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魔導師フェルディナント・ペデルーンの魔獣 5

     5.

 正門脇に魔導省直属部隊から派遣された騎士が詰めている。


 その役割は外敵から研究所を守り、時に要職にある者の護衛をし、あるいは治安を乱す者を捕える、まれに冤罪の者――つまりあたしだ――も拘束する。


「おーい、ちょっと聞きたいことがあるんだ!」


 詰め所で槍を磨いていた中年と老年の騎士が呼び声に顔を上げると、唖然として立ち上がる。


「皇子、一体何の用で?」


 戦場に比べれば危険の少ない研究所勤めではあるものの、そこは騎士。


 皮鎧と着けて腰にはショートソードを佩いて、槍も手近な所に立て掛けてある。


「アガベルケスが死んだ部屋見せて」


 騎士は顔を見合わせた。


「あそこは閉鎖中です」


 中年が代表して答える。


「許可がなければ」


「許可はもらっている」


 いえ、所長からは『騎士に話を聞け』と言われただけで、部屋見る許可はもらっていないんだけど……まあいいか……


「おい、どうする」


「所長の許可貰ってんならしょうがない」


 中年騎士が立ち上がった。


「鍵はこっちでも預かっています。じゃあ行きましょうか」


 中年騎士は鍵束を手にした。


 彼に皇子は疑問をぶつける。


「なあ、あの横領の注文書以外、何か手がかりとか情報なかったか?」


「さあ、気づきませんでしたね」


 歩きながら、リュースは騎士の話を聞く。


 どうも横領の注文書以外は大した手掛かりはないみたい。


 あれに拘るのはそのせいかしらね。


「昨日半日探しました。色々な物は見つかりましたが、これと言った手がかりになりそうな物は今の所はありませんね」


「まあ見せてくれよ」




 第1課長室は厳重に施錠されていた。


 部屋の鍵だけではなく、南京錠もつけられている。


 ガチャガチャと開錠すると、中年騎士は先に立って入る。


「どうぞ。見ていますから調査は自由に。でも勝手に持ち出したりはしないで下さいね。あと、動かしたり出したものはちゃんと片づけないと困ります」


 リュースはキョロキョロと落ち着かない。


 部屋は広いし物は多いし、どこから手を付けたらいいか迷っているみたい。


 血の跡が残っているから、あれからかな?


