改良された魔獣 5
5.
ケビン・ヴァン・フェルナーゼ。帝国で最も有名な武人。
一介の騎士の身分から、槍一竿で子爵にまで上り詰めた。
戦場での武勲は数知れず『並の騎士千人に匹敵する』とまで謳われ、貴族社会に疎いあたしでも知っている名家だ。
その子らも親の血を色濃く受け継ぎ、男女問わず何れも優秀な武人であると専らの噂。
「そのフェルナーゼ家のお嬢様が、なんでまた皇子に!?」
バルギスはワナワナと震えている。
「一応、従姉弟になる。わたしの兄嫁の父君の妹が、皇子の母君だ」
レスティアはゆっくりとアクベルトに乗った。
「私の身分など気にせずとも良いぞ。遠慮せずにかかってくるがいい!」
「有名人だろうと騎士であろうと、我ら魔導師の誇りを傷つけられたのだ! 黙って泣き寝入りはできんぞ! 処罰されることになろうと、倒してやる!」
ハズベルトに跨る魔導師は、模擬戦闘のために用意した『戦杖』を腰から引き抜いた。
『戦杖』は戦闘用魔導を使う為、魔導杖より太く丈夫で、金属で補強もされ殴り合いにも使える魔導器。
叫んで戦杖を握り締めた魔導師を載せて、ハズベルトが向かって行った。
「行けリックス! 奴を倒せ!」
命じられたハズベルトが頷くように吼えた。
「そら、そこだ! 命令しないと動かない! 不良品だな!」
嘲ってアクベスバに乗ったレスティアに異変が起きた。
跨った姿勢のまま、彼女の脚がアクベルトの背に埋もれて行った。
「なんだ、あの女? 脚が?」
丁度アクベスバの背中から、彼女の腰から上が生えているような状態だった。
アクベスバのカラス頭が口を開いた。
「コノ通リ、あくべすばハ私・れすてぃあノ体ト一体化シタ」
黒猫頭が続ける。
「五感も・神経も・共通だ。騎士と・魔獣が・一つに・なる」
ワニ頭が更に語る。
「私の思い通りニ。騎士の思い通りニ・自分の体のようニ。自由に動くのダ!」
最後にレスティアが自分の口で誇った。
「解ったか。この『第2形体』がない魔獣なぞ、欠陥品だ!」
レスティアは大剣を抜剣し、ハズベルトの真横に飛び込んで横腹を横腹にぶつける。ハズベルトは安定翼を使っても姿勢を安定しきれず大きく揺れ、魔導師が落ちそうになった。
「うわーっ!?」
「騎士と魔獣が一体化すれば、こちらの受ける衝撃は最小限だ! 無論魔獣から落ちる恐れは微塵もない! どうした!? ほんの挨拶ではないか!」
重心位置や魔獣の姿勢制御能力、騎士と魔獣の融合もあるのだろうけど……アクベスバはパワーも上回っている!?
「汚いぞ、女! こっちは防御球殻を展開していないんだ!」
「おや、魔導師様はそんなことを言う! では戦場でも敵に対して同じことを言うのか!? 随分優しい敵だな! 私は会ったことがなかったが、これは失敬! 魔導師が騎乗戦や魔獣戦については全くの素人とは、予想だにできなかったわ! まあカスはカスなりに自己防衛が必要か!」
両者は同時に防御球殻で自身を守る。
「ではこれで安心してアクベスバの力を見せられるな! たっぷり味わえ!」
「黙れ! リックス、ファイアブレスだ!」
ハズベルトの白鷲頭が口を開き、灼熱の息吹を迸らせる。
「おおっと!」
ファイアブレスはアクベスバの防御球殻の正面を少し捕えたが、レスティアは笑うとアクベスバは高く跳ねて直撃を回避する。
「うんうん! さすがアクベルトがベースの魔獣、いいファイアブレスだ! ではこちらはソニックブレスだ!」
着地したアクベスバのワニの口が軽く開くと、魔力が充填されていく。
白い塊を咬んでいる様に見える。
どうしてソニックブレス?
ソニックブレスは威力が大きい反面、発射までのチャージに時間がかかり、その間は満足に動くこともできなくなる――
「バカめ!」
アクベルトの魔導師は、口元に笑みを浮かべてアクベルトを突撃させる。
いけない!
防御球殻と防御球殻を激突させる気よ!
アクベスバは魔力集中で動けない!
これはまずいかも!?
