改良された魔獣 3
3.
会議室の中では、ハチの巣を突いたような騒ぎになっていた。
お父さまは所定の席に着いたけど、あたしはリュースに止められて演壇の前に立っている。
リュースの後ろにはあの女騎士が立ち、ボスコーンは面白そうに司会の席に座って興味津々の顔つき。
「よーし、お前ら聞け!」
リュースは声を張り上げた。
「お前らは、アガベルケスの殺人犯をアリシアやリンゼータと決め付けた。許しがたい暴挙だ。しかも三日以内に犯人を見つけないとアリシアを犯人と決め付けて、追放しようとした」
リュースは魔法陣から異空間に収納していた石像を出した。
「見ろ、アガベルケスの死体を石化したまま複製した」
魔法陣は異空間と繋ぐゲート。
そしてその繋ぐ先は、他の生物の体内であっても可能。
そしてそれは、生物の複製さえも製造可能にする。
生物の頭の先から足の先までを魔法陣でゆっくり動かしながら体内を走査する。
そして走査した魔法陣は混沌体――あらゆる生物の血肉の元となる物質――を与えると、別空間に全く同じものを創っていく。
するとどうなるか?
走査した物が別空間でも再現される。
魔導の精度から、完全複製はできない。
しかし生物であれば新陳代謝で多少の悪い点は治癒する。
ただし脳や眼などは治癒しきれない、つまり複製できない場合がある。
禁断の実験で人間を複製したところ、確かに外見は同じに見えたが、記憶が完全再現できなかった上人格も大いに異なった。
また複製に時間がかかるので生体のままで複製すると複製する端から生命が維持できす、体が半分くらい出来ると死んでしまうので、一度石化して生体活動を止めてからになる。
魔獣の頭部や胴部の生体部品はこうやって製造され、複製の際に拡大・縮小をかければ大きさの違う生物でも接続出来る大きさに合わせることも出来る。
魔獣にする場合は人間とは違って、複製の際に人格に相当する所がかなり変わっても、頭部に制御クリスタルを埋め込むから大した問題にならない。
当然人間の複製は禁止事項中の禁止事項であるが、死体なら何の問題もない。
そうよ! 死体の石化を解くのは腐敗の問題があって難癖をつけことができても、石化したまま複製するなら腐敗しない!
「死体の傷口を見てくれ」
リュースが呼ぶと、好奇心で来た連中からリュースの前に集まる。
皇子はアガベルケスの腹を差した。
「左脇腹に刃物が刺し込まれた跡があり、右端の傷口からは内から外に中身がはみ出ているんだ。つまり――」
リュースはカーボンペンを短剣に見立て、自分の腹へ向ける。
「まず左脇腹を刺して、右まで真横に斬って、右脇腹まで裂いている。それが殺害の手口だ」
ほう、と感嘆の声が漏れた。
あたしも感心する。ライピッツに死体を見せてもらうように嘆願したけども、傷口の状況からそこまで解析出来る自信はないわ。
「アガベルケスの殺害状況を再現してみるぞ」
リュースはカーボンペンを左手で持って左腰に当てる。
「これを凶器のダガーと仮定する。アリシア、犯人になったつもりでこのペンを奪ってくれ」
「……あたしが?」
ここであたしが犯人役するの? 嫌だなぁ……
「アガベルケスは正面から刺されている。抵抗もせずに。つまり奴は犯人と面識があって警戒していなかった」
尚更嫌な説明ね!
アガベルケスとはあたしだって面識あるわよ!
あたしは促されるまま手を伸ばし、リュースの腰からカーボンペンを短剣のつもりで引き抜いた。
「そしておれの脇腹を刺す」
カーボンペンをリュースの左脇腹、ほぼ横の位置から刺したつもりで押し付ける。
ううっ、本人の命令とは言え結構不敬なのよ……
「その位置だ。そして右脇腹まで斬る」
握り方が甘かったので、刺したつもりで人差し指と親指がリュースのお腹に当たる。
指でシャツを擦りながら右脇腹まで滑らせる――
――ことはできなかった。
「あら?」
右手の肘があたしのお腹に引っ掛かる。
これでは脇腹まで裂けない。
「な! おかしいだろ?」
ライピッツの石像を見ると、傷口は確かに右脇腹まで裂いている。
「あたしならこんな傷口にならないわ!」
これこそあたしが犯人じゃない立派な証拠じゃない!?
