改良された魔獣 4
4.
あたしは晴れて研究所に残れることになり、折角まとめた荷物を元に戻す羽目になった。
賞金の懸った模擬戦は参加したかったものの、肝心の魔獣がどうしようもないのでお父さまと相談の上断念した。
おかげで開催日まで暇ができたので、ハズバーン計画からラクガキの翻訳と冤罪事件を経て、不眠不休の疲れを癒す為に久方ぶりに家に戻り、ゆっくり疲れを取りながら溜まった家事をこなした。
三日は直ぐに過ぎた。
各課で改良したアクベルトを集め、模擬戦を行う。
当初ボスコーンも出席予定だったものの、急な用事で来れなくなったが、午後からの開催にほかの部課からも多くの魔導師が観戦に訪れている。
予定時刻が近づいても第4課は一人足りない。
「遅刻常習犯が……」
あたしが思わず毒づくとお父さまが注意する。
「アリシア……」
「呼んでくるわ」
皇子を。
「ここノックすると何か嫌な予感がするのよね」
魔獣部第4課資料室。
第三皇子隔離室。
最近では合体実験室――
前には金髪美女が裸でいた。
今度は銀髪美女が裸でいないでしょうね?
「フェルディナント皇子、いますか?」
ノックすると間髪入れずにドアが開いた。
「あのね……」
口を開きかけて絶句する。
ドアの向こうには、あの金髪美女騎士がいた。
またあ!?
でも今日はちゃんと服着ているのね。
「うっぐ……」
金髪騎士は口を手で覆い、床に転倒すると――
激しく嘔吐した。
「……」
あたしはその姿に絶句してしまう。
「すまないレスティア! 実験は失敗だ!」
失敗……合体実験の失敗ですって!?
あたしはそこにいたリュースに怒鳴りつけた。
リュースに怒鳴りつけた。
「失敗って、何よ!? 成功でしょ! おめでとう! お孫さんもできて、皇帝陛下もきっと大喜びよ!」
「……えぐ……違う……」
床で女騎士が何か言っていた。
「何が違うの? 悪阻よ。気にしなくていいわ。でも母体は労らないとね!」
あたしは助け起こした。
「合体実験の結果は大成功よ。失敗なんて言ったら許さないから。お腹の子供には罪はないんだからね!」
「……違う……違うの……」
「大丈夫よ。リンゼータが掃除してくれるから気にしなくていいわ。それより横になった方がいいわ」
「アリシア、誤解しているぞ。この実験はな――」
「合体実験でしょ! 何度も聞いたわよ! 大成功よ! 良かったわね!」
「確かに概ね成功はしている。しかしここ有様を見ると再考すべき点が――」
「この上何が失敗しているのよ!? 女の体はデリケートなのよ!」
「……?」
しばし考え込んだリュースを尻目に、あたしは女騎士の手を取った。
「さ、救護室に行きましょう。あなた一人の体じゃないんだから」
「いや、悪いがこの程度はほんの……」
女騎士はあたしの視線に返事が尻すぼみになる。
「いや、本当に大丈夫だ。心配は無用! 何もしなくていい。それと、この件は他言無用で……」
「ええ、あたしもこんなことをベラベラ誰かに話したりはしないわよ!」
金髪美女が心配だったけども、本人が断るのじゃ仕方ないわ。
グラウンドには第1課から第3課までの魔導師が全員集合だった。
自慢の魔獣を呼び出している。
何を自慢するのかしらね?
第1課の『ハズベルト』は見かけアクベルトそのまま。
内部の機構を調整しているらしく、性能は維持したまま量産化に向いた構造のようだわ。
第2課の『カイゼリック』は安定翼を烏にし、頭部を白鷲・黒猫・黒狼したアクベルト。
一番改良されている。
まさかアクベルトの能力を凌駕しはいないでしょうね――いや、ベースがアクベルトだから強化すれば強くなるか……
第3課が用意した『バグブリフ』は胴体が大きな鱗で覆われていたほかに、アクベルトとの見かけ上の相違点はない。
「みんな頑張っているわね……」
あたしの思わず出た呟きに、お父さまは苦い顔で頷く。
「うん……」
リュースが一から創造したため、量産化に向いているとは限らないパーツも多く、再設計が必要だった。
そして量産に向いたパーツに変更・改装する段階でも自分達の色を入れるから、同じアクベルトの改造でもこうまで違ってくる。
アクベルトはお父さまの意見を聞いたリュースが、量産に向いたパーツを使うように改良していた。
それを第1課に譲渡し、そこから第1課がどう改良したのかはまではわからない。
でも悪くはなっていないでしょう。
魔獣を出せない第4課はお呼びではない。
でも、リュースがプロトタイプを創った魔獣がどこまで伸びているか、知りたいじゃない?
第1課長ボース(最近就任)が、第2課長フィスが、第3課長シーラが、開発した魔獣の特徴・長所・能力をこぞってバルギスに売り込んでいる。
皆が熱くなり過ぎて、グラウンドに出てきた人物に誰も気づかなかった。
「ハッハッハ!」
背後からの甲高い笑い声に、喧々諤々していた魔導師たちは振り返った。
「何だ!」
「何がおかしい!?」
それが先日、大剣を以て自分たちを追い回した女騎士と分かると、ある者は戸惑い、ある者は恐れ逃げ出し、あるいは凍りついたように動かなくなった。
その中を、ゆっくり女騎士が進んで行く。
体調大丈夫なの?
「なあレスティア、別にいいじゃない? ハズベルトの設計図はくれてやったんだからさ!」
その後を、皇子がついて行く。
「良くありません。フェルディナント皇子! アクベルト如きですよ! 金一封が出る程の勝負だというのに、あの程度で誇るとは! 騎士として容認出来るものではありません!」
何を言っているのかしら、この女騎士?
