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王家の夜 4

     4.


 ボスコーン侯爵邸へ招待を受けて十日後――


 彼は余程リンゼータを気に入ったらしく、毎日のように贈り物を届けてきた。


 大きな花束・豪奢なドレス・箱一杯の宝石――嫁入りは遠くないわね……


 それと、どこで噂を聞きつけたのか、どこぞの伯爵やら子爵やらからの豪華なプレゼントも届いていた。


 リンゼータ宛で。


 ボスコーンが話したのかしら?


 あるいは厚化粧夫人?


 まさかジュリオが自慢したのかしら?


 リンゼータの話を聞いたところ、直接会いに来た貴族の子弟も何人かいるとのこと。


 驚きだわ。あたしより先にお嫁に行くのかしらね!


 でもアクベスバの量産計画、第2形態の解析、リュース語の翻訳、リンゼータへの大量の贈り物――


 十日で片付かないわよっ!


 今日も朝から資料を前に大苦戦。


 資料は決して多くはない。本も木紙も山積ではないわ。


 いえ、山積でもいいわよ。


 読めれば! 解れば! 正常な精神なら!


 読めなくて! 解らなくて! 異常な精神で書かれた謎のラクガキを相手にどうしろって言うのよ!


「カラスはカアカア、猫が鳴いています。キツネはおしゃれだよ。白いシャツに黒いブーツ。尻尾の先は白いんだ」


 ヘンな歌を歌いながら、バルギスの4歳になる甥と友達になれる落書きをしているリュース。


 でもカラスだ、猫だ、キツネだと、キールやアクベスバのことを考えている……ただ誰にも解ってもらえないだけ。


「うー、これは何て書いてあるのよ!?」


「それはね……」


 聞けば答えてくれる。


 聞いては清書、聞いては清書とするものだから、遅々として進捗は芳しくない。


「アリシア、何をした?」


 朝の定例会議に行っていたお父さまが、顔面蒼白で虫の息になって戻ってくるなり白い板を出した。


「あたしは、何もしていないわよ!?」


 しそうな心当たりは一人、そこで4歳児並の落書き中。


「ではこれは何だ?」


 お父さまが震える手で出された板――これは板じゃない? もっと薄くて――


「純白木紙!?」


 木紙は名の通り、木をごく薄く、それこそ木の葉の何分の一の厚みにスライスし、魔法処理をしてささくれを取って、カーボンペンの焼きをいい具合に受けるように加工している。


 専門家ではないから詳しくは解らないけれど、何段階もの処理を経て製造されるため、ただでさえ安くない。


 それでも木の色である茶色や年輪の縞模様が黒っぽく残ってしまう。


 しかし黒や茶色を完全になくして真っ白の木紙を作ることは出来るものの、手間と費用がさらにかかる超高級品。


 しかも金糸使っているじゃない!?


 こんなこと皇家以外は許されないわよ!?


「こ、これまさか……」


 あたしは恐る恐るお父さまを見る。


「招待状だ!」


 またぁ!?


「今度は誰の――」


 お父さまは一度大きく息継ぎをして――


「皇帝陛下直々の!」


「こっ、皇帝陛下から!?」


 お父さまが瀕死の理由がわかった。


 皇家から意味なく招待状がくるはずがない。


 でもあたしだって身に覚えはない……わよ?


「アリシア、まさか皇子と……」


「あたしとフェルディナント皇子が何かあるわけないでしょ!?」


「本当か?」


 念まで押すの? 仕方ないわね!


 お父さまより純白木紙を受け取り――


「フェルディナント皇子、これは――」


 あたしは純白木紙を突き付け、落書き中の皇子に詰問する。


「純白木紙の招待状だな。これがどうかしたの?」


「どうしてあたし達下級士族の所に皇帝陛下からの招待状がくるのよ何かの間違いでしょ一体何があったのお父さまだけなたまだしもあたしにまで招待状があるのは何よアンタまた皇帝陛下に何か頼んだの言ったの思ったの?」


「……息ぐらいゆっくり吸ったら?」


 皇子が珍しく唖然とした表情で、一気に捲し立てて呼吸困難に陥ったあたしに言った言葉がそれ。


「誰でせいでそうなったと思っているのよ!」


皇帝(おやじ)だろ」


 それは結果的にそうですけど、何もなく皇帝陛下から招待状が届く訳ないっ!


「でもどうして皇帝陛下から招待状が届くのよ!?」


 何か原因があるでしょうがっ!


「さあ?」


 聞いた相手が悪かったわ。


「あの、わたしも呼ばれています」


 ドアを少し開けてリンゼータが顔を覗かせた。


「リンゼータも?」


「はい」


 あたしの手招きで入って来たリンゼータも、純白木紙の招待状を持っていた。


「日頃お世話になっているお礼じゃないのか? ただの夕食会じゃないか?」


 落書きを続けながら、皇子は軽く言う。


 あのね!


「それじゃまずリンゼータでしょうが。毎日毎日朝から真夜中まで衣食住の世話をしてもらって!」


「アリシア様、わたしはそれが仕事ですから」


「だったらあたし達だってこれが仕事……」


 謎の言葉の翻訳。


 奇行のフォロー。


 折角開発した魔獣はあっさり手放すわ、思いつきに振り回され、嫉妬と羨望を向けられる――


「あれって仕事!?」


「そんな仕事はないと思うぞ。少なくともぼくは」


 あたしの顔色から心象を察したようで、お父さまは大きな溜息をつく。


「まあ、皇帝陛下のお考えだ。庶民の頭で解るものではないよ」


 リンゼータはあたしとお父さまを代わる代わる見ながら、苦笑して自分の招待状を広げる。


「やっぱり心配した通りですね。ガディ様とアリシア様に招待状が届いたら、腰を抜かすんじゃないかって思いました」


 いい娘ねリンゼータは。


 腰を抜かすどころか驚天動地だったわよ。


「御心配には及びませんわ。ご主人さまが日頃お世話になっていることの感謝ですから。今回は所長も部長も呼ばれているようです。無礼講ですからそんなに気にしなくて大丈夫ですよ」


 成程、リンゼータには予め説明してあったのね。リュースに言うより余程間違いないわ。


 でも――


「その説明、誰に聞いたの!?」


 皇帝関係者のリュースが解らないなら、リンゼータは聞く先がないわよ?


