裏切り 4
4.
「こちらです」
ブルネットで青い目の若いメイドは、豪華でも小さい扉の前にあたしを案内した。
そしてノックし、慇懃に声をかける。
「エル王女、新しいメイドがご挨拶に伺いました」
返事を待たず、一呼吸置いてドアを開けた。
改めて部屋のプレートを見ると『貴賓室』――表向きは高貴な客人を宿泊させる為の部屋。
でも今は豪華な牢獄でしかない――
「わたしは誰ともお会いしたくはありません」
目の端に、白いドレスの背中が見える。
リンゼータ……
あたしは胸を抉られるような痛みを錯覚した。
「そうは言わないで。話し相手にはなれるから」
あたしの声に白いドレスが振り返った。
「アリシア様!?」
「入っていいかしら?」
返事を待たずに中へ入り、ドアをキッチリ締める。
「リンゼータ」
「アリシア様!」
泣き腫らした目が、リンゼータの胸中を如実に物語っていた。
昨日は、あたしに会うまでは、まだ我慢が出来たのでしょう。
今日は限界だったのね。
あたしにできることは一つしかない。
長身を生かしてその小柄な体を抱きしめる、
「よしよし……怖かったわね」
不安だったでしょう!
寂しかったでしょう!
悲しかったでしょう!
お父さまが密告さえしなければ、こんなことにはならなかったのに!
「もう大丈夫よ! あたしが傍にいてあげる! 一緒に泣いてあげる! だから気をしっかり持つのよ! 必ず、必ずなんとかなるから!」
孤児で、出自が不明で、初め拾われた先で辛い目にあって、それでも健気に真っ直ぐに生きてきた対価がこんな軟禁生活なんて、どうして世界はこんなに彼女に優しくないのかしら!
理不尽にも程があるわ!
リンゼータが落ち着くのを待って尋ねる。
「こんな時に、最大の理解者であるリュースは何をやっているのかしら!」
「リュース様は昨日来られました。今日は来られておりません」
リュース!
今朝来てるでしょ!?
ノンビリ朝御飯食べて、この大事な時に全く役に立たない!
てっきりリンゼータを奪い返すために大騒ぎを起こして、出入り禁止じゃないかと思っていたのに……やろうとして、入室に許可と監視がついたのね、きっと。
どんな状況・状態なのかを聞いた所、やはりと言うか当然と言うか、部屋からは自由に出られない。
バスルームもトイレもこの部屋の中(湯浴みの時はメイド達が大量の水を持ってくる)、出入口は1カ所でその鍵は中からも掛けられるものの、外から開けることができる一方、外から掛けられたら内からは外せない。
つまり事実上部屋に軟禁状態。
昨日の夕食のように三度の食事は外から運ばれ、冷めないように最終的な調理は部屋の外のキッチンで行われて供される。
部屋の掃除も衣類の洗濯も、当然何一つリンゼータはさせてらえない。
リンゼータのストレスは甚大だ。毎日普通に行っていた家事を一切させてもらえず、することは何もない上に部屋から出ることさえままならない。
「アリシア様、その恰好は何ですか?」
「さっき言ったでしょ? 『新しいメイド』よ」
あたしは事情を知るとすぐさま登城して、メイドからメイド長を経て皇帝陛下に願い出ると、リンゼータ付のメイドになることはあっさりと承認された。
『リンゼータ付のメイドは、証として赤いリボンを身に着けるように』とミアに直々に言われ、歳を考えると恥ずかしかったので、貰ったリボンは左袖に巻き付けている。
魔導研究所の研究員の身分のまま、自由に登城してリンゼータの話し相手や身の回りの世話をすることを命じられ、リンゼータがしていたようなメイドスタイルでリンゼータが軟禁されている城の最上階のここへ出向いた。
始めの仕事は、まず城内の様子を知ることから。
あたしの場合、リンゼータだけの世話だから、城内の隅々までは知らなくて良かった。
台所から半分調理の終わった料理を運ぶとか、水を汲んでくるとかのために行く程度だが、場所とルールは叩き込まれた。
一通り見学して最上階へ戻ると――
「フェルディナント皇子がお見えです」
リュースが? やっとなの――
「それで?」
中には常時最低二人のメイドが監視しているのに、その二人が追い出されている……?
昨日夕食時にも部屋に残って、服の手入れをさせられたこの二人のメイドは、常時室内で控えるはずなのに……?
「『中に入るな』って、凄い剣幕であたし達を睨み付けて」
「何考えているのかしらね。今日は護衛もいないし」
護衛じゃないわよ。あれは監視。監視なしとは信用されているのね。
でもあたしが入ろうとすると、メイドは二人して通せんぼする。
「ですから、フェルディナント皇子は『中に入るな』っと」
「それはあなた達でしょう? あたしは言われていないわ。それにあたしはエル王女の親友よ?」
あたしはそう思っている。
でもリンゼータはどう思っているかしら?
ここは方便だけどもね。
「許可証は出ているのよね」
「はい。ちゃんと見せてくれました」
変よね……?
脳裏で何か閃いた。
何か言いかけたメイドを押し退けて扉の前に立つ。
扉を開けようとノブを捻ると、鍵が下ろされていた。
「鍵開けて!」
リンゼータの話――内から掛けられた鍵も外から外せることを思い出して、強い口調で命じる。
「しかし」
「あたしは鍵を開けろと言っています! 王女に何かあったら、あなた達は重い罰が下るわよ!」
この脅しは相当聞いたと見えて、金髪のメイドは震えながら鍵を出した。
鍵を開けさせて中へ入ると、ソファにうつ伏せに寝かされたリンゼータに向かって、覆い被らんとばかりに魔導杖を振り上げているリュースが目に入った。
やはり! 許可証だけ出て監視なし、と言う事はありえなかった! 監視を振り切ったか、実力で捻じ伏せたか!
