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王家の夜 1

     1.

「良くフェルディナント皇子の言う事を理解出来るわね」


「いや、私は理解している訳ではない。ただ話し相手に――いやそう言うのも烏滸がましいか。フェルディナント殿の言う事をただ聞くだけだった――」


 以前リンゼータの言っていた『ちょくちょく来る人間のお客』とはレスティアの事。


 早速ボスコーンの出した賞金は金貨で100枚。お父さまの年収金貨102枚にも匹敵する。(あたしは72枚)


 流石にこれだけの金貨をあたし達で独占することはできなかった。


 半分を部長に預け、魔獣部の魔導師に配るように依頼した。


 ハズベルトが次期魔獣に内定したのに、開発者に金一封出ないのはおかしいし(お情け内定だからおかしくないのだけど……)、独占して逆恨みされたら嫌だからね。


 50枚の金貨はお父さま、あたし、リュース、リンゼータ、レスティアと公平に分けた。


 丁度10枚ずつで、リンゼータとレスティアは固辞したけれど、リンゼータはあたしの無実の証拠探しに付き合ったり、怪文書で泣かされるわと散々な目にあったし、お泊りの用意もしてくれたし。


 レスティアは恫喝してくれた。


 一番苦労したお父さまが平等なのは……まあしょうがないわ。


 皇子は金貨をもらうと、リンゼータに取られていた。


 間違ってもリンゼータの取り分をピンハネすることはないと思ってはいたものの、逆とは……


「ご主人さま、無駄遣いはいけませんよ」


「うーん……」


 どっちが主だか……


「なぜ皇子の財産をメイドが取り上げる?」


 不思議そうにレスティアが見るので、リンゼータは苦笑している。


「それはな、おれって金銭管理能力がないだろ?」


 ないのは金銭管理能力だけじゃないでしょ!


 金銭管理能力も《・》でしょ!


 自己管理能力も!


 時間管理能力もないでしょうが!


「だから誰かに管理してもらわないと」


「成程。天才故に、些末な諸事には無頓着ということか。あるいは皇族であるから下々とは感覚が違うのか」


 モノは言い様ね……


 リュースは城の外の屋敷に住んで皇室から相応の生活費を貰ってはいるものの、金銭管理能力の欠如を自覚しているので、しっかり者のリンゼータに全額預けている。


 しかし預けていると紛失の責任や横領するのしないのと疑惑の恐れが発生するとかで、リュースは貰った生活費を全てリンゼータに譲渡して横領の懸念を払拭し、欲しいものはリンゼータに買ってもらい、小遣いも貰っている。


 主客逆転もいい所だけど、これはこれで上手く行っているとのこと。


 ハズベルトの次の魔獣がアクベスバに内定している以上、設計図は書かなければならない。


 でも急ぎじゃない。


 当面はハズベルトの計画が先行するから、その後でも間に合う。


 そもそもソニックブレスが主兵装のアクベスバでは、まず主兵装の変更の許可を得ないと納品できない。


 模擬戦を見た限りにおいてそれは簡単なことに思える。


 あるいは主兵装をファイアブレスに変更してもいい。


 でも暗号解読……したくないなぁ……


「魔獣部第4課はここですか?」


 ノックなしで若い痩身の男が入ってきた。


「誰? 魔導師じゃないわね?」


 あたしの疑問に、相手は黒髪頭を掻きつつ苦笑する。


「庶務課から来ました」


 ああ、事務部の!


 魔導師だけで研究所が運営出来るはずもなく、事務・庶務・主計と言った運営に関わる部署があって、初めて円滑に研究体制が整う。


 その事務員は、魔導師でなくても基本構わない。


「手紙が届いています」


「珍しいわね」


 研究所に配達された手紙類は事務部預かりとなり、原則こちらから取りに行く。


 わざわざ持ってくるのはよほどのこと。


「魔導大臣ボスコーン侯爵様からの招待状です」


 緊急事態だった。




「……春の夜も暖かく過ごしやすくなってきました。さて来週22日、我が屋敷にて行われる晩餐会に是非ともいらして下さい。フィリップ・ボスコーン……」


 右手で持った招待状を読み上げるお父さまが、びっしょり冷や汗をかいている。


「だっ、どうして!? お父さまが!?」


「ぼくだけじゃないぞ」


 お父さまは左手を広げた。


 招待状が更に三通。


 一通は無言で皇子に差し出す。


「おれ?」


 貰ったものの、リュースは気が乗らない感じね。


「後は所長と部長?」


 あたしの質問に、お父さまは無言で首を振ると一通をこちらに差し出した。


「あたし!?」


 やはり無言で首肯。


「どうして!? 四通でしょ! どうしてあたし? じゃあ最後の一通は所長? 部長?」


 お父さまは恨めしそうにあたしを見ると、その招待状を宛名の主に渡した。


「わたし?」


 招待状を差し出されたリンゼータは、あたし以上に困惑していた。


「わたしはメイドですよ? どうして招待されるんですか?」


「えー? リンゼータはおれの家族だよ?」


 それはリュースの家の中での話でしょ!


 外では通用しないわよ!


