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歩きスマホ撲滅小説  作者: 切羽未依
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ベテラン刑事とダメ刑事

 光が差し込んだ。車のヘッドライト。左側の元・駅前通りを走って来る黒い、覆面パトカー? パトランプも点けてなくてサイレンも鳴らしてない。つまんな~~~~いっ! 俺たちをヘッドライトで照らすように斜めに覆面パトカーが停まって、助手席から出て来たのはヨレヨレシワシワのスーツの、刑事(デカ)の制服ってドブネズミ色スーツなんですかっ? 見るからにベテラン刑事(デカ)。お兄ちゃんが敬礼すると、ほらほら、恋するOLさんが激写。

「はいはい、没収ね」

 ベテラン刑事がOLさんからスマホを取り上げる。さすがベテラン刑事、手慣れてる!いや、うちのお兄ちゃんがダメ刑事なだけか。「そうやって取り上げるのか!」って感心して見てるよ。ベテラン刑事は俺に視線を投げる。

「あっちもヤジ馬か」

「!――そうです!ヤジ馬です!」

 そーゆーのを他人の尻馬しりうまに乗るって言うんだよ。と、ヤジ馬にされた弟は思う。ひひ~ん。

「撮られてんならスマホを取り上げなきゃ」

「いや!撮られる前に確保いたしました。もう放しても問題ありません」

「ちがいます!こいつが犯人です! そちらは狙われていた女性です!」

 俺の後ろで後輩が叫ぶ。ベテラン刑事はお兄ちゃんに小首を傾げてみせる。

「あんたたちが追ってるのは『女』かい?『男』かい?」

 お兄ちゃんが答える。

「俺が追ってるのは『女』です」

 ベテラン刑事が唇の端をつりあげて笑い返す。今、ここで出会ったばかりのベテラン刑事とダメ刑事がわかり合った瞬間だった。刑事ドラマっぽい!(K)(カッケー)!!!

「こっちも駅前パトロールしてたんだが、東京者(とうきょうもん)に持ってかれるとは心外だよ」

 ベテラン刑事はダメ刑事に警察手帳を見せ、ダメ刑事も慌てて警察手帳を見せる。

「すいません。電車が川を越えてしまいまして」

「やっぱり電車だったか」

「はいっ」

 答えるお兄ちゃんの声は、はねてる。よかったね~、自分と同じ捜査方針の人が千葉県警察にいて。

「あとはお願いしてもよろしいでしょうか。現行犯ではなく公妨(こうぼう)逮捕なので、お手数をおかけします」

 お兄ちゃんはベテラン刑事に犯人を引き渡す。――犯人が叫ぶ。

「私、何にもやってないんですよ!なのに逮捕って、これ何なんですか?」

 犯人の大声にちっちゃい体をびくっとOLさんが震わせる。

「はいはい。説明は署でとっくりとお聞かせするから」

 ベテラン刑事が慣れた口調で返す。アタマのいい犯人、なのかも。刑事ドラマでよく見る、聞かれもしないのに自分から事件のことをベラベラしゃべっちゃうようなことをしない。この状況なら俺を犯人呼ばわりしてもいいのに、あくまでも何が起きてるのかわからないって顔をしてる。お兄ちゃんはOLさんと話している。

「刑事が三人ついていますから、だいじょうぶですよ。少し警察署でお話をお聞かせ願えますか。助手席にお乗りください」

 覆面パトカーの助手席までエスコートしてドアを開け、頭が当たんないように車の天井に腕を伸ばすの何気にカッコいいよなあ。OLさんを助手席に乗せてドアを閉めると、犯人の腕を掴んでいるベテラン刑事に言う。

「後輩を同行させていただけますか」

「あんたの方がいいなあ。あいつとは捜査方針が合わん」

 苦笑を返すと、お兄ちゃんはこっちに駆けて来て、ひねり上げられてるのとは逆の俺の腕を掴んだ。

「この子は俺が連れて行くから、君は千葉県警察に同行して」

 後輩は何も答えず、俺のひねり上げた手首も離してくれない。お兄ちゃんの一重の目がすうっと細められて刃のように光った。ぴかーんっ!

