次期魔獣開発 2
2.
あたしの父・魔獣部第4課長グリファイク・リム・ガディ(ただし当時は魔道器部)の口利きもあって、あたしも魔導研究所に入ることができた訳だけど、配属までお父さまの下なのは決して所長や事務部が便宜を図ってくれた訳ではない。
リュースの身柄だけが欲しくて(件の予算増額の口実。現にリュースが来てから食堂は建て替えられるし、大きなお風呂も作られたわ)入所を許したものの、配属部署のどこへ行っても問題ばかり起こして(きっかけは全部リュースが原因。ただし相手側にも多大に非はあるはずなんだけどもね……)追い出され、研究所のほぼ全部署を回しにされた挙句、新設部署である魔獣部に放り込まれて、隔離されることでやっと落ち着いた。
リュースの席さえあれば、予算を増額してもらえるとか物品を優先的に融通してもらえるとか、スケベ心をどこの部課も出して、問題が起きるたびに『我こそは』と順番に声をかけ、恥をかかされたり奇行に我慢出来なくなって結局『もう来ないで下さい』と言うのを繰り返した。
懲りないと言うか、想像力が欠如していると言うか……
ついたアダ名は『天災皇子』、命名は……まあ一応は、あたし。でも皆に言われていたのよ?
『あの皇子には、天災に逢ったと思ってあきらめよう』とか『天災に対して打つ手はない』とか……
あたし?
あたしはリュースの担当・保護者・翻訳・責任者・監察官・監視役として一緒にたらい回しにされたわ。
事情通にもなろうってものよ。
お父さまもついでに転属になってあたしたちの上司に収まったって訳。
収入は2割増えたけど苦労は2倍に増えたって。
その隔離する為に創設されたのが第4課。
主な任務は雑用一般&リュースの面倒。
あたしは研究職に就きたくて女の身で魔導師を志したのに……
状況を理解しきっていないリュースを前向きにし、列に違和感ないように立たせるリンゼータ。
「ご主人さま、わたしは行きますが、ちゃんと皇子らしくしていて下さいね!」
「うん。なるだけそうする」
あのね!
『なるだけ』ってね!
妙なところだけ律儀なんだから!
自覚してるのなら、直しなさい!
言っても無駄なことは、この4年で嫌と言うほど経験はしたけど。上級魔導学校にいる時に悟って、あきらめましたけど。
しかも、それを聞いて周囲から失笑が漏れる。相手は一応皇子よ!?
「ちゃんと立っていて下さい。余所見しちゃだめですよ。居眠りしちゃだめですよ。奇声あげちゃだめですよ。知らない人について行っちゃだめですよ。猫が通りかかってもついて行っちゃだめですよ。猫以外が通りかかってもついて行っちゃだめですよ」
うんうん。リンゼータはいいお母さんになれるわね。
十九歳の皇子に向かって言う内容ではないケド。
「ちゃんと大人しくしているんですよご主人さま」
頼むから大人しくしててね。
「んー、わかったよリンゼータ」
皇子は素直ね。
でも今度からは、もう少しマシなことを言われるようにしましょうね。
とても一国の皇子が言われる内容じゃないわね。
その年齢でこんなこと言われるのは、恥以外何物でもないわよ。
優雅な一礼をしてリュースの傍から離れようとするリンゼータを、バルギスは制した。
「そこのメイド! 今更ここを離れることは無礼であるぞ!」
「えっ!? でも……」
リンゼータは大貴族の大臣来訪の場に残ることに躊躇し、慌てふためいた。
「魔導大臣様のご到着だ! チョロチョロと動くのは無礼だぞ! 本来なら身分の低いお前ごときがお目にかかる事も許されんが、やむをえん! 4課の横で大人しくしておれ!」
ひどいことを言うわね!
どうしてリンゼータがそんなことを言われなきゃなんないのよ!
「何だと! てめえ! 今何を言いやがった! 黒コゲにするぞ!」
ああ、いましたいました。リンゼータを溺愛している皇子様が――
「ご主人さま、わたしはいいんです……」
「良くない! 相応の罰を与えてやらあ!」
いいわ! やっておしまいなさい! このアリシア姉さんが許すわ!
