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王家の夜 7

     7.

 日は明けて――


 魔導研究所は当然、朝から大騒ぎだった。


 所長と副所長と部長が吹聴して、所長夫人と副所長夫人もわざわざやって来て、あっちでこっちでピーチクパーチク囀って、殺人事件並に業務が停滞していた。


 リンゼータがここに来ていたのは、あくまでもリュースのお世話よ!


 まるで魔導研究所自体がリンゼータを大事に扱っていたなんて、図々しいわよ!


 所長夫人に至っては『リンゼータを実の娘のように思っていましたから、鼻が高いですわ』なんて、ロクに会ったこともないクセに、恥ずかしげもなく言って回り、腰巾着や取り巻きもそれに追随して、所長夫人がリンゼータの養母のように認識されてしまった。


 それが狙い?


 残念ね!


 皇帝陛下にはそんなウソは通じないわよ!


 本当の養母のミアさんは、皇帝陛下にお仕えしているんですからね!


 リュースは昨日の夜、リンゼータを連れて帰ろうとして皇帝陛下にこっぴどく怒鳴られたらしい。


 リンゼータが王女だとどうなるか――対グリーンフィールド王国に使われる、帝国の傀儡女王になる、夫を勝手に決められる――それらを語ってあげた結果、彼もまた朝から凄まじく不機嫌だった。


「アリシア! ちょっと出かけてくるぜ!」


 朝と言うには少し遅い時間に、昨日の皇族の正装のままやって来た。


「いいだろ?」


 リュースは返事も待たずに飛び出し、アクベスバの図面を前に何もする気の起きないあたしは思わず立ち上がり、後を追った。


「どこへ?」


 まさか城へリンゼータを奪い返しに行く気!?


「誰かがリンゼータのことを親父に告げ口した! 本当かどうかもわかんない!」


 そうね、やっぱりボスコーンが……だから本当だと思うわ。信じたくないけど……


「カール、カレン、来い!」


 中庭で魔狼と合流。


「アクベスバ!」


 そして研究所の外に出るなり、リュースはアクベスバを召喚して背中に飛び乗り、第2形態になった。


「乗れ!」


「ドコニ?」


 え?


 あたしも行くことになっているの?


 ついていくと勝手に行くことになるの?


「おれの後ろ!」


 勘違いの答えが出る。


 その前に――


「アクベスバで乗り付けたら戦争になるわよ!?」


「望むところだ!」


 何を望むのよ!?


「気持ちは解るわよ。まず落ち着いて!」


「ううーむ、それもそうか……」


「馬車を用意しました!」


 リュースのやりたいことを察してか、レスティアが二頭だての小さな馬車を回して来た。


 これ魔導研究所の馬車じゃない!?


 部長クラスでないと使えないわよ!?


「何を怪訝な顔をしているのだ? 皇子が使うのに不服など言わせぬぞ!」


 それもそうだけどね……後で嫌味言われるのあたしとお父さまだけど……でも今はリンゼータよね!


「よし、カール! カレン!」


「カールとカレンまで連れて行くの? やめなさい!」


「わかった。カール来い! カレンは戻れ!」


 リュースは大声で黒狼だけを呼ぶと、あたしの手を引いて馬車に駆け込んだ。


 乱暴なエスコートね……


『カールとカレンはダメ』『それではカールだけ』とは三段論法にもなっていないわよ。


 馬車の中は二人並んで座るにはギリギリの窮屈。


 かといって向かい合わせだと膝がくっつく程。


 同じ四人用でも前に乗った皇室の馬車とは雲泥の差。


 でも今はそんなことに拘っている暇はないわ!


「いいぞレスティア、出してくれ!」


 アクベスバを戻して馬車に入りながらリュースは叫んだ。


「はっ!」


 馬車は走り出す。




 馬車がボスコーン邸に着くと、お呼びでないあたし達は歓迎されなかった。


 まあ馬車が違うから、当然と言えば、当然?


 門扉が閉じられ、一人だけの門番は胡散臭げに槍を向ける。


 皇族の正装しているのよ。


 降りてきてそれを見たら知らなくてわよ。


「何用だ!」


「ボスコーンを呼べ!」


 第一声がそうだから、あたしはリュースの口を塞いだ。


「この方はフェルディナント・ヴェスベラン皇子! 至急ボスコーン侯爵にお会いしたい!」


 こないだ会ったでしょ!?


