裏切り 3
3.
次の日の朝は自宅から出ると、遠回りになったけど一度リュースの家に行き、彼を連れて魔導研究所に出勤した。
朝抜きなのは予想していて事実その通りだったので、そのまま皇子を食堂に連れて行く。
するとあたし達が来るのを待っていたかのように――いえ、間違いなく待っていた――どこから湧いたのか、沢山の人が食堂に押しかけた。
「アリシアさぁん」
先陣を切ったのは金髪碧眼で年齢不詳の、太った白粉タップリベッタリ女――
「何だ、この妖怪真っ白デブその2は」
あたしの感想を先んじてリュースが吐露した。
リンゼータが王女と伝えられたとたん大発生した有象無象なんて、一々覚えちゃいないわよ!
「さあ? エル王女の関係者だと言うんでしょ?」
そう。本人は『言うんでしょ』、リンゼータは知らないと言うわ。
しかし相手はあたしの嫌味を理解せず、平気な顔で続けた。
「そうですわ。ワタクシはエル王女を、実の娘のように思っていましたわよ」
それはここ二・三日の間に、思うようになったんでしょうがっ!
皮肉も通じない鉄面皮かっ!
「当然でしょう? ワタクシの夫ライピッツは、ここの所長なのですからね!」
あー、これ所長夫人ね?
そう言えばなんか前にもいたわね、コイツも。
「『ワタクシの娘』エル王女は、どうでしたか? 暫く会っていないからもう、心配で心配で」
『悩みが多くてロクに食事も取っていない』と本当の事を教えてやったら、コイツはどんな顔をするかしら?
……ダメね。それを口実にして、恥知らずにもコイツは平気な顔で城に出向く。
城で追い払われるとか顰蹙買うのは自業自得でいい気味だけども、もしリンゼータに面会できたら……
こんな性根の貧しい奴を会わせる訳にはいかないわ。
「とても元気でしたわ。『本当の養母』のミア・ヴァンサーさんがつきっきりでお世話をしていましたから、安心していました。『本当の養母』がいるから何の心配もいりませんわよ、所長夫人様。エル王女はちゃんと『本当の養母』がついていますから」
散々同じ『本当の養母』を繰り返してやったから、妖怪真っ白デブその2が言葉に詰まった。
さあ何か言い返せる?
『自称養母』のナントカさん!?
「そ、それでミアさんは、何か言っていなかったかね? 俺に対して、我々に対して、研究所に対して……」
今度は所長か。何か言うと思うの?
以前『魔導大臣様のご到着だ、本来なら身分の低いお前ごときがお目にかかる事も許されんが、4課の横で大人しくしておれ!』と言われたことに腹を立てていました、と言おうかしら。
でもそうしたら、コイツは謝罪を口実に会いに行くかも……
「何も言っていませんでした」
「何か頼まれたりは?」
喰い下がるわね、コイツも。
「何も頼まれていませんし、何も貰っていませんし、何も託られていませんし、何もされていません」
さあ、後は何を聞くの?
「ミアさんの機嫌はどうだった?」
所長、今度はミアのご機嫌取りかしら?
「さあ、あまり良くなかったと思いますわ」
これは本当のことだ。
さあ困りなさい。ご機嫌伺いに行っても、リンゼータの直接の迷惑にはならないから!
「それは変だな。金貨をたんまり貰ったと言うのに」
え?
「所長、今なんて?」
「うむ。ミアさんの機嫌が良くないのは変だなと言ったのだ」
「その後ですっ!」
話が進まないっ! このリュースと同レベルのバカ所長がっ!
「その後……金貨を貰った話かね?」
「ミアさん、どこからか金貨を沢山もらったんですか?」
「そうだ。皇帝陛下から直々に、何と300枚も貰ったと噂だ」
「それ、本当なのですか?」
「本当も本当。皇帝陛下から直々に賜ったと言うのだ」
「養女が王女と解ったら、そのくらいは当然でしょう?」
手切れ金とか、支度金とか、あるいは口止め料とか……
「ところがそうではないのだ」
そうじゃないの?
