改良された魔獣 6
6.
レスティアの語った衝撃の事実は、あたしたちを震撼させるには十分過ぎた。
言われてみれば、確かにそう。
複数の頭が体を違うように制御する問題が元々あったじゃない!?
それがシステムボックスによって解決していると言う事は、逆に言えば制御する頭を都度変更出来る?
でもそれじゃ……
「矛盾している! 魔獣の意識は一つに統合されているなら、意識はソニックブレスに集中して体の制御どころではないはずだぞ!」
轟々たる非難が出た。
要するに何か新技術を隠していたり、偽っているものがあると言いたいらしい。
あのね……いやしくも魔導師なんだから、人に教えを乞う前に、自分で考えなさいよ!
リュースは隠し事出来る性格じゃないわよ!
隠し事が出来ないから、あたしたちが散々苦労してるんじゃない!
「だからお前らはボケカス魔導師と呼ばれるのだ」
呼んでいるのは貴女だけです。
「脳の負荷だ! 魔獣の意識は一つでも、制御している魔獣の頭は分業している。お前たちも講義を聞きながら女の尻を眺めて悦に入ることがあるだろう! 元々人間でも複数の作業をこなせるのだ。その複数の分業を効率よく多頭が割り振るから、ソニックブレスのチャージ中に自由行動を行える! まあ天才の考えることなど、お前らボケカスどもには逆立ちしようが束になろうが及びもつかないがな!」
それは事実。
アクベルトにしろアクベスバにしろ、魔力増幅器にしろシステムボックスにしろ、リュースの独創的な才能がなければ何一つ完成しなかった。
「さあどうした! 欠陥品に出来損ない! 纏めてかかってこい!」
シーラは唖然とし、フィスは悔しそうにしている。
「待ってくれぬか?」
表情を強張らせたシーラが進み出た。
「騎士様、確かにその新型魔獣の能力、ことに第2形体には目を見張るものがございます。しかし2点、申し上げたいことが」
「何だ?」
「一つは、ハズベルトにしろバグブリフにしろ、第2形体を搭載してその魔獣に劣るものか不明です」
うわー、これは嫌らしい。第2形体抜きなら互角に戦えるとも言えるし、裏を返せば第2形体を教えろってこと!?
「あと一つは、騎士様は戦い慣れている。一方の我々は魔獣開発しかできぬ研究屋。これに勝ったとして、果たして自慢出来ることでしょうか?」
うーん……これも正論じゃない?
普通の模擬戦は魔獣同士で決着をつけるから、あまり気にしていなかったのだけど……
「成程、成程、一々尤もに聞こえるな。ではなぜそちらの魔獣に第2形体を搭載していないのか? 別に禁じてはいなかったぞ。遠慮せずに研究して搭載すれば良いではないか!」
「……ううう」
シーラは返答に詰まった。
彼女も元来強気。
でなくて課長まで務まりますか。
「しかし騎士の私が騎馬戦も魔獣戦にも無知な魔導師と模擬戦を行うとは、弱い者イジメ以外の何物でもないな」
レスティアの言葉にはさり気なく嫌味入っているわね。
「では、アリシア殿にやってもらおう」
えっ!?
「ちょっと、あたし魔獣戦闘なんて経験ないわよ!?」
「誰だって初陣はあります。どうか天才魔導師フェルディナント皇子を信じて」
だから嫌なのよ。
あれを信じるにはどれだけ勇気がいるか。
レスティアは良く通る声で話し始める。
「『どうしてファイアブレスを搭載していないのか』と思っているのだろう? アクベスバには使用しない200リーメッツ以上の『余剰魔力』がある。これはな、魔獣と一体化しているため騎士・魔導士が自由に使えるのだ」
200リーメッツが自由に使える!?
魔力単位の『リーメッツ』とは、魔導士一人の持つ魔力総量の平均値を『100リーメッツ』と定義したもの。
あくまで『平均値』だからバラつきはあるし、種族的な体質もあるから、魔導士だから必ず100あるとも限らないし、体格より体質が強く出るので、あたしは110リーメッツある一方、リュースは94リーメッツしかない。
魔力消費はファイアボルトで10リーメッツ、ファイアボールで25リーメッツ程、戦杖の性能で消費量も抑えられるから実戦ではもっと使える。
つまり200リーメッツ、魔導士丸々二人分――ファイアボール八発分もの魔力が供給されるの!?
