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王家の夜 8

     8.

 馬車に戻ってもリュースは黙りこくっていた。


 まさか、本気でサロンの貴族夫人の方々に聞くとか、あるいは脅して回る気?


 そこまでしたら大事になるわよ。


 流石にそれは行き過ぎだわ。


 今でも十分大事だけどね……



 馬車は王城方向に戻った。


 ただ入城しないで、更に東に向かっている。


 リュースはキョロキョロと外の景色を見るのに余念がない。


「ちょっとリュース、どこへ行く気? 城か魔導研には戻る気ないの? まさか本気で貴族夫人に聞いて回るの?」


 折角だから城に行って、リンゼータを見舞いたいのに。


「アリシア、黙っててくれ。思い出しているんだ」


 リュースは窓の外を見ながら、時々レスティアに指示を出してどこかへ向かわせていた。


 


 馬車は貴族地区どころか、ヴェスベラン市を離れて田園地帯に入っていった。


「あれだ! レスティア止めろ!」


 叫ぶなり何かを見たリュースは馬車から飛び出した。


「カール来い!」


 馬車についてきたカールは耳をピンと立て、軽く吼えてリュースに続いた。


「ちょっと待ってよ! あたしがいなくてどうするの!?」


 また揉め事を起こす気!?


 リュースは大きな農家を見つけると、迷うことなく引き戸を開けた。


 あたしも走って追いつき、リュースが何か発する前に叫んだ。


「この方はヴェスベラン帝国第三皇子フェルディナント・ヴェスベラン! 失礼のなきよう!」


 一気に叫んで、ゼイゼイと息をつく。


 奥で太った中年のおばさんが、赤毛の頭に手を当てたままの姿で固まっていた。


「おっ、おっ、皇子!?」


「そう、皇子よ!」


 一応わね。


「お、お父さん呼んで来て!」


 おばさんは傍にいた十二・三歳の女の子に言いつけ、愛想笑いなんぞしながら椅子を勧めてきた。


「さあ皇子、座って下さい。座って待っていて下さい。何か用事があるんでしょう」


 リュースは仏頂面のまま、粗末で背もたれが半分取れかけた木の椅子にドッカと腰を下ろした。


 四十近い茶髪の大柄な男が、鍬を片手に戻ってきたのがその十数分後。


「これはこれは皇子様! 今日は一体何の御用でしょうか?」


 男は鍬を投げ出し、ペコペコ頭を下げるのを見ながら、リュースは(おもむろ)に口を開いた。


「十二年前――」




 あれはとても暑い日だった――


 おれは当時乳母をしていたミアに連れられて、城の外に出かけた。


 途中で水を切らせてしまい、立ち寄った農家で水を飲ませて貰った。


 その時、何も言わなくて水を持って来てくれたのがリンゼータだった。


 ガリガリに痩せて、服もボロボロでしかも裸足だった。


 ほかにいた子供とは明らかに違った。


 おれは彼女が、ここの子供として扱われていないことがわかった。


 しかしその子は水を汲んで来てくれた。


 ノドが渇いたでしょう、お水です。


 そう言ってくれたおれは、嬉しかった。


 そしてこの子を救いたいと思った。


 自分で水を溢し、リンゼータのせいにして、これは帝国への反旗かと因縁をつけた。


 奴ら夫婦は予想通り、揃いも揃って『この子は拾った子供で自分達とはあくまでも無関係。処罰はこの子にだけにして欲しい』と薄情にも切り捨てた。


 無関係だから自分達は処罰も受けないと言った。


 だから――


 無関係だから奴らには褒美は必要ないと言った。


 水をくれたお礼はこの子にだけ与えることにした。


 おれは言った。


 ミアに頼んだ。


 この子を城に連れて行ってくれ。


 おれの妹にしてくれ――




 馬車の中でリュースは述懐して語った。


 そう。


 昔は他人を思いやれる常識があったのね。


「お前らに聞きたいことがある」


 リュースは友好的とは反対の態度で尋問を開始した。


「何でしょうか?」


「十二年前、おれがここから引き取ったリンゼータのことだ」


「ああ、王女様の件ですね」


 男はオドオドした態度から急に元気を取り戻した。


「お話したいのは山々なんですが、十日前お城の騎士様がやって来まして、王女様のことを色々と聞かれましてね。その時はお話した代金に、金貨を三枚も頂いたんでさあ。つまり只でお話しはできないものでしてね、ヘッヘ」


 浅ましいことを卑屈な口調でのたまう。話くらいしなさいよ。どうせタダでしょうがっ!