 うーん、前とは顔つきといい雰囲気といい、どう贔屓目に見ても皇子と言うより落第魔導士――


「おお、こないだの……?」


 言うものの、自信なさそう……


「至急ボスコーン侯爵に取り次いで頂戴! フェルディナント皇子が是非ともお会いしたいと!」


「わ、わかった」


 あたしの言葉に門番はコクコク頷いて屋敷へ飛び込んだ。




 ボスコーンはすぐに会ってくれた。


 客室に通され、ソネットだけがボスコーンと一緒に応対した。


 そうか。


 このメイドがリンゼータと入浴したり着替えを手伝ったりして、『王家の夜』を確認していたんだわ!


 レスティアは外で待つことを望んだ。


 理由を聞くと、皇子が命じたら相手が誰であろうと斬り殺す覚悟はして来て、中で揉めて自分まで抜剣すると大臣宅では大事になるのが良くないので、命じられないように外にいたいとのことだった。


「知っていたのか。リンゼータがバルア王国の王女だと!」


 だからそう言う聞き方はダメだって。知っていたからこんな大騒ぎになったんでしょ!


 こう言うのよ!


「侯爵、リンゼータがエル王女だといつ知ったのです?」


 ボスコーンはムスッとした顔であたし達をねめつける。


「あのグラウンドで、新型魔獣の模擬戦闘を視察に行ったあの時。一目見てすぐにわかった」


 つまりハズバーンを披露したとき、リュースを見て驚いた訳でなく、リンゼータを見て驚いたのね……


「儂はエリス女王と面識があった。肖像画も持っていた。皇帝陛下が見せたあれだ」


 あれは――元来のボスコーンの持ち物!?


「驚いた。女王に生き写しだ。だがそんなことはない。バルアの血統は断絶したはずだ。しかし、もしパリスに子供がいたら、もし『王家の夜』があったとしたら、それは間違いなくパリス、エリスの血統だ」


「だとしたら何だ!」


 あたしは、カッとなってまた喚くその口を塞ぎ、皇子に代わってちゃんとした質問。


「リンゼータがバルア王国の血を引いているなら、侯爵に一体何のメリットがあるのです!」


「グリーンフィールド王国が手に入る!」


 捨て鉢になった顔でボスコーンは吐き捨てた。


「今のグリーンフィールド王ラガンは、廃嫡された子で本来王位継承権はない。しかも『王家の夜』もない。王位につける人物ではないのだ」


「だから何だ!」


 そこは黙って!


 黙ってさえいれば皇子に見えるんだから!


「しかしエル王女は違う。ジークの直系の孫で、『王家の夜』もある。グリーンフィールド王国内の旧バルア勢力及び反ラガン勢力と結びつけば、一大勢力となる。エル王女を担ぎ上げれば女王になれる。いや、儂なら女王にしてみせる!」


「なってどうするのです?」


 嫌な感じをしながら、余計な事を言わせないように皇子の口をしっかり塞ぎながら詰問する。


 無礼も不敬も仕方なし。話が進まないから!


「エル王女を女王に据えれば、儂は後見人としてグリーンフィールド王国において絶大な権力が握れる! ジュリオが婿に入れば尚更だ! グリーンフィールド王国の富も領地も儂のものだ! そして大国のグリーンフィールド王国を背景にすれば、帝国内での発言力も増す! 皇帝陛下さえ儂の言葉を無視できなくなる!」


 どうして、どうして厚化粧夫人の態度が翌日に豹変したのか。


 どうして高価な贈り物を贈ったのか。


 前日は身分が低いと見下していたから不機嫌だったものの、『王家の夜』を知ってリンゼータの血統を確信したから。


 そしてグリーンフィールド王国が手に入るなら、箱一杯の宝石なんて石ころも同然。なんてさもしい連中なの!


 リンゼータがどれだけ心が清らかで、優しくて、誰にでも親切で、一緒にいる人を幸せにするいい娘だって知っているの!


