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王家の夜 5

     5.

 あたし達は沢山のメイドに案内されて玄関口から続く広い廊下を通り、最奥部の『謁見の間』隣の『迎賓の間』に通された。


 そこは先週招かれたボスコーン侯爵よりもずっと広い。


 格段に広い。


 兎に角広い。


 当然だけども。


 五人ずつが向かい合わせに着席する細長いテーブルが、少し隙間が空いて四本が一列になり、平行に五列。


 つまり二百人が今日の招待客!?


 リュースに迷惑被っている人はそんなに多いの!?


「フェルディナント皇子への感謝にしては、随分と多いな」


 あたしから離れ際にお父さまの漏らした感想に、あたしは考えを改めた。


 そうそう、迷惑被っているとも限らないわね。


 あたし達は一番乗りで今回は招待客が非常に多いから、全員揃うまでまだまだ時間がかかりそう。


 所長と副所長、部長とお父さま以外の課長は別のテーブルに分かれている。


 メイドに連れられて、あたしとリンゼータは部屋の奥に案内された。


 いやここ、上座ですけど?


 所長と副所長の場所ではないの?


 主賓の席でしょ?


 リンゼータは主賓の資格あるけど? なぜあたしも?


「あの、あたしはアリシア・ガディですよ? グリファイク・ガディはあっちの白髪頭の、おじいさんみたいに見えるけど実はそんなに歳じゃない男……」


「はい、アリシア・ペデリーン・ガディ様ですね。こちらのお席でお待ちください」


 席は合っている……なぜかしら……うーん……


「リンゼータ、ここで待って、席替えかしら?」


「そんなことしませんよ?」


 マナーは急に変わる事はないだろうし……


「アリシア様、座って待ちましょう」


 ここはリンゼータに従うほかにないかな――


 腹をくくって座って待っていると、やがて上級貴族の正装に身を包んだ面々が訪れ始めた。


 魔導研究所の所長ともなると身分は伯爵相当となって、貴族でなくても身分と収入が保証され、必然的に貴族に混じることも多くなる。


 その所長さえも、この団体貴族を前にすると顔色を失っている。


 つまり免疫のないあたしやお父さま、そして課長達は、緊張のあまり微動だにできないでいた。


 皇子?


 うーん。


 あれに緊張しろと言われてもね……まさか慣れているとか?


 でも、これって……どういう事!?


『皇帝陛下主催・フェルディナント皇子の世話している人たちの慰労会』ではなかったの?


 まさか――


「リンゼータ、ひょっとして今日は『フェルディナント皇子被害者の会』だったの?」


「どうしてそうなるんですか?」


「だって貴族様がフェルディナント皇子の世話をすることはないから、あり得るとしたら被害者――」


「どんな被害者ですか」


 リンゼータは冗談と捉えたが――


 あたしはほとんど本気なので小声になる。


「――娘が破談になった原因だから」


「もう、アリシア様」


 リンゼータはクスクス笑いながらも、小声で合わせてくれる。


「――こんなに破談になっていませんわ」


 さらに小声で、あたしにだけやっと聞こえる声で続けてくれた。


「だから、被害者ではないですよ」


 この声は少し大きく弾んでいた。


 いい子ね。


 じゃあ、この貴族様は一体何なのかしら?




 二百人の席のほとんどが埋まった頃――


 別室で控えていたらしいトクベツな方たち――宰相、内務大臣、外務大臣……と何人もの大臣が入室し、最後にはあたし達も面識のある魔導大臣ボスコーンが入ってきた。


 これ、リュースへの感謝じゃないわ!? どうしてあたしとか魔導研究所の面々が来ているの!?




「ご出席の皆様、ご多忙の中お越しいただき、城内の一同、感謝の言葉もありません。皇帝陛下に代わりまして、メイド長であるこのミア・ヴェンサーが御礼申し上げます!」


 上座の右隅に立つ少し年老いたメイドが、年齢を微塵も感じさせない矍鑠した声を上げた。


 服装はいつものリンゼータと同じメイド服。


 ふふっ、老いも若いもメイド服って似合うのね!