「何でも、『フェルディナント皇子がエル王女を連れて来たと言った』ことに対しての褒美らしい」
「そんな!?」
所長の言葉に愕然となる。
ミアはリンゼータの養母だ。養女の栄達は、自身に見返りがあってもいい。
でも、リンゼータのことを皇帝陛下に告げ口するなんて!
そのためにリンゼータが今どれだけ苦しんでいるのか、仮にも養母なのによくもそんな!
あたしは立ち上がった。
「アリシア、何か食うの?」
バカ皇子の頭の中では、立ち上がると食べるのが、どういう経緯で繋がる!?
「城に行くの! ミアさんに会いに!」
「んー、おれも行った方がいい? まだ何も持って来ていないから、食った後がいい」
「好きにしなさい! リンゼータのことだからね!」
あたしは人垣を掻き分けた。
「ほんならおれも行く。馬車を使おうぜアリシア。いいだろ所長?」
「ああ、ミアさんにくれぐれも宜しくな」
誰がそんなことしますか!
「レスティア来い」
「はっ」
いつの間に来ていたの?
城に急ぐことばかり考えて、城の正面門に呼び出したミアをいざ前にすると、言葉に詰まってしまった。
『なぜリンゼータの正体を告げ口したのか』と怒っても、『リンゼータの栄達・出世は自分のそれに繋がる』と開き直られたら、何も言い返せはしない。
かと言って『誰に聞いたことか』と締め上げても、答える義理はないだろうし、『リンゼータが悲しんでいる』と言ったって、『今だけです』と返事があったら勝ち目ない……
でも!
ここで黙ってなんかいられない!
「どうしてリンゼータの血統を、皇帝陛下に告げ口したのですか!」
ミアはあたしに冷徹な視線を向けて――
「何のお話しか、全く理解できませんね」
何を!?
この!?
腹が立つわね!
「とぼけないで! 所長に聞いたわ。リンゼータのことを告げ口して、皇帝陛下から金貨を300枚貰ったって! リンゼータの正体がエル王女だと言ったから貰ったって!」
ミアは暫く無言で、やにわに目尻を下げて――
「フッ、ウフフッ、フフフッ!」
笑い出した。
失礼ねえっ!
「何が面白いんですか!」
ミアは一頻り笑って――
「これは失礼なことをしましたね。いえ、アリシア様が余りにも大きな勘違いをしておいででしたから」
「勘違い? 何がです!」
「私は、『私の養女がエル王女でした』と皇帝陛下にご注進してはいませんよ」
この場に及んで何を言い逃れるの!?
「でも『フェルディナント皇子がエル王女を連れて来た』って! それで皇帝陛下より金貨を貰ったって!」
「どこでそんな断片情報が広がるのかしらね」
「事実だからでしょう!」
「事実と言えば事実ですが、意味は違いますよ」
「どう違うって言うの!?」
「ずっと昔の話ですよ。子供の頃にフェルディナント皇子が外に出かけると、どこからか仔猫や仔ヤギを拾ってきたのですよ」
「それ本当なの?」
あたしは思わず右でボケーッとしている皇子に聞いた。
「うん。猫だろ、ヤギだろ、カラス……」
もういいから!
聞く方の身にもなってよ!
仔ヤギは持ち主がいるでしょうが!
何でそんな物を拾ってくるのよ!
せめて道端で観察するだけにしておきなさい!
「……それを聞いた皇帝陛下は面白がって、次は何を拾ってくるか皆に聞いたのですよ」
ミアは、あたしが前を向くのを待って続けてくれた。
「それで、皆で色々想像したのです。ある者は『狼の仔を持って来る』と答え、ある者は『仔馬連れてくる』と答えたのです」
「それが?」
「私にも聞かれました。だから答えたのです『フェルディナント皇子はお姫様を連れてくる』と」
何か、話が微妙に違ってない?
「それ、先週の話ではないですよね?」
「リンゼータと言う名前の少女を、フェルディナント皇子が保護する半年以上も前の話になりますよ」
「それじゃあ『リンゼータの正体がエル王女』だと、皇帝陛下に告げ口したのではないの!?」
「初めからそう言っていますよ」
リンゼータの正体を告げ口したのは、ミアじゃない……!?