「フェルディナント皇子、大臣が来られるのに、出迎えすべき者が動くことは大変な無礼なのです」
バルギスは途端に青ざめて狼狽する。
そりゃリュースが『黒コゲにする』と言えば、洒落や嘘には到底聞こえないからね。
うふふ、いい気味だわ! 自業自得よ!
「だったら普通に言え!」
「で、ですから皇子、つまり、身分のある方を、身分ある方を前に、前にですね、いきなり妙な動きを、動きとかをすると、不審者や、暗殺者と疑われるような行為にあたり、警護の者が、いきなり、急に、攻撃とか、斬りかかるとかを……」
「普通に言えないのか!」
「いいんですご主人さま。客人を前に無闇に動き回るのは本当に無礼なんです……悪いのは、グズグズしていたわたしなんです……」
違うわ。
リンゼータは全く悪くなんかない!
悪いのは暴言吐いたバルギスと遅れたリュースよ!
「でもよ! こいつを黒コゲ……」
「いけませんご主人さま! お客さまの前ですから!」
リュースはまだまだ不満顔でなにやら言い足りなさそうだったけど、リンゼータが引っ込んだおかげでバルギスは幾分か安心して前を向く。
どう考えても無実なメイドは悲しそうにリュースの横に立った。
もう! 黒焦げでも半生でも焼き上げればいいのに!
「ご主人さま、アリシア様、どうか前を向いてお客さまをお迎え下さい」
もう、本当に人がいいんだからリンゼータは!
「わかったわよ」
とても納得できない状況だけど、残念なことにリンゼータの主張は正論だから、あたしも前を向いてリンゼータのお願いを聞くことにした。
後であたしがしっかりと慰めてあげないとねぇ。
揉み手で魔導大臣御一行様を先導する、金髪でがっしりした体格の三十男は――ライピッツ!?
所長自らが!?
そりゃ魔導大臣様が直々にお出ましなら、所長がお出迎えするのは当然でしょうけど、揉み手で愛想笑いまで必要なのかしら!?
護衛の――服装から見て『上級魔導学校』卒業の『魔導師』じゃなくて、その前の『魔導学校』卒業止まりの『魔導士』を三人、帯剣した騎士――鎧は着ていなくても礼装は騎士のものだから一目瞭然――を二人引き連れた、でっぷりした肥満体を窮屈そうに紺色の貴族の礼装に押し込んでいる、禿頭で脂ぎった中年が件の魔導大臣ボスコーンなのね!
名前だけはちょくちょく聞いていたけど、本人に会うのはあたしも初めて。
会って嬉しいタイプじゃないわね……
「これはこれはボスコーン大臣!」
破顔したバルギスも小走りでボスコーンに近寄る。
この男も点数稼ぎに行くのね。
あーやだやだ!
リンゼータにはあれだけ酷いことを言うクセに!
いきなり駆け寄ったのだから、暗殺を疑われて死なない程度に護衛に斬られなさいよ!