 しかしリュースの癇には見事に触ったようだった。


「そうか。話したくないか」


 そして大きく息を吸う。


「カール!」


 戸から少し離れて、命じられて丸くなっていたカールは、男の死角にいて気付かれていなかった。


 立ち上がり大きく唸り声を出す。


 男は唸り声に振り返ってその姿を見るなり、肝を潰して腰まで抜かした。


「ギャッ!? 魔、魔犬!?」


 はいはい、あたしの出番ね。


 ちなみにそれは魔狼です。


 その魔狼に近寄り、尻尾をギュッと両手で掴む。


「この魔狼はな。リンゼータが赤ちゃん狼の頃から大事に育てていたから、リンゼータを本当の母親のように慕っている。お前らが十二年前にしてきたことを教えてやったら、お前らを食い殺すぞ!」


 コイツは本気かもね。


「カール、こいつを――」


 止めないとね。


「はいカール、おあずけ」


 あたしの言葉と尻尾を引っ張ったことに困惑してか、カールは動きを止めた。


 よしよし、いい子。飼い主に似たのね。


「皇子にしゃべらないと、食い殺されても知らないわよ。アンタの頭なんで二口で半分なくなるから」


 男は背中向きで後方へ這いながら、頭を大きく縦に振りながら泣き喚いた。


「何でも話しますっ!」


 はあ。欲を出さないで初めから素直に言えば、こんな怖い思いしなくて済むのに。


 でも、一応ダメ押しで脅しておこうかしら。


「この魔狼はね、嘘言ってもすぐわかるから。でも喋れないから、どうするかわかる?」


 男の顔色が青くなる。


「いきなり咬むわよ。どこ咬むかはあたしにもわからない。咬まれた所はなくなっちゃうから、嘘を言う時は覚悟してね」


「う、う、嘘は、言いません!」


 宜しい。


 この状態なら嘘は言えないでしょうね。


 リュースは大股で近づき、男の胸ぐらを掴み吊り上げる。


「知っていたのか。リンゼータが王女だってことを!」


「知りません! あ、いや、王女かも、しれないとは思いました!」


「どういう事だ!」


 男は切れ切れの息で答える。


「十、十二年前、うちの、うちの畑の前に、一人で、立って、立っていたんです。子供のクセに、子供でありながら、いいドレスを着て、こりゃきっと、どこかの……貴族か、大金持ちの、お嬢さんだと思いました。連れて行けば、きっとたんまり礼金が貰えると」


 コイツもさもしい奴ね。


 尻尾から手を放したくなってきたわ。


「それで」


「み、水を、もらえませんか……」


「水か……」


 リュースは考え深そうに口の中で転がした。


「あの暑い日、リンゼータは何も言わなくても、おれに水を持ってきてくれた。ここにはリンゼータより気の利く奴はいないのか」


 おばさんが外へ飛び出し、大きな桶に水を汲んで来て男に飲ませる。


「落ち着いたか」


 男は一先ず落ち着きを取り戻し、リュースに頷いた。


「家族を探そうと、金持ちや貴族様を訪ねて歩いたのですが、どうしても見つからなかったのです」


 男はそこまで言うと言葉を切った。


 正直ね。自分の欲望にも。


「それでどうした。それ以上は探さなかったのか」


「夜逃げか没落して逃亡中に逸れたか、一家が全滅していたかと思ったのですぅ!」


「それで、自分の子として育てたのか」


「そうです!」


 矛盾に気付いてあたしは溜息をついた。


「嘘つくと魔狼が咬むわよ」


「本当ですぅ!」


 コイツは……自覚がないの?


「じゃあ、どうしてリンゼータはボロボロの服を着ていたの。裸足だったの。それが『自分の子供として育てた』と言えるの!?」


「それは、本当の子供ではないから、でもちゃんと食べさせて――」


「服が上等なら靴も上等よ。服は洗濯しても、靴はどうしたの」


 予想はついているけど、聞いてみる。


「……食事代として、売り払いました」


 本当に金目当てね。


 靴だけではなくて、服も売ったでしょうね。


 貧しいのはわかるけど、心まで貧しいわ。


 リュースは皇子様だから、庶民の貧乏は理解できないでしょう。


 でもあたしは、この夫婦が許せない。


 貧しいなら貧しいなりに、家族は協力するものでしょう!