「魔獣の魔力で魔法が使える。ファイアボールを連発することも、防御球殻を即座に張り直すこともな! 魔導師であれば尚更その力を強化出来る! どうだ? お前たちに理解出来るか?」
そして彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。
「確かにそんな不良品の欠陥品の出来損ないでも、第2形体を搭載すればどうなるかわからない。しかしな、そもそも搭載出来るのか? 第2形体を搭載出来るように設計してあるのか? ましてや勝てるなどと本気で思うのか?!」
「やってみなくてはわかりません!」
シーラは毅然と答える。
「魔導師で良かったな」
シーラの答えにレスティアはムッとしたらしく、口調を変えた。
「絶対に武人にはなるな! 『戦ってみなくてはわかりません』と無謀な負け戦を行って、死ぬ兵士はたまったものではない! 死にたければ独りで死ね!」
「やってみせます!」
「ハッハッハ、出来ない約束程、虚しいものはないな! もし一週間で内蔵できないなら研究所を去ってもらう条件でも出来るのか!?」
「……そんなこと!?」
シーラは唇を噛んだ。
「やってみなければわからんのだろう? やってみるがいい!」
そうよ。
元々アクベルトは『飽きた』と放棄していた。
だからその後に創ったアクベスバでなれば第2形体は搭載できないはず。
アクベルトがベースのバグブリフに搭載するには、フレームの大型化を初め徹底的な改修が不可欠。
悪いけどシーラには……シーラにも無理だと思うわ。
「さあどうする。アリシア殿に使ってもらって、無様な躯を晒すか!?」
フィスもシーラもボースも声を出さなかった。
わかるわ。
とても勝てる気がしないだろうから。
確かにあたしは魔獣戦はやったことがない。
でも自分の体として認識し、魔獣が思い通りに動くなら……?
不慣れな面で初めは振り回されるかもしれない。
でも慣れてしまえば?
それほど難しくない気がする。
そうなったら、多分初陣であることを差っ引いたとしても圧倒的だわ。
「さてバルギス殿。第4課開発・フェルディナント皇子設計のアクベスバの優秀さは解ってもらえたと思う」
バルギスは苦虫を噛み潰したような渋面で考え込んでいた。
「待ってくれ。確かにこの魔獣の性能は並外れている。だが、ハズベルトをあっさり倒してしまっては、こちらのメンツが丸潰れだ」
「潰れて困るメンツか? 事実大した性能ではない! 何を一人前なことを!」
女騎士様、あんまり追い詰めないで。
「その通り、その通りではありますが、この魔獣を隠していたのは事実――」
バルギスは冷や汗をかきつつ食い下がっているが、女騎士はけんもほろろだ。
「『隠していたのは事実』とどの口がほざく! ボケカス魔導師の元締めが!」
そろそろ言い過ぎ。
やめて。
トバッチリはあたしたちに来るから!
「フェルディナント皇子はちゃんと言ったそうだ。『第4課でハズバーンを上回るソニックブレスを搭載した魔獣を開発した』とな。お前の果てしなく悪い頭では理解できなかっただけだ!」
あたしは思い出した。
確かにリュースはソニックブレスに拘っていたものの、『魔獣を創った』とハッキリ言っていた。
「いや、それはそうですが、きちんと説明されなかったのも事実」
「聞かなかった奴が何を言うか!」
「なー、レスティア、そんなに怒らなくてもいいだろ?」
「良くありません」
「しかし、説明される努力を怠ったのは事実です! 双方に過失がある以上、責任を回避はできませんぞ!」
女騎士は無言のまま、炯炯と光る眼でバルギスを睨み付けている。
「今ここでその魔獣を出せば、隠していたことが問題になります。無論ワシの責任は問われるも、隠していたことは確実に問題となりましょう」
腹が立つけども、その論理は間違っていない。
『聞かなかった』『言わなかった』の水かけ論になれば原則両成敗。
リュースの落ち度が問われれば、監督者のお父さまの責任問題に波及するは確実ね。
「レスティア殿」
先んじてお父さまが呼びかけた。
「お気持ちは嬉しいのですが、ここは譲ってもらえませんか? 今この魔獣を出されてしまうと、『魔獣部ではどうして後から後から新型が出てくるのか』と問題になり、魔獣部の全魔導師の恥となります――皇子を含めて」
「そう、それが言いたかったのだ! 賞金は第4課に配当する。その魔獣を次の魔獣として提出しよう! だから今回は譲ってもらいたい!」
「な、レスティア、こう言っているんだしさ!」
無邪気その物の顔でリュースまで頼んだので、女騎士は溜息をついて認めざるをえなかった。
予想もしなかった結果に、その場はすぐに解散となり、あたしたちは第4課設計室に戻った。
「アリシア・ガディ殿。先ほども名乗ったが、私はレスティア・フェルナーゼ」
「あのね、レスティアとは合体実験の……」
「皇子、その『合体実験』を連呼するのはやめて下さい」
心底嫌そうに女騎士レスティア・フェルナーゼは嘆願している。
「誤解なきように言っておく。皇子の言う『合体実験』とは、あくまであの第2形体のことであり、私と男女関係だの性的関係だのになった訳ではない。私は正真正銘の処女だ!」
「えっ!?」
こっちの方が驚いたわ!