「どうしてそんな変なことを言ったんですか!?」
「変とは失礼ですよ、アリシア様」
確かにね……
「その時には、いつかフェルディナント皇子が、お妃になってくれるお姫様を連れて来てくれたら、とても嬉しいと思って答えたのです」
確かに、意味が全然違う……バカ所長が言っていたように、リンゼータの正体を皇帝陛下にバラした話と違う……告げ口とかと、まるで関係ない話じゃない!?
「でも、どうしてそれが金貨とか褒美とかになるの!?」
「そんな昔の話を持ち出して、皇帝陛下が『見事に正解であった』と、大勢の前でその賞金を下さったのですよ。エル王女はフェルディナント皇子が直々に連れて来た、保護して来たと皆に印象付けるためにですね。そして、噂は見事に伝わった」
ああっ!
あの所長!
金貨貰ったことが羨ましくて噂して回ったのね!
頭の中に『褒美』とか『金貨』とか『300枚』しかないから、肝心要の『ずっと昔のことでした』がスッパリ抜け落ちている!
バカ! 大バカ! 皇子よりバカ! 救いようがないバカ! 救う価値もないバカ!
……伝わった時点で、同じバカのせいで、既に抜け落ちていたかもしれないけど。
皇帝陛下の目論み通り、噂は広まっている!
大事なことは『フェルディナント皇子がエル王女を連れて来た』ことだから、いつだとか金貨とか300枚が変わっても大勢に影響はない。
事実あたしも誤情報に踊らされた!
悪いのは所長だけど!
それでは――
リンゼータのことを告げ口した外道は、どこの誰よ!?
「お話はそれだけですか、アリシア様?」
「……それだけです」
あたしが言葉を終えるとリュースが口を開いた。
「ミア、お腹空いた」
朝抜きで、研究所でもこっちを優先してくれたからね……でも今大事な話してるんだから!
「では中へお入り下さい、何か用意させましょう」
「おれ、白身魚のフライ食べたい」
「少々お時間を頂きますよ」
「ワーイ」
……白身魚でも黒身魚でも好きな物食べたらいいわ。
「アリシア様も一緒にどうですか?」
「いえ。それよりエル王女は朝食を取られましたか?」
「はい。昨日のアリシア様のおかげでしょうか」
ズキンとドキンが同時にきた。
リンゼータは『もし助けが来たら』を信じてキチンと食事を取っている。
しかしこのメイド長に見透かされているかも……
「では、フェルディナント皇子をお待ちになりますか?」
待つ時間は勿体ないし……魔導研究所に先に戻ったら、往復すると少し遠いかな……そうだわ。
「一度家に帰ります。魔導研よりは近いわ」
城に招待された時も大急ぎで、昨日もあんなことや色々あって、帰ったらすぐに寝たから家の中がまだまだ散らかり放題だから、この隙に戻ろう。
「それでは、一時間後以降に来て下さい」
「そうだぞアリシア。二時間後でも三時間後でもいいんだ」
わかっているわよ!
レスティアに家に送ってもらうと、家に入って玄関から続く、放り出したり散らかしたりした物を片付けて行く。お父さまも時々帰っているはずだけど、片付けた後が見えないね。
ついでだからお父さまの部屋にも入る。
ハハハ、脱ぎっぱなしね。
まあ人のことは言えないわ。
血統だわね。
床にも、ベッドにも、椅子の背にも……
「あれは……」
床に金袋まで落ちていた。
重い金貨を入れるので、袋は丈夫に作られているので一目瞭然。
「もう、お金まで放り出して、不用心ね。アクベスバの賞金の残り、まだこんなにあるの――」
寄り道の後で、城に取って返してリュースを拾い、魔導研究所へ戻る。
敷地に入った所で、呼びもしないのにまた集まってきた所長、妖怪真っ白デブその2、副所長……
「どうだった、エル王女は? ミアさんは?」
『リンゼータが王女だとわかったから群がるゲス連合会』の代表者・ライピッツが質問攻めにしてくる。
「王女にはお会いしていません」
「ミアさんは?」
「ほとんど話していません」
「……皇帝陛下は?」
会える訳ないでしょ、このバカ!