甲乙つけ難いにしても、アクベルトを改良したのよ!?
モノを知らないにも程があるわ!
「魔獣部長」
女騎士は静かに呼びながらバルギスに近寄った。
彼の周囲から一斉に人が離れ、たちまち孤立するもバルギスは以前の恐怖が甦ったのか、微動だにできず彼女の一挙一動に注目している。
「何の模擬戦をしようとしているのか?」
「アクベルトの量産・強化案」
後ろで嬉しそうに答えるリュースに、女騎士は渋い顔で諌めた。
「皇子、知っていますから! 知った上で、私は部長を詰問しているのです!」
バルギスは女騎士と皇子に交互に視線を這わせ、乾いて声が出なくなった口を窒息しかけの魚のようにパクパクしている、
「改めて問う。アクベルトの強化タイプの試験をしているようだな?」
「そうだ、確かにアクベルトをベースにしたが、各課は不断の努力で研究した結果を練り込み、アクベルト以上の魔獣に――」
精一杯の威厳を込めて答える部長の言葉も、途中で女騎士に遮られる。
「ハッハッハ! アクベルト以上! 魔導研究所では冗談も研究しているようだな! ハッハッハ! 実に笑える!」
続く女騎士の嘲笑に、バルギスもムッとした。
「いい加減にしていただきたい……大体、君は何者かね!」
「ふん。私はフェルディナント皇子の実験助手だ。それよりアリシア殿」
あ、あたし?
「な、何?」
「魔獣の試験をするのに、第4課は何も出さないとはあんまりではないか。天才魔導師たる皇子を擁しているのに、情けないですぞ」
な、情けないってね!
いくら皇子とそういうカンケイにあるからって、そんなことを言われる覚えはないわよ!
「聞いたわよ。でも魔獣はないって――」
女騎士は表情を曇らせると盛大に溜息を漏らした。
「それは貴女の聞き方が良くないのではないか?」
「ちょっと、それはどういうこと!?」
腹立つわね!
あなたに何が分かるっての!?
「大方『アクベルト以外にファイアブレスを搭載した魔獣はない?』とでも聞いたのであろう?」
彼女は呆れた様子だが、言っていることはまるで見てきたように当たっているし……
「そ、そうよ! 悪い!?」
「だからだ。普通に聞けばいい――」
女騎士は振り返った。
「フェルディナント皇子、アクベルト以上の魔獣はありませんか!?」
そんなものがあったら誰も苦労しないわよ!
しかし皇子はパッと顔を輝かせた。
「あるよ! 『アクベスバ』!」
皇子は魔導杖を引き抜いて魔法陣を展開した!
「あ、あるの!?」
魔法陣から上がって来た魔獣は、アクベルト系の複合多頭魔獣だった。トラの体にコウモリの安定翼。尾はアリクイのようにふさふさの尾で、頭部はやはり三つ。上に三つ目の黒猫と赤目のカラス、下にワニ。
こ、これが……アクベルトをも上回る魔獣!?
確かにアクベルトより、余裕で一回り大きい。
「待て! ファイアブレスを搭載しているのか!?」
話の流れから、重要な項目に着眼したバルギスが横槍を入れた。
「だから、『アクベスバ』にはファイアブレスは搭載していないよ?」
リュースは考えなしに答える。
それ見たことか、と言わんばかりにバルギスは会心の笑みを浮かべた。
「それでは要求定義に合いませんな」
「そうだろ?」
バルギスにあっさりと丸め込まれるリュース。
あのね!
何がしたくてこの魔獣出したのよ!
「だからアリシア殿、言い方があるのです」
女騎士はあたしを宥め、バルギスに対峙する。
「確かに皇子の言う通り、この『アクベスバ』にはファイアブレスを搭載していない。しかし、このカス魔獣どもより遙かに強い!」
「何だと!」
離れてはいても、比較的強気な連中がいきり立つ。
しかし女騎士はどこ吹く風。
「こんなカス魔獣で改良したの強化したの、恥ずかしいと思わないのか? ファイアブレスを搭載してさえいれば、こんなカスでも合格圏内か? いや本当にアクベルトを改良か改造したのか!? その割には大して強化されていないな!」
気持ちはわかるけれど、言い過ぎてない!?
「量産化のために安定し生産性を高めるべく改良し、かなり向上している面も多々ある! 何も知らぬ騎士風情が知った風な口を利くな!」
反発しているのはボース。
折角なった第1課長だから我慢できないのね。
「おお、そうであったか。しかし」
大仰に驚いた女騎士は鼻を鳴らす。
「このアクベスバの前では、等しく失敗作の! 欠陥品の! 出来損ないだ!」
アクベルトがベースよ。そんなことは流石にないでしょ……無理でしょ……
「なんだと! じゃあこのハズベルトとやってもらおう!」
「いや、カイゼリックの獲物だ!」
一触即発。
今にも自慢の魔獣を嗾けそうだわ。
「カス相手に一対一だと!? 笑い話だな! 勝っても何の自慢にもならないな。三匹まとめて来い! 万一勝てたら褒美をやろう!」
「おのれ! 手加減なしで行くぞ! 命の保証はせんからな!」
第1課の若手の魔導師がハズベルトに跨ると、その魔獣の三つの頭が吼えた。
「部長、止めないで下さいよ! 実験中の事故で死んだって、自業自得だ!」
「ふっ……」
女騎士は大きく息を吸い込んだ。
「このフェルナーゼ家末子レスティアを相手に、手加減するのしないの、我が家名を冒涜するにも程があるわ!」
「フェ、フェ、フェフェフェルナーゼだと!?」
バルギスが顔色を失った。