「ミア・ヴェンサー様ですよ」


 ああ、リンゼータの養母!


 そっち経由なのね!


 納得したわ!


「はあ、そういうことか」


「別に、何事もないわよね」


 ある訳ないって。


 所詮は只の魔導師父娘なんだから――




 でも、招待状の日はこともあろうに今日。


 何そのスケジュール!?


 こっちの都合は関係ないの!?


 今回は城から直接魔導研究所まで迎えの馬車が来るので、ここで正装して待つように言われ、大慌てで十日ぶりに魔導師の正装に袖を通した。


 リュースとリンゼータも一旦帰宅し、ドレスと正装を持って戻ってきて準備。


 あたしはリンゼータが美しいメイドから可憐なレディに変身していく様を、後学のために鑑賞した。


 夕方には王城から迎えの馬車が来ることになっていたから、大わらわで準備にてんてこ舞い。


 はい、おかげで今日も一日業務が停滞しましたとさ。


 もう、知らないっ!




「皇家の専用馬車にまた乗るとは思わなかったわ」


 このフワフワの感覚は乗り心地かしら?


 それとも混乱のあまり足が地につかないのかしら?


 漸く着いた、これがヴェスベラン城――


 城の外側はぐるりと高い石塀で囲まれて、その上部には侵入者を阻む忍び返しがあって城の安全を守っている。


 正面門は鉄板で補強された分厚くて大きく、閉じられているとまるで中が見えない。


 あたしは用事があっても来れるのはここまで。


 まああのリュースや、リンゼータがいるから来ることもたまにあるからね。


 しかし今日は門が大きく開いて、中の様子が窺える。


 普段は見ることも許されないヴェスベラン城が見える。


 流れる大きな川をそのまま後方の堀の一部とし、選び抜かれた白い石で見事な城壁を築き、奥行きはわからないまでも、城の横幅は魔導研究所の敷地丸ごとに換算して5・6個分はあるんじゃないかしら?


 城の形は高さが窓の数で八個程の箱型、その箱の上に窓三個の三角をした少し小さい部分があり、更に城の全高を倍に嵩上げするように高い尖塔が六本天に伸びていた。


 尖塔の屋根は赤く、城壁の上には紫色の三角旗が規則正しく並んでいる。


 はー、これが我がヴェスベラン帝国を統括する中枢・ヴェスベラン城の全貌ね!


 後ろに続く馬車は三台、当然皇家の馬車。それには所長夫妻・副所長夫妻、部長夫妻・第1課長夫妻、第2課長フィス・第3課長シーラが乗っていた。


 馬車は皇家の大きな馬車が二台通れるだけの幅のある門の右側を通って行く。


 籠城の際は軍道となり、また外国や諸侯の使者が通るため道の整備は行き届いている。チリ一つないように掃き清められた道は白い石で舗装され、両脇は刈り揃えられた芝生となって、等間隔に針葉樹が植樹してある。


 木と木の間は魔導灯が立てられ、全部が光ったら昼間のように明るくなるでしょう。


 馬車がゆっくりと曲がる。


 城の玄関口に着いたのだ。


「着いたよ!」


 外からドアが開けられると、第三皇子が馬車から降りてリンゼータの手を取る。


 城だからって、自分の実家だからって、はしゃぎ過ぎ。アンタ歳いくつ!?


 一方あたしとお父さまは緊張のあまり、前後に並んで馬車から降りてしまった。


 所長も部長もみんな降りて、日頃見る機会のないヴェスベラン城を興味津々に見ている。


 勿論魔導師の正装。


 リュースの皇族の正装は、襟から下に降りる帯の色が青みがかかっただけでほかは魔導師の正装と変わりはない。


 所長の夫人方が赤いドレスなもので、たった一人白いドレスのリンゼータは一層引き立って見える。


「ご主人さま、さ」


「おお、そうだったな」


 リンゼータに促され、リュースは姿勢を正すとスッとあたし達の前に立った。


「我が父、ヴェスベラン帝国皇帝ギルス・ヴェスベランの居城ヴェスベラン城にようこそ来てくれた。城の一堂に成り代わって礼を言う」


 全く、こうしてキチンとすると本当に立派な皇子に見えるわね。


 そしてリンゼータが可憐な妃。


 さながら新婚の皇子夫婦の図ね。未来図かしら?


 玄関口に並んだメイドや兵士達も、その立派過ぎる外見に飲まれてか微動だにしない。


「さあ、歓迎しよう!」


 と振り返って、玄関口に待つメイド達に合図の手を振った。


 それを待っていたかのように、メイド達はあたし達に群がってくる。


 なんて堂々とした態度!


 どこから見ても実年齢相当の帝国の皇子よ!?


 あの中身は本当にリュースよね?


 良く似た別人ってことはないよね?


 そんな人間がいないとは解っていても、とても信じられないわ。


 同じことは部長も所長も感じていたようで、リュースを見て怪訝な顔をしている。


 うーん、その気持ちは良く解るわ!

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