表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/42

改良された魔獣 2

     2.

 三日目の朝もあたしは魔導研究所で迎えた。


 帰宅する時間が惜しい。


 幸い(?)研究所にはこれまでも何日も泊まっているから、泊まるだけならそれほどの不便はない。


 枕は魔導書、汚れた毛布で睡眠を取り、食べ物だってリンゼータが気を使って色々置いて行ってくれた。


 起きたあたしは水差しから温くなった水を直接一口飲み、両手で顔をピシャリと叩く。


「さて……今日で決めるわよ!」


 リンゼータが朝食用に用意してくれた堅パンとチーズを齧り、干し肉と干果実を少しだけ食べる。


 食欲はあまりなかったけども、無理をしても食べないと。


 探す所は……あまり残っていない。


 ゴミ焼却所の書類を見るか……魔狼を借りて第1課長室を捜索するか……


 後は――


「……」


 だめだわ。


 思いつかない……


 でも、行動あるのみよ!




 まずゴミ焼却場へ行った。


「何これ!」


 ゴミの量が増えている! それも圧倒的に!


 昨日の倍じゃきかない。


 こんなの、整理するだけで何日も必要よ!


 嫌がらせで全部燃やされていることを心配したけど、事件が一段落するまでは燃やさないみたい。


 でも、どうして1日でこんなに増えるのよ!?


 あたしがここを探していたから、その嫌がらせ!?


 どうしてそんなことするのよ!


 嘆いても悲しんでも始まらない。


 ここを調べるかどうか悩んだ。


 しかしこの量では整理するだけで1日が終わってしまう!


 だめだわ、ここで調べても時間の無駄。


 別の場所を調べないと!


 あたしの心配をしてくれているリンゼータが程なく来てくれると、またカールとカレンの力を借りることにした。


 あたしはアガベルケスの部屋で見つけた香水をハンカチに染み込ませて、それを手掛かりにカールとカレンを連れて魔獣部各課を回った。


 この香水の臭いのする奴いないか、この香水の臭いのする場所はないか――


 反応があった人はいなかったが、場所は何か所かあった。


 カールとカレンが探し当てる度に調べたものの、残念ながら目ぼしいものは何も見つからなかった。


「ハア……」


 昼頃にはすっかり気力も体力も萎えてしまった。


 リンゼータが気を使って、第4課設計室に短い時間で色々用意してくれた昼食にもサッパリ手がつかない。


 もう食欲もない。


 リンゼータもお父さまも心配して食事も満足に喉を通らないのに――


「うめー、うめー、ああうめー」


 皇子だけは食欲旺盛で、2人分くらいペロリと平らげている。


 ホント、いい根性しているわ。


「アリシア、食べないの? 旨いよ?」


「……」


 リンゼータは珍しく苦い顔をしている。


「ご主人さま、アリシア様はまだ犯人の手掛かりを何一つ見つけていなのです。とても食事が喉を通る状況ではありません」


「……そうなの?」


 そうよ! 本当にニブいわね!


「じゃあおれが貰っていい?」


「どうぞ! 好きなだけ食べなさいよ!」


 思わず乱暴に言ってから、あたしは今日だけでも何度目かわからない溜息をついた。


 どうせアンタは、食欲がない悩みなんて理解出来ないでしょ!


 その時、やや乱暴にドアがノックされ、返事も待たずにさっさと開いた。


「失礼する」


 入ってきたのはライピッツとバルギス!?


 二大重役の登場にその場を静寂が支配した。


 否、空気読めない皇子だけが相変わらず、リンゼータの手料理を咀嚼し続けながらライピッツに尋ねた。


「何しに来たの?」


 ライピッツはこないだのことがあるせいか、返事なしに悪意を含んだ視線をリュースに向ける。


「魔獣部魔導師アリシア・ガディ」


「……はい」


 ライピッツを差し置いたバルギスの問いに、あたしは嫌々返事をする。


「アゲベルケス第一課長殺害の犯人の目星はついたか」


 即答はできない。


 暫く考えてやっと返答する。


「……いえ、ですが明日までには必ず――」


「後半日ではないか!」


「それは三日しかないからです! 何を根拠に三日と期限を切ったんです!」


「三日以上研究所の業務を停滞できない。だからだ。ゴミ焼却も止めた。研究員も可能な限り研究所に留め置いた。それの限界が三日だ」


 よくもまあ、そっちの都合だけで話を進めるわね!


 たった三日で何が出来るっての!?


「何か手がかりは見つかったか? 犯人に繋がる情報が手に入ったか?」


「それは……まだ見つかっていません。でも必ず――」


「この有様で後半日立っても犯人は解るまい。魔獣開発は一段落しているから、遠慮なく昼からは荷物を纏めておけ」


 ライピッツがしゃしゃり出てくるととんでもないことを言い出した。


 この為?


 この為に二人連れで来て、バルギスが口火を切ったの!?


「うっ」


 悔しい! 悔しすぎるわ!


 どうして勝手なことを決められ、犯人扱いされた挙句に追い出されなきゃならないのよ!


