2話 美味しい話
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私たちは近街であるシンシアに辿り着きました。
「やっと着いたね。長旅で疲れた。フィーユさんはやく宿入りませんかね。」
着くまで中でのんびりとしていたマーラが馬車の中からひょいと顔を出した。この人本当都合良いですね。これほど身勝手な人が居るのでしょうか。
「はぁ……、貴方をここまで運んできた私にさっさと宿探せと申しますか。貴方よりも疲れているはずなのですけど?」
「ん?」
私の嫌味も全く聞かず(理解はしているのだろうが聞き流していると思われる)首を捻るだけで終わりました。
「ん?じゃないですよ全く。」
愚痴を言いながら周囲を見渡し、宿の客引きをしている人を探す。街の入口だけあってか探す必要がないほど客引きに溢れていた。
「安いよ安いよ!1泊1部屋500ギータだよ!」
「うちは1人200ギータだよ!少人数だとお安いよ!」
「この果実1つ3ギータ!誰か買う人はいるかい!?」
流石商店街の入り口です。声を聞き取るのにも一苦労しますね。うちは2人だから400ギータになるわけですか。そちらのほうがお安いと言えばお安いのですけども。ああいう人数制の宿は部屋があまり良くないイメージがあるのでできれば遠慮したいですね。まぁ誰かさんが浪費したせいで少しでも安い宿に行かないといけないのですが。
「相変わらず賑やかだねぇ。こういううるさいのはあまり好きじゃないんだけど。まぁ仕方ないか。で、あの安そうな200の所いくかい?」
「ん-、人数制は部屋が悪い可能性あるからできれば遠慮したいのですけどねー。でもまぁ四の五の言ってられませんし、そうしましょうか。」
「あいよ。」
両者総意で決まったので先ほどの宿へ向かう。とりあえず今日の宿を先に確保しておかないと夜になってから探すのは一苦労ですから。
「お、うちに泊まるかい?」
先ほどの客引きの方が私たちのことに気づき、声をかけてくる。
「はい、2名でお願いします。」
「あいよ、2名様ごあんなーい!」
建物の中に導かれる。エントランスは思っていたより良い雰囲気。これなら部屋も安心できそうですね。前おんぼろ部屋を引いてしまった時は夜風が入ってきて寒かったです。あれは酷い目にあったのでもう二度と泊まりたくないですね。しばらく廊下を奥へ進むと中央に受付の方が居ました。
「お、お客さんかい?2名さんだね。400ギータ、と言いたいところだが、お嬢さん、ちょっと部屋のグレード落ちるが半額の200ギータで泊まらないかい?」
半額……?それはありがたいですけども。グレードが落ちるって言う度合いが気になりますね。前みたいになりたくないですし。
「グレードが落ちるというのはどれくらいで?」
「なに、板が少し風化しているだけさ。物置だった部屋を空けてね、泊まれるようにしたんだ。」
「なるほど……。」
それくらいならば我慢しましょうか。後ろでのんびりしているこの人の分が無料になると考えればいいですし。
「マーラ、少々部屋が悪くなりますけど半額の200ギータでいいそうです。貴方のせいでもあるんですから我慢しなさい。いいですね?」
「えー……。」
「えー、じゃありません。誰のせいだと思ってるんですか。ほら行きますよ。」
「毎度あり。」
200ギータを置いて部屋の鍵を貰う。嫌がるマーラを引きずって部屋へと向かった。
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部屋は思っていたより良い方だった。少々床板や壁が劣化しているものの、普通に生活できそうな範囲の劣化だった。これで半額なら良いと思います。
「ふむ、グレードが落ちたと言われてどれほどかと思っていたら。別に問題なさそうだね。」
「ええ、私ももっと酷い部屋を想定していましたが、思ったより良くて良かったです。」
とりあえず荷物を置いてベッドに座る。ようやく落ち着ける場所に来ました。馬車の中だと体が痛くて疲れますからね。ベッドがどれだけありがたいことか。
「さて、フィーユさん。これからどうするので?」
「えーと、明日は馬車で運んできた発火材と、ガラスを売り払います。一応私の家の得意先があるのでそこで取引しようかと思ってます。貴方も積み荷運び手伝いなさいね。」
「へいへい。」
「さ、もう夕刻ですし今日は部屋でゆっくりしましょう。幸いこの宿には湯浴みがあるみたいですし、私は行ってきますね。」
そういいつつ私は着替えの服を持って部屋を出た。廊下を突き当りまで進めば湯浴みが出来る部屋があるらしいです。そこへ向かう途中でここの宿泊人にすれ違う。向こうは私を見て足を止めました。
「そこの方。少しお顔を見せていただけませんか。」
急に呼び止められる。何事かと不審に思いながらも振り返った。そこにはメイドの服を着た女性が立っていた。
「……なるほど。これは逸材です。」
唐突にそう、メイドさん?が呟きました。逸材?