 あたしが抗議するよりも先に、やっと状況を理解したリュースが怒りを爆発させた。


殺す(ほうす)!」


 慌てて手の中に吐かれた物騒な言葉を握り潰す。


 しかしリュースはあたしの手を跳ね飛ばした。


「お前が! リンゼータを嫁として大事にするとか、料理が上手いとか動物を可愛がるとか、そういったことが気に入ったから嫁に来て欲しいってのなら、喜んで嫁に出した! でもお前はグリーンフィールド王国を手に入れるためにリンゼータに近づきやがった! 許さん!」


 リュースは魔導杖(ソーサル・スタッフ)を引き抜いた。


「やめなさい!」


 後ろから抱き止める。


「放せアリシア! 今日をコイツの命日にしてやる!」


「今ここで侯爵を黒焦げにしても、何も変わらないしリンゼータの悲しみがまた一つ増えるわ。リンゼータは優しい娘だから、自業自得とは言え侯爵の死の責任を感じる子よ!」


 殺すこと前提で止めにかかる。


 だって、コイツは殺すと言えば本当に殺しかねない。


『食ってよし』の前科もあるし。


「うー!」


 リュースは怒りのあまり涙まで浮かべていた。コイツも泣くことあるのね……


「侯爵。皇帝陛下にリンゼータのことを密告したのはなぜです」


「儂はしない。あれ程口止めしたというのに、ハリエットが――」


 それが厚化粧夫人のことだと口調で解った。


「ジュリオの縁談を断るために、新しい婚約者の話が必要だと」


「では侯爵が密告したのではないのですね?」


「当然だ!」


 そう。当然と言えば当然。


 何しろグリーンフィールド王国を乗っ取る計画は、皇帝陛下に丸ごと奪い取られたのだから。


 自分から暴露することだけは、絶対にあり得ない。


「あのおしゃべりタヌキが! おかけで計画が全て水の泡だ! くそっ!」


 侯爵も忌々しそうに叫んだ。


「お前の所の妖怪真っ白デブが、親父に告げ口したってのか!」


「直接話した訳ではありませんよ。ただ、あちこちで言い触らして『ジュリオの嫁がエル王女だなんて、嬉しくてついしゃべり過ぎましたわ』とな。だからハリエットには教えたくなかったのだ。その誰かから皇帝陛下の耳に入ったことは間違いない」


 余程腹に据えかねているのか、座ったままで机を殴りつける。


 一方リュースも拳を握り歯を食いしばって――


「妖怪真っ白デブを呼べ!」


 それじゃ通じないって。


「侯爵、危害は加えませんから、どうか――」


「ハリエットに何の話ですかな」


 通じるか……


「誰と誰に話したのか、どこまで話したのか、洗い浚い話せ!」


 妖怪真っ白デブこと厚化粧夫人改め侯爵夫人ハリエットは、ソシエットに呼ばれて、相変わらない厚化粧で現れた。


「これはこれはフェルディナント皇子! ご機嫌いかがザマスか? 今日は何の――」


「黙れ! リンゼータのことを誰に言った!」


 そんなケンカ腰でどうするの。気持ちはわかるけどね。


「ハリエットさん。リンゼータの秘密を誰に言ったのです?」


「秘密?」


 ハリエットは厚化粧の奥で、本気で考え込んでいた。


「フェルディナント皇子のメイドが、バルアの王女だということだ!」


 ボスコーンは苛立って、机まで叩いてまくしたてる。


「当然、秘密は守るザマス」


 嘘つけっ! ペラペラ言い触らしたでしょう! ボスコーン侯爵が自供したわよっ!


「確かに言ったザマスが、秘密は守っているザマス」


 良く言うわよっ!


「みんなに言っておいて、秘密をどうやって守るんだ!」


 怒って立ち上がろうとするリュースを、必死で押さえる。


「怒らないから、誰に言ったか教えて下さい」


 あたしも怒りたいのよ。


 コイツが怒ってあたしも怒ったら、誰が話を聞き出すの!?


「おれは怒る!」


 コイツは……折角、事を穏便に進めようとしているのに!