「離さないと誤認逮捕で上に報告する」

 ぱっと後輩が俺の手首を離した。今の、言葉の脅しより目がこわかったんだと思う。

「行って、車のドアを開けて先にお前が乗り込んで、その後に犯人、じゃなくて重要参考人を乗せて、千葉県警察の(かた)が乗る。移送は必ず両サイドを固める。わかったな」

「はい…」

「この子は俺が連れてくから」

「はい…」

 後輩と犯人と千葉県警察のベテラン刑事とOLさんを乗せた覆面パトカー、あ、運転してる刑事さんを忘れてた。後輩と犯人と千葉県警のベテラン刑事とOLさんを乗せて千葉県警の刑事が運転する覆面パトカーをお兄ちゃんは敬礼で見送って赤いテールランプが見えなくなると、掴んでた俺の腕を離し、全身の空気が抜ける勢いでため息をついた。俺を見下ろす。

「家にいろって言ったのに」

「ごめんなさい」

「お前の謝罪、ビックリするくらい心ないな~」

 お兄ちゃんは階段の方へ歩き出す。

「え~!徒歩? パトカー呼ぼうよお。パトランプ点けてサイレン鳴らして」

 お兄ちゃんは振り返る。

「タクシー呼ぶみたいに言うんじゃない。――おうちに帰るんだよ」

「え。後輩ちゃん、俺、連れてかなかったら激怒(げきおこ)だよ」

「俺は『警察に連れて行く』とは言ってない。『家に連れて行く』んだ」

「『ウソツキはドロボーのはじまり』だよ」

「お前に言われたくない」

「俺はウソなんてついてないです~。『家にいろ』って言われて『はい』って言ってないです~」

 歩き出すと、お兄ちゃんに言われる。

「暗いから足元に気を付けなさい」

「はい」

 いついつまでも子ども扱いの弟はお兄ちゃんに追いついて並んで歩く。

「ひねられた腕、痛くないか?」

「そんなには」

「駅前で湿布(しっぷ)買うか」

「そこまでは」

 って答えたけど、階段上ったら電車乗る前に黄色い看板に黒い文字でカタカナ名前が書いてあるお店を探して絶ッ対!湿布買うよ、この人。階段の下から駅の灯りを見上げると、天国のように明るい。

「お前、女装して(おとり)やるかと思ってた」

 俺が階段の一段目に足を掛けた瞬間、お兄ちゃんが言った。

「あ、やっぱり俺の部屋の制服のスカート、目撃してた?」

「いや、見てない。でも、女装して(おとり)やるつもりだったんだな」

 お兄様は下を見たら弟がスカートはいてなくてガッカリ!で階段を上る力もなくなって、立ち止まったまま俺を見ない。お兄ちゃんが下を向いて俺を見ない理由はスカートはいてないせいなんかじゃないってわかってる、けど。俺は階段の一段目に掛けた足を下ろした。

「最初はね。でもSNSとか見たら、ちっちゃい子ばっかだったから。身長一五〇センチ前後。俺じゃ狙ってもらえないと思って。犯人が狙いそうな女子見付けるのに作戦変更した」

「――身長なんてどうやって調べた?」

「SNSで写真見て、いっしょに写ってる他の物との対比で割り出した。これねー、中学の時、女子がアイドルの写真に定規当ててやってたんだよな~。手の大きさとか指の長さとか割り出すの。そん時はバカじゃね?って思ったけど、役に立った」

「どうやって犯人が乗る電車がわかった?」

 取り調べするなら警察行きたいなあ。おねだりしてもパトカー乗せてくんないんだもん。と思いながら答える。

「一人目の当日のツイッター。電車が人身事故で遅れてTD駅に八時に着くはずがまだOT駅だって。茨城TD駅に八時に到着する電車は今日乗って来たTD行きの電車」

「一人目で終わった事件だったか…」

 って言ってしまってからお兄ちゃんは口を真一文字に引き結んだ。磨りガラス持って来て!声変える機械も!――『犯人は防犯カメラに映ってるのに』って言ってたな。今みたく、被害者の後を歩いて行く犯人が映ってたのかな。でもそれを『犯人』だとは思わなかった、お兄ちゃん以外は。あと、千葉県警察のベテラン刑事さん以外は。女性を襲うのは男性。って思い込みが無視させたんだ。

