配しよう」


 流石魔導大臣。成果を聞く(イコール)予算増額まで一瞬で読み切ったわ。


「おお! なんと寛大な!」


「ありがとうございます!」


 ライピッツとバルギスは、尻尾でも振りそうな勢いで感謝している。


 尻尾は幾らでも余っているから、今度生やしてあげようかしら。


 見ているこっちが恥ずかしいわ。


「まあ、これからの課題もあるようだがな! 良い良い! 精進せよ!」


 ボスコーンは大喜びで去って行く。


 画竜点睛を欠いたのは仕方ないけど、今度こそ無事に終わったわ。

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