「もう、解散して下さい! あたしは昨日も今日も何も仕事していないんですっ!」
無責任・品性下劣・自意識過剰の群集を無視して、玄関で馬車から飛び降りると魔獣部第4課の事務所へ急ぐ。
時間が立つと中にも湧いて出るから、シッカリ鍵掛けておきたいわね。
「おお、戻ったかアリシア」
アクベスバの設計図を清書していたお父さまが、椅子に座ったままこちらを見た。
アクベスバの量産型『ディグベスバ』は製造が始まっていて、今は字を読みやすくし、図面の解りにくい部分を書き直しているの。
「大変だったな。しかしこちらもお前もいないと、とても捗らない。ちょっと見てくれないか」
「あたしも、見て欲しい物があるの」
机に早足で歩き、腰の魔導杖を引き抜いて、お腹の高さで魔法陣を広げる。
周囲空間に収納していた袋が、机の上に落ちて派手な金属音を打ち鳴らす。
それは、床に放り出してあった金袋。
その口が開いて中身が零れる。袋にはある紋章が焼き付けられていた。
「金貨よね。100枚は下らないわね。アクベスバの賞金にしては多過ぎるわね」
「……」
沈黙。
言う必要はない――
言う必要はないのだけど――
「この金袋に、帝国の紋章が入っているのはなぜかしら?」
「……」
お父さまは図面から目を上げない。
「皇帝陛下にリンゼータの正体を告げ口なんて、絶対していないわよね!」
「……」
やはりお父さまは図面から目を上げない。
暫く黙っていたけど――
「……皇帝陛下にエル王女のことを報告したのはぼくだ」
やっぱり……
家を出て、今日は一人で出向いてボスコーンに聞いた『帝国内で知らない人に教えたのは一人』とはお父さまのこと。
あたしは妖怪真っ白デブと思い込んだけど、あの時点あれは『あたしが知っている秘密を知っている人』だった。
ボスコーンが『あたしが知らない秘密を知っている人』の人数は一人。
それがお父さま。
侯爵に招待された日、何か気付いたお父さまが『リンゼータには言いかわした男がいるらしい。もし縁談に響くようなら相談してほしい』と持ち掛けて、返答に困った侯爵は誤魔化し切れず、止む無く身内以外に只一人お父さまには真実を語った。
口止めの金貨と共に――
ボスコーンはお父さまに、リンゼータが王位に就いた暁には莫大な褒賞を約束したので、裏切ったなどとは全く疑わず、おしゃべりな厚化粧夫人のせいで秘密が漏洩したと勘違いしていた。
あたしもそうであって欲しいと心底願った。
でも違った。
「どうしてリンゼータを売ったの! そんなことをしてまで金貨が欲しかったの!」
「アリシア!」
お父さまは動揺して立ち上がった。
「あたしね、リンゼータを妹みたいに思っていたのよ! 裏切って金貨を貰っても嬉しくなんかないわ!」
「アリシア……」
立ち上がったお父さまは……よろめいた。
「な、何よ!」
「ア、ア……」
お父さまはフラフラと体を揺らし――
転倒した。
「お父さま!」
こんなことで誤魔化そうなんて、あたしには――
思いながら起こそうとしたものの、お父さまは起き上がらない。
「ちょっと、お父さま!?」
返事は……ない!? 意識が!?
「お父さま!」
倒れたお父さまの症状は命には別条ないレベルだった。ただ原因は過労・睡眠不足・過度のストレス、そして罪悪感――
お父さまは医務室で意識は回復したものの、黙りこくって何も言わなかった。
「お父さま、あたしはリンゼータの所に行きます。暫く不自由をかけると思いますが、それは自業自得でしょう。行ってずっとリンゼータの心を慰めて、力になってあげます、お父さまがリンゼータを売った分を、娘のあたしが償います!」
お父さまは相変わらず寡黙のまま、目だけを動かしてあたしを見たけれど、あたしもそれ以上のことを言わないで医務室を出た。
リンゼータのことがあるし、部長も所長もあたし達のことを殊のほか気にかけてくれているから、看病に手は足りないことはないでしょ!