「けど、二件目の東京の事件はTD行きの電車じゃなくて、乗り遅れてその次の電車、東京AY止まりの電車に乗っちゃったんだ。だからAY駅で事件を起こした」

 それが犯人の運の尽き。お兄ちゃんに気付かれてしまった。警視庁の管轄の都内じゃ事件は起こせないんだ。電車が混み混みで、ちっちゃい女子は探しようもないから、都内を過ぎて空くのを待つしかない。でも、まちがってAY止まりの電車に乗り、AY駅で降ろされて、そこにたまたま、ちゃっちゃい女子がいて――

「犯人が乗る車両はどうしてわかった?」

「それもSNS。お店や高校がわかれば、どの駅から乗るかわかる。三人とも乗る駅の改札にいちばん近いのが最後尾の車両だった。茨城のTD駅まで行く電車は少ないから駆け込み乗車してでも乗りたいことを考えたら、ドアは一番最後」

「どうして今日だったんだ?」

「休み明けだから」

 九月二十四日・木曜日。十月五日・月曜日。十月十三日・火曜日。――曜日がバラバラなんて考えちゃいけない。九月二十三日・水曜日まではシルバーウイークの連休だった。十月四日は日曜日。十月十二日・月曜日は体育の日。どうして今日だったのか? お兄ちゃんが、じゃなくて磨りガラスの向こうの全裸男コードネームが言ってた通り、合同捜査本部が立ち上がったせいで連続殺人事件ってニュースでも騒がれて鳴りをひそめた。でも半月経って、ニュースもやらなくなった。逮捕もされなかった。一件目と二件目の間は十日間、二件目と三件目の間は一週間、どんどん加速している最中に邪魔されたんだ。さらに先週、十一月一日・日曜日、十一月三日・火曜日は祝日で、二度も「休み明け」があったんだ。もう今日は人を殺したくてどうしようもなかった。だから車内にいた条件に合う三人のうち、最初に駅に降りたOLを狙った。最初に降りたから狙っただけ。男言葉のJKみたいなムカつく女を殺す。とか、ちゃんとした「理由」なんか要らなかった。今すぐ人を殺したかった。

「どうしてお前、犯人より先に電車を降りた?」

 俺は笑ってしまう。何だ、お兄ちゃん、これ取り調べなんかじゃなかった。この質問を言い出せなくて、ぐるぐるしてたのか。俺は答える。

「俺が真犯人だから」

 ぐしゃあっとお兄ちゃんが七三の髪をかきあげ、生え際が侵攻して拡大化する(デコ)(あらわ)した。

「いやあああ!ウソです!冗談(ジョーダン)です!」

 俺は両手を上げて前髪を整えた。やっぱりお兄ちゃんに犯人がOLさんの首に伸ばした両手は見えてなかったんだ。なのに、あのタイミングで駆けて来るとは。刑事(デカ)(カン)ってヤツですか~?

「俺、言ったよね?ちっちゃい子を狙ったの。いやいや、俺が狙ったんじゃなくて!犯人が狙いそうな子を狙ったの」

 お兄ちゃんは手を上げる。俺の頭をなでなでする。

「お前は犯人の気持ちがわかるのか?」

 人が人を殺す世界にお兄ちゃんは俺が踏み込んで欲しくないんだ。俺は手を差し出す。踏み込んでも、お兄ちゃんがこの手を掴むから闇堕ちなんかしないって。

「ダメ。こんなんやって、手出して『ごほうび、ちょうだい』なんて」

 大きな手のひらに頭をガシッと掴まれて、重たい一重の目でメッ!って、にらまれた。…ちがうって。


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