「何をしているの!」
思わず一喝したことが功を奏し、あたしの声に仰天したリュースがつんのめった。
「脅かすなよアリシア!」
良く見ればリンゼータは上半身裸。目に痛いほど白い背中がむき出しだわ。
「何をしているの!」
あたしは大股で近づいて凶器の魔導杖を取り上げる。
「見て解んないか?」
どう見ても『邪悪な皇子に襲われる非力な王女の図』にしか見えません!
「解るわ。リンゼータに良からぬことを企んでいるでしょ!」
「そんなことするか!」
「黙れ! 後ろを向く!」
こいつが金髪グラマー美女の裸見ても、ナニカが何も起きないことは知っていたけど、レディの裸を見せることは禁止!
不満顔の皇子に後ろ向かせると、あたしはリンゼータを起こして着衣の乱れを直した。
「何をする気だったの」
どんな悪事を企んでいたか聞いてみた。
「『王家の夜』を焼く」
天災皇子は天災以上のことを思いついたらしい。
「左の肩甲骨の下。心配するな。肌だけを焼く。焼いてしまえば王家の夜は現れない。また自由になれる!」
「……そう。そんなことを考えていたの……」
「そうだ。王家の夜さえなくなれば親父も大人しくなるさ!」
「リュース!」
パーン!
大きく乾いた音を立てた平手打ちを受けたリュースは、魔導研究所や上級魔法学校で自分の意見や考えが誰にも理解されない時に良く見せた、唖然と呆然と愕然が入り混じった顔になった。
「……何をするんだ? おれの妹なら、おれより不自由とは思わなかったんだ。おれの落ち度だ。だから元凶を消し去れば――」
皇子に手を上げるなんて、発覚すれば処刑は免れない罪。でも――
「リュース! アンタはバカだけど、もうちょっとマシなバカだと思っていたわ!」
クリーンヒットしたせいで見事に手形に腫れ上がった顔のまま、リュースは頭を?いた。
「どういう事だよ? アリシアはリンゼータが自由になって欲しくないのか?」
「自由になって欲しいわよ! こんな所から一刻も早く出て欲しいわよ!」
気持ちの伝わらないもどかしさに、知らず涙がこみ上げる。
「でもね、背中に焼印を押すの? 火傷させるの? リンゼータは女の子よ? 将来自分を大切にしてくれる人の所にお嫁に行って、この背中を見せるの? この火傷を見せるの? それともずっと隠すの?」
「この火傷の跡も受け入れてくれる、そんな男がリンゼータには相応しい」
「焼印を押されるほど悪いことを、いつリンゼータがしたのよ! 罪人でも家畜でもないのに!」
「しかし、王家の夜があるから……」
「ずっと自分の両親を知らなかった。自分がどこの誰か解らなかった。それがやっとわかった。それなのにその一族の証を消滅させるの!? 苦痛と悲しみを与えてまで!」
「アリシア様、リュース様はわたしの為になさろうと……」
「リンゼータ、女の子なんだからもっと体を大切にしなさい! それに!」
どうしてこんなことにも気づかないの!?
「王家の夜がなくても、今更何の意味もないのよ! 肖像画を見たでしょう! リンゼータがエル王女だって、みんな知ってしまったのよ! あなたの好きな血統検査をすれば、リンゼータの血統が解ってしまうのよ! もう、王家の夜をどうこうして済む問題じゃなくなっているのよ!」
そんな簡単なことにどうして気づかないの!
「それではリンゼータは救えない! このままここにずっと閉じ込められたままなのか!?」
「あなたが救いなさい!」
それができる唯一の存在があなたなのに!
「リンゼータのお婿さんになって、生涯傍で支えるの! 必死で頼めば、皇帝陛下もきっとお許しになるわ! それで少しは救われる!」
「リンゼータは妹だ! 妹を手籠めにする兄がいるか! 少ししか救えないのないのなら意味がない! それに、親父は許さん!」
「このままリンゼータが不幸になってもいいの!」
「良くない!」
「解っているなら、なんとかしなさいよ! 天才なんでしょ! グリーンフィールド王国を滅ぼすとか! ここから連れ出すとか!」
口を一度閉じると、リュースは唸りながら考え込んだ。そして――
「……難しいな」
情けない。
情けない!
「情けない! それでも、偉大と謳われた魔法師ペデリンに認められた、天才魔法師ペデルーン・ヴェスベランか! 女の子一人助けることができなくて、それでも皇族か、男か、魔導師か!」
魔導師名は優秀な程、専任教官の魔導師名に似た名が与えられる。
只の合格圏なら教官の魔導師名に似ない。
少し良ければ語尾が同じ、もっと優秀なら先頭部が同じ。
そして後継者レベルまで優秀だと先頭部と語尾が同じ。
こいつは帝国の権威に寄らないで、実力だけで魔導師ペデリンに認められた正真正銘の天才なのに!
「……」
返事はなかった。
ただ高まった何かの感情が、強い鼻息となって漏れた。
背を向けたリュースは無言のままで退室してしまった。
「とんだ期待外れね、フェルディナント・ヴェスベラン皇子! 見損なったわ!」
身分が低くても気立ての良い娘が、聡明な王や王子に見初められて妃になり、益々王国が栄える――それは童話だけのお話。
現実は信じられないほどに残酷だった。
結局、一番頼りになりそうなリュースは、実はてんで当てにならないならないことがハッキリした。
ならば! あたしが! あたしがリンゼータを助けるしかない!
リンゼータをこの牢獄から救い出す!
こんないい娘がこんな所に閉じ込められる羽目になったのは、ガディ家の罪なのだから!