「怒っちゃダメだから! 怒ったら教えてくれないから!」


「うーん……怒らないぞ! だから言え!」


 怒っているでしょうが。


 ホント、話が進まない……


 でも厚化粧夫人は自白始めた。


「アーネス侯爵夫人でしょ、アイリ侯爵夫人でしょ、バージェル伯爵夫人でしょ、ハーシュル伯爵夫人に、カリン伯爵夫人に、ミリカ伯爵夫人、そうそう、ブルーネ侯爵夫人もいたザマスわね。それから……」


 どこが秘密を守ったのよ。全然守っていないでしょうがっ!


「……ミューネ伯爵夫人とミュール子爵夫人、後誰かいたザマシたか……カイリー侯爵夫人は確かお休みザマシたし……ああ、セリアン子爵夫人とビルワ子爵夫人もいたザマシたわ」


 淀みなく容疑者の名前を挙げる。それに一番驚いたのはボスコーンだったりする。


「ハリエット! そんなに言い触らしたのか!」


「ジュリオの嫁を断らなくてはいけないザマスのよ。理由ぐらいちゃんと言わないと失礼に当たるザマス!」


 この厚化粧妖怪女! どれだけくっちゃべっているのよ! 覚えきれないでしょうがっ!


 それだけいたら二・三人、皇帝陛下に密告して謝礼狙う不届き者は必ずいます!


 全員でも驚かないわよ!


「あれほど誰にも言うなと……! それを!」


「ちゃんと口止めしたザマス! だから秘密は守っているザマス!」


 口止めされたアンタがペラペラしゃべったクセに、口止めした貴族夫人のバカバカ――いえ方々が秘密守るかしら?


 全員容疑者よ。


 あたしは鞄の中から木紙を取り出した。書くのもバカらしいわ。


「もう一度お願いします。多過ぎて覚えきれません」


 あたしの言葉に、ちょっとだけ沈黙を保っていたリュースは口を開けた。


「アーネス侯爵夫人、アイリ侯爵夫人、バージェル伯爵夫人、ハーシュル伯爵夫人、カリン伯爵夫人、ミリカ伯爵夫人、そうそうブルーネ侯爵夫人、それからミューネ伯爵夫人とミュール子爵夫人、カイリー侯爵夫人はいなくて、セリアン子爵夫人とビルワ子爵夫人だな。覚えた」


 再び秘密の漏洩先が挙げられて、我慢できないようでボスコーンは大きく喚いた。


「お前の軽率なおしゃべりで、グリーンフィールド王国がこの手に掴めたチャンスが全て水の泡だ!」


 あたしは夫婦の思惑が挫折したことに、内心喝采を上げた。


「残念でしたわね。折角グリーンフィールド王国の王女の婿の座に手がかかったのに、そのチャンスをフイにしてしまって」


 でもうっかり口に出してしまった……


「そうだ! お前がペラペラと余計なことを言ったせいだ! くそっ!」


 気付かないボスコーンの同意も得られたざます、いえざまー見ろよ。


「でも一週間我慢したザマス! 一週間は誓って誰にも言っていないザマス!」


 秘密って言うのは一生守るレベルよ。


 たった一週間秘密を守っただけで大きな顔するの。


 この妻で陰謀を隠密に進めるのは、どだい無理な話ね。


 これだけ口が軽くて、悪巧みが成功できると本気で思ったのかしら。


 こんなバカ共の為に、リンゼータは軟禁されたの!?


 本当に気の毒だわ。


「おっ、お前はわざわざ言いふらすために出かけたのか!?」


「上級貴族夫人のサロンザマス! 貴族夫人同士の交流会に、何を言うザマスか!」


「お前は毎週毎週、下らない話をするためだけに出かけているのか!」


「何が下らないザマスか! エル王女様の来られた日はお休みしたザマス!」


 一週間待ったのは、単に次のサロンの日が一週間待ちだったからなのね。我慢したと言うの? 次の日でも結局言い触らすわよね……


 世にも低次元な夫婦喧嘩を見ていると、情けなさ過ぎて涙も溜息も出ないわ。


「良し解った。その夫人連中の中に、リンゼータのことを親父に告げ口した外道がいるんだな」


 リュースは一人納得して立ち上がった。


「あの、帝国内で知らない人に教えたのは何人ですか?」


「一人だけだ!」


 あたしの質問に、ボスコーンは忌々しげに答えた。

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