「わたし宛になっています。行ってもいいのでしょうか……」


「ボスコーンが来いって言ってんだろ? 問題ない問題ない!」


 リュースの言う事は一理あるわ。


 招待状がリンゼータ宛だったら、大手を振って行っていいわよ。


 でも――


「ティアには来ていないの?」


「届いたのは4通だ」


 お父さまの言葉にレスティアは頷いた。


「私のことは知らなかったのだろう。侯爵を責めることもない」


 ボスコーン侯爵の意図が見えない。


 が、行かざるを得ない。


 彼が一声かければ魔導研究所から父娘揃って追い出される。


 でも――


「どうして侯爵が招待状を送ってきたのかしら?」


 最大の疑問。


「考えられるのは、皇子と親睦を深めたいのだろう」


 この皇子とね―、どんなメリットあるかしら……


「ついでに所長か部長に招待状を出さずに?」


「フェルディナント皇子との付き合いの深さで言えば、ここの全員だろう」


「そうね……」


 筆頭がリンゼータ、次いであたし、そしてお父さま。最近レスティア。


 でも――


「お父さま、大貴族の晩餐会って、厳しいテーブルマナーがあるんでしょ?」


「そうだな」


「知っている?」


「下級士族にそんなモノが必要かな?」


 不必要ね。


「こちらは貴族でないから多少の無礼は笑われるだけで許されようが、それでも最低限のマナーはいるぞ」


「そうよね……」


 出自が下級士族では、大貴族のマナーとは生涯無縁なはずなんだけど、リュースと関わってしまったからねぇ……


 人生先のことは本当、見えないわね。


「テーブルマナー知っているよ、おれ」


 皇家の人間がここに一人いるけれど、これには人としての最低限の常識も欠落しているのに、テーブルマナーなんて高尚なモノ、期待する方が間違っているわ。


「リンゼータ、テーブルマナーの心得はある!?」


「おれあるよ!?」


 人としての常識ないヤツが、何か言ったけども……


「リンゼータ、お願い」


「おれ知っているから安心しろって」


「安心できないから、リンゼータに頼んでいるんでしょうが!」


「……そんなに信用ないの?」


 意気消沈してリュースは小声になる。


「じゃあテーブルマナーについて、ざっくばらんに言ってみてよ」


「うん。えとね、まずゲストルームに入って待っている間は座っていも、主賓もほかの招待客も、ホストが入室したらすぐ立って、ホストと挨拶してから着席する。主賓以外の招待客は主賓が着席するまで自分も着席しない」


「へえ……割とマトモね」


「マナーと言うのはまともなものだよ?」


「アンタが覚えていることがマトモだって言うのよ!」


「ふうん。あと大事なことは、音を立てて飲食しない。立ち歩かない。猫が来てもついて行かない」


 前言即時撤回。マトモじゃなかったわ。この男が話に落ちをつけることなんてないから――


「ねえリンゼータ、まさか……ついて行ったの? 猫に」


 リンゼータの笑顔が固まった。


 返事に困っている?


「一回しか、してないぞ?」


 自白したわよコイツ!


 情けない……


「なんて恥ずかしいことを……その一回、まさか大勢の前じゃないでしょうね!?」


「大勢じゃないよ? おれを入れて六人」


 被害は最小限ね。たった六人なんて。


 え? でもリンゼータが固まったのは――


「おれと親父とお袋と……」


 兄二人と姉一人がリュースの家族構成。


 被害は最小限?


「……ディルク侯爵と侯爵夫人とその娘の会食」


 アンタそれ、見合いじゃないの!?


 だからリンゼータが固まっていたの!?


「一回したら十分よ! 『ヴェスベラン帝国の皇子が猫について行って二回も破談になりました』って誰が言うの!」


 情けない……


「全く、信じられないことをするわね。歌声だろうと折角惚れ込んでくれたのに」


「あ、それ別の女」


 しらっと答えたリュースの言葉に、あたしは凍りついた。


「今、何て言ったの!?」


「おれの歌声が気に入ったのは、ウィンザー侯爵の娘。ベルだったかベリ? そのウィンザー」


 何人破談になったら気が済むの!?


 フォローに困ってリンゼータが硬直しているじゃない!?


「どんな話をしたら一時間で女に逃げられるのよ!? 皇子でしょ!? 黙っていれば美形でしょ!? 歌ったらどんな女もイチコロでしょ!?」


「んー、応用魔導学の話。あの日、混沌語の制御を呼吸法と合わせて、何節かの詠唱を考案して――」


「貴族の令嬢に応用魔導学の話を嬉々としてするバカが、どこの世界にいますか!」


 ここにしかいないわよ!


「だってベル? ベリ? ウィンザーが『どんな研究をなさっていますの?』って真剣に聞いてくれたから、おれも正直に――」


「そういうのをバカ正直って言うのよ! 魔導学だの魔導工学だの、普通の女性が解る訳ないでしょ!? 女性が喜ぶ話かどうかも解らないの!?」


「でもアリシアには通じるよ?」


 破談の原因はあたしかーっ!?


 あたしが悪いのかーっ!?


 ……あたしはとっくに、普通の女じゃなくなったのね……ハァ。


「しかし、面倒だな」


 お父さまは顎に手を当てた。


「我々は魔導師服が正装にあたるし、皇子も正装も礼服もあるだろう。しかしリンゼータ君は正装があるのか?」


「ありません」


「そうだろう。すぐに仕立ててもらわないと。しかし、大貴族の晩餐に出られるようなドレスを急ぎで作るとなると大変だよ? 一週間しかない」


「えー? メイド服じゃだめなのか?」


 アンタ、馬鹿でしょ!?


「メイド服は作業服よ!? そんな恰好で晩餐会に出たらリンゼータが恥をかくわ!?」


「えー!? こないだボスコーンが来た時はメイド服で――」


「メイドとして出迎えるのと、招待された客人と、立場が違えば服装も違うの! それが常識でしょ!」


「そうなの?」


「そうよ! 何着て行くのか心配になってきたわ」


「おれは大丈夫だよ。ちゃんとリンゼータが用意してくれるから」


「誰もアンタの心配はしていないわ! リンゼータに変な恰好させないかが心配なのよ! 万事リンゼータに任せてお

きなさい!」


「そう? じゃあそうする」

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