「そう。つまりアリシアは犯人ではない」
断言するリュースは、この上もなく頼もしく見えた。
「待ってくれ。確かにその動きなら腕が腹に当たるだろう。しかし腕が腹に当たっても、そのまま腰を回したら右脇腹に届くじゃないかね?」
どこか他所の部署の魔導師が、あたしの動きの真似をしながら反論した。
あー、そうすれば出来るかもしれないわね……
「違う。腰を回したら、円運動になって腹の切断面が丸くなる。しかしアガベルケスの切断面を上から見ると、刃の動きは円ではなく平行に動いている。だから死体の右脇腹の傷は腹から刃先から飛び出した形になっている。円運動なら刃の根元から切っ先にかけて傷口から出ることになり、傷口は抉れたようにならない。この傷は腰を回した動きじゃないんだ!」
しかし相手は納得しない。
「確かに普通に握ったら右手の動きが制限されます。だけど逆手に持ったら?」
あたしはアッと言いかけた。
逆手の動きなら……
「逆手ね……アリシア、やってみろ」
自信満々のリュースに、思い切ってカーボンペンを握り直し、小指からペンを突き出し、また彼の左脇腹へ当てる。
しかし今度は肘があたしのお腹に当たり、とても横に引きない。
「動かないわね」
手を裏返し、再び皇子の脇腹へ当てる。
そして真横に動かすと、ペンは反対側脇へあっさり抜けた。
「この動きって!?」
あたしにも気づいた。
犯人の特徴。
まさにアガベルケスの傷と同じ。
脇腹を刺して反対の脇腹へ抜けている――ただし、あたしの動きとは左右が真逆!
「これって……!?」
「解ったな。殺害の手口は、逆手で握った左手で行ったんだ。左手なら左脇腹に刺して右脇腹まで真っ直ぐ裂ける。右利きのアリシアにはできない芸当だよ」
ああ……リュース!
あたしの無実を証明してくれた!
「アリシアが犯人ではないことが解ったな。もう出て行く必要はない訳だ!」
反論はない。静寂が辺りを支配した。
暫くして――
「そうは参りませんぞ!」
机を叩いて立ち上がったライピッツは、昂奮してあたしに詰め寄る。
「アリシア・ガディに命じたのは犯人探し! それが叶わぬなら約束通り出て行って――」
何よ! 前は犯人でないことがわかっても、研究所追放を取り消すって言っていたでしょう!
「犯人でないのに追い出すのか。どんな料簡だ!」
足音も高らかに、女騎士がライピッツの前に立った。
「アリシア・ガディには、犯人の残した怪しい手紙と筆跡を似ており、犯人を見つけることができなければ研究所が出て行くように――」
ライピッツはさっきのお返しとばかりに、精一杯の威厳を込めて反発した。
「愚か者め! 犯人ではない証拠を見せられてもなお、犯人扱いか!」
女騎士は大剣を抜剣してライピッツに突き付けた。
「アリシア殿が犯人ではないことは、たった今フェルディナント皇子によって証明された! これに異存があるか!」
「い、いえ間違っているとは思いません……」
ライピッツは狼狽して、助けを求める視線を右に左に泳がせる。
女騎士に恐れをなした大勢は微動だにせず無言。
「今一つ聞くぞ! アリシア殿は犯人か!」
殺気が膨れ上がる。
「は、犯人ではありません」
ライピッツは滝のように冷や汗を流している。
「ならば犯人ではない者を追放するか!」
ライピッツは唾を飲み込んで逡巡した。
答え一つでこの女は本気で斬りつける――
「わかりました! 追放しません!」
「当然だ!」
ライピッツを縮こませると、女騎士は更にグルッと魔導師達を見回し、大剣を振り上げる。
「お前たちの中に、まだアリシア殿を疑う者はいるか!」
魔導師たちは一斉に首を横に振った。
「良し。今後アリシア殿やリンゼータを殺人者呼ばわりする者は斬る!」
魔導師たちはさっきより激しく一斉に首を横に振った。
それを見て、彼女は満足そうに大剣を鞘に納めた。
「アリシア殿。この通り、所長が認めた。出て行く必要はない」
良かった……あたしはここに居られる……でも随分強引なこと!
「お待ちください」
バルギスが仏頂面で人ごみの奥から出てきた。
「確かにアリシア・ガディの疑いは晴れました。しかし! 犯人の特徴をこんな大勢に気軽に教えられると困ります! 犯人が警戒するではありませんか! どうしてくれるのです!」
「犯人が警戒する? ふーん」
リュースがレスティアを押し退けた。
「で? それがどうかしたのか?」
この無責任とも取れる皇子の言葉に、バルギスもライピッツも顔色を失った。
「おれは別に困らんよ? 誰が犯人か興味ないし」
「興味ない!? 殺人犯がこの研究所にいる――」
「それはおれの役割か? アリシアの役割か?」
バルギスは押し黙った。
リュースの反論は一見暴論だけど、正論じゃない!