「貴女行商人ですね。高給は保証します。うちで働きませんか。」
「うち?」
「はい。この地を治めている、ヴィレス家で、です。」
「は……い……?」
(ヴィレス家!?つまりこの人はここの貴族の侍女さんってことですか!?何でそんな人が私を見て声をかけて!?)
私が戸惑っている間にメイドさんの私への身体調査?は済んでいく。逸材ってどういうことでしょう?
「あの、唐突すぎて話についていけてないのですが。」
とりあえず再確認を申し出る。実際何が何かわかっていない状況ですし。
「ああ、私としたことが。すみません。あまりに都合が良い方が見つかったものでして。うち……この街を治めている貴族の侍女として働きませんか?給与に関しては確実に保証できます。」
「それは理解できたのですけど……だからといって何で私なんです?都合のいいって……。」
「それは……、言ってしまうと私の雇い主、エルー様、ヴィレス家の主様が要求してきた新しい侍女候補が貴方の容姿にぴったりだったからです。」
なるほど?要するに主の好みの見た目をしているからだと。何ともまぁ下世話な話ですね。言いにくくしてるのも分かります。まぁでも……。
「お話は分かりました。給与は如何ほどでしょうか?」
私はそんなことよりもこれが大切だ。高給、しかも貴族の元で働くならかなりなお金になるでしょう。こんな美味しい話を逃すわけにはいきません。
「それは私には決めかねますが、1日5000ギールは最低でも保証できるかと。」
5000!1日でそこまで稼げるのであれば今の行商生活を終えることが出来る!ただ……。
「あの、私には旧友である方がいるのです。その人は男性なのですが……。どうなるのでしょうか?」
「その方も主様の下に一緒に行ってどうするかのお話をすることになりますね。わたくしの判断で決めるのは。不確定なお話ばかりで申し訳ございません。」
「いえ、私も無理を強いてすみません。」
それもそう。この人は侍女さん。結局のところスカウトでしかなくて、雇い主の下に話をしに行かないと事は進まない。
「分かりました。お会いしたいのですが、何時が良いでしょうか?」
「ありがとうございます。では、明日の夕刻にこの宿のエントランスに集合でよろしいですか?」
「はい。では、私は湯浴みに行くので。」
「お時間をいただきありがとうございました。」
私はうきうきした気分で湯浴みに向かった。唐突に降ってわいた美味しい話。こんなお話を逃すわけにはいかない。明日の夕刻、是非とも会いに行きましょう。にしても何でそんなお偉い様の侍女がこんな街中の宿に泊まっているのでしょうね。普通侍女用の部屋に寝泊まりしているはずですが。まぁ私のような見た目をした人を探して来いと言われ、旅している人まで探していたのでしょう。そんなピンポイントの指定があったのでしょうか。私の容姿で一致する部分というものが気になる所です。
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私が部屋に戻るとマーラが何か書物を読んでいるところだった。
「マーラ、何を読んでいるので?」
邪魔をしてはいけないかなと思いつつも内容が気になっていつも問いかけている。マーラはそんなことは気にしていないのかいつも普通に答えてくれますが。
「ん?今日は礼儀作法の本だよ。一応ね。お偉い様が取引相手だった場合に礼節に欠くと面倒な話になるから。」
「なるほど。後で私にも見せてくださいな。」
「いいよ。けどこれ、見たって一応ある程度の家であるフィーユには得られるものがないかもしれないよ。」
「いえ、今日実はその作法が重要になる可能性がある話が来まして……。」
「ふむ?」
私はマーラに先ほど侍女さんから受けた話を説明する。
「なるほど。よーするにフィーユがタイプだから侍女にならないかと。」
「まぁそういうことです。」
「ま、いいんじゃない?僕の扱いが気になる所ではあるけど。悪い扱いはしないでしょ。そんなピンポイントで要求してるならある程度の条件が付いてでも欲しがるだろうし。」
実際それほどまで侍女さんの反応は必死になっていた。断らないで、というのが見てわかるほどでしたし。
「ですよね。まぁ、だから明日の夕刻までに一旦ここに戻ってきますよ。あとその礼儀作法の本、私も復習しないといけませんから後で見せてくださいね。」
「はいはい。」
「はい、は一回と言っているでしょう。」
明日の夕刻が楽しみです。こんな行商生活から早く抜け出せればいいのですが。