 金目当てで助けて、目論見が外れたら身ぐるみ剥いで、その後どうする気だったのかしら!


「でもいけないんですか! うちだって大変なんです!」


「大変なら大変なりに助けるのが家族でしょう! アンタはリンゼータを利用したのよ! 大きな顔しないで!」


 カール、半口くらい齧る?


「では当時、バルアやグリーンフィールドの王女だと確証はなかったのだな」


「はいぃ」


「そうか」


「その服を誰に売ったのよ」


「ざ、雑貨商のウェストンさんです」


 やっぱり売っていたわね。


「王家のドレスなら、王家の紋章があったりするぞ。見ておきたい」


「行ってみましょう」


 頷き合うあたし達に、男は恐縮しながら切り出した。


「でも、騎士様も行くって言っていました。道を教えろと言われたので、教えました。どうしましょう?」


 道を教えて、追加で駄賃は貰った?


 言葉がお金になるの?


「そのウェストンの雑貨屋ってどこにある」


 ここで金の無心したら、今度こそ尻尾から手を放そう。


「前の道を北に5分歩くとT字路に出ます。そこを東に折れて、すぐ前に見えます」


「良し」


 リュースは手を放した。


 男は再び腰を抜かす。


「まだあるかな。リンゼータの子供服」


「……あっても買い戻されているわね。その騎士に」


「おい。本当に十日前に来た騎士に教えたんだな!」


 リュースは見下して念を押す。


「はい、間違いありません。いえ、十一日かもしれませんが、そのあたりに言いましたですぅ」


「間違いないか」


「間違いありませんですぅ」


「変だ――」


「皇子、それは言ってはいけません」


「そうか――」


 リュースは少し考えて最後の質問をした。


「あと一つ聞きたい。この辺に――」




 馬車はそのままにして、あたしはリュースとカールと一緒にウェストン雑貨店を訪れた。


 競合する店はないせいか店はかなり大きく、雑貨屋だけあって店の中は野菜・道具・菓子・その他日用品が所狭しと並べられていた。


 店主は小太りの大柄な中年男で、十日前に騎士が来たことを覚えていた。


 リンゼータの子供服も、箪笥の奥から引っ張り出して騎士に渡したとのこと。


 王家の服だけあって、生地も縫製も最高級品だったので大事に取っておいて、いずれ孫・曾孫にも着せようと思っていたと言う。


「リュース、変よね」


「んー」


 雑貨店から出ながら、あたし達は矛盾に気づく。


 騎士がこの辺に来たのが十日前。


 しかし妖怪厚化粧デブ女が秘密を漏らしたのが一週間前。


 妖怪厚化粧デブ女がペラペラしゃべる三日も前に、既にここに騎士が来ているのよ。


 つまり――


「親父は妖怪真っ白デブ友の会より前に、リンゼータの正体情報を掴んでいた。誰だ!」


 十日前は、二人に聞いたから間違いない。


 妖怪厚化粧女も間違っていない。


 招待された日が毎週開催される妖怪女の友の会の日で、次の週で言い触らした。これも一週間で間違いないわ。


 どちらかが間違っている?


 仮に言い触らした日と騎士が来た日が同じでも、あり得ない。


 皇帝陛下に話が行き、騎士が動くにはどんなに早くても一日二日は必要。


 妖怪厚化粧女がリンゼータを招待した翌日に言い触らさない限り、あり得ない。


 少なくとも、妖怪厚化粧女のおしゃべりが直接の原因ではなかったみたいね。


 溜息を一つついて、ダメ元で聞いた。


「誰から聞いたのか、皇帝陛下に直接尋ねてみたら?」


「聞いたけど教えてくれなかった」


 そうよね……


 言うメリットはない。特にリュースには。


「アリシア、次は――」




 リュースはリンゼータ虐待男から最後に聞き出した場所――教会に馬車を進めた。


「カール来い!」


 今度は教会で誰を脅す気なの?