「おれにはレスティアがいるし、リンゼータにはカールとカレンがいる。アリシアとおやっさんには試作の魔獣をつけるか。だから何も困る事はないぜ?」
無茶苦茶よ。犯人野放し?
でも今まで何もなかったし……
「しかし、こんなことなら、所長室で所長とワシに話せば済む話――」
真っ赤になって抗議するバルギスを、女騎士は凄い形相で睨み付けた。
「アリシア殿の名誉が著しく傷つけられた。犯人呼ばわりされ、無理難題を押し付けられ、何の落ち度も無いにも関わらず犯罪者として追放されようとした……恥を知れ! この場で全員に知らせねば、疑いが晴れたとは言えん!」
ありがとう女騎士様! 大勢の前で無実を証明してくれて!
「犯人くらいお前たちで探せ! フェルディナント皇子がこれだけ手がかりを見つけたのだ。簡単な話であろう!」
なんかカッコいい、この女。
彼女はまだ何か言いそうなバルギスの首を掴んだ。
「無能のくせに、威張るしか脳のないバカ共め。後一つヒントをくれてやろう! 刃の入射角だ! 短剣が刺さった角度は、死体の断面から解る。フェルディナント皇子が解析した。アガベルケスの腹の傷の高さに線を引き、短剣を刺して角度を合わせれば、腕の高さが出る。腕の高さが解れば個人が特定出来るだろう!」
ライピッツとバルギスは顔を見合わせた。
「よし、左利きの魔導師はここに来い!」
バルギスが命じると魔導師達は困惑し、あるいは驚愕し、左利きの者を怪しんだり、更には腕を掴んで引きずり出したりし始めた。
左利き側の対応の様々。素直に出る者、自分から出る者、抵抗する者――
「おいゲルド!?」
「お前も左利きだったよな!」
会議室の左端最奥辺りで、あたしとさほど歳も変わらないような銀髪の若い魔導師が後退った。
「違う、俺じゃない……」
「ゲルド、だったら前で堂々と証明しろよ」
「嫌だ! 俺が犯人にされる……」
大勢の魔導師に囲まれても、若い魔導師は逃げ道を捜した。
「俺はやっていない! 犯人じゃない!」
錯乱したゲルドは魔導杖を引抜き、ファイアボールのスペルを唱えようとすると、周りの魔導師は恐慌して右往左往する。そこへ女騎士は走り出した。
「はっ!」
駆け寄って人垣を颯爽と飛び越え、女騎士は大剣を一閃。
抜き打ち様に放った刃が杖を中ほどから切断する。
「は、はわわ……」
魔導杖を取り落し、ゲルドは腰を抜かした。
「こんな至近距離で魔導攻撃が通じると思うか!? いや、思うマヌケどもは多いようだがな」
女騎士は、ゲルドがスペルを唱えただけでパニックを起こした魔導師たちに冷ややかな視線を浴びせつつ、大剣を納剣する。
そうよね。
ファイアボールのような詠唱の長い魔法攻撃は、スペル詠唱を妨害すれば簡単に止めることが出来る。
こんな密着状態では使えない。
「捕まえろ!」
脅威がなくなった途端に周りが殺到し、ゲルドは身動き一つできないように押さえつけられた。
「所長、部長、俺は犯人じゃない!」
泣きそうになりながらゲルドが必死で訴える。
「どうやら真犯人はこやつのようだな」
ライピッツは散々あたしを疑っておきながら、謝りもしないで平気な顔だった。本当、腹が立つわね!
「連れて行け」
「違う! 違う! 違う――」
ゲルドの悲鳴は、会議室から引きずり出されても聞こえた。
「成程、そんなことがあったのですか」
少し真剣になった目で、ボスコーンが説明したらしいライピッツを胡乱げに見た。
「はあ、まあそんな訳でして……」
「ふむ。取り調べはこれからであるか」
あたしを犯人扱いする程度で、どんな取り調べになるのかしら。
「しかし、お手柄ですぞフェルディナント皇子」
「そうか」
バルギスが褒めてもリュースは反応が乏しい。
「ふん、何が手柄だ?」
その言葉に女騎士が割り込んだ。
「ですから、アガベルケス殺害犯の――」
「ゲルドは自分が犯人と違うと言ってたよ?」
リュースは怪訝な顔だ。
「……犯人は概してそう言うものですよ」
旗色が悪いバルギスはボスコーンに視線で助けを求めたが、あっちは無反応。
「アリシアだって無実を訴えてたよ」
やれやれ……バルギスが青くなっているわ。
尚もリュースに何か言おうとするも、女騎士に遮られる。
「ふん。ファルディナント皇子は、あくまでアリシア殿の無実を証明したまでのこと。犯人探しなどはついでだ」
この女騎士、口調こそ無骨ながら何かとあたしに気を使ってくれている?