 リンゼータの養母が一呼吸置くと、全員がホストに挨拶するために起立する。


「ご注目下さい! ヴェスベラン帝国皇帝・ギルス陛下、ご入室!」


 ミアはあたちたちの方向を向くと、フッと頬笑んだ。


 それに合わせ、ギィと重厚な両開きの黒い扉が開かれた。


 入室してきた帝国皇族の正装に身を包んだ男は、質実剛健を絵に描いたような大柄の人物だった。


 肌は白く口髭も髪も薄茶色。


 全てを見透かすような険しい視線の目は灰色。


 これが我がヴェスベラン帝国の皇帝陛下……この至近距離で見たのは初めてだけど、リュースに全く似ていないわ。


 続いて皇妃様。


 髪の色と目の色が黒であるのだからリュースは皇妃様似なのだろうね。


 でも顔は似ていないわ。


 驚いたことにリュースの兄・姉にあたる第一皇子、第二皇子、第一皇女はもとより、第一皇子の妃とその第一子の皇子に、皇帝の弟の大公夫妻までと、皇室一家全員集合!?


 それにしても錚々たるメンバーね!


 帝国の重要人物全員集合じゃない!?


 どんな規模の晩餐会よ!?


 本当にあたしなんかが出席していいのかしら!?


 まあお偉いさんの考えなんてあたしの頭で理解できないわ。なるようになれよ。


 でもこれでやっと着席出来るわ。


 ホッとしたのも束の間、皇帝陛下はあたし達の所に歩いてきた。


 エッ!? まだ座れないの!?


 主催者が着席しない間は立っていないといけないんでしょ!?


 こういう時はどうするのがマナーだったかしら!?


 ううっ、解らないわ!?


「いや、良く参られた!」


 皇帝陛下は両手を広げて大仰な挨拶をすると、なんと自らの手でリンゼータの椅子を引いた。


 へぇ……皇帝陛下って見かけとは違って、意外と気さくな方なのかしら?


 そしてリンゼータを着席させると、殊更に言葉を重ねる。


「皆の者! 今日の主賓である! くれぐれも失礼のないようにな!」


 主賓!?


 あたし達が!?


 ど、どういう事!?


 リンゼータの表情を窺うと、激しく首を振っている。


 そうよね!?


 でも誰に聞いたらいいの!?


 まさか皇帝陛下!?


 そんな畏れ多いことは聞けないわ!?


 うう……どうすれば!?


「さあ、今日の主賓は貴女(そなた)らだ。ゆっくり楽しまれよ!」


 狼狽しながら、あたしも椅子を皇帝陛下に引いてもらうのかと思って待っていたけれども、なぜかメイドが引いてくれた。


 扱いに差がないかしら……?


 あたしも主賓じゃないのよ……ね?


 それとも口上だけ?


 じゃあどうしてここに?


 皇帝陛下は全員のテーブルへ食前酒を配らせると、グラスを持って立ち上がった。


「では乾杯としよう! 各々、グラスを持って起立願いたい!」


 折角座ったのにまた立つの?


 食前酒を満たした小さなグラスをたくさん盆に載せたメイドがやってきて、あたし達の前に置く。


 ガタガタ音を立てて一同が立ち上がる。


 そして静まった頃!


「おれ、酒飲むと頭が痛くなるから、ジュースにして! レモンのヤツ!」


 あたしも頭が痛くなる。


 どうしてそういうことを大声で言うのかな、第三皇子は!?


 みんなに聞こえるわよ!


「乾杯だけはそれでしろ。飲み干せとは言わぬ」


 当然聞こえた皇帝陛下も表情は全く変えず、父親らしからぬ言い方が飛んだ。


「皇子、さ、どうぞ」


 中年のメイドがリュースにグラス(食前酒入り)を握らせると、皇子は不貞腐れた顔で受け取って、嫌いな食べ物を前にした子供のように口を『へ』の字に曲げる。


「わが帝国の素晴らしき友人に、幸多からんことを祈って乾杯!」


「乾杯!」


 唱和したけれど、何のことかサッパリ分からない。


 そっと見たリンゼータもキョトンとしていたから、マナーじゃないわね?


 決まり文句なんでしょうね。


 思いながら食前酒を半口含む。


 ああ、いい酒ね。


 流石皇室御用達は違うわ。


 口当たりはさっぱりしていて、果実の風味豊かで、アルコール分はほどほど。


 飲み易い!


 これは飲み過ぎに注意しないと、リュースじゃないけれど頭が痛くなりそうだわ。


 それと、席がとんでもないことになっているわよ!


 リンゼータの左隣のリュースから、前にテーブルは折れて皇帝一家が着席。


 あたしの右向こうは宰相から始まる大臣軍団。


 ええ、この席は間違いなく主賓ですわ!


 そして主賓は間違いなく場違いですわ!


 所長と部長の席はこちらから離れているけど、あたし達より窮屈な訳ないわよね。


 間違いじゃないの!?


 所長と部長こそ、こちらの席でしょう!?


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