「何をしている! 早くハズバーンを召喚しないか! 全く気の利かん!」
上に弱く下に強い、ダメ上司の典型ね。
お父さま、部長に出世してもバルギスのような、情けない人望ないしょうもない部長にだけはならないでね。
最前列右端に立つ小太りの中年魔導師が前に進み出た。
第1課長アガベルケス。
名までは知らないわ。
チリチリの黒髪とギョロ目が特徴だけど、あたしたちとの最大の相違点はその肌ね。
あたしたち『混沌界』の人間の肌は、白や黒、中間の黄色い肌、または日焼けをして赤銅色だけど、この男の肌は青銅のような青黒い肌をしている。
住んでいた元の世界が混沌界ではなく異世界『炎獄界』の出身だから、魔力は混沌界人より強いし、肌がこんな色をしているの。
言葉も普通に話すし、知能だって低くない。
一昔前は、異世界の人種を見下したり差別したりしていた時代もあったけど、今は同じ帝国の臣民として扱われている。
アガベルケスは親が傭兵でヴェスベラン帝国に来て、そのまま居ついて魔導師になった変わり者よ。
左にいる皇子ほどじゃないんだけどね。
まあ、あたしの母方の祖母も異世界の一つ『魔空界』から来ているから、あたしも純然とした混沌界人じゃないんだけどね。
ただ父の血が強いので見かけだけは混沌界人なので、幸いそんなに不便はないわ。
でも、あたしは魔空界に里帰りしたことが一度もないから、混沌界人と言って全く差支えないわね。
魔空界がどんな世界かも知らないし。
アガベルケスは臂ほどの長さを持つ黒い樫の杖――魔法の使用に欠かせない魔導器・魔導杖、単に杖とも言う――を左腰から引き抜いた。
先端には指輪につけるには少々大きいサイズの蒼い宝玉が嵌め込まれている。
杖の中ほどを両手で握りしめて、アガベルケスは杖の宝玉を地面に向けた。
「世界を紡ぐ理よ 収めし秘を開きて……」
アガベルケスが魔法の詠唱を始めると杖全体が白く輝く。
これは『魔力放出発光』と言い、魔力が強いと杖が痛むから、保護のために光となって魔力が放出される。
相変わらず、魔力が強いわねぇ……あたしじゃ、あそこまで魔力放出発光しないわ……
「……我が魔獣を呼ぶ扉となり 召喚に応えよ!」
杖の先から緑色の光線が迸り、地面に触れると地面を奔り魔導術式の図形となっていった。
光線は寝た大人が楽々入る大きさの円を描き、さらに円の内部を直線に走り、六芒星が現れる。
そして六つの角の外側に、魔導術式文字が浮かび上がって魔方陣を完成させる。
描かれた魔法陣が緑から黄、黄から橙色を経て赤く輝くとその中心から、水面から顔を出す魚のように何かがせり上がってきた。
異空間に収納されていた魔獣を、この空間に顕現する。
魔獣だけでなく物品だって納めておけるし、移動に合わせて一緒に動くこともできるから重宝する魔法ではあるけど、召喚するのも収納するのも大きな魔力が必要だし、異空間に収めても運搬する苦労は自前で引っ張るのと変わらない。
収納物の質量に応じて空間歪曲率が変化し、必要な魔力も増大するから、感知もされるし大量に運べないから兵士や軍隊を秘密裏に運ぶことも不可能と、何かと制限の多い魔法でもあるわ。
その魔方陣内に異様な姿の怪物が出現した。
軍用に開発した第1課の会心作・魔獣『ハズバーン』タイプ。
ライオンをベースに、様々な動物・魔導器・魔導術を付加された『合成魔獣』――一般的には「魔獣」と呼ばれている――胴体全体が硬い鱗で覆われ、尾の代わりに蛇が生え、背には鷲の翼、額にも緑の大きな目を持つ三つ目のライオン。
翼が鷲か鷹か梟かなぜ区別がつくのかは、翼を手配したのがあたしたち第4課だから。
組み立て手伝ったのも。
テスト手伝ったのも。
調整手伝ったのも……下っ端は辛いわね。
建前は各課対等なはずなのに。
1課が別格に優遇され、その次が2課、辛うじて認められている3課と続き、おまけとか隔離場と言われる4課だからね。
実際皇子を隔離しているし。
魔獣はただ戦場に送り込まれるだけではなくて、実戦ではこれにさらに騎士が乗って戦場を駆け巡る。
灼熱の息吹ファイア・ブレスを吐き、備えた鋭い爪牙は力も鋭さも魔導で強化され、人体を鎧ごと易々と貫き切り裂く。
ファイア・ブレスを防いでも爪と牙が、爪と牙を避けても騎士の槍が敵を襲う。