困り果てて言葉に詰まるバルギスに、ライピッツはポンと背中を叩いて促す。
「まあ良い、ボスコーン大臣はアクベルトをベースにした魔獣にいたく興味を示され、今日急所視察に来られた。各課研究中の魔獣について報告せよ」
えっ!?
どうして、また急に!?
当惑と騒乱のどよめきが広がると、バルギスは席を立って手を振った。
「いやいや、これでも魔導大臣であるぞ。魔獣開発計画の進捗を気にするのは当然である」
そうかもしれないけどねぇ……ライピッツかバルギスがうまくやったのね。
これでまた予算を獲得するのかしら。
魔獣部各課の魔導師達は色めきたって騒ぎ出し、会議室から出る者、大臣に媚びる者、指示を出す者と三者三様な様子を見せた。
まあ上手くすると予算獲得のお零れに預かれるからねぇ。
バルギスはライピッツとボスコーンの興味を引くように、大げさな身振りで説明している。
「不幸にもアガベルケス前課長がゲルドによって殺害される事件が起きましたが、その後も各課で改良された魔獣は著しく強化されており、完成度においてダントツなのが第1課で改良された『ハズベルト』です。対戦用魔獣との模擬戦がまだで報告書はできておりませんが、その力は圧倒的ですね」
え!? 今なんて?
「『ハズベルト』? 『アクベルト』じゃなくて?」
あたしはそれとなくお父さまに聞いたのだけども、リュースが答えてきた。
「第1課の魔獣は『ハズ』で始まるからな。おれのアクベルトも改良すれば『ハズベルト』になるのかな」
そうだった。
あたしとお父さまが清書した設計図を、第1課も手に入れたのだったわ。
どこかチョコッといじっただけで、さも自分達がやったかのように吹聴していたの!?
あたしはリュースの他人事のような言葉にイラッとした。
「フェルディナント皇子、悔しくないの!? しらっと手柄取られて!」
「別に?」
「何よ!」
「アリシア……」
お父さまが何か言いたそうだった。
「いいんだ。皇子の言う通りだ」
「……どういう事よ」
あたしは猛烈に嫌な予感がして、お父さま見ると首を振っている。
「改良したアクベルトの設計図、第1課にあげたよ。交換条件で、譲渡してもこっちは一切手柄を主張しないってことで。賞金も設計主任の座も一切合財全部」
あたしはハンマーで脳天を殴られたような衝撃を感じた。
あれだけ清書に苦労したアクベルトの設計図!
お父さまが必死で改良しただろうに、それをあっさりと騙し取られたの!?
お父さまは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「交換条件って、何よ! お菓子!? おもちゃ!? 子猫か子犬!?」
「……おれは子供か?」
リュースは驚いた顔で不満を訴える。
文句言いたいのはこっちよ!
「子供でしょ! あれだけ苦労したアクベルトの設計図を!」
「やめるんだアリシア」
「お父さま、いくら何でもやっていい事とやって悪い事の分別は躾けないと!」
「……死体を見せてもらった。複製に協力もしてもらった」
リュースは交換条件を自白した。
「さっき見せていた、アガベルケスの石化した死体を複製したから?」
お父さまは無言で頷き、リュースは続ける。
「初め所長に頼みに行ったら、傷口を見てどーするのか言われて、上手く説明できなかったら、たまたま第1課の連中が話を繋いでくれてなー」
所長の対応はあたしの時と同じだけども、第1課が好意で都合よく通訳してくれる訳ないでしょ。下心があるわよ!
「手伝ってくれる代わりに『アクベルトの強化手伝って欲しい』って頼まれてさ、そんなことなら訳もないことだから、手伝ったんだ。まあ時間もなかったことだし、面倒だからおやっさんの許可もらって修正した設計図一式渡した。報告は第1課でやるから、第4課のおれ達は何ももらえないのは仕方ないだろ?」
「その謝礼!? でも設計図を要求するなんて、図々しいにも程があるわ!」
あの設計図は、あたしたちの血と汗と涙の結晶よ!
「仕方ないよ。第1課だってアクベルトの改良する命令を受けているんだ。時間を割いて部長を説得してもらったんだから、設計図が書けないじゃないか。だから説得を依頼して、その報酬におれの設計図を渡した。対等じゃないか!」
「それでも納得できないわ!」
設計図を翻訳した苦労はどうなるの!?