 彼はおもむろに顎に手をかけ、その場で身体を右に向け、後ろに向け、回り出す。


「うーん……」


 そしてピタッと止まると、いきなり膝の屈伸運動を始める。


「あの……」


 それを見た騎士は、怪訝な顔でアリシアに恐る恐る尋ねる。


「何をしているんですか……?」


 皇子は身を屈めた状態から更に頭を床に押し付け、ウンウン唸る。


「これはね……まあ、考え事をするときの癖なの。気にしないで。もっと酷くなるけど我慢して」


 リュースの奇行に、騎士は後退ってドアに手をかけている。


 いつでも逃げ出せる準備ね。


 気持ちは十二分に解るけど、騎士にしちゃ臆病よ。


「どうしようかな……」


 ブツブツ溢す皇子は、悩みながら床に寝そべってゴロゴロと転がり、壁に当たると立ち上がって頭を壁に打ち付ける。


「おおお皇子っ!?」


「大丈夫」


 迷惑をかけないレベルの大丈夫であり、奇行が終わる保証ではないのだけど。


 唸り声を上げ、猫の爪研ぎのように壁を引っ掻く。


「よし」


 奇行が終わると、皇子は血溜まり跡の所に行ってしゃがみ込む。


「おい、おっさん!」


「え? 何です?」


 奇行に怯えた騎士は、呼ばれても躊躇している。


「こっちに来てここに立ってくれ」


「……なぜ?」


 冷や汗をダラダラ流しながら、騎士はあたしに救いを求める。


 気持ちはわかるけど、救って欲しいのはこっちよ。


「言われた通りにして。別に取って食われはしないわよ」


「は、はあ……」


 騎士は恐れ怯えながらも言われた場所に立った。


「そうだよな……」


 リュースは騎士の胸や腹を撫でた。


「な、何をなさっているのです……?」


「アリシア、こっちきてくれ」


 今度はあたしですか。


 何に気付いたのかしら。


「アリシア、手を」


 近寄ったあたしの手を取り、騎士の胸を触らせる。


 ううっ、何がしたいのよ……


「傷の位置だ! 死体の傷の場所を見れば、手の高さがわかる。犯人の手の高さが限定される」


「待って下さいよ。しかし密着で刺したのか、離れて差したのかで手の高さは変わります。それで犯人の特定は無理では?」


 騎士はあたしの手を押しのけて文句を言う。


 あたしだって触りたくないわよ。


「そうか、うーむ」


「ほかに見る所はないんですか?」


「思いつかない」


 あのね……


 騎士と皇子のやり取りを見てあたしは頭痛がしてきた。


 

 引き出しを開け、中を調べる。


 本棚の本を一冊ずつ抜き取り、ページをめくる。


 床や壁を叩き、隠しドアか隠し戸棚がないか聞く。


 何も見つからない。


 何も出てこない。


 何もわからない。


 書類や手紙の類は沢山あった。


 でも、膨大で全部に目を通す暇なんてない。


 他にも薬品や魔導器類がゴチャゴチャしていて、ここを調べるだけでも一週間は必要よ。


「よしわかった。次行こう」


「何がわかったのよ!?」


 話に完全に置いてけぼりを食らった騎士は、目を白黒させてリュースとあたしを交互に見やる。


「何かわかったのですか?」


「ここにいても得るものはなさそうだから、ほかの場所をあたる」


 あ、飽きっぽいのね……


「じゃ、鍵頼むぜ!」


 リュースは遊びに行く子供のように部屋から飛び出した。


「こら、走らないの!」


 あたしは慌てて追いかける。


 呆然とした騎士が残されたけど、あたしも時間がないわ。


「よーし! カールとカレンに聞くか」


 何を!? アンタ魔狼とそこまで会話できるの!?


 騎士と分かれて廊下を出た所で、今度は女騎士がいた。


「おうレスティア、今日は合体実験はなしだ!」


 走り抜けながら、リュースがデリカシーの欠片もないことをぬかす。


「……」


 あたしは絶句し、レスティアと呼ばれた女騎士は赤くなってあたしを見た。


「待って欲しい……アリシア殿」


 この女騎士! 昨日リュースの隔離部屋にいた!


「何、あたしに何か用ですか?」


 知らず言葉にトゲが入る。


 こうしてマジマジと見ると、本当に綺麗な女性だわ。


 目鼻口の造形は芸術的で、妖艶で、長い金髪はサラサラ、スラリとした肢体のくせに実に女性的な優美な体形をしている。


 皇子が夢中になるのも頷けるわ。


「昨日のこと、誤解しないで欲しい」


 紅唇から紡がれた第一声はいきなりこれ?