「でもさっき悪阻……」
「女の嘔吐は皆が皆、悪阻か!?」
叫んでから流石に恥ずかしくなったのか、赤くなってコホンと咳払いをする。
「第2形体は、五感もまた一体化する。視覚、聴覚、そして味覚も!」
「味覚?」
あたしもお父さまも咄嗟に理解できず、顔を見合わせて考え込んだ。
レスティアはまた溜息をつく。
「このワニ頭は、腐りかけの魚が大好物でな」
そりゃワニですから……
「第2形体でワニが腐った魚を食べると、その味が私にも伝わるのだ。食べてみるか、アリシア殿?」
「そんなことしたら吐くわよ……! それで!?」
「骨ごと腐った生魚を食べる生臭くて小骨があってムカつく感覚! 今思い出しても吐き気がする!」
「でもまた、どうして……第2形体のままで?」
「そういう実験だ。『合体実験』の一つ。魔獣が餌を与えた時、どういう感覚になるか。まさかこんなに酷いものだとは思わなかった」
「悪阻だと思ったことは謝るわよ。でも……」
そこからは小声。
「……どうして前に会った時は……その、全裸だったのかしら……」
また赤くなるかとの心配は杞憂。
「第2形体に融合して、元に戻れるか。魔獣の体やパーツの一部が体内に残されたりしたら、どんな悪影響が出るか解らない。だから実験の後で確認の必要があった。私も了承している。人体実験が必要だった」
「でも上まで脱ぐ必要があるの?」
「魔獣に入ると同時に、私の中にも魔獣の一部が入ってくる。脚だけ見て終わる内容ではない」
「そうしてまで、どうして第2形体に拘るの?」
「私は馬に乗れない。子供の頃落馬して生死の境を彷徨って以来、トラウマになって馬だけはどうしても乗れなかった。それでは戦場で槍働きができぬ。フェルナーゼ家に生まれ、武具を玩具に育った身として、馬に乗って戦場を駆け巡ることが叶わぬ身がどれ程辛く、肩身が狭いか解るまい?」
何となくしか解らないけど……
「私はフェルディナント皇子と話をする機会に恵まれた。幸い私は二本差しで、多少なら魔導のことで話が出来る。その時に聞いた」
『二本差し』とは、左腰に剣と戦杖の二本を差すことから、魔導も使える戦士・騎士のこと。
第2形体の話はあたしたちには多分していない。
確証がないのは、本人が話していてもこちらが理解できない場合が多々あるから。
「そういうことなので、いらぬ誤解は控えてもらいたい。フェルナーゼ家の者として戦場で活躍できぬのは、裸を見られるより何倍も辛い。それより、皇子は魔導以外のことはまるで子供だ。子供に裸を見られた程度で恥ずかしがっていては、世の母たちは立つ瀬がないではないか?」
それは認めるけども……
「誤解を解く機会がなくて難渋した。機密に関わることだから、どこまでが話して良いものか見当もつかなかったのでな。けっ、決して皇子を籠絡しようとか、いい、色仕掛けで迫ろうとか思っていなかったぞ」
あ、赤くなった。結構可愛いのね。
「これからも厄介になるが、皇子には親名を呼ぶことを許されている」
「わかったわよ。あたしは親名はないけどもね、魔導師名は『ペデリーン』よ。フェルディナント皇子とは上級魔導学校で同じ魔導師の下で学んだわ」
「私はレスティア。親しいものはティアと呼ぶ」
それは即ち――
「宜しくね、ティア」
「こちらこそ宜しく、魔導師ペデリーン」