「アリシア、やめるんだ。気持ちは痛いほど解るよ。でもアクベルトを設計したのは他ならぬ魔導師フェルディナント・ペデルーン皇子だ。本人の意思が最大限に尊重されるべきだろう?」
「でもどうして、でもどうして死体の為に大事なアクベルトの設計図を渡したのよ!」
あたしはそれでも納得できずにリュースに食って掛かった。
「アクベルトの設計図なんてどうでもいい。アリシアが無実の罪で追い出させる方がずっと嫌だ」
リュース……
あたしは不意に涙が零れた。
本当に……本当にバカなんだから……
「全く皇子は大したものだ。死体からアリシアの無実を証明するとは」
お父さまも大絶賛。常日頃迷惑かけられているのだから、たまには役に立ってもらわないとね!
「でも本当に良かったですね」
自分のことのようにあたしを心配していたリンゼータにも笑顔が戻った。
「これで魔獣があれば言う事何もないんだけどね……」
画竜点睛を欠くと言うか、リュースが飽きなかったら、アクベルトに変わる魔獣が出来たかもしれない。
でもまあ、そこまで望むのは流石に欲深かしらね。
第1課長は、第1課の副課長だったボースとか言う名の白髪デブの中年が繰り上がった。
アクベルトの設計図をチョロッと直しただけでハズベルトと名を変えて提出し、譲ってもらった手柄で大満足の様子。
その魔獣はリュースが創ったもの。
本人がいいって言うから約束どおり第1課にあげるわよ。
ま、精々ボロが出ない程度に自慢しなさいね。
それと、報告書一切は今後手を貸さないからね。
労なく設計図巻き上げたんだから、そのくらいは自分たちでやんなさいよね!
第2課長のフィスは悔しがって、「対戦用魔獣との対戦で好成績を残したら再考していただけませんか!?」と食いついている。
「面白いではないか所長」
それを見たボスコーンは面白がった。
「各課で競い合って切磋琢磨していくのは好ましい傾向だ。実に頼もしい。魔獣部は新しく創設された部署と言うが、どうしてどうして、活気がある!」
「左様で! 今後魔獣開発は魔導研究所の重要課題になることは間違いなく、予算・人員とも増やしております。いずれは帝国繁栄の鍵となるでしょう!」
はい、それで予算をねだるのね。
「どうでしょう魔導大臣? 完成した各課の魔獣を使って模擬戦をやっては?」
「ふむ。所長も良いことを言う! 賞金を魔導大臣の名において出そうではないか!」
「やりましょう! 第2課だって頑張ったんです!」
「第3課も見て下さい!」
フィスとシーラは飛びついた。
色めき立つ魔導師達が口々に参加を表明しているわ。
みんな負けず嫌いねぇ……
「よし。では三日やろう! 三日後の昼、実験場で模擬戦だ! 各課は自慢の魔獣を調整しておけ」
ライピッツは三日が好きねぇ。
三日過ぎると忘れるのかしら。
その三日所長は第3課長シーラを見た。
「第3課は出す魔獣があるか?」
「あります! アクベルトを強化した『バグブリフ』です!」
強化するベース魔獣は、アクベルト以外にないでしょう……
「ほう。しかし見た所さほど変わってもいなかったが?」
「新案で瞬発力を強化しています! 決し第1課に劣るものではありません!」
シーラの言葉に頷いたライピッツはお父さまにも話しかけた。
「第4課は! 創った課ではあれが限界で、改良はできぬか?」
前は褒めまくっていたのに、他の課で強化出来ると解ると手の平返したわね。
「その、改良案は――」
呼ばれたお父さまは縋るような視線をリュースに向けた。
「ある訳ないでしょ」
あたしは小声で毒づいた。
あったけど、今は第1課に行っています!
でもこのままでは余りにも悔しい。
ベースのアクベルトの独創的な設計がどれ程のものか知っているくせに!
「魔導師ペデルーン、ファイアブレス搭載した魔獣、アクベルト以外にない?」
リュースはキョトンとしていたが、うーん、と唸って考え込んだ。
「アリシアにどう言ったら解るかなぁ……」
何それ。
心配してくれなくても、どう言ったって解らないわよ!
「飽きたんだ。ファイアブレス搭載の魔獣。だからない」
くうううっ!
こいつは!
『できない』なら解るわよ。できないことは仕方ないわ。あんな新技術の魔獣をホイホイ作れなくても、それが普通よ。しょうがないじゃない。でも言うにこと欠いて『飽きた』はないでしょ!
ちょっとでいいのよ!
この天才がちょっとだけ本気を出してくれさえすれば!