「毒液は勘弁してやるが、これならどうだ!」
アクベルトの白鷲頭はファイアブレス、黒猫頭は拳大の火の塊・ファイアボルトを連続で撃ち出した。
「危ない!」
あたしは思わず叫んでしまった。
防御球殻があるから大事にはならない。
でも防御球殻が弾け飛んだら魔力の余波で切り傷になることはある。
あんなに強く激しい気性でも、やはり女性。顔に傷でもついたら大変――
「残念!」
レスティアの表情は余裕たっぷりで、アクベスバは魔力のチャージを続けながらひょいと跳んで直撃を避けた。
「えっ!?」
「何い!?」
「何だと!?」
あたしの驚きの声は、魔導師全員の出す声によって打ち消される。
驚愕の声が異口同音。
「ソニックブレスのチャージをしながらなぜ動ける!?」
「複合多頭構造の無理解だな!」
ハズベルトの上で狼狽する魔導師に、レスティアは勝ち誇ったように叫んだ。
「リックス、ファイアブレス!」
「だから、口で言うとこちらにも聞こえる!」
レスティアはソニックブレスをチャージしたままアクベスバを横に滑らせ、予告されたファイアブレスを躱す。
同時にカラス頭が大きく嘴を開き、中心部に火が灯り、見る間に赤ん坊の頭ほどの炎の塊に膨れ上がる。
「ファイアボール!?」
あたしは疑問に思った。ファイアボールは見かけどおりファイアボルトより格段に威力が大きい。
命中して炸裂し、広範囲を焼き払う為に大きな威力を持つ。
しかし魔獣の主兵装だけあって、ファイアブレスの方が威力は大きく、どうせ装備するならファイアブレスとソニックブレスの両方を装備すればいいのに?
それにファイアブレスを装備さえしておけば、『要求定義にない』と却下されることもない――これほど強力な魔獣を創っておきながら、詰めが甘いわね。
まあアクベルトみたいに取り上げられるよりはマシな結果かも?
轟音が起きる。
「うわっ!?」
ファイアボールがハズベルトの右側に着弾し、爆発で大きく揺さぶった。
「まだ次がある!」
レスティアは左手で短い戦杖を振り上げている。
「火よ集え! 纏まり炎となりて! 敵を撃て!」
これは!? ファイアボールの呪文!?
レスティアは自分でもファイアボールの魔法を放ちつつ、カラス頭からもファイアボールを撃ち出した。
「ファイアボールが3発も!?」
相手の魔導師は恐怖した。
「これは牽制だよ?」
レスティアは不敵に笑い、ワニの口を大きく開かせる。
「待たせたな! これがソニックブレスだ!」
耳をつんざく甲高い音と共に、白い奔流がワニの口から迸る。
不快な破裂音が響いた。
レスティアの放ったソニックブレスは、ファイアボールに曝されて限界がきていたハズベルトの防御球殻を破壊し、魔獣の胴体の後ろ半分を引きちぎった。
「あひーっ!?」
乗っていた魔導師は投げ出されて、無残な姿に変わり果てたハズベルトを呆然と眺める。
ソニックブレス――火系の攻撃であるファイアブレスと根本的に異なり、風系の攻撃で、魔獣の口から竜巻状に渦巻いて放たれる。
ノックダウンパワーはファイアブレスの比ではなく、直撃すればたとえ耐えても姿勢を大きく崩されて即座に反撃できなくなる。
しかし魔力のチャージに時間がかかるため、そのチャージ中に行動が著しく制限を受ける――はずだった――だから要求定義でも認められなかったのに!?
「イカサマだ! ソニックブレスをチャージ中に動ける訳がない!」
自慢のハズベルトを屠られたことが相当頭にきたらしく、立ち上がると地団太を踏んで掴みかからんばかりの勢いで抗議する。
「魔導師と言うのは……」
レスティアが不思議そうに聞いた。
「こんなに愚かなものなのか?」
うーん……リュースを基準にするとそうなるのかなぁ……
「デハ聞コウ」
「私は・何を・使って」
「ハズベルトを倒したのダ?」
レスティアはアクベスバの口を通じで呆れた。
「それは、ソニックブレスに似た別の魔導で……」
「ほう。それはまた素晴らしい解釈だな」
レスティアはアクベスバに何も命じることはなかった。
彼女が何を言わなくとも動き回っている。
「お前たち、完全に勘違いしているな! 『ソニックブレスの魔力チャージ中は魔獣が意識をソニックブレスに集中するから、体を十分に動かすことができない』とでも言いたいのか?」
「そうだ!」
「それはお前らボケカスどもが、単頭系(頭が一つだけ)の魔獣しか創ったことがないからだ」
「何だと! このハズベルトを創ったのは我ら第1課だ!」
組み立てたのはね。
「組み立てに試験までやって、何も理解できなかったのか? ほお、魔導研究所の研究者とは、バカでも務まるのか!」
いえ、流石に馬鹿では務まらないんじゃないかしら……
「お前たち平凡魔導師は、『三つの頭があるからブレス攻撃も3倍だ』程度の認識なのだな」
「……」
魔導師たちは誰一人答えられなかった。
「どうした? 上級魔導学校を卒業された優秀な魔導師の方々! まさか解らないのか!」
でも正直、あたしにもほかの理由は考え付かない。
何しろ元々多頭系魔獣は、その理屈で研究されてきたのだから。
「何も解らぬ愚か者のクセに、皇子が人の好いことにつけ込んでアクベルトの設計図を取り上げておきながら、中身をサッパリ理解も出来ないのか!」
鼻で笑うとレスティアは説明を始める。
「三つの頭の内、体を制御するのは1頭だけで十分なのだ。ワニ頭は魔力チャージ中にワニ頭によって体を制御できないが、その間は猫頭やカラス頭で体を制御するので理論上2頭までは別のことに意識を集中しても体を動かせることが出来る。ちなみに、この第2形体では、魔獣と一体化した騎士も体を動かせる!」