 視界が歪む。


 部屋も、心配そうなお父さまも、悲しげなリンゼータも歪んで見える。


 涙が溢れて止まらない。


「ふん、女はすぐ泣いて逃げようとする」


 最後まで嫌味なライピッツに泣き声まで聞かせてやるのが嫌で、必死で唇を噛んで声を押し殺した。


 今にも大声が出そうよ。


 バルギスが言い捨てるとライピッツと出て行こうとした。


「……バリバリバリ……待てよコラ……」


 一人反発する者がいた。


 視界が滲んで見えないけど、声からするとリュース。


「何か? 皇子」


 ライピッツは騒がない。


 リュースは暫く沈黙し――


「……ゴックン……うっ、うっ、リンゼータ、お茶……」


「……はい。お茶です」


 気配だけで、リュースが喉に詰まらせた料理をお茶で流し込むのがわかった。


「ふう。苦しかった。何だっけ……」


 あのね!


「そうだ、アリシアに出て行けだと? 犯人かどうかも解らないのにか?」


 ライピッツは気にも留めないような返事をする。


「そういう約束ですから」


 白々しい!


 ライピッツ!


 いつ約束したのよ!


 条件を勝手に押し付けたのでしょう!


「要はアリシアが犯人でないなら文句ないんだろう!」


 いや、怒る所はそこじゃないでしょうが!


「勿論です。ですが期限は後半日。大した成果も期待できませんな」


 当たり前よ!


 どうして三日やそこらで犯人が解るっての!


「アリシアを犯人扱いしやがって! 後悔させてやるぜ!」


 リュース、気持ちは嬉しいけど。魔獣やファイアボールで重傷を負わすとか、黒焦ゲにするのは止めてね!?


「それは重畳」


 ライピッツが鼻で笑うのが解った。


 やっぱり半生焼までは許そうかしら……


 不快な二人が出て行くと静寂が訪れた。


 再びリュースが飲み食い始めるまで。


「……リンゼータ!」


「はい」


 リンゼータの返事も期待が混じっている。


「デザートはいらん。すぐ出て行く」


 期待は出来ないわね……




 悔し涙は止まらなかった。


『昼から荷物を片付けろ』って、大した私物はないし、よしんば残っていてもお父さまでもリンゼータでも持ってきてくれるわよ。


 ライピッツが命じて小一時間で、僅かな私物も持ち出せるように纏まった。


 期日の明日の朝に作業したってすぐに終わったわよ。


 どうして今こんなことしなくちゃならないの。


 お父さまは無言で書類を整理している。


「おやっさん!」


 リュースは何に昂奮しているのか、息を切らせて走って来た。


「アクベルトの設計図くれ!」


「あ、ああ……」


 お父さまはあたしを窺うと、木紙の束を出した。


「これが今朝までに清書の終わった分だが?」


「貰ってくぜ!」


『貰って』?


 引っ手繰って持っていくリュースを見て、あたしは胸騒ぎがした。


「お父さま、アクベルトの設計図あげたの?」


「あげたと言われても……あれを書いたのはフェルディナント皇子だ。持って行かれても文句は言えないよ。それに、皇子が考えていることは解らないよ」


「そうね……」


 でも『貰って』どうするのかしら?




 夕方になった。


 あたしが去る時間は刻々と迫ってくる。


「……」


 あたしは最後の最後まであきらめなかった。


 最後に託した望みは、ゴミ処理場――


「くっ……」


 何か、何かない!?


 益々山積みになって収拾つかなくなったゴミの山を前に、押し寄せる絶望の津波を無理やり抑え込んで、必死で何かを探す。


 今にもバルギスが来そうな――


 今にもライピッツが来そうな――


 来て、『今すぐ出て行け!』と言われたら――


 来て、『お前がアガベルケスを殺した!』と嘲ったら――


 恐れが、不安が、悲しみが、あたしの心を責め苛む。


 ここで探しているのはお父さまとあたし。


 リンゼータは別の所を魔狼と一緒に、何か手がかりを探しに行ってくれている。


 でも――


 もう時間がない!


 止まらない涙を拭いていると――


「おうアリシア、ちょっと来てくれ」


 出て行ったリュースが珍妙な恰好でやってきた。


 頭から白い布を被って顎の下で結び、これまた白い貫頭衣を着て細い紐を帯の代わりで巻き付けている。


 あの、何も解らなかったからあたしの手を借りるの……そんな変な恰好で?


「何の格好よ」


「作業の手伝い。『汚すから着替えなさい』って言われた」


 何の作業よ……


 リュースは強引にあたしの手を引いた。


 逆らう気力もなく、そのまま引かれて行く。


 もう、どうにでもなれよ……


「で、どこへ行くのかしら……あたしだって後少しの間しかここに居られないのよ?」


「こっち」


 引かれた先は第4課。ドアを開けて中に入る。


「おやっさんも来てくれよ!」


「ん? 僕もか?」


 お父さまも不安げにあたしを見る。


「そりゃ関係者だからな!」


 異様に元気なリュース。


 本当に何考えているのか……お父さまに何が解るのかしら?