想像しただけで相手が気の毒になってくるわ。
ハズバーンが出現すると魔法陣が跡形もなく消え去り、魔獣は大きく吼えた。
どうも召喚時に興奮するらしく、『癖だから精神制御の範疇外』って言い訳しているけど、『単に精神制御が面倒なんだろう』ってもっぱらの噂よ。
はあ、でもまあなんとか、完成したのは今朝。
本当にギリギリのギリギリで間に合ったわね。
一時はどうなるかと思ったわ。いえ正直、間に合わないと何度思ったか。
今日の納期は絶対に厳守。
何しろ魔導研究所を統括する魔導省の責任者・魔導大臣ボスコーン侯爵を招聘して、公開模擬戦なのだから。
性能の飛躍的な向上のため新技術を幾つも盛り込んだ結果、開発も難航し、途中で仕様変更→再設計→開発見直しと、計画が遅延する事情が押し寄せ、トドメとばかりに納期短縮――それもその魔導大臣様の事情と言うか都合で視察が一週間も繰り上がって――しかも所長が勝手にOKまで出して、皺寄せはいつも下にくる。
みんな本当に良く頑張ったわ。家に帰れない日が何日あったか。何日徹夜したか――
今朝第1課が最終起動試験を行って、ちゃんと起動した時は涙が出たわよ。
「どうぞご覧下さい! これが魔導研究所魔獣部にて開発した、最新型魔獣の『ハズバーン』でございます!」
ライピッツが自分の手柄のように吹聴する。まあ所長は研究所のトップだから、あながち間違いではないにしろ。
「あの『バラン・シー』にも十分に対抗できるように仕上がっております」
バルギスも続ける。
この男の態度は不快にしても、今回完成したハズバーンは良く出来ているわよ!
隣国の大国グリーンフィールド王国が開発した『バラン・シー』タイプの魔獣――尾の代わりに蛇が生え、黒い翼を持つ三つ目のライオン――は強敵で、これまでの魔獣『ハズラット』『ハズマリー』ではとても太刀打ちできる代物ではなく、ヴェスベラン帝国としてもそれに対抗できうる魔獣の開発は急務だった……と言うのはバルギス部長の言。
でも戦場では魔獣に乗って戦う『魔獣騎士』より、一角獣に乗った『突撃騎士』の方が重要らしいのだけど。
『魔獣騎士』は、あくまでも歩兵支援。
それでもあたしたち魔獣部は手を抜かない。
「そうか」
ボスコーンはバルギスとライピッツの言葉に鷹揚に頷いている。
あまり興味がなさそうな感じね。
まあ魔獣開発なんて、ここ2〜3年伸びてきた部署だから、あんまり有名ではないからね。一応本腰入れている部署なのに。
でも今回のハズバーンは新機軸を搭載した傑作よ!
召喚されたハズバーンは、ジロリとボスコーンを見据えた。
「おい、本当にワタシに襲い掛かったりしないんだろうな!」
見かけ完全猛獣のハズバーンに恐怖を感じたらしいボスコーンは――まあ初見なら誰でも大概そうだけど――騎士の後ろに隠れながら、口角から泡を飛ばしてバルギスに念を押す。
くすっ、バルギス嫌がっているわ……
「それはもちろんでございます! 戦場で味方を攻撃するようなものを創ったりは致しません!」
バルギスはボスコーンから飛ばされた汚い物をハンカチで拭きながらも、愛想よく返事している。
「よし、では始めるが良い!」
ボスコーンの言葉に、ライピッツは振り返って命じた。
「聞こえたな! ハズバーンの性能を、ボスコーン大臣に御覧に入れるのだ!」
「対戦用魔獣出せ」
頷いたアガベルケスは別の第1課魔導師に指示し、魔法陣を展開させた。
対戦用魔獣とは、新しい魔獣の性能の指針として「新型がどのくらい強くなっているか」を計る為の対戦相手。
普通は性能が明らかになっている旧型だが、あまり突出したり偏り過ぎた性能では、勝とうと負けようと性能を計れないので、今回は『ハズマリー』の初期型。勿論楽勝を狙っている面もあるわ。
魔法陣に上がって来た『ハズマリー』のベースはハズバーン同様ライオンで、胴体全体が硬い鱗で覆われて背に鷲の翼が生えているのも同様。しかし一回り小さく、尾はライオンのそのままで三番目の眼もない。
「何だあれは? 弱そうだな!」
それを見るなりボスコーンが嘲る。はい、その通りですわ。ハズマリーの初期型です。
「かかれ!」
ハズマリーを召喚した魔導師はハズバーンを差した。