「ええ。誤解はしないわ。実験だったのよね。何しろ皇子は頭の中がお子様だから、何も知らないようですし」


「そうだが、しかし、アリシア殿、そういうことではないのだ」


「合体実験ですか? 確かに知らないことを知る研究でしょうね?」


「知らない研究ではないのだ。ただし秘密のことで……」


 赤くなって困惑する表情は、正直ゾッとするほど色っぽい。


 あたしが男なら一発で籠絡されるわね。


「秘密でしょうね。でも研究所でするようなことではないわよ」


「違う、そうではないのだ。いや、何か誤解している。確かに誤解されるような状況だったのだが……」


「何が言いたいのよ?」


「秘密事項が多いのだが……私は馬に乗れないのだ」


「……馬に乗れないから、皇子には乗るわけ?」


「あ、いや、そういうことでなく……アリシア殿は何も知らされていないのか?」


「合体実験のことなんて何も知らないわよ?」


「合体実験と言うのは――」


「悪いけど、あたしは冤罪を晴らさないといけなくて、合体実験の話を聞いている余裕はないの」


 リュースが走って行った(廊下は走らない! 歳幾つよアンタ!)上に、女騎士レスティアに引き止められたためにあたしも大幅に遅れ、皇子を完全に見失った。


「どこへ行ったの……」


 皇子を放し飼いにするのはとても不安。


 まあお腹がすいたらリンゼータの所に戻るでしょ。


「事件の目撃者、怪しい人影を見た人いないかな……」




 あたしは第1課長室の周りを回ったり、通りがかった人を捕まえて話を聞いたりしたけど、捗々しい結果は得られなかった。


 リュースじゃないけど、お昼に近づいたからあたしも一旦第4課設計室に戻ることにした。


 部屋に入ると丁度プラチナブロンドが、ある種のシッポのようにヒョコヒョコと動いていた。


「リンゼータ、リュースはいないの……」


 嫌な奴らにいい加減ムカムカしていたあたしにとって、この少女は一服の清涼剤。何気なく呼び掛けたあたしは、唖然とすることになった。


「アリシア……様」


 振り返ったリンゼータは、両目を真っ赤に泣き腫らしていた。


 あたしは直ぐに悟った。


「フェルディナント皇子! まさかリンゼータに!」


「……違います」


 リンゼータは力なく頭を振った。


 良く考えてみればそうよね。


 リュースがリンゼータを悲しませるなんて……ありえない……滅多にないわ。


「どうしたの!?」


「何でもありません」


 リンゼータがバスケットに何かを隠した。


 悪いとは思ったけど、原因はそこにあるから――


「リンゼータ、ごめんね!」


 あたしはバスケットを強引に引き寄せた。


 食堂があっても、たまに昼食を差し入れてくれる彼女のバスケットには、今日のお昼の弁当の包みが入っていた。


 その包みの上に、折った木紙があった。


「悪いとは思うわ。でも見るわよ」


 あたしがそれを広げると、リンゼータの涙の意味をすぐさま理解できた。


 木紙には細い棒、カーボンペンで紙を焦がして文字を焼き付ける。


 その木紙の真ん中に、黒い文面が焼き付けてあった。


『第4課は人殺しだ!』


 短い中にたっぷり込められた、侮蔑と悪意。


「誰がこんなことを!」


 あたしも悔しくて涙が溢れる。


 リンゼータはあたしを庇って、この怪文書を秘密裏に始末しようとしてくれた。


 あたしに同情して涙まで流してくれた。


 この娘を泣かせた罪は、流した涙の対価は決して安くはないわよ!


「リンゼータ、腹減った! お昼ごはんまだ?」


 まるでタイミングを計ったかのようにリュースが――子供みたいに空腹になったからみたいだけど、ちょうどいい所に来たわ!


「これを見て! リンゼータが見つけたのよ!」


 金髪美女のこととか、今まで何をしていたのか、聞くことは山ほどあったけど、それは端に追いやってあたしは木紙をリュースに突きつけた。


「何……」


 目を落として内容を理解するなり、リュースは窓辺に寄ると窓を大きく開け放ち、思い切り息を吸うとグランド中に響き渡る程大きく叫んだ。


「カール! カレン!」


 そう、あの魔狼。


 どこにいたのかリュースの声を聞いたのか、遠くから高速で駆けてくる音がしてそれが段々大きくなる。


 ドドドドド……足音は大きくなる。来たわね。


 あたしがドアを開けると、黒と灰色の巨体が飛び込んできた。予見していたあたしはヒョイと避けると、それらはそのまま直進して壁を背にしたリュースにぶつかり、ドンを大きな音を立てるも、しかし皇子はしっかりと受け止める。


「ようし良く来た! カール! カレン!」


 怒りマックス皇子が、しきりに顔を舐める二頭の頭をペシペシ叩いて機嫌を取ると、魔狼は昂奮して吠える。


「嗅げ!」


 リュースは木紙を突きつける。魔狼は先を争うようにしてそれを隅々まで嗅いだ。


「誰の臭いがする!」


「ガウ!」


「ガウ!」


 カールはリンゼータに向かって吼える。


 カレンはあたしに向かって吼える。


「他は!」


「ガウ!」


「ガウ!」


「そうか!」


 魔狼とどんな会話が成立したのか――リュースは何かを知ったようだった。やっぱりこの皇子は魔狼と話ができるのか――


「ついて来いカール! カレン!」


 二頭の魔狼を従え、リュースは部屋を飛び出した。


 どこへ行く気よ!?


「待ちなさい!」


 あたしも飛び出した。

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