「その恰好は何?」 


「あ、いけね!」


 リュースがモソモソと貫頭衣と頭の布を脱いで――下は黒の魔導士服の上下を着ていた――また一階に降りるとあたしとお父さまは仰天した。


 やけに騒がしいとは思っていたけど、どういう訳か一階の廊下一杯に魔獣部の魔導師がひしめき合っているじゃない!?


「わかったよ! 吼えるな!」


「押すな!」


「だって魔狼が――」


「行くよ! 行けばいいんだろう!」


「ヒイッ! 咬まないで!」


 魔導師の向こう側にはどうやらカールとカレンがいて、吼えて魔獣部の魔導師を追いやっている。


 こんなことをするのは――


「何やってんのよ魔導師ペデルーン!?」


 あたしが慌てて止めるよりも早く……


「何の騒ぎだ!」


 姿は見えないも、ライピッツの怒声も近づいて来た。


「所長!」


 あ、魔導師の中にバルギスが混じってた。


 泣きそうになってるわね……いい気味だけど……


「フェルディナント皇子が、いきなり『会議室に来い。来なければ魔狼に襲わせる』と……」


 バルギスの泣き言にライピッツは頷いて、真っ赤に怒るとリュースでなくあたしを向いた。


「またお前たちか第4課! いい加減にしないか! 解散だ解散!」


 魔導研究所の最高責任者の言葉に、集められた魔導師たちは一様に安堵の息を漏らす。


 しかしライピッツを上回る大きな、それでいて凛然とした声が響いた。


「フェルディナント皇子の言葉に従え! 従わなくば斬る!」


 その声は魔狼と所長のもっと向こう。


 その脅しで恐怖に駆られた魔導師が大挙して逃げ出し――いやこちらに走ってきたので、声の主がその姿を見せる。


 従者のように左右に魔狼を侍らせ、抜き身の剣――両手用の大剣(クレイモア)――を右手で振り上げた女騎士だった。


「あの騎士――」


 魔導師達を追い立てているのは、リュースと前に合体実験だか試験をしていた女騎士じゃない!?


「そこの女! どういうつもりだ! 直ぐに……」


 所長の威厳を以てライピッツが食ってかかるが、女騎士は顔色一つ変えず大剣を振り下ろす。


 凄まじい殺気。


 斬られた!


 あたしはライピッツが斬られたと思った。


 いえ、多分ここにいた全員がライピッツの死を予想した。


 しかし鮮血が飛び散ることはなかった。


 刃はライピッツの首で寸止めになっていた。


「会議室へ行け」


 女騎士が今度は静かに言った。


 本人も斬られたと思ったらしく、ライピッツはクタクタと崩れ落ちた。


「ヒッ……」


「会議室へ行け。それとも死ぬか」


 凄まじい殺気だった。


 肝を潰したライピッツは返事をすることも忘れ、フラフラと立ち上がって前の魔導師の背を押し、掻き分け、突き飛ばして遁走する。


 直接対峙してないあたしでさえ死を感じたんだから、ライピッツの恐怖は察して余りあるわ。


「随分と賑やかではないか。お祭りかね?」


 ライピッツ去った後からひょっこり現れたのは――


 ボスコーン!?


 どうして魔導大臣様が!?


 いえ確かにここは魔導研究所だから、監督は魔導省。そのトップが訪れても不思議はないのだけども。


「え!? いやその、あたしたちにも何が何だか……」


 嘘は言ってないわよ!?


 いきなり呼び出されたんだからね!


「はい、こちらです。走らないで、静かに、順番に着席して下さい」


 会議室の入口を開け、リンゼータが引き攣った笑みを浮かべて案内していた。


この娘も災難ね。


 女騎士と魔狼の恐怖が駆り立てて、魔獣部所属の魔導師の粗方が会議室に押し込められた。


 中には別部署の魔導師もいたみたいだけども、一緒くたになっていた。


 ご愁傷さま……


 それと野次馬も何人か来ていて、彼らは寧ろ自主的に中へ入って行った。


 そしてこの騒ぎを、何か楽しげなイベントと勘違いしている魔導大臣様も嬉々として入って行く。


「……」


 呆然とするあたしとお父さま。


 何が起きているのか全く解らない。


「どうかご入室下さい。第4課長グリファイク・ガディ殿、アリシア・ガディ殿」


 行列の最後で、さっきよりは幾分か柔らかい表情になった女騎士が促した。


「お父さま、これは何事?」


「僕に皇子の考えを理解しろと言うのかい?」


 当然。


「……無理よね」


 聞いた女騎士は顔色一つ変えずあたしたちの前に出た。


「皇子にして魔導師であるフェルディナント・ペデルーン・ヴェスベラン様の深謀遠慮は、常人の及ぶものではありません。どうかにご無理をなさらないよう」


 女騎士は慇懃に促す。それにしても随分と理解しているのね。あの()人変人を!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