 何事かと出て来た年老いた僧侶に何やら聞いて、教会裏へ走り出すリュース。


 あたしは僧侶に恐る恐る尋ねた。



「あの、さっきの男の人、何を聞いたのですか?」


「十二年前に死んだ人たちを埋葬した場所です。どこの誰かもわからない人の」


 そうだったわ、リンゼータを送っていた人、襲われたんだったわね。


 リュースを追い、教会裏へ回って驚いた。


 彼は何と、墓を掘り返していた。


 カールも一心不乱に手伝っている。


「何しているの!?」


「見てわかんないか?」


 何かの板に棒をつけた急ごしらえのシャベルで掘りながら、リュースは平然と答える。


 わかるわよ! 墓暴いて何する気なの!?


「今度は墓荒らし? 静かに眠っている死者に何の恨みがあるのよ!?」


「恨みはない。確認したいことがあるだけだ。わかったら埋め直す」


 年老いた僧侶も気が動転して、驚いた顔のまま立ち尽くしている。


 止めないの?


 ……まあ止めようがないのは事実だけど……


「あった」


 リュースは何かを掴み上げた。


 ほとんど土の色に染まっていても、それが何かはすぐにわかった。


 布――服だった。


 朽ちてはいても、それはかつて服だったものの名残があった。


 土を払い、息を吹きかけて観察し、手掛かりを捜す彼の眼は何かを捉えた。


「アリシア、ボスコーンの言っていたことは本当だった。リンゼータはバルア王国だ」


 布を握って、一部を見せつけるように突き出した。


「大きな角のある鹿。バルア王国の紋章だ。この人はバルア王国ゆかりの人だよ」


 茶色の濃淡二色。


 でも形はハッキリと解った。


 鹿の正面向きの顔。頭に二本生える角は、一本がその顔程の大きさ。


 ヴェスベラン帝国内でバルア王国の紋章のある人が、十二年前に正体不明のままで埋葬されている。


 それは嫌でもリンゼータの関係者だと解る。


 あたしが墓の状況を見ようとリュースに近づくと、布を置いた彼は次にヒョイッと何かを取り上げた。


 丸い。今度は何かしら?


「こんにちは」


 とそれに話しかけている。


 服ではないようで、あたしは思わずそれを凝視した。


 リュースは汚れるのも我関せずと自分の服で拭き、向きを変えている。


 それは丸いがやや縦長、下の一方が少し細い。


 中心辺りに穴が三つ開いていて、下には幾つもの縦線――その正体を認めると、あたしは飛び上がった。


「髑髏!?」


「騒ぐなアリシア。ここは墓地だ。死者が眠る場所。静かにしろ」


 その死者の眠る場所を、掘り返している人間が何を言うのよ。


 起きたらどうするのよ!?


「アンタ、それ、何だか解ってるの!?」


「なのなー、おれは魔獣部第4課にいるんだぞ? これが何か解らんほどバカだと思うのか?」


 思います。


「ホントに解っているんでしょうね!? じゃあそれが何か言ってみてよ!?」


「頭蓋骨だろう? 騒ぐな。何を恐れる必要がある」


 いや普通怖いって!


 アンタ何とも思わないの!?


「おれはヴェスベラン帝国のフェルディナント・ペデルーン・ヴェスベランだ。リンゼータは無事だよ。君が命懸けで守ってくれたおかげだ。ありがとう」


 と礼を言って横に置く。


 続いて棒状の骨を掘り出し、それも横に置く。


「フェルディナント皇子、お礼は言ったし、誰か解ったし、ちゃんと埋め直してあげなさいよ。静かに眠らせておいてあげましょうよ?」


「だめだ」


 アンタ骨にも恨みがあるの?


「帝国の忠臣の墓に埋め直す。リンゼータを守って命を落としたんだ。バルア王国はもうないが、せめて帝国の墓に入れてあげよう」


 リュースは、その墓の骨の大部分を魔法陣に収めると立ち上がった。


「ここに三つ並んだ墓石の日を見ると、皆同じだ。一緒に死んだ供の者だろう。一緒に持って帰る」


 と横の墓も掘り出した。


「いいんですか?」


 あたしは念の為に僧侶に聞いた。


「いいでしょう。知っている方の墓場なら、それで故人も浮かばれます」


 あたしも手伝った方がいいかしら?

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